先日の渋谷での
同時にあの路上ライブ後の宣伝が、どれくらい結束バンドやSIDEROSの宣伝になったのか気になって同じくトゥイッターで調べてみたが、女子高生のコスプレをして結束バンドの音源を聴かせている謎の結束バンドおばさんなる人物の情報が出てきたのを発見して、これ以上の情報を仕入れるのはマズイと判断した俺はトゥイッターから離れる事にした。世の中には深入りしない方が良い事もあるのだ。
そんな訳で、俺はいよいよ自分に出来る事が無くなり無力感を抱いていたのだが、秀華高校の俺のクラスでは喜多さんというスーパー陽キャが関わっているイベントという事もあってか、二次審査であるネット投票の話題が大いに盛り上がっていた。
ネット投票の期間が始まってからというもの、動画サイトにあがっている結束バンドの曲を聞いたのであろうクラスメイトが、休み時間になると喜多さんの元を訪れては結束バンドの楽曲やひとりのギターの腕前を褒めている姿がよく見られる。
だが念願のちやほやタイムだというのに、肝心のひとりがその場に居合わせる事は滅多に――というかほぼ無い。
ひとりは喜多さんの席の真後ろという事もあり、喜多さんの友人と絡むことが多くなったストレスなのか、それとも席を外す度に喜多さんの友人に席を占領されるストレスなのか、休み時間になるとすぐに何処かへ姿を消して、授業が始まるまで帰ってこないのだ。まぁ気持ちは分かるが……
そういう事情もあって――という訳でも無いが、今日も今日とて昼休みになると俺とひとりはいつも通り教室を抜け出し、ひとりが休み時間になると逃げ込んでいる隠れ家的な、この日当たりの悪い謎スペースで二人揃って昼食を取っていた。
「……そんでイライザさんがウチの近所でやる花火大会に行きたいんだってさ。まだどうなるかは分かんないけど」
「そうなんだ。それって去年お姉さんと別れた後に太郎君と、いっ一緒に行ったやつだよね?」
「そうそう、それでイライザさんはお前も一緒に……って、そういえばおばさんがお前の浴衣用意しておいてくれるってさ」
「……えっ!? わっ私も!? って、ゆっ浴衣!?」
俺が昼食の弁当を食べながら、イライザさんと演奏してみての感想やイライザさんが花火大会に来たがっていた事など、ひとりの母親である美智代おばさんがひとりの制服を着て渋谷に居た部分は伏せて、先日のMoeExperienceの渋谷路上ライブの出来事を話していると、この謎スペースへと続いている階段から人が下りて来た。
「うわっ……本当に一番日当たりが悪そうな場所にいた」
「えっ!? さっささささん! なんでっ!?」
「いや、なんか喜多が決めたい事があるから二人を呼んで来いって」
突然ひょっこりと現れた佐々木さんは、どうやら喜多さんに頼まれて俺達を探していたらしい。普通なら佐々木さんの様な陽キャには絶対に見つからない隠れ家だが、ひとりの生態に詳しい喜多さんの入れ知恵があったと聞いて納得した。陽キャでありながら陰キャの生態に詳しくなってきた喜多さんは、さながら光と闇がそなわり最強に見えつつある。
「でもなんでこんな場所で食べてんの? あ、もしかして二人でなにかやらしー事を……」
「違いますから……それで決めたい事ってなんですか?」
「さあ? あ、後藤。うちも投票いれたよ」
「あっどうも……」
佐々木さんも御多分に漏れず、今の俺達のクラスの流行りの話題である結束バンドのネット投票を応援してくれているようで、佐々木さんの突然の襲来に怯えているひとりに対して、同い年なのに夢に向かって行動している事を尊敬していて、クラスの皆で応援していると優しく話しかけている。
そんな言葉にひとりや俺は少し表情を和らげた――が、二人して佐々木さんが着ているTシャツの存在に気が付くと再び表情を強張らせる。
「いや~まじな二人(ひとりと喜多さん)を見てたら体育祭かってくらい一致団結して燃えてきちゃってさ~。見てこれクラスTシャツつくった」
佐々木さんは自分が着ているTシャツの裾を両手で掴んで引っ張ると、自慢するように広げて見せて来る。
