小説を書き始めてしばらく経った人が陥るという『自分の書いた文がどうやっても駄文に見える病』にかかりました。
大槻ヨヨコの演奏や作曲、作詞の内容が、BoBに入ってからのこの半年で少しずつ変わって来ているという事は、SIDEROSのメンバーだけでなく、ヨヨコをよく知るFOLTの関係者も感じていた。
それが良い変化なのか、あるいは悪い変化なのかはまだ誰にも分からないが、そんなヨヨコの纏う雰囲気がより一層ハッキリと大きく変わったと周囲の人間が感じたのは、ここ最近――BoBが
以前から演奏に関しては人一倍真剣だったヨヨコだが、ブッキングライブに出て以降はどこか自分の殻を破ろうと必死にあがいているように長谷川あくびには感じられた。
原因が池袋のライブにあるのは間違いないが、何があったのかはライブを見ていないあくびには分からなかった。だがあのヨヨコがあれだけ変わった原因に興味はあったし、なにより悩んでいるヨヨコの力になりたかった。
それに加えてあくび自身も太郎とひとりの演奏に興味があった。二人の演奏はFOLTのクリスマスライブとSTARRYでのBoBの初ライブの二回見ているが、そのレベルの高さは疑いようもなく、叶うなら近くで見てみたかったのだ。
そんな風にいくつもの理由が重なった事もあり、偶然渋谷駅のホームで出会った太郎とひとりを見つけた時に、あくびはつい二人をスタジオ練習に誘ってしまったのだ。
スタジオに着いて演奏が始まるまでにひとりや太郎の奇行が色々とあったが、取り敢えず無事練習がスタートした事にあくびは胸を撫で下ろした。
様々な理由からツインドラムでのスタジオ練習の経験がほとんど無かったあくびは(純粋に一部屋にドラムを二組おいてあるスタジオが極端に少ない)、若干の緊張と多少の期待感を胸に演奏を開始すると、視界の端に太郎の姿を窺った。
太郎の演奏技術が高い事は過去二回のライブを見た事で分かっていたが、薄暗いライブハウスのステージの上では無く、明るいレンタルスタジオのかなり近い距離で太郎の演奏を見たあくびは、改めてその技術の高さに感嘆する。それこそ、これを見れただけで今日の練習に呼んだ
まず目についたのはその圧倒的な体の安定感だ。ピンと伸びた背筋や、基本のポジションから全くブレる事のない上半身の安定感は当然の事ながら、目立たないという理由からか多くのドラマーがおろそかにしがちな下半身の安定感が抜群にしっかりしている。これはひとえに体幹がしっかりしている為だろう。
太郎は体を鍛えているらしいので、一般的な男子高校生より体格が良い。よくドラマーは体重を増やした方が良い、なんて話があるが、それは体重(厳密にいうと手足の質量)があった方が音が太くなって低域が太くなり、ビートとグルーヴが安定するからだ。
他にも体を鍛えて体力がつけばバテにくくなり長時間パフォーマンスが落ちずに演奏する事が可能になるし、筋力の最大値が5の人間が叩く1の音と、最大値が10の人間が叩く1の音は明確に違って来る。なにより筋肉をつける事は首や腰の怪我の防止に繋がる。
ドラムをよく知らない人間から見れば、その体格から一見腕力で叩いていそうに見える太郎だが、驚くのは手首や体全体の動きのしなやかさや柔らかさだ。特にその手首の動きは、まるで持っているスティックが宙に浮いているように見えてしまう程の軽やかさを持っている。
体重があった方が良いと聞くと勘違いされやすいが、ドラムは力で叩くものでは無い。むしろその逆、重要なのは脱力と、いかに体全体を使って音を鳴らすかであり、目指す所は『自分の体全部が一本のスティックのようになる』ことだと言われる。それが出来れば単純な力で劣る女性ドラマーだって男性に負けないパワフルな音が出せるのだ。
だが、勿論そこへ辿り着くのはそう簡単ではない。ただひたすら地道な基礎練習を繰り返し、体の効率的な使い方を突き詰め、精度の高い基礎力を身に着ける事が重要になってくる。そして
SIDEROSというバンドのドラマーであるあくびは、自分がひとかどの
幽々や楓子も、太郎とひとりの演奏を近くで見て改めて感嘆した――が、ヨヨコ以外のSIDEROSメンバーが真に驚愕したのはそういった技術的な事だけではなく、太郎とひとり、二人の奏でる音だった。
今日のスタジオ練習の主役はSIDEROSだ。太郎とひとりもそれを分かっているので、邪魔をしない様に演奏している。だが気が付けば二人のドラムとギターが演奏の中心に来てしまうのだ。
その事に真っ先に気付いた太郎が自分のドラムの
原因はなんて事はない。太郎とひとり、この二人の奏でるどうしようもなく心地の良い演奏に
以心伝心。阿吽の呼吸。ツーカーの仲。呼び方は様々あるが、太郎とひとりの演奏にはまるで十年以上共演して来たかのような演奏の一体感と、SIDEROSをもってしても抗い難い程の異常なまでの
グルーヴ感という物に明確な定義は無い――が、その正体は演奏する人が本来のリズムからずれる時の「ズレ」や「揺れ」だと言われている。これはリズム隊のリズム感が悪かったり、ミスした事による「ズレ」では無く、正確にリズムを刻む中でのその人独自の「ズレ」であり、グルーヴ感とはこの「ズレ」が共演者同士で噛み合った時に生まれる物……と言われている。
