ぼっちず・ろっく!   作:借りて来た猫弁慶

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 039の感想の怒涛の大胆な告白は、ありがたいけど笑っちゃうんですよね。

 本当は今回でライオット二次審査中間発表まで行くつもりだったんです。今回は書く事あんまりないからサクサク進みそうだなとか思ってたら、なんか書く事が無限に出て来たんで分割しました。こいつ(作者)いっつも分割しましたって言ってんな。


040 何光年でもこの歌を口ずさもう

「あっ! タローっ!! こっちこっち〜っ!!」

 

「お~い太郎君~!」

 

 コンパクトなトラベラーなんて名前の癖に10キロも有るドラムセットを持って渋谷の改札を出ると、そこにはいつもの着崩(きくず)した浴衣? を着たイライザさんと廣井さんが既に二人で待っていた。

 

 俺の姿を発見したイライザさんと廣井さんの二人が大きく手を振って出迎えてくれると、その大きな身振りやイライザさんが外国人である事、廣井さんの奇抜な出で立ち、それに加えて二人のその顔の良さもあってか、途端に俺達に大勢の人の視線が集まったので、俺は堪らず愛用のBoBキャップのつばを掴んで深くかぶり直した。

 

「あの……お二人共。恥ずかしいんでそういうのはちょっと……」

 

 ただでさえアウェーな渋谷で目立つことに恥ずかしさを覚えた俺は小走りで二人に近づきながら、自身の顔を隠すように被っている帽子のつばを右手で抑え、周りを見渡しながら声を抑えるように頼む。すると二人は一度お互いの顔を見合わせ、イライザさんはムっとした表情で、廣井さんはいいおもちゃを見つけた様な楽しそうな笑みを浮かべて俺に抱き着いて来た。

 

「ムッ! なにも恥ずかしくないヨ!? ホラホラ〜ッ!!はやくはやくっ!」

 

「そうだよ~。太郎君なに恥ずかしがってんの~」

 

「やめ……やめろー!」

 

 沢山の通行人に注目されて、俺が焦ったように二人を引き剥がして距離を取ると、イライザさんと廣井さんは二人してケラケラと楽しそうに笑った。おかしいな……この二人は俺より年上の筈なんだが……もう既に今日の雲行きが怪しくなって来た気がする。

 

 何故俺がこんな状況になっているか、その説明をする前に今の結束バンドの状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ。

 

 

 

 事の始まりは未確認ライオット一次審査発表からそれほど間を置かずに、いよいよ二次審査であるWEB投票が始まった事にある。

 

 二次審査はインターネットによる投票形式で、これから二週間の間、一次審査を通過した100組のバンドに対して毎日一人一票の投票を未確認ライオットの専用WEBページから行い、得票数の多い上位30組が次の三次審査であるライブ審査へ進む事が出来る。

 

 そんな訳で、虹夏先輩はSTARRYに投票を呼び掛ける張り紙を貼ったり、喜多さんは学校の友人に投票をお願いしたりと大忙しの中、俺も何か力になれないか考えていた。

 

 とはいえ俺固有の友人もおらず、一人無力感にうちひしがれているそんな時、いよいよ近づいて来た夏のコミマに向けてのMoeExperience(アニソンコピーバンド)の事で連絡して来たイライザさんにその事を話してみたのだ。

 

「なるほどネ……ならMoeExperience(私達)で路上ライブやろうヨ!」

 

「えっ? 路上ライブですか?」

 

「そうそうっ! 路上ライブで集まった人に、結束バンドとSIDEROSへの投票お願いするのヨ! MoeExperience(私達)は路上ライブで予行演習になるし、結束バンドの宣伝にもなるし……これってもう、Win-Winでしょ〜!?」

 

 Win-Winってそうやって使うんだっけ? ままええわ。そんな訳で、俺達MoeExperienceは路上ライブを行う為に今日渋谷へとやって来たのだ。何故渋谷なのかとイライザさんに訊ねてみると、どうやら俺達(BoB)の路上ライブの動画を随分と根に持っているようだった。確かにあの時もアニメソングも演奏していたからな。

 

「それでそれで、タロー。今日は……ちゃんと着てきたヨネ?」

 

「ええまぁ……こんなの普段着ないんで、わざわざ今日の為に買ったんですよ」

 

 廣井さんと一緒に笑っていたイライザさんが俺に訊ねて来る。

 

 今回路上ライブをするにあたって、何故か事前にイライザさんからタンクトップを着て来るように指定されていたのだ。指定通りの服を着ている事を証明する為に俺が上着を捲って見せると、イライザさんはそれを見て満足そうに頷いた。

 

「perfect! それにしても……」

 

 イライザさんは捲った上着の隙間から俺の体をまじまじと見つめると、神妙な顔で呟いた。

 

「随分……鍛え直したナ……」

 

「血のションベンを出し尽くした……ってよく知ってますねこんなネタ……」

 

「エヘヘ……それじゃあ私からタローにBirthday Presents(誕生日プレゼント)をあげちゃおうカナ!」

 

「え? 俺にですか? ありがとうございます。なんかすみませんね」

 

 ネタが伝わった事が嬉しかったのか可愛らしくはにかんだイライザさんは、持って来た自分のバッグを漁ると、突然誕生日プレゼントだと言って男物の浴衣らしき物を取り出した。

 

「じゃあ私からもプレゼントをあげちゃおうかな~」

 

「えっ!? 廣井さんもですか? まさか……」

 

「違うから!? 盗んでないからね!? まったくも~……はいっど~ぞ!」

 

 イライザさんに続き、俺の疑いの眼差しにむくれ顔の廣井さんから渡されたのは、どこかで見た覚えがあるような、顔を口元まで覆うような狐の仮面だった。

 

「何かと思ったら、これ廣井さんがおにころ飲む為に口元が無い今のBoBで被ってる仮面とどっちにしようか迷ってたヤツじゃないですか」

 

