全然そんな事無かったわ……むしろ分割する位長くなったわ……
未確認ライオット二次審査を無事突破した結束バンドは、きたる三次審査であるライブ審査へ向けて毎日練習に励んでいる。
そんなある日の今日。ひとりをSTARRYへと送り届けた後、STARRY近くのレンタルスタジオで一人ドラムの練習をしていた俺は、結束バンドのスタジオ練習が終わる十五時半に再びSTARRYへとひとりを迎えにやって来た。
だがSTARRYの扉を開けて中に入った途端、喜多さんの悲痛な叫びが聞こえて来る。
「やだやだっ! みんなで街歩きしましょうよ~!」
いつものSTARRYの階段を下りると、泣きながら床を転げまわり駄々をこねるというクソガキムーブの喜多さんに出迎えられた。これが陽キャ女子高生の姿か……? ちょっと陽キャに対する認識を改めなくてはならないかもしれない。
「うわぁ……これ見なかった事に出来ませんかね?」
「あっ! ちょっと山田君! 山田君もどこか行きたいわよねっ!?」
学校ではあれだけ明るく友人の多い喜多さんの痴態を、親切心から見て見ぬふりをしようとしたのだが、喜多さんは俺の存在を感知するや否や、涙目で俺の足に縋りついてくる。きらきらした女子高生を自称している人間の行動として、これはちょっとどうかと思ってしまう。
最近は二次予選で色々と忙しかったのでイソスタの更新が出来ておらず、いいねが不足していたと嘆いている喜多さんを見ると、この人もなんだかんだ根っこの部分は承認欲求を求めるひとりと似てるんじゃないだろうかと感じてしまう。
しかし普段ならあまり興味の無い喜多さんの提案なのだが、今日に限っては渡りに船だったりする。
何故なら、今月の二日に誕生日を迎えたヨヨコ先輩に対して、お返しも兼ねた誕プレを用意しなければいけないからだ。俺は気の利いた店なんて知らないし、人への贈り物を現物を見ずに通販で買うのは流石にちょっと怖い。
ヨヨコ先輩から貰ったイヤーカフは、学校の時以外は左耳にくっ付けている。なんかこういうアクセを着けてるのってバンドマンっぽくない? ちなみに世の中には結束バンドのイヤーカフってのがあるらしいので、ひとり達にプレゼントするのも面白いかも知れない。
結局喜多さんの
「俺はヨヨコ先輩の誕生日プレゼントを買いたいんで、いい店とかあったら教えて欲しいっす」
「いいわね! 私もハンドメイドアクセとかレトロな雑貨屋さんとか、リョウ先輩おすすめのショップがあったら連れてってほしいです~!」
「分かった」
随分と素直に聞き入れてくれたリョウ先輩が提示して来たこの後の予定は、十六時から十九時まで、途中で一度休憩を挟んでいる以外は全て古着屋巡りと言う、俺と喜多さんのリクエストをガン無視した物だった。
「俺達の意見が何も反映されてない!? 六件も古着屋行かなくてもいいでしょ!? どっかにアクセサリーショップとか入れて下さいよ!」
「大丈夫。この四件目の古着屋はアクセサリーも置いてるから」
「いや……誕生日プレゼントなんで中古はちょっと……」
俺と喜多さんの必死な嘆願もあってか、オール古着屋巡りの予定はとりあえず一旦白紙になった。
とりあえず下北沢に繰り出した俺達は、リョウ散歩という事でリョウ先輩に案内されながらぶらぶらと散策を開始した。
リョウ先輩達の話しでは、下北沢は音楽、演劇、アート、サブカルチャーの発信地で、渋谷とはまた違ったタイプの若者が多い街との事だ。有名バンドマンを輩出したライブハウスも沢山あるようだし、確かにバンドマンにとって憧れの街かも知れない。
「STARRYやFOLTも近いし、この辺に引っ越してくるのもいいかもなぁ……」
リョウ先輩達の雑談に耳を傾けながら、下北沢の街並みを見回してつい独り言のように呟いた俺の言葉が聞こえたのか、その場の全員が驚いて一斉にこちらを見る。
「……え、ええーっ! 太郎君
「え? いやまぁ、高校卒業したらそういうのもありかなって……まだ全然未定ですけどね」