そういえば未確認ライオット一次審査の結果が出てすぐに、結束バンドを応援するクラスTシャツを作るといってカンパを募っていた事があったのを思い出す。
佐々木さんが着ているTシャツは体育祭で着るようなデザインと見紛う代物で、フロント側にはでかでかと『1日1票』とか『絆』とか『きたちゃん後藤さん(後から思い出して付け加えられたかのような小さな字)ファイト!』とか『2-3』など、暑苦しい文字が書かれている。
どこかで見た事があるデザインだと思ったら、これ去年の夏休みにひとりの家で結束バンドのTシャツデザインを考えた時に喜多さんが提案してきたデザインにかなり似ている。こういう共通点を見つけると、流石中学から喜多さんの友人をやっているだけあって、佐々木さんもやはりこういうノリの陽キャなんだなと改めて思ってしまう。
得意げにクラスTシャツを見せびらかしてくる佐々木さんを見たひとりは、そのTシャツに書かれた文言を見て過去の体育祭のトラウマが呼び起されたのか、それともクラスの垣根を飛び超えて目立つ事になるのを恐れたのか、怯えた表情で俺へと助けを求めるような視線を向けて来た。
確かに
「ま、まぁクラスの皆が応援してくれてるみたいでよかったじゃないか。それにほら、よく見ればなかなかナイスなデザインじゃないか?」
正直このTシャツデザインのなにをどうフォローしたら良いのか分からないのだが、とりあえずなにか言っとけ精神で心にもないフォローをしていると、佐々木さんは思い出したように手に持っていた物を俺へと手渡して来た。
「あ、そうそう。はいこれ」
「……えっ? なんですか?」
「山田の着る分ね」
「……えっ!?」
佐々木さんが手渡して来たのは畳まれているTシャツだった。綺麗に畳まれている
「山田も早く着なよ。あ、ここで着替えたらいいんじゃない?」
「……えっ!?」
「さっきから“え”しか言って無くてウケる。ほら早く。山田が着替えたら教室いくよ~」
ひとりに心にもない適当なフォローをしていたら、自分が着る事になったでござるの巻。
クラスTシャツを両手で持ったまま俺が怯えた表情でひとりを見ると、同じように怯えた表情だったひとりは俺と目があった途端顔を逸らした。おい、なにか俺にも優しい言葉をかけてくれよ……
喜多さんが教室で待っているから早くしろと急かしてくる佐々木さんに半ば押し切られるように、俺はひとりと佐々木さんの前でこのくそダサ……もといナイスデザインなクラスTシャツへと渋々着替え始めた。
途中佐々木さんから「へぇ~山田って結構ガタイいいんだね」なんて野次られながら着替え終わった俺は、憮然とした表情を浮かべてひとりへと投げやりに訊ねてみる。
「……どうだ?」
「……えっ!? あっ……えっと……いい……ん……じゃないかな……?」
突然クラスTシャツ姿の感想を訊ねられて驚いたひとりは、怯えて引きつった笑みを浮かべながら先程の俺と同じように心にも無いフォローを言って来たので、俺は優しく微笑み返した。すると、俺と目が合ったひとりは少し安心したのか僅かに表情を和らげる。
『お前投票期間終わるまで学校休もうとか思ってんだろ? もう絶対逃がさねぇからな……俺もやった(着た)んだからさ』
『たっ太郎君!? なっなんで!?』
幼馴染として過ごして早十余年――お互い言葉を交わさずとも、視線だけで分かり合えた瞬間だった。
「うわっ……なにあれ?」
「体育祭には早くない?」
「なんか投票やってるらしいよ」
謎スペースから教室に戻るまでの間、別のクラスの人間からの好奇の目が俺達へと突き刺さる。この視線が俺達の着ているTシャツに向けてなのか、それとも俺が運んでいる泡を吹いて気絶しているひとりへ向けてなのかは定かでは無いが、会話内容から恐らくTシャツへ向けての事だろうと思いたい。
「喜多~連れて来たよ~」
「あっ来たわね! 皆もう準備出来てるわよ!」
佐々木さんと共に教室まで戻って来ると、喜多さんやその友人をはじめとした大勢のクラスメイトが席について待っていた。おそらく佐々木さんがひとりと俺を探す為に教室を出ている間に、喜多さんが声を掛けて集めたのだろう。