つまりこの二人の演奏は、
グルーヴ感という観点だけで見るならば、これは明らかにあくび達が過去二回のライブで聴いたきくりとヨヨコを加えたBoBの演奏の比
そんな二人のグルーヴ感に乗ろうとするが当然ピタリと噛み合う事はできず、だがそれでも即席にしては素晴らしい演奏が出来ていると感じていたあくびの目に入って来たのは、今のSIDEROSの中で唯一人、難しい顔で演奏するヨヨコの姿だった。
太郎とひとり、二人のグルーヴ感に支配されていた練習から休憩時間に入ると、ひとりは珍しくヨヨコの傍に来て何事か話をしていたが、しばらくヨヨコから話を聞いていたひとりは突然立ち上がると、お礼を言ってスタジオから足早に去って行った。
「お、おいちょっとひとり!? す、すみません。俺も
「あ、別にそのままでいいっすよ。後はウチらがやっときますんで」
太郎が使っていたドラムは受付で借りた持ち運びを前提とした物だったので、今あくびが使っているスタジオ備え付けのドラムとは違い、当然最後には受付に返す必要がある。だがあくびがドラムを片付けようとした太郎を止めると、太郎は恐縮したようにあくびを見た。
「え? いやでも……」
「実はウチもそれ、ちょっと使ってみたかったんです。だからそのままでもいいっすよ」
「そう……ですか? すみません。そういう事なら申し訳ないけどあとはお願いします。そんじゃあ俺も失礼します。みなさん今日は誘ってくれてありがとうございました」
お礼を言って頭を下げ、そのまま荷物を持ってひとりの後を追ってスタジオから出て行った太郎を見送ると、あくびはゆっくりと太郎が使っていたドラムの椅子に腰を下し、確かめるようにニ、三度叩いてみる。
持ち運びを前提としているだけあって、バスドラム、スネアドラム、ハイハットシンバルの三種類しか付いていないし、その作りも簡素な物だ。果たして自分はこの簡素なドラムであれだけの演奏が出来るだろうか? 先程の太郎の演奏を思い出して自問しながらドラムをしばらく叩いていたあくびは、やがて手を止めるとメンバーに問いかけるように口を開いた。
「いや、それにしても半端ないっすねあの二人。凄腕だとは知ってましたけど、グルーヴ感だけで言うなら
今まさに目の当たりにした状況が信じられないと言った様子のあくびに、楓子は先程のセッションが余程楽しかったのか満面の笑顔で同意するように首肯する。だがヨヨコと幽々、過去に太郎やひとりと一度セッションした経験を持つ二人は少し考えこんだ表情を浮かべていた。
難しい顔をするヨヨコの様子に、他所の人間を大きく褒めた事が不味かったかと思っていたあくびだったが、何かを考えていたヨヨコはしばらくすると、腕を組んだまま不服そうな顔で鼻を鳴らす。
「……言っておくけど……アレ、まだ
「…………えっ?」
あくびが驚くと同時に、ヨヨコと同じように考えこんでいた幽々はまたぞろ面倒な事になって来たとでも言いたげな苦笑いを零しながら肩を竦めた。
ヨヨコの言う『アレ』とは間違いなく先程の太郎とひとりの演奏の事だ。あくびはその言葉を聞いて、先程の演奏中に浮かんだ自らの考えの違和感と、池袋ライブが終わってからのヨヨコの大きな変化の理由を唐突に理解する。
「もしかしてヨヨコ先輩……あの二人に付いて行けたんすか?」
「……えっ!? ま……まあね!? 最後の一分くらいだけだけど…… 」
あくびの問いかけに今度はヨヨコが驚いた。恥ずかしそうにごにょごにょと尻すぼみに答えると、最後には不機嫌そうに腕を組んでそっぽを向いてしまう。
あくびは先程の太郎とひとりの演奏を、あの二人
現時点ですらグルーヴ感だけとはいえ、たった二人でSICKHACKに勝るとも劣らない演奏をやってのけたのだ。もしヨヨコの言う通り本当にあの先があるというなら、それはつまりあの二人は既にSICKHACKよりも――
「さてと……そろそろ再開するわよ」
ヨヨコの言葉で練習が再開されると、ヨヨコを除くSIDEROSメンバーはスタジオの一角にぽつねんと残された簡易ドラムセットを見ながらぼんやりと考える。
正直に言うと、ヨヨコが出場すると言い出すまで未確認ライオット自体にあまり興味がなかった。それはある意味では、SIDEROSは同世代相手なら誰にも負けないという自負の表れだったと今なら言えるかも知れない。
だが今は優勝したいと強く思える。それは優勝を目指しているヨヨコの力になりたいという想いであり、中間結果とはいえ三位だった悔しさであり、そしてなにより……BoBを超える為の第一歩なのだ。
真剣に練習するヨヨコの姿を視界に捉えながら、三人のSIDEROSメンバーは今後の自分の練習時間を増やすことを真剣に検討するのだった。
◇◇◇
俺と店長は現在、STARRYを出て足早にある店へと向かっている。
俺とひとりがSIDEROSのスタジオ練習に参加した日から一週間後の今日は、遂に未確認ライオット二次審査の最終結果が出る日だった。
二次審査を通過できるのが30位以内にもかかわらず中間結果で42位だった結束バンドだったが、蓋を開けてみれば最終順位28位というギリギリの順位で二次審査を突破した。