進学か就職かフリーターか。この先どうなるかは分からないが、もし東京を活動の拠点にして音楽活動を続けるのなら、流石に今のような電車で二時間かかる自宅から通うのはキツいだろう。というか単純に時間がもったいない。
もしBoBとして活動が続けられるのならば、俺以外のメンバーは掛け持ちでただでさえ時間が合わせづらいというのに、更に俺の移動時間の問題で予定が合わせづらくなるというのは、仮にもリーダーとして申し訳が立たない。
ドラムヒーロー動画の広告収入やSTARRYでのバイト代、BoBのライブ収入等である程度の貯金はあるが、それでも東京に引っ越して来てどれ位の期間ちゃんと生活出来るかは未知数だ。それに下北沢はオシャレタウンだけあって家賃も高そうだし。
一応色々と将来の事を考えているが結局は何も決まっていないし、実際問題まだ先の話なので俺自身あまりピンと来ていないという事もある。だがそんな俺の考えなどお構いなしに虹夏先輩は自分のスマホを取り出すと、真剣な表情で操作し始めた。
「ちょ、ちょっと待ってね! すぐに
「虹夏先輩!? 今すぐ引っ越すわけじゃないですからね!? まだ全然未定なんですって!」
最早俺の静止も聞こえていないのか、血走った目でスマホを見つめてこの辺の物件を調べ続ける虹夏先輩を止めていると、下北沢の街に繰り出してからずっと俺の背中に隠れるように張り付いていたひとりが盛大に震えはじめた。
「うお!? 今度はお前かよ。一体どうした?」
「たったたた太郎君……ひっ引っ越すの……? じゃ、じゃあ私は……?」
「え? いや知らんけど……」
「私は……?」って聞かれても困ってしまう。もしひとりが男なら、ルームシェアでもやるかと提案しても良いのだが、いくら幼馴染とはいえ、流石に男女でそういう訳にもいかないだろう。だが俺の軽い返事を聞いたひとりは盛大にうめき声を漏らし始める。
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ……!!」
「なんで泣く!? って、おいバカやめろ! そんなに強く上着を握るな! このスカジャン志麻さんに貰ったばかりなんだぞ!?」
収拾がつかなくなって来たので正直誰か助けて欲しいのだが、リョウ先輩はすでに俺の家に飯をたかりに来る事を考えている顔をしているし、喜多さんは一人暮らしというワードが琴線に触れたのか、虹夏先輩と一緒になって別に住む予定もない自分用の物件を物色している。
どうやら助けは期待できないようなので、暴走する虹夏先輩のスマホを取り上げ、呻きながら泣くひとりの背中をさすって
散歩開始早々だというのになんだか精神的にどっと疲れてしまったので、俺達は近くにあるおしゃれなカフェへと入って休憩する事にした。
このカフェは店の中に雑貨屋が入っているみたいなので、ヨヨコ先輩への誕プレもついでに探してみたが、残念ながら俺の
皆でケーキを食べて休憩し、おしゃれなカフェを後にした俺達は、続いてリョウ先輩待望の古着屋へとやって来た。
さっそく皆で店内の古着を見て回っていたのだが、虹夏先輩や喜多さんは古着を上手く着こなせる気がしないと話している。おしゃれなこの二人が駄目なら俺なんてもっと無理だろう。なんなら古着じゃなくても着こなせる気がしない。
そんな俺達とは対照的に、古着屋に来たがっていたリョウ先輩は普段からは考えられない程生き生きとしている。俺達に古着コーデにおけるファッション講座を開いてくれたり、それぞれに似合いそうな古着を積極的に見繕ってくれる程だ。
「今日の虹夏にはこれなんかいいと思う。郁代にはこれとかこれとか……」
リョウ先輩が次々と持って来る古着を試着している虹夏先輩や喜多さんを見て、二人共大変そうだな……なんて思っていた俺へ、リョウ先輩は男物の古着を両手いっぱいに抱えながら期待に満ちたような眼差しを向けてきた。
「私に任せて。悪いようにはしない」
有無を言わさぬ目を向けて来るリョウ先輩の雰囲気に気圧された俺は、これもいい機会だと思い、おしゃれマスターであるリョウ先輩の選んでくれた古着を試着する事にした。ちなみにひとりは一早くこのやばい空気を感じ取ったのか、いつの間にか俺の傍から姿を消している。