教室にいるクラスメイトを見れば、いつの間にかクラスTシャツを着ている人が沢山いて、「やばっ! なんか一体感凄くない? 燃えて来たんだけど!」なんて言ってはしゃいでいる。おいひとり、お前もTシャツ着ない? 一緒にこの
何が始まるのか聞かされていない俺とひとりが喜多さんに促されるまま自分の席へと戻ると、さながら司会進行役といった風貌の喜多さんが教卓の前に立って声を上げる。
「えー、では……ひとりちゃん達も戻って来たので、さっそく私達結束バンドの、未確認ライオットでの『スローガン』を決めたいと思います! なにか案のある人!」
喜多さんの言葉に、まるで体育祭へ挑む運動部もかくやといった程の熱量を秘めたクラスメイトの手が次々と勢いよく上がった。
提案される様々な暑苦しい
「いや、未確認ライオットってそういうイベントじゃ無いですから……」
ちなみにスローガンは『天まで轟け魂の音! いざ掴み取れ勝利の栄冠! 伝説作れ結束バンド!!』に決定した。
良かったなひとり……これから毎日昼休みにクラスで声出し練習するらしいぞ……
散々な目に遭った学校から帰宅し夕食を終えた俺は、今の所ほとんど役に立っていない投票に関してこれからどうすべきか、自分の部屋で日課のドラム練習をしながら考えていた。
とはいえ碌に知り合いがいない俺に出来る事はほとんど無いのが現状だ。ルール無用で行くのならドラムヒーローとして結束バンドの宣伝をするのが一番なのだが、ひとりがギターヒーローとしての知名度を利用しないと決めている間は、同様に俺もドラムヒーローとしては何もしないと決めている。
BoBのSNSなどで宣伝するという手も考えたが、俺の個人的な理由でBoBというグループのSNSを使っても良い物かとも考えてしまうし(相談すればメンバーは許してくれるかもしれないが)、ファンでもない奴に投票してもらうのはバンドの為にならないと言っていた店長の言葉に同意する部分もある。
なにより、覆面とは言えひとりとヨヨコ先輩を有する
結局なにも良い案が思いつかなかった俺はドラムの練習を切り上げると、未確認ライオットの事は一先ず脇において、次にドラムヒーローとして投稿する動画で何を演奏するか考える為にPCでオーチューブにある
最新動画のコメント欄には次に演奏して欲しい曲のリクエストが書かれていたりするので確認していると、賞賛コメントやリクエストに紛れて普段はあまり見られないようなコメントがあるのを発見する。
『音戯アルトさんがオススメしていたので見に来ました!』
音戯アルトと言う見慣れない名前が気になって調べてみれば、どうやらバーチャルオーチューバーと言われる存在のようだ。
もしかするとと思い
誰かのオススメで俺達の動画を見に来たというのはそれほど珍しい事では無い。ただ大体は音楽関係のオーチューバーだったりする事が多いので、Vチューバーといわれる人(人でいいんだろうか?)の名前が出たのは初めてだった。
調べてみると音戯アルトさんは事務所にも所属せず、あまり熱心に活動している人では無いようで、配信も不定期でたまにしかしていないようだった。だが最近は割と頻繁に配信を行なっているらしく、偶然にもまさに今からオーチューブで生配信を始める事が分かったので、
『こんばんは~音戯アルトだよ~。今日もゲーム実況やりま~す』
配信画面には今日遊ぶであろうゲーム画面と黒髪のツインテールの女性のキャラクターが写っている。恐らくこのキャラクターが音戯アルトさん(という設定)なのだろう。声は……多分若い女性だ。プレイするゲームはフォートペックスとか言うFPSゲームらしい。
上位のVチューバーと比較すると零細らしいがファンはそこそこ付いているようで、チャット欄には音戯アルトさんの挨拶に反応するコメントが次々と流れていく。そのチャットを見るにどうやらファンからはアルちゃんと呼ばれているようだった。
配信が始まると音戯さんは慣れた様子でゲームを操作しながら雑談していたが、しばらくすると結束バンドの話題を出してきた。
『みんな~。この前おすすめした結束バンドの曲聞いてくれた~?』
音戯さんの言葉に反応してチャット欄には『アルちゃんのオススメだけあって曲めっちゃ良かった!』とか『アルちゃんが言ってた結束バンドに投票しました!』なんてコメントが表示される。他にも