「ご、誤解だよ~。口元が無いのを選んだのはその……そう! 歌が良く聞こえるようにで……ま、まぁいいぢゃんそんな事わ!」

 

 この言い訳の反応は、建前(歌)三割、本音(飲酒)七割といった所だろうか? まぁ店長への誕生日プレゼントが肉の応募券(期限切れ)だった事を考えるとかなりマシな方か……どっちの狐面もファンから貰ったと言っていた筈だから、廣井さんの懐は痛んでいないのだろう。

 

「まぁでもお二人共ありがとうございます」

 

「ウンウン……じゃあタロー、早速着ちゃってヨ」

 

「……えっ? 今ココでですか!?」

 

 突然のイライザさんの言葉に驚いてしまう。流石にこの渋谷駅前という人の多い場所で祭りでも無いのに浴衣を着るのは恥ずかしかったのだが、イライザさんは全く冗談を言っていない顔で見つめて来たので、仕方なく浴衣を着る事にした。

 

 とはいっても浴衣の着付けなんてどうしていいのか分からないと正直に言うと、イライザさんは任せろと言って俺の上着を脱がせ、甲斐甲斐しく浴衣を着せてくれる。

 

「ど、どうですか?」

 

 ジロジロと道行く人の視線を浴びながら浴衣姿を見せると、イライザさんは俺の姿をジっと見つめ、おもむろに浴衣の胸元を両手で掴み、はだけさせるように思いきり左右へと引っ張った。更には浴衣の下側も同様に引っ張ってはだけさせる。

 

「ちょっと!? なにやってるんですかイライザさん!?」

 

 タンクトップなんて着ているから上半身は肩丸出しだし、下半身は太腿から下のジーンズが丸見えだ。浴衣の上側も下側も、もうほとんど帯の部分だけが重なっているような、もうこれ着ている意味あるのかという状態になるほど浴衣を着崩すと、それでようやくイライザさんは満足そうに一度大きく頷いた。

 

「ハイ! じゃあ次はきくりの番ダヨ!」

 

 そう言ってバッグから新しく廣井さん用の浴衣を取り出して着せると、困ったような顔でされるがままの廣井さんに、俺と同じように浴衣を着せては着崩させていた。

 

「ウンウン! イーネイーネ! Excellent! 二人共バッチリ似合ってるヨ!! 今日の衣装はこれで決まりネ!」

 

 俺達二人の恰好を見ながら上機嫌なイライザさんの言葉でようやく理解した。この浴衣を着崩した恰好はイライザさんがいつも(今日も)している恰好と同じなのだ。なるほど、だから俺にタンクトップを着て来るよう指定していたのか。廣井さんはスカジャンの下がキャミワンピなので、そのままで問題無いのだろう。要するにBoBにおける黒パーカーと同じ様に、どうやら今日の路上ライブでの衣装は和装(のコスプレと言っていいのだろうか?)という事のようだ。

 

 見れば廣井さんはいつものBoBで被っている口元が無い狐面を顔を隠す為ではなく、まるでお祭りの時に買ったお面の様に、顔の側面にひっかけるようにして身に着けている。イライザさんも少しデザインが違う狐面を廣井さん同様に身に着けていた。俺の狐面だけ顔全体を覆う物なのは、一応顔出ししないように配慮してくれた結果なんだろう。

 

「じゃあ早速TSUTAYA前に行きまショウ!」

 

 いまにもスキップしそうな程上機嫌なイライザさんが先導するように歩き出すと、俺と廣井さんは一度顔を見合わせて、観念したように後を着いていった。

 

 しかし当たり前だが、いくら渋谷といえどもこんなトンチキな格好の三人組は珍しいのか、周りからの好奇の視線が半端ない。イライザさんは全く気にしていないが、俺は流石に恥ずかしいのでBoBキャップで顔を隠すように右手でつばを抑えながらイライザさんの後を追う。

 

「ココココッ!! ココでやりたいノヨ!! ここがベストスポットネ!」

 

 イライザさんが指定した場所は知ってか知らずか、俺達(BoB)が初めて渋谷で路上ライブを行なった場所とほぼ同じ場所だった。本当に俺達の路上ライブが羨ましかったのなら凄い執念だ……

 

 ここまで来たら恥ずかしがっていても仕方が無いので、俺はBoBキャップを脱ぎ、代わりに顔を隠すように狐面をかぶると手早くドラムの準備を始める。イライザさんと廣井さんも同様に楽器の準備を始めた。

 

 一通り準備が終わって顔を上げると、和装のトンチキ三人組が物珍しいのか既にぽつりぽつりと足を止めて俺達を見ている人がいた。その光景を見て、なんだか半年程前のBoBの渋谷路上ライブが昨日の事の様に思い出される。

 

 ドラムの準備を終えて周りを見回すと、既に準備を終えていたイライザさんと廣井さんがこちらを見ていた。その視線に答えるように俺が準備が終わった事を伝える為に一つ頷くと、イライザさんも頷き、通行人の方へ振り返り声を上げた。

 

「Hello〜〜〜っ!! アニソンコピーバンドのMoeExperienceデスっ!! 今から何曲か演奏するので、ヨカッタらぜひぜひ聞いてってネ!」

 

 トンチキ和装三人組が珍しいのか、それとも外国人であるイライザさんが珍しいのか、あるいはイライザさんと廣井さんの顔が強すぎるのか、イライザさんの呼びかけに通行人の足が止まる。

 

「なになに? なんかやるの?」

「路上ライブだって」

「うわ金髪碧眼外国人とか凄っ……」

「日本語上手いなぁ」

「っていうかギターとベースの顔が強すぎない?」

「凄い恰好してるな」

「あのドラム結構ガタイいいな」

 