虹夏先輩達の服が決まるまでと始めた俺の試着だったが、気が付けば一足先に古着コーデを完成させた虹夏先輩と喜多さんがリョウ先輩と一緒になって俺の古着を選んでいた。
女三人寄れば姦しいとはまさにこの事だろうか。虹夏先輩達の持って来る古着を言われるがままに試着していたが、最終的には元から着ていた志麻さんに貰ったスカジャンに変わって、なんかオサレな柄のオーバーサイズパーカーで決着した。
黒のキャップにオーバーサイズパーカーにジーンズ。こういうのをB系ファッションって言うんだっけ? 知らんけど。
「やっと解放された……」
慣れない長時間の試着に疲れ果てた俺の言葉を聞いて、虹夏先輩は恥ずかしそうに、だがどこか満足そうに謝って来る。
「あ、あははー……ごめんね。男子の服を選ぶなんて初めてだからつい楽しくなっちゃった。でもいいじゃんいいじゃん! 似合ってるよ太郎君!」
「オーバーサイズってカワイイですよね! 流石リョウ先輩のセンス!」
「文化祭の
リョウ先輩は凄いドヤ顔を見せて来るが、言うほど古着一着で磨かれたか? 後藤ひとりという真の顔面強者を知っている俺としては、自分の事は正直よく分からない。
「ひとりちゃんも着替え終わった?」
「あっはい」
俺の古着が決まったのを見届けた喜多さんが隣の試着室へと声をかけると、中からひとりの返事が聞こえて来た。どうやら俺が着せ替え人形にされている間に喜多さんに捕まったひとりが隣で着替えていたようだ。
喜多さんによるとコーディネートもひとり自身が選んだとの事で、いつものジャージ姿以外のひとりの恰好が見られることに若干ワクワクしながら待っていると、遂にカーテンが開きひとりが姿を現した。
「結構かっこよくできました」
おっ? バンドを辞めてお笑い芸人を目指すのかな? ってバカお前バカ。さっきリョウ先輩が「一部だけ古着にするといいアクセントになる」って言ってただろうが。なんだその全身古着キメラは。まぁピンクジャージに一部だけ古着を取り入れるなら、全部古着にした方が合わせやすいのは分かるけど……
闇鍋コーデくそダサ古着キメラモンスターになったひとりを見て、虹夏先輩は驚愕して声も出せず、喜多さんに至ってはひとりの目の異常まで疑っている。そんな散々な反応をされるひとりの恰好を見て少し悩んだ俺は、ある計画を思いついて虹夏先輩達に高らかに宣言する。
「……第一回チキチキ後藤ひとり古着コーディネート大会~!!」
「おお~!」
突然の俺の意味不明なタイトルコールにも関わらず、ひとりを除く三人は小さく歓声を上げながら拍手で応えてくれた。
なぜか突然当事者にされて顔面を崩壊させているひとりを置いて、俺は虹夏先輩達三人にルールを説明する。
「え~、今からこの店の古着で後藤ひとりに似合いそうな全身のコーディネート一式を、制限時間三十分、予算一万円以内で選んで下さい」
「はい山田君! どうやって勝敗を付けるの?」
自身の得意分野であるファッション対決という事でやる気十分なのか、はたまたひとりを着せ替え人形に出来ると考えているのか、喜多さんが元気よく挙手して質問してくる。
「優勝は俺が一番ひとりに似合っていると思った服を選んだ人です。お題は『休日に遊びに行く時にひとりに着て欲しい服』で、ひとり本人に実際に着ても良いか判断して貰います」
これはつまり、あくまで勝敗の判定を下すのは俺だが、ひとりが着たくないと思うコーディネートを選んだらアウトという事だ。
「最後に、優勝者には俺が後で下北グルメをなにか一品奢ります」
自身が来たがっていた古着屋という事で元々テンションが高かったリョウ先輩だったが、優勝商品の内容を聞いて俄然やる気を出し始めた。虹夏先輩や喜多さんもひとりにどんな服を着せようかと考えているのか随分と乗り気なようだ。
「じゃあ今から三十分。はーい、よーいスタート」
俺がスマホのタイマーをセットして開始を宣言すると、三人は楽しそうに思い思いの服を探しに店内に散って行った。
当事者であるはずの自分を置いてとんとん拍子で話が進んでいくのを見ていたひとりは、青い顔をして俺の上着の裾を引っ張りながら訊ねて来る。