『結束バンドは未確認ライオットっていう音楽フェスに出てるから、みんな良かったら投票してね~。あ、初見さんようこそ~。そうそうギターヒーローさんとドラムヒーローさんの動画は、音楽好きなら見て損はないよ~』
おお、本当に紹介してくれている。この時期に結束バンドを拡散してくれるのはとてもありがたい。それに
雑談で随分と話題に出してくれるのでなにか一言お礼でも言いたかったのだが、いきなりチャットで『紹介ありがとうございます』なんて書き込んでも気味が悪いだろうと思ったので、心の中で感謝を述べるだけに
その後、結束バンドや俺達の話題も終わり、普通の雑談に移ったゲーム配信をしばらく眺めていたが、あまり詳しくないゲームだし、夜も遅いしそろそろ寝ようかと思っていると、突如チャット欄にどぎつい赤色の背景色のコメントが表示された。
『あっ寿司侍さんスパチャありがと~★』
器用にゲームをプレイしながら、音戯アルトさんは送られてきたコメントに反応する。
チャット欄の赤色の背景色の中には、SUSHI ZAMURAIの名前と共に\10,000と表示されており、コメントには『アルちゃんファイト!』と書かれている。所謂スーパーチャット――投げ銭って奴だ。スパチャの実物を見たのも初めてだが、BoBの路上ライブでも一人の観客から万札なんて入らないので、Vチューバーとそのファンは凄いと思ってしまう。
SUSHI ZAMURAIさんは結構有名な人なのか、チャット欄はSUSHI ZAMURAIさんの登場と赤いスーパーチャットに沸いている。だが俺の思考には別の意味で電流が走っていた。
「スパチャ……そういうのもあるのか……」
そう、俺は先程の結束バンドの宣伝や俺達の動画の宣伝をしてくれた音戯アルトさんへのお礼を悩んでいたが、スーパーチャットを送る事を閃いたのである。まさに相手がVチューバーならではのお礼の仕方だ。
スーパーチャットを送ると決めたら、次は添えるメッセージを考えなくてはならない。SUSHI ZAMURAIさんはアルちゃんなんて親し気に呼んでいたが、初見の俺があまり馴れ馴れしいのもアレだと思い、色々考えた結果、無難に『応援してます』と言う短い文に
さて、最後にして最大の問題になるのがスーパーチャットの値段だ。最初は千円を考えていたのだが、結束バンドや俺達の動画を宣伝してくれた事の感謝の気持ちが千円か? と考えると少し悩んでしまう。
俺は散々悩んだ結果、SUSHI ZAMURAIさんと同じ、スーパーチャットの最上級の色である赤色になる一万円を送る事にした。正直学生の身でこの値段は高すぎるかとも思うが、これは俺なりの感謝の証だ。誠意は言葉ではなく金額とも言うしな。
「……ええい、ままよ!」
感謝の気持ちは当然あるし後悔は無い……が、やっぱり学生の身としては一万円は大金だ。俺が清水の舞台から飛び降りるような気持ちで送信ボタンを押すと、スーパーチャットはすぐさまチャット欄に反映され、それを見た音戯アルトさんも反応した。
『あっdrumheroさんもスパチャありがと………………ってdrumhero!!!?!??』
「あっ、ヤベっ……」
俺が送ったスーパーチャットを読み上げた瞬間――悲鳴にも似た叫び声を上げる音戯アルトさんの声を聞いて自分のミスに気が付いた俺は、いまさら全く意味は無いのだが、咄嗟に逃げる様にPCのブラウザを落とした。
そういえば投げる金額に気を取られ過ぎていてdrumheroアカウントのままだったのをすっかり忘れていた……いやでも名前って他人と
過ぎた事を悩んでも仕方ないので、今日はもう何もかも忘れて寝ようと思い、PCの電源を落として布団に入ろうとすると、突然イライザさんからロイン通話がかかって来た。
「こんな夜中にどうしましたイライザさ……」
『ちょっとタロー! 今アルちゃんの配信見てますカ!?』
こんな時間になんの用かと不審に思いながら電話に出た瞬間、興奮したように叫んで来たイライザさんの大きな声に思わず俺は顔を顰める。