特にバズる事も無かった筈なのに順位が急浮上した原因だが、何故か数日前から結束バンドのMVの再生数が一気に伸びた事を不思議に思ったリョウ先輩がMVのコメント欄を調べた結果、『ばんらぼ』というネットサイトに結束バンドを紹介する記事が掲載された事が原因だったようだ。
掲載されているバンドに一通り目を通した感じ、SIDEROSやケモノリアと言ったバンドの名前は載っておらず、恐らくこれは既にバズっていると判断されているのではないかと察せられる。おまけに残念? な事に
これは純粋にBoBの存在が知られていないのか、それともSIDEROSと同じくもうバズっている判定なのか、もしくはおきくさんの正体に気付いているこの記事のライターが年齢的な若手判定からBoBを弾いた可能性もあるのかもしれない。
一応BoBメンバーの現時点の年齢は、太郎17(先月の五日)、ひとり16(来年の二月に17)、ヨヨコ18(今月の二日になったばかり)、きくり26(四か月後に27)という事で、合計した数を四で割ると平均年齢19.25歳のバンドなんだが……思ったより若かったわ……ままええわ。
ともかく、そういう訳で無事二次予選を通過した結束バンドだったが、二次審査の結果を確認した後、虹夏先輩達がばんらぼの自分達の記事を熱心に読んでいるその時、俺は店長に用事があるから付いて来いと外に連れ出されたのだ。
「それで店長。用事ってなんですか?」
「ん? ああ。ケーキを取りに行くんだよ。二次審査に通ったとしても落ちてたとしても必要だと思ったからな。予約しておいたんだよ」
「まぁ正直突破出来ると思ってなかったから、今回はケーキの上のお祝いプレートは無いんだけどな……」なんて困ったように話す店長だったが、それも仕方のない事だろう。もしネット記事がこのタイミングで掲載されていなかった場合、俺達の宣伝だけでは30位以内に入れたかは正直かなり怪しい所だったと思う。
俺が「あのネット記事のおかげですね」なんて冗談交じりに話すと、先を歩いていた店長は途端にふと何かを思い出したように立ち止まり、少し困ったようにこちらへと振り返った。
「だよなぁ……一応ぶりっこメルヘン年齢鯖読みライターにあの記事の礼を言っておくか……」
「……え?
「お前気付いてなかったのかよ……こんなタイミングであんな記事が出るなんて、心あたりと言ったらあいつしかいねーだろ……」
そう言われると確かにそうだ。やみさんはギターヒーローであるひとりに強い関心を持っていたし、そもそも俺の知る限り結束バンドに取材に来た雑誌ライターは、池袋ライブの前も後もやみさん一人だけだ。そういう意味では結束バンドの今現在の知名度というか、注目度はかなり低いのかもしれない。
しかしそうなると例の記事にBoBが乗っていなかった事が謎なんだが……一応何かの配慮をしてくれた結果なんだろうか? それともやはり廣井さんの年齢的なヤツか? まぁそれならそれで仕方ないが。
驚いている俺を若干の呆れ顔で見ていた店長は、俺が納得出来たタイミングでおもむろに右手を差し出して来た。
「じゃあそういう訳だから、お前のスマホ貸してくれ」
「えっ!? どういう訳ですか!?」
「いや、お前池袋のライブの時あいつと連絡先交換しただろ? 一応ネット掲示板にあいつの連絡先は晒されてるから知ってはいるんだけど、こっちの番号知られるの嫌じゃん?」
これからお礼の電話をしようとしている人間とは思えないとんでもない理由だった。そして何故かやみさんの個人情報が漏洩しまくっているのが恐ろしすぎる。電話番号晒されるって過去に一体何をやらかしたんだよあの人は……
まぁしかし店長の気持ちも少し分かってしまう。やみさんと連絡先を交換してからという物、
「ひとりが動画を投稿した時も同じように電話がかかって来て感想を伝えておいてくれとか言って来るんですよ……虹夏先輩でも電話まではしてきませんよ……」
「それは虹夏がお前達とほぼ毎日会ってるから電話する必要が無いだけだろ……あいつお前達の新作動画が出た日は食事中ずっとその話してるんだぞ……聞かされる私の身にもなってくれ……」
俺の話を聞いていた時は気の毒そうな表情をしていた店長だったが、家での虹夏先輩の様子を思い出すと途端にげんなりとした表情に変わってしまった。一体何やってるんですか虹夏先輩……こんな話を聞いたら逆に俺がちょっと申し訳ない気分になっちゃいますよ……
俺からスマホを受け取った店長は通行人の邪魔にならない様に近くの建物へと身を寄せると、壁に寄りかかりながらやみさんへ連絡する。
考えてみれば俺からやみさんへ連絡した事なんて無かったので、電話に出てくれるか心配だったのだが、果たして数コールもしないうちにやみさんの声がスマホから聞こえて来た。
『は、はい~! どうしましたドラムヒーローさん☆ そちらから連絡くれるの初めてじゃないですかぁ~?』
世の母親たちがそうであるように、やみさんも電話に出た瞬間は普段より1オクターブ高いよそ行きの声だった。媚びるような甘ったるいやみさんの声を聞いた店長は途端に顔を顰める。
「うわっ……おまえ太郎相手にはまだそのキャラ続けてんの?」
『だっ誰!? ってなんであんたがドラムヒーローさんのスマホからかけて来んのよ!?』