 やはりイライザさんの様な和装金髪碧眼美人ナイスバディー日本語ペラペラ外国人ギタリスト(改めて羅列するとこの人のスペックヤバくない?)が珍しいのか、なんだなんだと人が集まって来ると、イライザさんは再び俺に視線を送って来たので、俺はドラムスティックを頭上へと掲げた。

 

「それじゃあ〜〜〜〜ッ! 早速はじめるヨッ!!!」

 

 イライザさんの言葉に俺がドラムスティックでカウントを取り始めると、いよいよ演奏がスタートする。

 

「あっこれ聞いた事ある!」

「知ってる! あの入れ替わりの映画のヤツだよね!」

「ってか始まったばっかだけど演奏エグイな……」

 

 イントロが始まると観客から声が上がる。今日の路上ライブの目的はMoeExperienceというバンドの試運転と、ついでに未確認ライオット二次審査で結束バンドとSIDEROSへの投票を呼びかける事だ。

 

 一応前もってなんの曲を演奏するか話し合っていたのだが、アニソンコピーバンドという事でアニメの曲というのはまず絶対条件だ。イライザさんはきらら系とかいう物が好きらしいが、MoeExperience(俺達のバンド)に興味を持ってもらう為にも、まず一発目はなるべく大勢の人が知っている曲がいいだろうという事になった。投票を呼び掛けるのなら尚更だ。

 

 有名な曲と言っても渋谷という場所を考えると若い人が多いだろうし、あまりにも古い曲はウケないかもしれない。そんな話し合いの結果、MoeExperienceの初演奏に選ばれたのが、この少し前に一世を風靡した男女の入れ替わりを題材にしたアニメ映画の主題歌だった。

 

 流石は廣井さんでも知っていて社会現象とまで言われた曲だ。イントロが始まっただけだというのに観客の反応はかなり良い。

 

 例の如く俺達三人揃って集合する時間が取れなかったので合わせの練習はやっていないのだが、BoBで共演しているリズム隊の俺と廣井さん、SICKHACKで共演しているイライザさんと廣井さん、そういうお互いがお互いを知る下地もあってか、それとも渋谷でのスタジオ練習(という名の暇つぶし)が良かったのか、それともイライザさんの高い演奏力か、演奏の方はとりあえず問題は無いようだ。

 

 ちなみに今日の――というか、MoeExperienceでのボーカルはイライザさんだ。そりゃイライザさんがやりたくて結成したアニソンコピーバンドなんで当然だろう。俺達はコーラスだ。SICKHACKでイライザさんはリードギターなので、実はVo.Gt.(ギターボーカル)イライザは結構レアだったりする。

 

 前に屋台ラーメンを食べた後でやった渋谷でのスタジオ練習でも思ったが、SICKHACKでギターを担当しているだけあって、やはりイライザさんのギターも一級品だ。ひとりはイライザさんのギターを『感情的でロジカル』と評したが、念願だったアニソンの為か今日は一段と感情豊かな音色な気がする。

 

 しかしこの人金髪碧眼の外国人で、日本に来てまだ四年目だっていうのにめちゃくちゃ歌上手いな……イントネーションなんかもほとんど違和感無く、むしろそこら辺の日本人より上手いんじゃないだろうか? イライザさんの見た目目当てで見ていたであろう観客が大層驚いている。

 

 SICKHACKでのライブでは、曲がサイケだという事もあってか色っぽい雰囲気のイライザさんだが、今日はアニソンという事もあって楽しそうに演奏している。時折歌いながらこちらにも視線を向けて来るが、それが何とも天真爛漫な笑顔で、年上という事を忘れそうになる。

 

 間奏に入るとしばらくドラムだけの進行になるのだが、wow wow……と俺と廣井さんがコーラスを入れている間にイライザさんは一人楽しそうに手拍子を始めると、観客を巻き込むように手拍子を求めるライブパフォーマンスを行なっていた。すげーなこの人……これが真のコミュ強か……

 

 ちなみにこの曲には『original ver.』と『movie ver.』の二種類があるのだが、今日はoriginalの方で、これには劇中のみで使用された歌詞が間奏の後半部分に入っている。

 

 観客を巻き込んだ手拍子付きの間奏が終わる直前、イライザさんと廣井さんがこの曲のMVの再現なのか楽しそうにジャンプすると、元ネタを知っている観客から歓声が上がった。その盛り上がりを維持したままラストまで演奏し終えると、いつの間にか凄い囲みになっていた観客から沢山の拍手やスマホのシャッター音で迎えられた。

 

 いつの間にか、なんて言ったが俺も随分と成長したようで、演奏中に観客へ意識を向ける位の余裕があったので観察していたが、イライザさんが歌い始めてからの通行人の足止め率えげつなかったぞ……

 

「歌上手っ! 本当に外国人!?」

「演奏やばい~! プロみたい!」

「すげ~……写真撮っといたらこれバズるかなぁ……」

「なんか前もこんな事無かった?」

 

「みんなアリガト~! 改めまして、アニソンコピーバンドの! MoeExperienceダヨ〜〜!!」

 

 演奏が終わると、イライザさんは観客に向かって手を振りながら話を始めた。MCもまた本番のライブの為の予行演習だ。

 

 俺と廣井さんは、しばらく楽しそうに喋るイライザさんのMCを聞きながら、次の曲が始まる合図を待っていた、のだが――

 

「それでネ!?  日本のアニソンって、もう世界でもバリバリ通じるカルチャーなのヨ!! もっともっともっともっと……評価されるべきデスッ!! ワタシが特にスキなのは、いわゆる“きらら系”って呼ばれてる作品たちネ!! カワイイ女の子が出てくるだけの萌えアニメって思われガチだけど、それだけじゃナイノヨ!? 時にアツくて! 時に心がじんわ〜〜って温かくなるような友情が描かれてて! 観てるこっちの心が、ぎゅ〜って癒されちゃうのネ! そして!! 忘れちゃいけないのが……そんなアニメをさらに100億倍魅力的にしてくれるアニメソング!! なんとネ!? 日本のアニソンから生まれた曲が……まさかのっ!! 讃美歌界にNewWave巻き起こしたのヨー!? これってもう、日本っていう独自の宗教観と文化があるからこそ生まれた、マジでスペシャルな現象ネ! そしてその曲だけじゃナイ!! 日本にはまだまだ、その独特な価値観から生まれたとびっっっっっっっきり素晴らしいアニメソングが……」