「たっ太郎君……なんで……」
「いやな、お前だっていつまでもジャージって訳にもいかないだろ? おばさんの買って来た服が好みじゃ無いから着たくないってのは分かるけど、じゃあ自分で選ぶってのも中々難しいだろうし……」
先程のくそダサ古着キメラモンスター状態や結束バンドのTシャツデザインを思い返すに、ひとりが自分で服を選ぶ事が難しそうだと思う俺の意見に反対する奴は少ないだろう。
「それにあの三人なら歳も近いしおしゃれだし、お前が気に入る恰好を見つけてくれるんじゃないかと思ってな」
勝敗の基準に『ひとりが実際に着てもよいと思う格好』という条件を付けたのはこれが主な理由だ。あの三人ならひとりに似合う服を、ひとりの性格を加味して選んでくれるだろう。勿論俺がジャージ以外の色んな格好のひとりを見て見たい、と言うのも理由の一つではあるが……
事情を説明してもなおひとりは不安そうな顔をしていたので、俺はひとりが逃亡しないように腕をがっちりと掴むと、せっかくなので時間まで二人で古着を見て回る事にした。よーし、俺もひとりに似合いそうな服を探しちゃうゾ。
制限時間の三十分が過ぎ、俺は開始前からグロッキーになっているひとりを連れて集合場所である試着室へと向かう。するとすでに虹夏先輩達三人は各々選んだ服を持って集まっていた。
いよいよ自分のファッションショーが始まる事に怯え始めたひとりを試着室へ放り込むと、まずは自信満々なリョウ先輩の選んでくれた服からお披露目する事になった。
トップバッターであるリョウ先輩の選んだ服装は、頭には白いキャップ、アウターはカーキのジャケット、インナーはライトグレーのタートルネックで、
「ちなみに八景島シーパ〇ダイスに遊びに行く想定」
なんなんだその具体的過ぎる場所の想定は……しかしおばさんの買って来る服は所謂カワイイ感じの服が多かったので、こういうアウトドアな感じの服装のひとりを見るのはなかなかに新鮮だ。本人は着慣れていないからか不安そうだが、意外と似合っていると思う。
「じゃあ、次はあたしのだね!」
普段では決して拝めないひとりの恰好を皆で一通り堪能すると、続いて虹夏先輩が選んだ服へと着替えて貰う。
虹夏先輩が選んでくれた服装は、ゆったりとしたライトグレーのパーカーに、こちらも
「じゃーん! ア〇レ秋葉原に遊びに行く感じで考えてみましたー! どう?」
パーカーにミモレ丈スカートというのは中々ひとり好みのチョイスじゃないだろうか? 上下とも落ち着いた感じの色だし、生地がかっちりしているデニムのスカートは過去にスカートが捲れた事がトラウマになっているひとりからすると安心出来る材料だと思う。多分……
リョウ先輩の服はアウトドアな感じだったが、こちらはどちらかと言うとインドアな感じで、何となく文学少女的な趣がある。これはこれでひとりの雰囲気に合っていて良いのではないだろうか。
「最後は私ね! はい、ひとりちゃん!」
はしゃぐ俺達とは対称的に、気に入ってるんだかいないんだか、いつも通り青ざめた表情を見せるひとりへ、最後の喜多さんが選んだ洋服を手渡して着替えを促した。
喜多さんの選んだ服装は、これまたゆったりとしたサイズの落ち着いたアーモンドピンクのパーカーにライトイエローのインナー、深紫のロングスカートの下にはビビットピンクの靴下と黒のスニーカーを履いている。
虹夏先輩もパーカーを選んでいたがこちらはそれよりも薄手の素材で、喜多さんの指示なのかすっぽりと頭を覆うようにフードを被っており、顔には黒
リョウ先輩は普段からピアス、喜多さんは今日はイヤリングをしているが、この二人のコーディネートには白のキャップや黒縁メガネといったアクセサリーが混ぜられているのがなんだかおしゃれ上級者っぽい感じだ。
「プリ〇セスカフェに行くのをイメージしてみたんですけど、どうですか! この恰好のひとりちゃんがしゃがんでクレープなんか食べてたら、すっごくカワイイと思いません!?」