「うるせーな……ちょっと用があったけど、おまえに私の番号知られるの嫌だったんだよ……」
『どういうことよ!? 遂にドラムヒーローさんからかかって来たと思って期待した私の気持ちを返しなさいよ!』
電話の相手が店長だった事に気付いた途端、やみさんの口調が一気に砕けた物になる。相手が俺で無かった事に余程驚いたのか、隣に立っている俺にまではっきりと聞こえるくらい大きなやみさんの声がスマホから聞こえて来た。だがそんなやみさんを意にも介さず店長は話を進める。
「そんな事より、あの結束バンドの記事書いてくれたのお前だろ? ありがとうな」
『えっ!? なっなによ急に……べっ別にお礼を言われるようなことじゃ……』
気味が悪い程素直に記事のお礼を伝えられて狼狽したやみさんの声が聞こえて来たかと思うと、店長が何故か急に両目から滂沱の涙を流し始めた。
「うお!? どどど、どうしたんですか店長!?」
『ちょ、ちょっと!? あんた泣いてんの!?』
やみさんも電話の向こうで店長の異変に気付いたのか慌てた声が聞こえて来る。そんな俺達二人が狼狽えているのを他所に、鼻をすすりながら店長は答える。
「いや、歳をとると子供が頑張ってるの見ると涙腺にくるんだよ」
どうやら感動というか、親心みたいな物が原因(でいいのだろうか?)で泣いているらしい。
しかし突然泣き出した店長には驚いたが、こうしていると立場は逆転しているがなんだか池袋ライブの時の自分を思い出してしまう。だからだろうか、俺の口からおかしな言葉が飛び出してしまった。
「あっ……ハグとかした方がいいですか?」
「はっはぁ!? い、いらねーよ!?」
『ちょ、ちょっとあんた!? そっちで一体なにしてんのよ!?』
池袋の時に店長に無言で抱き寄せられたのを思い出して一応聞いてみたのだが、凄い剣幕で拒否られてしまったので、仕方が無く無難にポケットティッシュを差し出すだけにしておいた。
確かにちょっとキモかったかもしれない。今の自分の行動で唯一褒められる点があるとすれば、事前に確認を取った事だろう。店長がやったように無言で実行していたらセクハラ認定で出る所に出る羽目になっていたかもしれない。
泣いていたせいか赤い顔の店長は、ぶっきらぼうに小声でお礼を言いながら、俺から奪うようにティッシュを受け取ると、交換するように俺へとスマホを返してきた。どうやら用件は済んだようなので、店長が目元を拭っている間に俺もやみさんにお礼を言っておく事にする。
「あー……もしもし? 電話替わりました。えっと……太郎です」
流石に自分でドラムヒーローですと名乗る勇気はなかった。
『あっ! ドっドラムヒーローさん……!?』
俺が電話を替わると、驚きと喜色が混ざったような、再びワントーン高くなったやみさんの声が聞こえて来る。いつも俺に感想を伝えてくれる時のやみさんはこの声なので、実はさっき店長と話していた声の方が俺にとってはレアだったりする。
しかしこの人は何故頑なに俺やひとりの事を名前で呼ばないのかが謎だ……いま自分の家ですよね? まさか外で「ドラムヒーローさん……」とか言ってるんじゃないですよね? 変な所から俺達の正体がバレるのだけは勘弁して欲しい。
「あの、俺もお礼を言っておこうと思いまして……結束バンドの記事ありがとうございました。本当助かりました。あれのおかげで結束バンドが二次審査突破したと言っても過言ではないです」
『そっその……お礼なんていいんですよぅ☆ あたしは当然の評価をしただけですぅ!』
思わず今日も良いパンチ打ってくんなぁ……なんて思ってしまう。店長への塩対応? とは大違いだ。だが実際マジで助かったので、この強烈なキャラクターも今は全然気にならない。
『ところでドラムヒーローさん。さっきハグって言葉が聞こえてきたんですけど……』
「はっはい? なんですか?」
一瞬前まであんなにきゃぴきゃぴした声だったというのに、急に不穏な空気出してくるじゃん? やみさんの急激な雰囲気の変化に、流石の俺も身構えてしまう。
『あれから調べたらBoBの物販でフリーハグなんて事やってるらしいじゃないですか! なんで池袋の時に教えてくれなかったんですか!? あたしハグして貰って無いんですけどぉ!?』
「えぇ……」
随分と深刻そうに話を切り出すので何事かと思ったが、一体何を言っとるんだこの人は……
電話の向こうで悔しそうに叫びながら抗議してくるやみさんに呆れながら、恒例行事になりつつあるのでSTARRYでのBoBライブに来ればいつでも参加できる事を俺が伝えると、今度は気落ちした声が聞こえて来る。
『
そういえば結束バンドとやみさんは確執があった事を思い出す。あの時はやみさんも言い過ぎたと反省しているようだが、流石にいまは顔を合わせづらいのだろう。
実は店長や俺ともあの時対立しているのだが、今日の電話や池袋ライブでの交流を見るにどうやら店長とは和解したようだし(そもそもそれほど対立していない気もする)、あの場に俺が居たという事をやみさんは知らないので、俺とは普通に話せているのだろう。