 

 

「それで、日本のアニソンは世界でも通じるカルチャーデスヨ! もっと評価されるべきデス! ワタシが特に好きなのは所謂“きらら系”と言われる物で、これは一見カワイイ女の子が出て来るだけの萌えアニメだと思われるかもシレマセンが、時に熱く、時に心温まる友情を魅力的に描き、ワタシ達視聴者の心を癒してくれマス! そして忘れてはいけないのがそんなアニメをさらに魅力的にするアニメソングで、なんと日本のアニメソングから一躍讃美歌界にNewWaveを巻き起こした曲がアリマス! これは日本という独自の宗教観を持つ国だからこそ生まれた素晴らしい例で、この曲のみならず日本には沢山その独自の価値観から生まれた素晴らしいアニメソングが……」

 

「いや長い長い長い長い! 長すぎですよ!?」

 

「What?」

 

 俺の口から思わずツッコミが漏れると、イライザさんは心底不思議そうな顔で振り返った。

 

 いやいやWhat? じゃないですよ。MoeExperienceはイライザさんの為のバンドなのでMCは一任すると決めていたのに、あんまり話が長いんで思わず口を挟んでしまった。

 

 廣井さんなんて困ったような顔でおにころ飲みながら一息ついちゃってるじゃないですか……今の話してる時間演奏してたら一曲くらい終わってますよ!? これじゃあ路上ライブをしに来たのか、アニソンへの熱い想いを述べる演説をしに来たのか、どっちが目的だか分かりませんよ。

 

 俺は捲し立てたくなる気持ちをグッと抑え、イライザさんに「路上は許可取ってないんで、時間が……」と伝えると、イライザさんはハッとした顔になり、心底申し訳なさそうに顔の前で手を合わせて俺に謝った。

 

「ごめんネ!! ワタシ普段はね、ライブの雰囲気壊すから喋っちゃダメって、志麻に“お喋り禁止令”出されてるのヨ!! でも今日は……うれしくってついっ……!」

 

「そ、そうなんですね……じゃあとりあえず次の曲を……」

 

「ねぇねぇ太郎君。アレ……」

 

 平謝りのイライザさんに次の曲に行くように促そうとすると、俺の近くに寄って来ていた廣井さんが遠くを指さしながら話しかけて来た。その指さした方を見ると警察官が二人、こちらに歩いてきている。

 

「あっ……」

 

「Oh……」

 

 俺とイライザさんが状況を理解して小さく呟いたが、廣井さんはこういう事に慣れているのかおにころをすすりながら気楽な様子だ。

 

「お巡りさんがこっち来るまでもう少しだけ時間あるし、とりあえず宣伝だけでもしといたら?」

 

「そ、そうですね……イ、イライザさん。取りあえず宣伝してください宣伝」

 

「お、おっけ〜っ!! えっと……! MoeExperienceデス!! 今度、秋葉原でアニソンライブやりますっっ!!」

 

「そっちじゃなくて! いやそっちもなんですけど……ライオットの方です!」

 

 俺の言葉に今日の目的のひとつを思い出したイライザさんは、俺達を囲んでいる観客に向かって、慌てながらも自分たちの知り合いである結束バンドとSIDEROSが未確認ライオットの二次審査に出ているので、是非WEBから曲を聞いて気に入ったら投票してくれという旨の事を伝えていた。

 

 だが俺達を囲んでいた観客は聴いた事も無いバンドの事よりも、秋葉原でのライブやこのバンドの事の方が気になるらしく、イライザさんに秋葉原ライブの日時や場所、バンドの名前やトゥイッターアカウントの有無などを聞いていたので、宣伝になったのかは微妙な所だ。すまんひとり。

 

「すみませーん! ここで演奏しないでくださーい!」

 

「す、すみません! いま片付けます!」

 

 宣伝が終わったのとほぼ入れ違いで警察官が到着すると、俺達は平謝りして機材の撤収を始めた。それを見ていた観客もこれ以上俺達の演奏が無い事を悟ると、ぽつりぽつりと残念そうにこの場から立ち去って行く。

 

 イライザさん本人も自分のせいだとは言え、掴みの一曲目以降はきらら系の楽曲を予定していただけに少し残念そうだった。前回のBoB路上ライブが上手く行き過ぎたので忘れていたが、金沢八景の時も一曲演奏して警察に見つかったので、これが普通なのだろう。まぁ仕方ない。

 

 しかしここまでイライザさんがお喋りだとは知らなかった。放って置いたらいつまでも話し続けている感じだったので、志麻さんの禁止令も頷けてしまう。秋葉原でのライブMCもイライザさんに任せるつもりだったが、色々と考え直さなくてはいけないかもしれない。下手をすればアニメソングへの熱い想いだけで二時間終わってしまいそうだ。

 

 大体の観客は演奏が無いと分かると散っていったが、ナンパ目的なのかイライザさんに声を掛けて来る男性もいた。だがイライザさんが何事か言って断わると、男性は俺の事を一瞥してから残念そうに去って行った。イライザさんは一体何を言ったんだよ、怖すぎる……今日ほど顔出ししていなかった自分を褒めたいと思った事は無いかもしれない……

 

 前回BoBで路上ライブをやった時は四人全員仮面を被っていたのでこんな事は無かったのだが、改めて渋谷という街の真の姿に戦々恐々としながらドラムを片付けていた俺の耳に、ふと聞き覚えのある女性の声が聞こえて来る。