このタイミングと口ぶりから察するに、アルちゃんとは恐らく音戯アルトさんの事だろう。もしかしてイライザさんもあの配信を見ていたのだろうか? なんて思っていると、イライザさんは自分がSUSHI ZAMURAIである事と、配信でdrumhero名義のスパチャを見てまさかと思い連絡してきた事を教えてくれた。
今更誤魔化しても意味は無いので
さっきは逃げる様にブラウザを落としてしまったが、イライザさんは未だに配信を見ているようなので、気になっていた俺がやらかした後の事を聞いてみる事にした。
イライザさんが言うには、視聴者はdrumheroの音楽界隈での評価なんて知らない層な事もあってか、それほど騒がれてもいないらしい。だが音戯アルトさんが前の配信で結束バンドや
代わりに音戯アルトさんは随分とテンパっていたようで、イライザさんの『あんなに焦ってるアルちゃんはゲーム中でも見た事ないヨ! ちょーレアだった! タローThanks!』という感想曰く、視聴者の評判は上々だったとの事だ。
とりあえず大事になっていないようで俺が安心していると、今まで楽しそうに話していたイライザさんは打って変わって不満げな声を上げた。
『ンモー! タローもアルちゃんのファンなら早く教えてよね!』
『もっと早く教えてくれてれば、コラボカフェにも一緒に行けたのにー』なんて文句を言いながらも、同志を見つけたと思ったのか、その声色は何処か嬉しそうだった。ただ残念な事に俺はアルちゃんのファンでは無い。なんなら配信を見たのも、その存在を知ったのさえも今日が初めてだ。
だが、せっかく楽しそうにアルちゃんの魅力を話してくれているイライザさんの話の腰を折る事も無いと思い黙って聞いていると、イライザさんから衝撃の情報が伝えられる。
『そういえばSTARRYのPAサンもアルちゃんの大ファンなんだよ!』
聞けば都内某所で行われたVチューバー100人とコラボしたコラボカフェで偶然出会ったようで、カフェで出されたドリンクの特典である百種類あるランダムコースターの、音戯アルトコースターを大量に持っていた程の、しかも同担拒否(同じ対象を応援する他のファンと交流を持ちたくない人)の筋金入りのファンらしい。
あのピアスバチバチ、イケイケお姉さんの印象があるPAさんが、こういう美少女Vチューバー? の大ファンだったとはなんだか意外だ。いや、美少年Vチューバーだったとしてもアレなんだが……案外ああいった人がこういう物にハマったりするんだろうか?
『それでアルちゃんはね……あっマッチングした! ゴメンね今からアルちゃんとゲームするから、またねタロー!』
イライザさんは慌てたようにそう言うと、一方的に電話を切ってしまった。台風のように連絡してきて、台風のように去って行くこの感じ……まさに廣井さんのバンド仲間って感じがする。こんな事を言うと志麻さんに怒られそうだが……
「……寝るか」
なんだかこの短時間で精神的に一気に疲れてしまった気がした俺は、持っていたスマホを投げ出すと、布団に潜り込みゆっくりと目を閉じた。
翌日、皆でクラスTシャツを着て声出し練習を行なうという
「おはようございますPAさん。大丈夫ですか? なんだか調子悪そうですけど……」
「っ……やっ山田君……!」
俺が声を掛けると、何故かPAさんは酷く驚き、緊張した様子でこちらを見てきた。
今まで見た事が無いようなPAさんの珍しい反応を疑問に思っていると、PAさんは何かを決意した険しい表情で椅子から立ち上がり、俺の腕を掴んで引っ張るように歩き始める。
「ちょっ、なんすか!?」
「ちょ、ちょっとこっちに来てください! すみません後藤さん、山田君ちょっと借りますね!」
「えっあっ、はい……?」
呆然としたひとりに見送られ、引き摺られるがままSTARRYの
「あの……や、山田君は……昨日の夜なにしてました……? もっもしかしてオーチューブとか見てました……?」
随分と変わった質問をしてくると思ったが、賢い俺はすぐさま気付いてしまった。
そう言えばイライザさんが『PAさんは音戯アルトさんの大ファンだ』と言っていたので、PAさんも昨日の配信を見ていたのかもしれない。drumheroが俺である事はPAさんも知っているので、昨日の配信でのスパチャで名前を見て、気になって訊ねてきたのだろう。