STARRYでの出来事があってから結束バンドとやみさんは一度も顔を合わせていないみたいだし、今回の記事だってライターが誰だかは書かれていなかった。店長は気付いたが、ひとり達は気付いていないようなので、両者の関係の改善までには至っていないようだ。
BoBは結束バンドと同じ日にライブを行なうので、なおさらSTARRYのライブへは参加しづらいのだろう。
虹夏先輩もあの時のやみさんの言葉には思うところがあったようだし、今はもう他のメンバーもそこまで気にしていないとは思うのだが……仮に俺が虹夏先輩達に「やみさんは言うほど悪い人じゃないですよ」なんて説得して「そうなんだ、わかった」となったとしても、結局最後は当事者同士で直接話をして、お互いが納得するしかない気もする。
「うーん……でもその辺はやみさん自身に頑張って貰うしか……連絡役くらいは協力出来ますけど……」
『うぅ……その時はお願いしますよぉ……』
結局俺に出来る事は両者の渡りを付ける事くらいだと伝えると、やみさん自身も分かってはいるのか、力のない言葉を返して来た。
「そういえばあの記事にはBoBの名前がありませんでしたけど……」
「う゛っ……」
暗い話題で終わるのも後味が悪いので、せっかくなのでと軽い気持ちで疑問に思っていた事を訊ねてみると、やみさんからカエルが潰れた様なうめき声が聞こえて来る。
BoBが記事に乗っていないのは存在が知られていないか、実力不足か、既にバズっている判定か、あるいは若手判定から外れているかだと思っていたのだが、あの記事を書いたのがやみさんなら前者二つは多分ない……と思う。だってレーベルに誘ってくれたし……そうなると残りは二択なのだが……
「あっあのですね~……BoBは扱いが難しいというか……どう扱っていいのか悩んでいるというか……」
やみさんが言うには、やはり今回のテーマである『これからバズる若手バンド』に含めてもよいものかどうか悩んだ結果、見送る事にしたらしい。確かにメンバー構成を知っていると『若手』や『これからバズる』というテーマの両方で色々と扱いづらいと言えるかもしれない。
『でっでも、いつか必ずBoBの記事書きますから! だからその時はあたしに独占インタビューさせて下さい~!』
ちょっと気になったので聞いてみただけなのだが、やみさんは随分と鼻息を荒くしていた。まぁあまり期待しないで待つ事にしよう。いざ記事を書きますと言われると、なんと書かれるのか不安になって来るしな。
とりあえず伝えたい事や聞きたい事の用事は済んだ。これから二次審査突破パーティもあるし、あまり時間をかける訳にもいかないので改めて一言お礼をいって電話を切ると、いつの間にかすっかり元に戻った店長がこちらを見ていた。
「なに話してたんだ?」
「あのー……STARRYのライブに来たいって言ってました」
随分と内容を省略……というか意訳したが、一応結束バンドとやみさんの例の問題だと店長には伝わったらしい。俺の言葉を聞いて困ったように肩を竦めた。
「まぁその内なんとかなるだろ……じゃあケーキ屋に行くぞ」
俺の返事を聞くと店長は再びケーキ屋に向かって歩き始めた。だがしばらく歩いた所で突然店長は足を止めると、こちらに振り返る事無く前を向いたまま恥ずかしそうな声を上げる。
「……太郎」
「はい?」
「言っとくけど、さっきの事は絶対誰にも……特に虹夏には言うなよ?」
「え? アッハイ」
さっきの事とは何だろうかと少し考えたが、すぐに結束バンドの成長に号泣していた件だろうと理解する。言いふらすつもりは微塵もなかったが、あまりに鬼気迫る店長の背中を見て俺は一も二も無く返事をした。
俺の返事にこちらに振り向きもせずに再び歩き始めた店長を追いかけるように付いて行き、ケーキ屋でケーキを受け取ると、俺達は早足にSTARRYへ引き返した。今からパーティをすると言ってもSTARRY自体は通常営業なので、夕方の業務開始まであまり時間が無いのだ。
STARRYへ戻ると、例のネット記事にBoBの名前がない事に虹夏先輩が頬を膨らませていたが、ケーキを買って来たことを伝えると機嫌を直していた。金欠で普段野草を食べているリョウ先輩は当然ながら、喜多さんとひとりも喜んでくれていたのでなによりだ。
そうして一週間ぶり二度目となる記念パーティを今度こそ結束バンドと共に祝い、波乱尽くしの未確認ライオットの二次審査が無事、幕を閉じたのである。
◇◇◇
明けて翌日。朝から俺達のクラスには下級生から上級生まで、喜多さんにサインや握手や写真撮影を求める人、果ては学校案内の冊子の表紙を喜多さんにしたいと言う事で写真部までもが訪れてごった返している。
原因は勿論、結束バンドが二次審査を通過した事だ。昨日の時点でクラスのロイングループに二次審査の結果を報告したらしいが、ただでさえ友人が多い喜多さんの、友人のそのまた友人の……と言った具合に、ねずみ講の如く学校中に広まった結果のようだ。
あまりの人気にどうやら教師達まで話を知っているようで、一限目にやって来た先生は審査通過を感心していた。が――二限目の先生は何故か結束バンドが夏フェスに出ると思っており、三限目の先生に至ってはロッキンジャポンに大トリで出ると信じていた。伝言ゲームとはかくも恐ろしいものである。教えはどうなってんだ、教えは!