 

「あら~? 結束バンドって聞こえたと思ったから見に来たんだけど、もう終わっちゃったのかしら?」

 

「ワン!」

 

 俺が何気なく声のした方に顔を向けると、そこには秀華高校の白い制服を着た女性が犬の散歩なのか柴犬を連れて立っていた。

 

 何となく見覚えがある柴犬だな……なんて思って見ていると、その柴犬は俺の姿を見つけた途端、嬉しそうに勢いよく尻尾を振って、女性の持つリードを引っ張るようにこちらに近づこうとする。

 

「ちょっとジミヘン? どうしたの?」

 

「……ジミヘン?」

 

 同じ犬種に同じ名前とは、随分と奇遇な事もあるもんだ。そんな風に思いながらリードを持つ女性の顔を見て――俺は盛大に驚いた。

 

 後頭部でお団子にした桃色の髪に青い瞳。人の良さそうな柔和な表情。女性を見つけたのが演奏中で無かった事に心から安堵する。もしさっきの演奏中、観客の最前列に彼女(・・)が居たのを発見したら、絶対に動揺してミスっていた自信がある。

 

 俺は驚きで飛び上がるように立ち上がると、慌てて女性に声を掛けて駆け寄った。正直この人がここに居るのが未だに信じられない。まさか他人の空似だという事は無いだろうが……そうであってほしい気もする……

 

「あのっ……! ちょっとすみません!」

 

「はい? あ、こらジミヘン! 何してるの……! ジミヘンが初対面の人にこんなに懐くなんて……」

 

 女性の傍まで近づくと、柴犬――ジミヘンは、取れてしまうんじゃないかと心配になる程激しく尻尾を振りながら俺の右足に抱き着くように引っ付いて来る。女性が不思議がるのも無理はない。そりゃそうだろう、だって俺とジミヘンは初対面じゃないから……

 

 俺が狐面を付けているせいか、女性は俺の正体には全く気付いていない様子だった。それどころか急に声を掛けて来たはだけた和装に狐面で顔を隠した謎の男という事で、少し警戒している感じすらある。気持ちは分かる。もしかしなくても、今の俺はさっきイライザさんをナンパしていた男性と変わりない状況だ。

 

「……あっ!? ナニしてるのタロー!! ナンパはダメだヨ〜〜〜〜〜!?」

 

「ちょっと太郎君~! 私というのもがありながら何してんの~!」

 

「……たろうくん?」

 

 俺が女性に絡んでいるのを見つけて、イライザさんと廣井さんも駆け寄って来た。柴犬を連れた女性は、同性の人間が二人現れた事で警戒していた雰囲気が少し和らいだと共に、俺の名前を不思議そうに呟いた。

 

「すみません、ちょっとこっち向きはまずいんで、こっち側に立って貰えますか?」

 

 女性を道路側に誘導し、俺は顔を見られない様に通行人の多い歩道に背を向けると、女性に一歩近づいて狐面を顎から少し持ち上げて素顔を見せる。

 

「美智代おばさん。俺です、太郎です」

 

「……あら~! 太郎君だったのね。道理でジミヘンが懐いてたのね~。それにしても太郎君、凄い恰好ね」

 

 何故か秀華高校の女子制服を着て渋谷にいた女性――ひとりの母親である美智代おばさんは、俺の顔を見るなり気の抜けた声を上げた。

 

 しかしおばさんに言われて改めて自分の恰好を顧みれば、確かに今の俺の恰好は肩丸出しな程着崩した浴衣を来て、狐のお面で顔を隠している不審者だ。あまりおばさんの事を言える恰好では無いかもしれない……でも諸々を鑑みれば、多分俺の方がギリセーフだから! 

 

「ええまぁ……それでその……ちょっと色々(・・)聞きたい事もあるんで、機材を片付けるの待っていて貰ってもいいですか?」

 

「ええ、いいわよ~」

 

 俺の身元の確認が終わると、俺は再び狐面を元に戻す。そのままおばさんに少し待っていて貰えないかお願いすると、特に嫌がる事も無く快諾の返事を貰った。

 

 あまり待たせるのも申し訳ないので俺が急いで機材を片付けていると、同じく機材を片付けていたイライザさんが不思議そうに訊ねて来た。

 

「タロー、あの人はダレ?」

 

 イライザさんの質問に、俺は狐面の内側で眉を顰める。

 

 それは今だけはとても難しい質問だ……正直に言ってもいいのだろうか? いやでもなぁ……おばさん何故かひとりの制服(多分)を着てるんだよなぁ……店長(三十歳)制服姿(コスプレ)でキャッキャしていたら、まさか幼馴染の母親(アラフォー)制服姿(コスプレ)を拝むことになるとは、人生とは恐ろしい……

 

 イライザさんの質問に俺が答えあぐねていると、俺達の会話を聞いていたのかおばさん自ら、楽しそうに両手を広げて会話に入って来た。

 

「は~い! ひとりちゃんの母、後藤美智代十六歳で~す!」

 

「……エーッ! ひとりママ!? Blimey(びっくり)~~!」

 

 おばさんの返答にイライザさんは大興奮だ。真のコスプレを見たからだろうか? 確かにコスプレだけども……あーもうめちゃくちゃだよ。廣井さんはおばさんのカミングアウトに呼吸困難になるほど笑い転げていた。

 

 機材の片付けが終わり、イライザさんから貰った浴衣から元の服装に戻した俺は、流石にひとり()の高校の制服を着たおばさんをこのまま渋谷に野放しにするのもアレだったので、今日の所はおばさんと一緒に帰るつもりだった。だがそんな俺達にイライザさんが待ったをかけた。

 

「ワタシ達ね、これから打ち上げ行くんだけど……ひとりママも、一緒にどうデスカ!? No Problem(大丈夫)! ワンちゃんOKなお店、もう探しておいたヨ!」

 