確かにカワイイと思う……思うけど想定してるシーンが具体的すぎるだろ。そもそも喜多さんだけでなく、なんでこの人達はこんなに想定する場所が具体的なんだよ……しかも軒並み古着っぽくない。三人共よく見つけて来たなこんなキレイな古着。
ともかく、三人の選んだ服が出揃って、まずはひとりに着ても大丈夫な服を聞こうと思った俺に、虹夏先輩達三人が期待のこもった悪そうな笑みと視線を向けて来る。
「……なんスか?」
「太郎はぼっちにどんな服選んだの? さっき一緒に見てたんでしょ?」
「あたしも太郎君が選んだ服見たいな~」
リョウ先輩と虹夏先輩の言葉に俺はたじろいだ。確かに見てはいた……が、それは別に発表する為に見ていた訳では無い。流石に男の俺が女子に着て欲しい服を発表するのは結構……いやかなり恥ずかしい。いわんやモデルのひとり本人を前にしてである。なんの罰ゲームだ。
だが恥ずかしさにまごつく俺に、痺れを切らせた虹夏先輩は俺の背中を叩きながら活を入れてくる。
「はい! 太郎君早く持って来て! 駆け足!」
「ウ、ウッス!」
虹夏先輩の声に背中を押されるように、覚悟を決めた俺は先程見ていた商品を取りに駆け出した。
「あっあの……持ってきました……」
「うむ、ご苦労。ぼっちちゃ~ん! 太郎君がこれ着て欲しいんだって~!」
急いでいたからか、それとも女物の服を男一人で探していた羞恥心からか。息を切らせて戻って来た俺から
俺が選んだ洋服は、両肩から縦に黒いラインが走っている
我ながらなかなか良い感じだと思う。将来結束バンドが一番くじの景品になった時に、A賞のA2ポスターになりそうなデザインだ。先程は他人の事をとやかく言ったが、改めて考えると俺のイメージも結構具体的だったわ……おぼろげながら浮かんで来たんです、この格好が。
「「おお~……」」
俺の選んだ服を着たひとりを興味深げに見ていた虹夏先輩と喜多さんの二人は、そのままからかうようなニヤけた笑みをこちらに向けてくる。
「……なんスか」
「いや~、太郎君ってこういうのが好きなんだな~って」
「シックな感じでいいと思うわ!」
正直恥ずかしいから俺のファッションセンスをそれ以上弄らないで欲しい。だから嫌だったんだよ。誰だよ虹夏先輩を天使とか言った奴は! 俺を辱めるとか、そういうゲームじゃねーからこれ!
両脇から虹夏先輩と喜多さんに自分のファッションセンスを弄られて悶絶していると、いつの間にかリョウ先輩が右手に白いワンピース、左手にはおおきな麦わら帽子を持って俺の前に立ち、うっすらと笑みを浮かべた顔で諭すように語りかけて来た。
「フフ…………へただなあ、太郎。へたっぴだよ…………! 欲望の解放のさせ方がへた……太郎が本当に見たいのは……
なんだこいつ!? なんで突然四角い顔に細目、団子鼻という、どこぞの地下帝国で班長をやっていそうな顔になってるんだ!? しかも言ってる事がちょっと……いやかなり的を射てるので反論出来ないのがまた悔しい。
突然ギャンブル漫画の登場人物みたいな顔になったリョウ先輩にドン引きする俺達を他所に、リョウ先輩はしたり顔で言葉を続ける。
「フフ……だけど……それはあまりに恥ずかしいから……そっちの……無難な恰好でごまかそうって言うんだ……太郎、ダメなんだよ……! そういうのが実にダメ……! せっかくぼっちを着せ替え人形にして思いっきり愛でられるって時に……その妥協は傷ましすぎる…………! そんなんでぼっちを見ても楽しくないよ……! 嘘じゃない。かえってストレスがたまる……! 見られなかった白いワンピースがチラついてさ…………全然スッキリしない……! 心の毒は残ったままだ、自分へのご褒美の出し方としちゃ最低だよ……! 太郎……贅沢ってやつはさ…………小出しはダメなんだよ…………! やる時はきっちりやった方がいい……! それでこそ次の節制の励みになるってもんだよ……! 違う……?」
なんだこいつ(二回目)!? 年中欲望を解放させてる奴に言われたくはない台詞である。だが言ってる事は無茶苦茶なのにやたら説得力があるように感じてしまうのは、その四角く見える顔のせいだろうか?