そんなわけで、いつの間にかロッキンジャポン大トリに出る事になっていると思われている噂話のせいで、異常なまでの人がウチのクラスに押しかけてきているのである。
一限から三限までの休み時間も凄かったが、昼休みになるとさらに多くの人が喜多さんを取り囲んだ。しかし何故かもう一人の当事者であるひとりの周りはいつも通り静かな物だった。
喜多さんを取り囲む人々を自分の席から遠巻きに眺めながら、昼休みという事でいつも通り謎スペースで昼ご飯を食べる為に俺が席を立つと、なんとひとりに声をかける女子二人の姿があった。
聞こえて来る会話からは二人の女子は去年ひとりと同じクラスで、バンドが好きなのでひとりと話してみたかったと言っている。
時が経つほどにひとりがギターを学校に持って行った行動が最適解だった事が判明してきてブルってしまうと同時に、楽器ケースを持つビジュアルだけでなく、友人作りにまでギターやベースとドラムの格差が現れるとは思わなかった。かーっ! 俺もバスドラを学校に持って来られればなーっ! かーっ! ……後で虹夏先輩と慰め合うから全然くやしくねーし!?
女子二人にギターでなにか弾いてくれとチヤホヤされて上機嫌なひとりに声をかけるのも無粋かと思い、一人で謎スペースに向かおうとすると、いよいよ新聞部までもが喜多さんに取材しに教室に入って来た。
「全校生徒に向けて一言」と新聞部にマイクを向けられた喜多さんは、自信満々にとんでもない言葉を口にする。
「今年の夏はステージの上から私たちが日本中を熱くします!!」
うわあ、なんだかすごい事になっちゃったぞ。数千人の前で演奏するフェス形式のファイナルステージに進むには、まだもう一つ審査が残ってるんだけど、そんな事言って大丈夫なんだろうか? 喜多さんの発言に教室にいた生徒たちは大興奮だが……
喜多さんの発言を聞いた新聞部員は、続いてひとりにも一言貰う為にマイクを向ける。いつもはスルーされるひとりを忘れずにいた事で、俺の中の新聞部の好感度が急上昇だ。
マイクを向けられたひとりは、泣きそうな顔で俺へと助けを求めて来る。やめろ、俺を見るな。悪いが見られても助けるとか出来ないから……
俺の救援が来ない事を理解したのかしばらく涙目で固まっていたひとりだが、いよいよ心が耐えられなくなったのかやがて威勢の良い事を口走った。
「あっロッロックの歴史は今日ここから始まります!!」
ひとりの宣言に再び教室にいる生徒から雄叫びが上がる。俺から見ればあの発言は絶対に心にも思っていないやらかしだが、間違いなく今現在がひとりの秀華高校における過去最高の盛り上がりだろう。
しかしこうして沢山の人に注目され、囲まれているひとりや喜多さんを教室の隅から見ていると、二人が随分と遠くに行ったように感じてしまい、嬉しくも寂しい気分だ。
大言を吐いてまた何かのスイッチが入ったのか、ひとりが妄想にトリップしながら変な独り言を呟いていると、教室に先生がやって来て喜多さんに何か伝えていた。
「ひとりちゃ~ん。何か校長室に来てだって~。じゃあ山田君、わたし達ちょっと行って来るわね!」
「あっはい……」
大勢の生徒に囲まれていた喜多さんは俺に向かって手を振ると、ひとりを引き連れて校長室へと歩いて行ったので、俺は一人で足早に謎スペースに向かう事にした。
決して、いまや時の人である喜多さんに声をかけられた事で、教室中の生徒の視線が集まったから逃げたんじゃない。俺は腹が減っているだけなんだ……
「放課後の臨時の全校集会で二人で演奏するんですか!?」
しばらくして、謎スペースへとひとりを連れてやって来た喜多さんから校長室での話を説明された俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「それはまた随分と話が大きくなりましたね。で? ひとりが泡を吹いてるのは分かるんですけど、なんで喜多さんもそんなに不機嫌なんですか?」
ひとりをこの謎スペースへ引きずるように連れて来た喜多さんは、眉を八の字にしながら唇を尖らせ、どう見ても不満げな様子だった。
ひとりが白目を剥いて気絶している理由は理解できる。大方放課後の全校集会に怖気づいているのだろう
去年の文化祭ライブは他の出し物と時間が被っていた事もあり、体育館には全生徒の半分も集まっていなかったと思う。だが今回は文字通り全生徒が集まるのだ。確実にFOLTの五百人を超える過去最大の人数の前での演奏になる。
しかし喜多さんの不満そうな理由はいくら考えても分からない。喜多さんはこういう目立つ事が好きそうなので、どちらかというと喜びそうな気がしていたのだが……
昼休みもあまり時間が残っていないにも関わらず、未だひとりは弁当を広げたまま放心していたので、仕方が無いので俺がひとりの口へと弁当を箸で運んでやる。
一応口に近づけたものは食べるし、咀嚼して飲み込んでいるようだが……まるで赤ん坊だ。ふたりちゃんに笑われるぞ。こいつこんな様子で放課後の演奏大丈夫なのかと心配になる。
赤子のように俺に弁当を食べさせられているひとりの隣に座っている喜多さんは、昼食を食べながら何が不満なのか答えてくれた。
「聞いて山田君! 今日のわたし達の演奏、山田君も一緒にどうかって言ったら、先生たちに止められたのよ!」
「へぇ~……は? え? お、俺も一緒に……ですか?」
思ったよりヤバイ理由が出て来たな……他人事だと思っていたら、一体何を言ってるんだこの人は?