特に隠す事でもないので俺は正直に音戯アルトさんの配信を見ていた事を伝えると、PAさんは何故か青い顔になりながら「……やっぱり」なんて小さく呟いた。
最近、未確認ライオットの二次審査まで進んだ結束バンドが今までよりも大勢の人に認知され新規ファンが増えてきている事に、古参ファンであるひとりのファン二号さんが暗黒面に落ちかけているらしいが、同担拒否勢というPAさんも、昨日今日音戯アルトを知ったにわかファンのような俺に思う所があるのかもしれない。まぁ俺は別にファンではないのだが……
「そ、そういえばPAさんって音戯アルトさん――」
の大ファンなんですよね? なんて、先程からのなんとなく不穏な空気を和らげようと思った俺が声を上げた瞬間――凄い形相のPAさんが慌てた様子で俺の口を両手で塞いできた。
「そ、それ以上は言わないでください……!」
「
きょろきょろと辺りを見回しながら言うPAさんに、俺は口を押えられたまま謝った。周りに誰もいない事を確認して安心したのか、PAさんは塞いでいた俺の口から手を離すと、酷く疲れた様な目で俺を見て来る。
「はぁ……でもまさかそこまでバレてるなんて……ちなみにいつから知ってたんですか?」
「えっと……昨日です」
「昨日!?」
PAさんが音戯アルトの大ファンだとは、昨日の夜にイライザさんがかけて来た電話で初めて知ったので、俺が素直に答えると、PAさんは飛び上がるほど驚いていた。もしかしてイライザさんに口止め的な事をしていたりしたんだろうか? だとするとこの情報は結構やばい気がする。
「そう……ですか。だから昨日スパチャを……そういう事なら……やっぱりこれは返します!」
PAさんは一人でなにかを勝手に納得して何もかも諦めたように力なく呟くと、突然自分の財布から一万円札を取り出し、何故か俺の制服の胸ポケットへと無理矢理ねじ込んでくる。
「ちょっと!? やめ、やめろ! なんかいかがわしく見えるからポケットに裸の万札を突っ込むな! っていうかなんなんですか一体!?」
「なにって昨日山田君スパチャしたでしょう!? 同僚の男子高校生からのスパチャ……それも一万円なんて受け取れません!」
「いや、確かにスパチャはしましたけど、そもそもなんでPAさんが返してくるんですか!? あれは音戯アルトさんに――」
「だから私が――って……えっ?」
「……えっ?」
俺の叫んだ言葉に、二人して見つめ合ったまま時が止まる。勿論色っぽい雰囲気などは何処にも無く。むしろ嫌な緊張感が辺りを包んでいる。
PAさんは何かに気付いたのか、急に大量の汗を掻きながら怯えた様な表情をしている。流石の俺でも、PAさんの今までの言動を思い返せば嫌でも気付いてしまう。ワシ……音戯アルトさんの正体に心当たりがあるんや……
「Vチューバーの音戯アルトさんって……ま……まさか」
「ん″ん″っ!」
俺の言葉を遮るようにPAさんは大きく咳ばらいをしたかと思うと、全身の力が抜けたようにへなへなと床に座り込み、両手で顔を覆いながらさめざめと泣き始めた。
「お、終わった……私のミステリアスなイメージが……」
「というか、なんで自分からバラすような事したんですか……」
「だ、だって……先に山田君が言ったんじゃないですか……私が音戯アルトなのかって……」
もしかしなくても、先程俺が言いかけた言葉を、『PAさんって音戯アルトさん(の大ファン)なんですよね?』というように早合点したようだ。改めて先程の言葉を最後まで説明して誤解を解いたが時すでに遅し、真実を知ったPAさんはますます落ち込んでしまった。
「大体山田君が悪いんですよ……あんな紛らわしいスパチャ送ってきて……」
「アレはその……すみません。普段はああいう事なんてしないんで、アカウントを切り替えるなんて事、全然頭に無かったんです」
確かに責任の一端は俺にもあるので、俺は薄暗いSTARRYの一角で、落ち込んだPAさんを元気づけようと隣に腰を下ろした。