う~ん、しかし……
とはいえ、コミマの描き下ろしイラストみたいなひとりの白ワンピース姿が見たいか見たくないかと問われたら……そんなの絶対見たいに決まっている! でも麦わら帽子に白のワンピースって流石に童〇が過ぎるかなって思ってしまうんだけど……ここで同調して俺のイメージ大丈夫そ? あと俺の渾身のコーデを無難な格好とか言ってさりげなくディスるのはやめて欲しい。
様々な葛藤もあったが、結局リョウ先輩の言葉の誘惑に抗えなかった俺は、バスケがやりたかった人の如く力無く床に膝をつくと、泣きそうな顔でリョウ先輩を見上げる。
「リョウ先輩……!! ひとりの白ワンピース姿が見たいです……」
俺の言葉を聞いたリョウ先輩は優しく俺の肩に手を置いた。
「太郎……じゃあぼっち、これ着てみて」
「ほらひとり、早く着てくれよ」
「!?」
小芝居が終わると俺は何事も無かったかのように立ち上がり、リョウ先輩と共にひとりへ白ワンピースを押し付けて着替えを促す。そのあまりの展開の雑さにひとりは困惑していたが、俺達の期待の眼差しに逃げられない事を悟ると洋服を持って試着室へと戻って行った。
「こらこら二人共。ぼっちちゃんが困ってたじゃん」
呆れた様子で俺達二人をたしなめて来る虹夏先輩だが、ひとりの白ワンピース姿が見たいのは確定的に明らかだ。だって服を渡す時には俺達を止めなかったし、顔のウキウキ具合が隠せてませんからね。
「あっあの……着ました……」
着替えを目の前で待たれるのも居心地が悪いと思い、試着室から少しだけ離れた場所で待っていると、しばらくして不安そうなひとりの声と共に試着室のカーテンが開いたので、俺達は中を覗き込んだ。
そこには白いワンピースを着て、両手で持った麦わら帽子で上半身や口元を恥ずかしそうに隠すひとりの姿があった。
「「ンギャワイイ!!」」
ひとりの姿を見た俺と喜多さんは、思った以上の破壊力に二人して思わず大きな声を上げる。非常に惜しむらくは、試着という事でひとりの白ワンピース姿を写真に撮れない事だ。
「きゃー! ひとりちゃんカワイイ!」
「ぼっち、写真集の取り分は
「そうだよ、ぼっちちゃんは可愛いんだよ。ほら太郎君も……って泣いてる!?」
なんちゅうモンを見せてくれたんや……今日イチテンション上がったわ。もう思い残す事は無い。今日はもうこれを超えるイベントは起こらないと思うので解散でいいんじゃないかという気分にすらなってしまう。でもまだヨヨコ先輩への誕プレ買ってないわ。
俺達四人は青い顔で困っている白ワンピース姿のひとりを存分に愛でると、そろそろ後藤ひとりコーディネート大会の勝敗を付ける事にした。
優勝者を決める相談をする為に虹夏先輩達三人には少し試着室から離れて貰うよう頼むと、リョウ先輩は余程優勝商品が欲しいのか、ギリギリまで「ぼっち。白のキャップは太郎の黒のキャップの対になってるから!」なんてよく分からないアピールをしている。
悪あがきをするリョウ先輩を虹夏先輩が引きづって離れて行くのを確認すると、今回の勝負の前提条件である『ひとり自身が着て出かけても良いと思える事』をひとりに訊ねてみる。
「で? どうだ? 問題無さそうか?」
ひとりは散々悩んでいたが、最終的に三人の選んだ服全てに頷いてみせてくれた。ちなみに白ワンピースは流石に駄目みたいです。まぁ白は透けるからね……
三着とも問題無いとなると、最終決定権は俺にあるのだが……一応参考までに三つの中で一番気に入った服を聞いてみると、答えようと口を開きかけたひとりは何かに気付いたように開いた口を閉じ、窺うような視線を俺へと向けて来る。
「たっ太郎君はどれが一番良かったの?」
「俺? そうだなぁ……どれも良かったと思うけど、あえて選ぶなら……」
唐突な質問に俺が悩んでいる間、ひとりは落ち着かない様子で手に持った麦わら帽子を弄っていたが、俺が出した答えを聞くと「そっそうなんだ……」なんてそっけない言葉を返して来る。なんで聞いたんだこいつは……
気を取り直して一番気に入った服装を訊ねると、悩んだ末のひとりの答えはなんと奇しくも俺と同じだった。自分で決められなかったから俺に便乗しただけじゃないのかとも思ってしまうが、最終的には俺が勝者を選ぶのだからまぁいいか。むしろひとりとのシンクロ率が上がって来たと前向きに捉えておこう。