詳しく喜多さんに話を聞いてみると、今日の演奏は虹夏先輩とリョウ先輩が居ないので当然ドラムとベースはオケ(伴奏)を流す事になる。そこで、喜多さんは虹夏先輩の代わりとして、俺がドラムを叩く事を先生達に提案したとの事だった。
「ほら見て! 伊地知先輩にもちゃんと許可は取ったのよ! それに伊地知先輩、普段から自分がライブに出られない時は、代わりに山田君に出て欲しいって言ってるし!」
喜多さんが得意げに見せつけて来たスマホの画面には『今日皆の前で演奏する事になったんですけど、伊地知先輩の代わりに山田君にドラムお願いしてもいいですか?』『ええー!! 私の代わりに太郎君が!? 全然いいよ! 出来れば録画しておいて!』なんてロインのやりとりが写っていた。
これ俺が見てもいいヤツですかね? 後で虹夏先輩が知ったら、のたうち回ったりしない? 大丈夫? 俺が黙ってればバレへんか……
サポートドラムとして俺を推薦してくれた事は素直に嬉しいが、しかし流石に今回の条件は俺が見ても無茶が過ぎると思う。
そもそも今回の臨時の全校集会は、話を聞く限り結束バンドの為に開かれるものだ。おまけに結束バンドは去年の文化祭で演奏しているので、顔を知っている人も多いだろう。それなのに、どこの馬の骨とも分からない俺がしれっと壇上に混ざっていたら、他の生徒は誰だあいつ? と混乱してしまうに違いない。
仮にもし、俺も出られるようにするならば、例えばオケを流さず演奏する為にベースとドラムの両方とも生徒の誰かからサポートを出す――という事ならなんとか納得出来るだろう。だが、ベースはオケを流すが、ドラムだけ助っ人を出します、というのはちょっと難しい相談だろう。
「もうっ! どうして山田君までそんな事言うの!? やだやだっ! 一緒に演奏しましょうよ~!」
俺が冷静に説明すると、既に同じような事を教師にも言われていたのか喜多さんは突然駄々をこね始めた。もう知り合ってそこそこ長い間喜多さんを見ているが、時々喜多さんがクソガキにしか見えない時があるんだが俺だけだろうか? いくら顔がかわいくてもやって良い事と悪い事がありますよ。
「そもそもなんでそんな事思いついたんですか?」
「っ……だ、だって……」
目の前で行われる美少女のクソガキムーヴに呆れながら俺が疑問に思った事を訊ねると、途端に喜多さんは悔しそうに口を真一文字に結び、両手で握りこぶしを作りながら視線を床へと落とした。
「……だって山田君もひとりちゃんと同じくらい凄い人なのに……だから私、みんなにも山田君は凄いんだって知って欲しくて……」
うわっ……えぇ……かわいい(211字ぶりn回目)。絶対いい子だ。かわいくて運動が出来て人望もあってその上ギターまで弾けるなんて……いや今はギターは関係無いな。
いかんいかん。まさか原因が
予想外の理由に驚いてひとりも意識を取り戻したのか、不安そうに喜多さんと俺を交互に見つめている。
「ま、まぁ気持ちはありがたいですけど、今回は仕方ないですよ」
「うぅ~……」
とはいえ無理な物は無理だ。元凶である俺に諭されては反論できないのか、喜多さんは渋々といった感じで引き下がると昼食の続きを再開する。
ひとりと共にしばらくは黙って自分の弁当をちびちびとつついていた喜多さんだったが、突如何か良い案でも思いついたのか笑顔で声を上げた。
「……そうだ! それなら今年の文化祭――わたし達三人で出ない!?」
俺達二人が驚いて喜多さんの顔を見ると、喜多さんは見事なドヤ顔を浮かべている。
「文化祭ですか?」
「そう! わたし達三人で演奏するの! 考えてみれば去年の文化祭、山田君はステージに上がれなかったし、いいアイディアじゃないかしら!?」
「う゛っ……!」
楽しそうに言う喜多さんに全くそんなつもりはないのだろうが、無自覚な言葉に古傷を抉られてひとりがうめき声をあげる。恐らく、俺がステージに上がれなかった原因である自身のダイブを思い出したのだろう。
確かに、去年はアクシデントがあり、俺はステージに上がれなかった。学校の文化祭で演奏するという憧れもまだあるし、ひとりも一緒なら尚更だ。だが俺達三人でとなると大きな問題が一つ出て来る。
「出るのは全然構わないんですけど、俺達三人だとベースはどうするんですか?」
結局、さっきまで喜多さんが悩んでいたように、俺達三人だとベーシストが居ない問題に行きついてしまうのだ。