イライザさんも音戯アルトのファンらしいので正体を教えないのかと訊ねてみると、PAさんは音戯アルトの身バレは絶対に嫌との事で、それならばと俺は口外しない事を約束する。
俺もドラムヒーローである事を積極的に周りに教える気は無いので、正体を隠したい気持ちは良くわかる。それに、そもそも俺がドラムヒーローである事を知っているPAさんが黙ってくれている現状を考えると、お互い口外しない事が平等なのだ。
「しかし、俺
身バレしたショックなのか、未だに落ち込んだ様子のPAさんを励ます為に……という訳でもないが、俺が率直な意見を伝えると、PAさんは疲れた様な表情を少しだけ和らげた。
「そう……ですか? じゃあ今度、サンプルで貰った音戯アルトグッズを持って来ますね。アクキー(アクリルキーホルダー)とかもありますよ」
「え? いや、俺は応援はしますけど、別に
「山田君が音戯アルトに関して何か失言した時に、ファンという事にしておいた方が都合がいいでしょう?」
「アッハイ」
俺経由の身バレを警戒しているのか、俺をそっち側に取り込むことで保身を図っているようだ。誰にも言わないと誓った俺の信用が全然無い。怪しげな笑みを浮かべているPAさんの目は全く笑っておらず、今ここに圧力に屈した音戯アルトのファンが誕生した瞬間だった。
しかしただでさえ結束バンドから出るひとりのグッズを集めていると、自分の部屋の一角が男子高校生らしからぬピンク色に染まってきて困っているというのに、そのうえ謎のVチューバーグッズを押し付けられたら、俺の部屋は一体どうなってしまうというのだ……現状もしかしたらひとりの部屋の方がよっぽど男子学生しているかもしれない。
後日PAさんから貰った音戯アルトコースターを、普通にコップの下に敷くという想定通りの使い方をしていると、それを見たイライザさんにガチギレされるという事件が起こるのだが、それはまぁどうでも良い話だ。
さて、色々と丸く収まりそうな感じだが、最後に一つだけ問題が残っている。そう、俺の胸ポケットに突っ込まれている万札の行方についてだ。
これは結束バンドや俺達を宣伝してくれたお礼のスパチャだと改めて説明したのだが、PAさんは顔見知りの高校生から貰う訳にはいかないと言って聞かなかった。
しばらく二人で押し問答を続けながら、なんとか良い落とし
「分かりました……じゃあこういうのはどうですか? 今度MoeExperienceが秋葉原でライブやるのは知ってますよね?」
「……はい。確かコミマの次の日でしたっけ?」
「そうです。それで……正直ちょっと、っていうか絶対に報酬としては足りないと思うんですけど、このお金はそのライブでPAをやって貰う依頼料って事でどうですか?」
「……えっ? わ、私がPAをですか?」
PAさんが驚くのも無理はない。普通ライブのPAはそのライブハウスのPAが担当するだろう。しかし俺達の今度やる秋葉原でのライブは、少しでも費用を浮かせる為に音響照明はセルフで行うライブなのだ。
事前に機械の操作方法は教えてくれるとの事なので、虹夏先輩やヨヨコ先輩辺りにPAをお願いする予定だったのだが、本職であるPAさんが引き受けてくれるのなら、これ以上安心出来る人選は無いだろう。
はっきり言って一万円(スパチャは三割が手数料として取られるので実質七千円)で本職のPAを雇うというのはかなり無茶な条件だと思うのだが、PAさんは小さく息を吐くと、観念したかのような呆れた笑みを浮かべた。
「はぁ……分かりました。そういう事なら受け取ります」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
色々とすれ違いはあったがなんとか丸く収める事が出来た事、おまけに懸念事項の一つが解消された事に安心した俺は、胸ポケットに乱雑に突っ込まれていた一万円札を依頼料としてPAさんへと差し出した。その万札をPAさんが受け取って万事解決になるかと思った瞬間――
「太郎くーん、どこー? そろそろバイト始まる時間だよ……って……えっ?」
「あっ」
俺を探しに来たであろう虹夏先輩がひょっこりと現れた。
「こっコラー! 二人共! 何してるの!! やめてよ本当に!