 機材の片づけが終わったら熱心にスマホを見ていると思っていたら、何をしてるんだこの人は……

 

「え~、良いのかしら?」

 

「Welcomeです!」

 

「じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら~。太郎君、おばさんとデートしましょう~」

 

「アッハイ」

 

「あははは! 太郎君サイコー!」

 

 イライザさんのお誘いを受けたおばさんは楽しそうに俺と腕を組んできた。ちなみにおばさんは未だに制服姿だ。もうどうにでもな~れ。

 

 そんな訳で俺達は路上ライブの打ち上げとして、ペット同伴可なカフェにやって来たのである。

 

 店を探したイライザさんに連れてこられたのは、リョウ先輩や喜多さんが好きそうなおしゃれなカフェだった。こういうシャレオツな店は俺みたいな奴には敷居が高い(誤用)のだが……まぁ金髪美人外国人のイライザさんを連れてるから大丈夫だろう。

 

 イライザさんの提案で俺達は店の外にある円形のテラス席に座る事にした。席順は時計回りで美智代おばさん、イライザさん、廣井さん、俺の順で座ると(ジミヘンはおばさんと俺の足元だ)、イライザさんがメニュー表を拡げて注文する品を選びながら言う。

 

「ひとりママとワンちゃんの分は、誘ったワタシが払うから、遠慮ナシで好きなモノ頼んでネ!!」

 

「えっ? でも……」

 

 イライザさんの奢りと聞いて反論しようとするおばさんに被せるように、廣井さんと俺はメニュー表を見ながらイライザさんにお礼を言う。

 

「ほんと~!? イライザありがと~!」

 

「ゴチになります」

 

「チョット〜〜!?! きくりとタローは自分で払うのヨ!?」

 

「そんな~……! 太郎君……」

 

 俺は冗談だったが廣井さんは本気だったらしく、イライザさんに断られると捨てられた子犬の様な瞳を俺に向けて来た。ペット可ってそういう事じゃないから。今日はBoBの集まりでは無いので突っぱねても良いのだが……流石になぁ……

 

「……しょうがないにゃあ……お酒は無しですよ! それと、次のBoBライブの廣井さんの取り分から天引ですからね」

 

「ありがと~太郎君!」

 

 気付けば何故かおばさんが今の俺達のやり取りを妙に真剣な顔で見ていた。いつの間にか慣れてしまっていたが、よく考えなくても男子高校生が年上女性と金銭のあれこれをやっているのは結構ヤバイ絵面かもしれない事に思い当たった俺は、焦りながらも訊ねてみる。

 

「……ど、どうしました?」

 

「太郎君……ひとりちゃんの事を忘れないであげてね?」

 

「何の話!? いや本当に何の話ですか!?」

 

 突然の意味不明な忠告に俺が困惑しながらメニュー表を見ていると、そのうち店員が注文をとりにやって来た。俺達はそれぞれ決めたメニューを店員に告げ(勿論ジミヘンの分も注文した)、店員が奥へ戻っていくと、ようやく俺はずっと疑問に思っていた事をおばさんに訊ねる事にした。

 

「それであの……それひとりの制服ですよね? おばさんはその……ひとりの制服着て渋谷で何してたんですか?」

 

 おしゃれな店に幼馴染の母親の制服(コスプレ)姿は違和感が凄い。本当に聞いても良い事なのか分からなかったので恐る恐る訊ねる俺の態度とは対照的に、おばさんはまるで悪びれた様子も無く快活に答えてくれる。

 

「今ひとりちゃんのバンドがフェスに出る為のネット投票やってるじゃない? だから制服着て女子高生に擬態して布教活動してるの!」

 

「えぇ……(困惑)」

 

 本人自ら擬態って言っちゃったよ……思ったよりはまともな理由だったけど、ヤバい事には変わんねぇなコレ……見なかった事にしといてくれ……ってのは無理? じゃあ今日一日の記憶を消したりは出来ないだろうか? 

 

 ひとりの立場になって考えてみよう。もしアラフォーの自分の母親が自分の為とはいえ、自分の制服を着て渋谷に繰り出していたら……あ、これはマズイですね間違いない。もし俺の父さんが俺の制服着て渋谷に繰り出してたら……なんて考えただけで恐ろしい。

 

 娘の為に遠路はるばる渋谷にまで来る心意気は素晴らしいけど、娘の制服着てるのはやっぱヤベェよ……灯台下暗し。俺の知り合いで一番ヤバいのは廣井さんでも喜多さんでもなく、美智代おばさんだった!? 

 

「そういえば、太郎君達もさっきひとりちゃんのバンドの宣伝してくれてたのね」

 

 おばさんは自分の恰好に一切疑問など無いのか、いつも通りな態度で訊ねて来る。そういえば路上ライブの最後に無理矢理宣伝した事がきっかけでおばさんに遭遇したのを思い出した。この格好のおばさんを見つけなかった方が良かったかとも思ってしまうが、知らない所で暗躍している方が怖いので結果良かったのだろう……

 

「ええまぁ。俺もなんかひとりの力になれないかなって考えてたんですけど、たまたまイライザさんに相談したら路上ライブやろうって提案されたんでそれならって……」

 

「まぁまぁ! ありがとう太郎君……! やっぱり持つべきものは幼馴染ね! それでどちらがイライザさんかしら?」

 

 うっそだろお前!? おしゃれな店まで四人で打ち上げに来てるのに、お互いの自己紹介がまだだったとかこれマジ!? おばさん俺達に馴染みすぎだろ!? 