「廣井さんじゃ駄目なの?」
「う~ん……それだとBoB成分が強すぎませんか?」
去年は確かに俺のステージでは廣井さんを誘ったが、一応あれはBoBとして申し込んだからだ。もしBoBと無関係なこの三人で出るのならば、ちょっとBoB成分過多な気がする。
それに、もし廣井さんにお願いするとなると、ヨヨコ先輩が拗ねそうなんだよなぁ……自分だけ誘われなかった! って。考えてみれば、去年の文化祭での借りをまだ返していない気もするので、これ以上余計な刺激を与えたくない。
「う~ん……そうなるとリョウ先輩に頼むのも悩むわね……確かに、リョウ先輩が入るとほぼ結束バンドになっちゃうし……」
リョウ先輩に入って貰った場合でも、実際に演奏してみると結束バンドとはほぼ別物になるとは思う。だが、去年結束バンドを見た秀華高校の生徒的には、完全に俺が異物に写るだろう。それにやはり虹夏先輩にも申し訳なく感じてしまう。
出来れば結束バンドにもBoBにも属していないベーシストが望ましいのだが、その条件に当てはまる俺の知り合いとなると、ゴスロリ霊感少女こと内田幽々さんしかいないのだ。
「まぁ文化祭はまだ先の話ですし、内田さんには機会があったら聞いておきますね」
「お願いね。山田君!」
とりあえず悩みが解決してスッキリしたのか、喜多さんは上機嫌で昼食の続きを取り始めた。その後も喜多さんは昼食を食べ終わっても教室に戻らず、昼休みが終わるまで三人で謎スペースで話をして過ごした。
放課後になると予定通り全校生徒が体育館に集められて、いよいよひとりと喜多さんの表彰が始まった。
どうやらガチで結束バンドがロッキンジャポンに出演すると思われていたらしく、「なにか一言」と先生に促された喜多さんが誤解を訂正しかけたのだが、生徒たちの声援と場の空気に乗せられて喜多さんが悪ノリしてしまった事で体育館は異常な熱狂に包まれた。流石陽キャオブ陽キャの喜多さんである。あいつノリだけで生きてんな。
そんな熱狂のさなか、壇上で喜多さんになにやら合図されたひとりが、なぜか突然ギターを軍配団扇に見立てた行司のモノマネをぶっこんだ。瞬間――先程の喧騒が嘘のように体育館は静まり返る。
盛大にスベったひとりとこの空気に、他人事ながら背中に嫌な汗が流れて来る。多分俺も壇上に居たら、ドラムスティック二本で宮本武蔵! とか言ってひとりと同じように滑り倒していたに違いない。危うく黒歴史をまた一つ作る所だった。今回ほど教師が俺の参加を反対してくれた事に感謝した事はない。
モノボケの結果が二人にとって致命の一撃になったのかは分からないが、その後の演奏でも二人は満足に実力を発揮する事が出来ず、集まった生徒のあちこちから冷ややかな感想が囁かれているのが聞こえて来る。
結局この全校集会が終わってから、喜多さんやひとり目当てに俺達のクラスにやって来る生徒の数が元に戻った結果を見るに、ロッキンジャポンに大トリで出るという誤解は無事解けたのだろう。
だからまぁ……二人とも演奏後の記憶がちょっと飛んでるようだけど、多分これで良かったんだよな……?
風呂敷を広げるのは楽しいけど、本当にちゃんと全部回収できるのか不安になります。今イベント何個渋滞してんの?
実はかなり前から全校集会の演奏に主人公を混ぜようと予定はしてたんです。
結束バンド以外の人間と初めて共演した事で、ドラマーの上手下手がイマイチ分かっていなかった喜多さんが主人公という一流ドラマーの凄さを体感するとか、主人公とひとりちゃんのグルーヴ感に無理矢理引っ張られて池袋ライブのヨヨコ先輩のような『今の自分の先にある理想の演奏』の領域に一歩だけ足を踏み入れて感動する喜多さん、みたいな内容を考えてたんですが、作中でも言ったように結束バンドが主役の場に部外者の主人公を混ぜる為の作者自身が納得できる言い訳がどうしても思いつかなかったのでやめました。
かなり初期に「全校集会が楽しみだ」みたいな感想を貰った(筈なんだけど見返したら見つからなかった)時は「フフフ楽しみにしててくれよ」って思ってたんですが、期待してた人には申し訳ないっす。
バジーノイズが実写映画化するらしいです。ぼっちず・ろっく!を書き始めてから参考の為にと色々なバンド漫画を読んでるんですが、ライブやフェス出場路線だけでなくWEB路線という可能性を考えるきっかけになったのが実はこのバジーノイズという作品だったりします。