結果発表は優勝者の服を着て登場にしようと思い、最後にもう一度選んだ服に着替えてくれるようにひとりに頼み、俺は一足先に虹夏先輩達に合流する。
しばらくすると着替え終わったひとりの声が聞こえ、試着室のカーテンが開く。そこには喜多さんが選んだ服を着たひとりの姿があった。
「一応俺が選びましたけど、ひとり自身が選んだのもこの服でしたよ」
「本当!? やった!」
「くっ……」
喜多さんは自分が選んだ服が満場一致で選ばれたのを知って喜び、リョウ先輩はタダ飯が食べられなくなった事に膝から崩れ落ちた。そんな中、ひとりの格好を見ていた虹夏先輩は興味深そうに俺とひとりに訊ねて来る。
「太郎君はなんでこの服選んだの?」
「え? そうですねぇ……全部良かったと思うんですけど、あえて言うならフードを被ってたから……ですかね?」
「へ、へぇ~? ……じゃあぼっちちゃんはなんでこの服がよかったの?」
「あっフードがあったんで……」
「二人共どういう選定基準!? 私の選んだ服にもフードあったじゃん!?」
確かに虹夏先輩の選んだ服もパーカーでフードが付いていたが、頭に被ってはいなかった。リョウ先輩の選んだキャップも顔を隠せるという点では良かったが、ひとりの性格を鑑みると、全てを包み込んでくれるようにフードを被るファッションスタイルが良いと思ったのだ。恐らくひとりも同じような理由で選んだのだろう。つまり勝負は寸での差でひとりの生態に詳しい喜多博士に軍配が上がった形になった訳だ。
無事コーディネート大会が終わり、ホッとしたような表情で再びいつものピンクジャージに着替えようと試着室に戻ろうとしたひとりに、俺は腕を掴んで待ったをかける。
「ちょっと待てひとり……さっき話してた
「えっ? うっうん……」
突然の質問に不思議そうな顔で
「すみません。この服、このまま着て帰りたいんですけど、大丈夫ですか?」
「あ、はい! 大丈夫ですよ!」
「!? たっ太郎君!??!!」
顔面を崩壊させながら大いに混乱するひとりを差し置いて、服を選んだ喜多さん立ち会いの元、店員に古着のタグを切って貰い、俺はひとりが着ている服の代金をレジへと支払いに行く。
そう、俺はあの古着キメラ姿を見た時から、ひとりにおしゃれファッションで下北沢の街を歩かせる為にこの計画を思いつき、コーディネート大会を開いたのだ。騙して悪いが、こうでもしないとこいつ絶対にピンクジャージ以外着ないからな。
服の代金も最初から俺が支払うつもりだったので予算を一万円と設定したし、あの前提条件を付けたのも意に沿わない服を着せるのは流石に可哀想だと思ったからだ。
「えっ! じゃあこの格好のひとりちゃん撮ってもいいの!?」
「ああ……しっかり撮れ。おかわりもいいぞ! 遠慮するな。今までの分も撮れ……あ、でも代金払うまでちょっと待ってくださいね」
今までは試着だったのでひとりの色々な恰好の写真が撮れなかった反動なのか、スマホを取り出してウキウキで撮影準備をしている喜多さんと話しながら会計をしていると、古着のジャケットを持ったリョウ先輩がやってきた。
リョウ先輩は俺の目の前で古着のジャケットの全体を見せるように両手で広げて持ってみせる。
「どう?」
「えっと……そのジャケットいいですね。買うんですか?」
「うん、一目ぼれ。というわけで太郎、お金貸して。貸してくれないと、私は今着てる服を売って資金を作る事になる」
「えぇ……どういう脅迫の仕方だよ……」
今日のリョウ先輩の恰好は、ロングTシャツの上に半袖Tシャツを重ね着したスタイルだ。一枚がどれ位の値段で買い取ってもらえるかは分からないが、どちらか一枚ならともかく、両方売らないとジャケットが買えない場合、洒落にならない事になる。
「そもそもついこの間返して貰ったばっかりですよ。ちょっと借りるペース早いんじゃないですか?」
「大丈夫大丈夫。早めに返したら限度額が回復するから。それにこういうのはこまめに借りて返済実績を作るのが大切なんだよ」
リョウ先輩は今のように返済と借入時期が近いので常に俺に対して借金をしている。借りるのは大体二千円以内だし、返済せずに借りる事も無いし、一応ちゃんと返済してくれるので俺もまた貸してしまうのだが……これってつまり順調にクレヒスが育ってる……ってコト!? まぁ今日は服を選んで貰ったお礼って事で貸しますが……
「……はぁ。二千円までですよ」
「ありがとう。太郎優しい……」
「はいはい」