 

 おばさんの言葉で恐ろしい事実に気付いた俺は、慌てて二人を紹介する事にした。

 

「えっと……こちらが廣井きくりさんです。前に話した俺がリーダーをやってて、ひとりにも掛け持ちで入って貰ってるBoBってバンドでベースをやってくれてる人です」

 

「廣井きくりで~す。ぼっちちゃんと太郎君と一緒のバンド組んでま~す」

 

「あなたが廣井さんですね。いつもひとりちゃんがお世話になってます」

 

 深々と頭を下げる美智代おばさんに、廣井さんは照れくさそうに頭を掻いた。流石に酒の入った廣井さんでも年上には荒唐無稽な態度はとらないらしい……もしかしたら自分よりやばいヤツなのを本能で感じ取って大人しくしているだけかもしれないが……

 

「それでこちらが……」

 

「ハイ! イギリスから来ました、清水イライザです! 前にひとりがきくりの家に泊まった時、ワタシ電話でお話したんだけど……覚えてマスカ!?」

 

「……ああ! あなたがイライザさんですか!」

 

 俺が紹介しようとすると、元気よく手を挙げて自ら自己紹介を始めたイライザさんだったが、イライザさんの自己紹介を聞いて珍しくおばさんが少し驚いた感じだったので理由を訊ねてみると、おばさんは少しバツが悪そうな表情で答えてくれた。

 

「ごめんなさいね? 外国人のお友だちだって言うから、本当に実在するのか少し疑っちゃってて……」

 

 ……まあね? 俺達の知り合いに急に外国人なんか出てきたらそりゃ疑うよね。気持ちは分かるよ……分かるから電話まで替わってもらったんだが……どうやらあれでもまだ疑惑の域を出ていなかったらしい。日頃の俺達の交友関係のしょっぱさが窺える。

 

 おばさんとイライザさん、どちらも社交的なおかげか一通り自己紹介が終わると楽しそうに話している。注文した料理を食べながら、バンド活動をしているひとりの話やイライザさんの故郷の話、果てはイライザさんお得意の日本のアニソンについてや、コスプレの話等、あれこれと話をして、店の会計を済ませて解散する頃には随分と仲良くなっていた。

 

「今日はご馳走様でした。でも本当に良かったんですか?」

 

No Problem(大丈夫)! その代わり……ってわけじゃないけど、今度、美智代サンのおうちに遊びに行ってもイイデスカ〜〜??」

 

「ええ勿論です。是非来てください」

 

「Thanks! じゃあじゃあ……今年の夏のお祭りの時に行きマス!! 去年、きくりから聞いてて、一回行ってみたかったノヨ〜!」

 

 黙って聞いてたらなんかいつの間にか凄い事言い始めたよこの人。夏祭りって、去年ひとりのチケットノルマを捌く為に、俺とひとりと廣井さんの三人で金沢八景駅付近で路上ライブやった時に、近くで開催されていた花火大会の事だろうか? 

 

「タローとひとりも一緒に行こうネ! ……あっ!! タローは今日ワタシがあげた浴衣、ゼッタイ着てくるコト!」

 

「えぇ……? 俺は……」

 

 イライザさんは当然のように俺の事も誘ってくれたが、祭りは人が異常に多いという事もあり、人混みが苦手な俺はやんわりと断ろうとした――が、続くおばさんの言葉に俺は恥も外聞も捨てて手の平をドリルの様に回転させる事になる。

 

「あら? 太郎君も一緒に行くなら、ひとりちゃんにも浴衣を用意しておかないとね」

 

「行きます! やはり夏祭りか……いつ出発する? 私も同行する」

 

「タロー院」

 

 俺が手のひら返しで参加を表明すると、イライザさんは真顔でツッコミを入れて来る。

 

 ひとりの浴衣姿とか、そんなん聞いたら行くしかないでしょう。乗るしかない、このビッグウェーブに! 一応祭りには去年も路上ライブの帰りにちょっと寄ったんだが、あまりの人の多さにひとりが早々にダウンしたので屋台の食べ物を少し買ってすぐに帰り、ひとりの家で食べたのだ。まぁふたりちゃんが喜んでいたので良かったが。

 

「じゃあじゃあっ!! きくりも……あっ、それなら志麻も呼んで、SICKHACKのみんなで行こうヨ! だって去年は、夏らしいこと全然できなかったからネ!」

 

 もう夏の事を考えているのか、イライザさんは随分とご機嫌だった。

 

 しかし夏祭りといえば、去年は八月十四日だったか? 今年もその辺りの日にちにやるのなら、コミマの日にちとぶつかってんじゃないだろうな……? いや、よそう、俺の勝手な憶測でみんなを混乱させたくない……

 

 カフェから出ると、まだ渋谷に用事がある(アニ〇イトに行くらしい)と言うイライザさんとそのお供をする(させられる)廣井さんとはここでお別れとなった。

 

「タロー! 今日は本当にありがとネッ! 超楽しかったヨ! 最高だったヨ! また路上ライブやろうネ〜! 今度こそ、きん〇ザの曲やるヨ! ゼッタイ!!」

 

「あっはい。じゃあまずは今度一緒にMC考えましょうね」

 

 今日の長すぎるMCを思い出した俺がやんわりと釘を刺すように言うと、イライザさんは悪びれた様子も無く楽しそうに笑った。まぁイライザさんが楽しいのならオッケーです。

 

 イライザさん達と別れた後、俺はまずおばさんに制服姿を何とかしてくれるように頼むと、おばさんはジミヘンを俺に預けて公衆トイレへと入って行った。

 

 しばらくジミヘンと戯れて待っていると、着替えて出て来た年相応の恰好をしたおばさんの姿に俺は胸を撫で下ろした。そのまま二人と一匹で渋谷の街を歩きながら話をしていると、ふと先程の路上ライブの話題になった。

 

「そういえば、さっきの太郎君達への人だかり凄かったわね~。おばさん演奏の事はよく分からないけど、観客の人達みんな褒めてたわよ~。凄い凄いって」

 

「そうなんですよ。あの二人はSICKHACKってバンドやってるんですけど、これが凄い人気で……」

 