俺は向かってきて暴れる虹夏先輩の腕を慌てて掴むと、PAさんと二人がかりで拘束する。
「ちょ、ちょっと虹夏先輩、誤解ですって……! 暴れんなよ……暴れんなよ……」
「ちょっと太郎君離して……って力強っ!?」
やめてよね。本気で力比べしたら、いくらドラマーだからって虹夏先輩が俺に敵うはずないでしょ……って俺もドラマーだから職業差は無かったわ。という事で両手をしばらく掴んでいると、虹夏先輩は大人しくなったので誤解を解くことにした。
交渉が長引くと音戯アルトの事も話さなくてはならなくなりそうだった事もあってか、全力で援護してくれたPAさんの活躍もあってすぐに誤解が解ける(まぁ当たり前だが)と、虹夏先輩は申し訳なさそうに自分の後頭部をさすりながら笑った。
「たはー……ごめんごめん。いっいや、まぁあたしはそんな事だろうと最初から分かってたけどね!」
あまりに白々しい言い訳を始める虹夏先輩に俺達二人はジト目を向けると、虹夏先輩は誤魔化すように話題を変えてくる。
「そっそれで!? あたしにライブで照明をやって欲しいんだっけ!?」
秋葉原ライブの
虹夏先輩なら受けてくれるかと思ったのだが、虹夏先輩はしばらく悩んでいたかと思うと別の人物を推薦して来た。
「う~ん……ちょっと自信は無いけど、あたしで良ければやるよ! でもどうせなら少しでもそういう知識を持った人の方が良いんじゃない? ほら、一号二号さんとか」
そういえば一号二号さんは美大の映像学科生なんだっけか? 確かに全くの門外漢がやるよりも良いのかもしれない。問題はPAさんのように弱みを握っていないので、碌に報酬を出せないこの仕事を引き受けてくれるかどうかだが……
「もし断られたらあたしがやるから、聞くだけ聞いてみたら? 太郎君は一号二号さんの連絡先知ってるんだっけ? 知らない? おっけー、じゃああたしから連絡しておくね」
報酬はライブという実戦での照明経験値と、PAさんと同じく現金一万円(悪いが一号二号さん二人合わせて一万円だ)、そしてひとりも参加するであろうライブ後の打ち上げに参加出来る権利でお願いする事にした。
結束バンドの二次審査の応援をしようと動いていたら、何故か秋葉原ライブの準備が整いつつあるのだが……まぁこういう事もあるだろう。切り替えていけ。
そんな訳で、その後も結局俺は投票に関しては大して役に立たないまま、あっという間に未確認ライオット二次審査の中間発表の日を迎えるのだった。
ドラムヒーロー名義でスパチャを送って音戯アルトの正体がバレるって話の流れはかなり初期――確か結構序盤の感想で『音戯アルトさんも出して』みたいなのを貰った(確か貰ったはず)時から決めてました。というか作者の頭では音戯アルトの正体バレをさせる方法がこれしか思い付きませんでした。
たまに作者の闇の部分が出てきてドエロい話を書きたくなる時があるんですが、エロいネタってたとえちょいエロやギャグ扱いでも途端に生々しくてキモい感じになったりするので、そっちに行かないようにかなり気を付けてます。
具体的に言うと今回最後の万札を渡してたシーンなんかは、主人公とPAさんがエロい事やってると勘違いした虹夏先輩が(同じ事思った読者は怒らないから手をあげなさい)二人に拘束された時に「あっあたし、初めては太郎君の部屋が……」「何言ってるんですか!?」「私は別に三人でここででもいいですよ?」「PAさん!?」みたいなギャグを最初書いてたんですけど、キモいから闇に消えました。実は今までの話数の中にも推敲前にはこんな感じのちょいエロギャグがあったりします。
同じように感想でよく書かれる主人公って性欲あるの? って疑問も、性欲はありまぁすってのが回答なんですが、作中でそれに触れちゃうと、ともすればガチエロ展開に足を突っ込みかねないキャラがチラホラいるのと、作品の空気が変わっちゃうのでこれからもスルーします。そういう小説じゃねぇからこれ!