買い物に付いて来て熱心にお菓子を買ってくれとねだる子供に根負けした父親のような気持ちで軽くため息を吐くと、リョウ先輩は感動したような顔でお礼を言ってくる。このやり取りもまた、リョウ先輩が俺から借金をする時の恒例行事のような物だ。果たしてこの対応が正解なのかどうか、正直俺も良く分かっていない。
各々が古着の会計を済ませると、この後は俺の策略により喜多さんコーデの古着姿で過ごす羽目になってしまったひとりの事もあり、今日は全員古着コーデのまま遊ぼうという事になった。
買った古着に着替えて古着屋を出ると、次の目的地はリョウ先輩が言う『音楽好きなら誰もが心躍る穴場スポット』に決定した。
目的地へ向かう道中、ひとりはジャージ以外の服を着て下北沢の街を歩いている事が恥ずかしいのか、いつも以上に俺の背中にくっついて隠れている。さながら命を狙われている要人の如き警戒心だ。
せっかく喜多さんが選んでくれた休日の女子高生らしい恰好をしているのだから、せめて隠れるにしても俺ではなく虹夏先輩にしろと思ったので、俺は素早くひとりの後ろに回り込むと、逃げ出さない様にひとりの両肩をガッチリと掴んで前へと押し出した。
「ほらほら。せっかく今日はおしゃれな格好してるんだから、隠れてないで虹夏先輩達と肩を並べて歩こうぜ~」
「たっ太郎君!? ひっ……周りの人からの視線がっ……!!」
確かにひとりの言う通り、道行く人からの視線が気になる。しかしこれはリョウ先輩や喜多さん、虹夏先輩にひとりと、結束バンドメンバーはビビるくらい顔面偏差値が高いのが揃っているのでさもありなんといった所だ。
おまけに今日はピンクジャージなんておかしな格好をしている奴が混ざっていない事も大きな理由だろう。決して俺とひとりがトンチキな事をしているからではない……と思う。
恥ずかしそうに両手でフードを引っ張り顔を隠そうとするひとりを虹夏先輩達と共に通行人に見せびらかしながら歩いていると、リサイクルショップである
リョウ先輩のおすすめスポットと聞いておしゃれな店を想像していたのか、案内されたのがリサイクルショップだった事に堪らず喜多さんが憤慨すると、リョウ先輩も負けじと反論する。
レア物楽器や機材が稀に激安で売られているという事もあって、月イチで都内のハードオプ巡りをしていると自ら公言するリョウ先輩は、ハードオプがどれだけ激推しのオススメ穴場スポットであるか喜多さんに力説していた。こんな大きな声を出すリョウ先輩は初めて見たかもしれん。
結局リョウ先輩の熱意に負けたのか、渋々といった様子の喜多さんを連れて俺達はハードオプの店内へと入る事になったのだが――
この偶然訪れた
後藤ひとりファッションショーのコーディネートは全てぼざろのコラボイラストが元(リョウ先輩は八景島シーパラダイス。虹夏先輩はアトレ秋葉原。喜多さんはプリンセスカフェ。主人公は2023年10月14日発売の一番くじA賞。白ワンピースはc102)です。
古着屋の商品でぼざろコラボコーデは無理じゃない? というのは気にしてはいけない。各コーデを考えた人選に色々意見はあるだろうけど、コラボコーデをひとりちゃんに着せたかっただけなので許してください。
実は未確認ライオットは、私が日程の参考にした未確認フェスティバルより一ヵ月ほど早いスケジュール(閃光ライオットファイナルは7月21日。未確認フェスティバルファイナルは8月27日)なので、この作品では全ての予定を一ヵ月前倒しにしています。
なので、Moe Experience関連の話を上手く入れられなくて、最近は原作のエピソードを消化するだけになっちゃってます。次回下北散歩後編。次々回ライオット三次審査(作中の6月23日)。その次がライオットファイナル(7月21日)で、次にようやく夏のコミマ(8月10~12日)、更に次が秋葉原ライブ(8月13日)となる予定です。
Moe Experience関連の話は、コスプレをする作品の決定や試着、スタジオ練習、CDを出す為のレコーディング、あとはイライザさんの同人誌関連とか色々あるんですが、時系列的にかなり分散しているのと、BoBスタジオ練習編の経験や色々なバンド漫画を読んだ結果、練習話は深堀してもあまり面白くなりそうにないんで、いきなりコミマ本番に突入すると思います。
とりあえず下北散歩後編は分割したヤツなんで、今月中には投稿したい。