 俺が言うと、何がおかしかったのかおばさんはとても楽しそうに笑いだした。そんなに変な事を言ったつもりはないのだが……

 

「ふふふ……おばさん人だかりの後ろの方に居たんだけど、ドラムの人も凄いって言われてたわよ~」

 

「そ、そっすか……」

 

 アホな子供の頃の自分と言う恥ずかしい過去を知っている人に、今の自分を褒められると言うのはどうにもこっ恥ずかしい物がある。得体の知れない羞恥に耐えられなかった俺は話題を逸らす事にした。

 

「そ、そういえば! 今日イライザさんや廣井さんに会ってみてどうでした?」

 

 随分前にふたりちゃんがSTARRYに遊びに来た事があったのだが、あの時はおじさんだけが付き添いでやってきたので、おばさんは廣井さんとイライザさんに会った事が無いはずだ。虹夏先輩と喜多さんとは顔を合わせたが、ひとりが普段どんな人間と交流があるのか、もしかしたら不安に思っていたかもしれないと思って訊ねてみたのだ。

 

 今日の廣井さんは割と大人しかったし、イライザさんに関しては問題無いだろう。出来れば志麻さん辺りに会って安心して欲しかったのだがそれは仕方ない。今日の感じなら、ひとりがあんなヤツ等とつるんでいるなんて許しません! とはならないと思う……多分。

 

 俺の質問に歩きながら少し思案していたおばさんは、ややあって口を開いた。

 

「ん〜、そうねぇ~。イライザちゃんも廣井ちゃんもガチ美人だったし〜、しかも二人ともマジ優しみ〜。あれならひとりちゃんも余裕で安心っしょ〜」

 

「おばさん!?」

 

 おばさんが現役高校生の俺でさえ聞いた事が無いような言葉を喋ってる!? ちょっと!? めちゃくちゃ若者言葉を学習してるじゃないですか!? 実は渋谷に来たの今日が初めてじゃないんじゃないですか!? 

 

 知らない言葉遣いに驚愕している俺を他所に、おばさんは手で口元を隠しながらwww(ワラワラワラ)……なんて言葉で言い表せない声で笑うと、楽しそうに立てた人差し指を自分の唇に当てる。

 

「でもひとりちゃんにバレたら嫌われちゃうかもしれないから、太郎君も内緒にしてね?」

 

「アッハイ」

 

 こんな事、まさかひとりに言える訳が無い。まぁひとりが渋谷に行く事はまずないだろうからバレる心配はないだろうが……ひとりや結束バンドの為とはいえ、あまりハメを外し過ぎないで欲しい所だ。ジミヘンを連れて金沢八景から渋谷に来るのも大変だろうしな……

 

「でもね……おばさんひとりちゃんの交友関係の事はあんまり心配してなかったの」

 

「そうなんですか?」

 

 前を向いたまま歩きながら何気なく零したおばさんの言葉は随分と意外な物だった。ひとりはあんな性格だから、おじさんもおばさんもさぞ外でのひとりを心配しているのではないかと思っていたのだが、どうやらそうでもなかったようだ。実際に虹夏先輩や喜多さんというバンドメンバーに会って、その人となりに安心したのか、それとも我が子への信頼だろうか? 

 

 ゆっくりと立ち止まったおばさんに倣い俺も足を止めると、おばさんは俺へと顔を向けながら柔和な笑みを浮かべた。

 

「ええ。だってひとりちゃんの傍には、いつだって太郎君がついていてくれてるでしょう?」

 

「ワン!」

 

 おばさんがそう言って楽しそうに笑うと、同じようにこちらを見上げていたジミヘンが同意するように一鳴きした。

 

「……っす」

 

 予想していなかった突然のおばさんからの信頼の言葉と眼差しに、なんだか気恥ずかしくなった俺はBoBキャップを深くかぶり直しながら曖昧な言葉を返す。さっきからどうにも調子が狂って仕方ない。そんな俺の態度を見て、おばさんは今度こそ嬉しそうに笑った。

 

「うふふ……そうだ! 太郎君、おばさんと一緒に写真撮りましょう。実は渋谷の子たちに、映える自撮りのやり方を教えて貰ったのよ~」

 

 俺の返答を待つ事無く腕を組んできたおばさんはスマホを高く掲げながら少し腰を屈めたので、俺もBoBキャップを脱いでそれに倣った。ジミヘンも一緒に映るアングルを探していたおばさんは、ようやく良いアングルを見つけたのかシャッターを切る。

 

「いえ~い! あら~、おばさんもまだまだイケると思わない? 帰ったらひとりちゃんとふたりに自慢しちゃおうっと!」

 

「えぇ……」

 

 いま撮影した写真を見て満足そうに微笑み、どうにも返答のしづらい事を言うおばさんに振り回されながら、俺は渋谷を後にするのだった。

 

 

 

 それからしばらくして、この時の写真の事で俺のロインにひとりから悲壮な感じの連絡が届くのだが、それはまた別の話だ。




 この辺の話って作中では2018年なので、一応路上ライブはその範囲内の楽曲(前前〇世)を選んだんですが、このすぐあとの臨時の全校集会の時に『うっ〇ぇわ』(2020年10月23日リリース)が流行った形跡がある事が描かれているんですよ……

 イライザさんって歌どうなんだろう? って疑問に思ったので、同じような境遇らしい中の人を調べたらyoutubeに歌があったんですが普通に上手かったです。一応他にも外国人が歌うアニメソングって調べてみたら、AiRyAって人がめっちゃ上手かったのでここら辺を参考にしてます。でももし歌が下手くそでもイライザさんが楽しければオッケーです。

 主人公やひとりちゃんの親が外堀を埋めようとする発言は意図的に避けてます。

 今回一番困ったのが、美智代さんがどうやってジミヘンを連れて渋谷に来たのかって事だったんですが、結局分からなかったのでぼかしました。車か電車か……どっちなんでしょう? 
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