ぼっちず・ろっく!   作:借りて来た猫弁慶

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お前一年前からこの小説が更新されてないかチラチラ見てただろ。嘘つけ絶対見てたぞ。見たけりゃ見せてやるよ(更新)

大変長らくお待たせしました。


045 月曜に生まれた至高の音

 下北散歩でリョウ先輩の案内でHARD-OPP(ハードオプ)へとやって来た俺達は、当然の事ながら楽器が置いてあるコーナーへと真っ先に足を向ける。

 

 ギター本体やベース本体のみならず、中古の(げん)まで売っている楽器コーナーへ到着すると、虹夏先輩とリョウ先輩は一目散にジャンクコーナーへと向かい商品を物色し始めた。二人は早速掘り出し物を見つけたようで、色々な物を買い物かごに入れながら楽しそうにはしゃいでいる。

 

 店の外では自分の恰好を恥ずかしがって俺の背中にくっついていたひとりも、今はエフェクター売り場にしゃがみ込み、スカートが地面に付くのも気にせずに商品を見ながら、そこに掲示された値段に息を荒くしていた。

 

 このまま放って置くと、マイニューギア事件の悲劇が再び繰り返されると思った俺は、ひとりの背後にしゃがみ込むと、そっと耳元で囁きかける。

 

「あんま無駄遣いしてると、卒業後にお前だけ神奈川に置いてっちまうぞ~?」

 

「うっ……!」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、ひとりはまるで時が止まったかのように動きを止めると、手に持ったエフェクターを見つめたまま苦しみ始めた。

 

たったた、確かにっ……私だけ置いて行かれたら……でっでもちょっとくらいならマイニューギアしても………………やっやっぱり二人で一緒に住むしか……そうだよ、そうすれば必要なお金は半分で済むし……ふっ二人で住む…………うへ……うへへっ……

 

「おいしっかりしろ」

 

 さっきまで固まっていたひとりは、よく分からない事を小声で呟いていたかと思うと、急に気味の悪い笑い声をあげはじめた。こいつは一度トリップすると中々戻ってこないのが困りものだ。

 

 一応、忠告はしておいたので、有り金全部を溶かすようなマネはしないだろうと俺は判断して、その場を離れる事にした。単純にひとりの様子がちょっと怖かった……というのもある。

 

 「神奈川に置いて行く」とか、下北沢散歩が始まってすぐの「いや知らんけど」みたいな発言で脅しはしているが――本当にいよいよ(・・・・)となれば全然助けるつもりだ。ただ、ひとりは甘やかすと駄目になるタイプなので、今はこれくらい言っておくのが丁度良いだろう。

 

 もしもの時は、ひとりが納得して、おじさんとおばさんから許可が下りるなら――俺としてはひとりとのルームシェアも別に構わないと思っている。とはいえ、今のひとりなら結束バンドメンバーをはじめ、助けてくれる人は沢山いそうなので俺の出番は無さそうだ。

 

 いや、でもひとりの性格を考えると、たとえバンドメンバーとはいえ、他人と一緒に暮らすのはまだ難しそうな気もするが……難しい問題だ。

 

 まあ、どのみちまだまだ先の話だし、ひとりだって一人暮らしの方が絶対に気が楽だろうから、卒業までには自分でなんとかすると思う。あくまでいよいよ(・・・・)となったらそういう選択肢もあるというだけの話だ。なんなら、今まで通り神奈川から通うのだって全然アリだろう。俺は東京に行くけどな! 

 

 ひとりから離れて虹夏先輩とリョウ先輩の様子を見れば、二人はいまだに悪い顔をしながら、買い物かご一杯に掘り出し物と思われる商品を詰め込んでいた。二人の会話に耳を澄ませてみれば「修理してオクに出せば三倍は行く」とか聞こえて来るので、今は近寄らない方が良いかもしれない。

 

 三人とも忙しそうなので、自分一人で適当に店内を見て回ろうかとぶらついていたところ、珍しくひとりたち三人とは離れた場所で、ぽつねんと寂しげに立っていた喜多さんの姿が目に入った。

 

 喜多さんも同じく一人で動いていた俺を見つけると、少しホッとしたような表情で声をかけてくる。

 

「あっ……山田君は何処か行くの? 良かったら一緒に外で待ってない?」

 

「すみません。ちょっとドラムでも覗いてみようかなと」

 

「そっか……あっ、じゃあ、私も一緒に行っていい?」

 

「え? 俺に付いて来るんですか?」

 

 音楽好きなら誰もが心躍ると言っていたリョウ先輩の言葉通り、リョウ先輩や虹夏先輩、ひとりは大いにHARD-OPP(ハードオプ)を満喫しているようだが、逆に楽器初心者(とまだ言ってもいいのだろうか?)の喜多さんは楽しみかたがイマイチ分からないのか、あの三人のテンションに付いて行けないようだ。

 

「まぁ喜多さんが良ければいいですけど……」

 

「ほんと!? じゃあついていっちゃおう!」

 

 果たして俺に付いて来て楽しいのだろうか? とも思うが、過去に一人カラオケも信じられないと言っていた喜多さんは、一人で外で待つのも嫌なのか、俺の返事を聞くと嬉しそうに後ろについて歩き始めた。

 

 喜多さんという予定外の人物を伴いながら、掘り出し物に期待しつつゆるゆるとした気持ちでドラムが置かれたコーナーを訪れる。

 

 ずらりと並ぶ多種多様なドラムを物珍しそうに眺めながら、俺の後ろに付いて来る喜多さんは、興味の惹かれる物を発見するたびに楽しそうにはしゃいでいる。

 

「スネアドラム? って色々あるのね! わっ! これなんてキラキラしててすごく綺麗! へぇ~、金属製と木製があるのね。ねぇねぇ山田君、この二つってどんな感じに違うの?」

 

「そうですね……金属製(メタル・シェル)は何と言うかこう……明るくて、硬く鋭い感じの音です。木製(ウッド・シェル)は……実は俺も叩いた事無いんですけど、暖かみがあってまろやかな感じの音らしいですよ」

 

 レンタルスタジオに設置してあるスネアドラムは、所謂バンドマン(ロックやメタル)向けだからなのか、それとも後述する保管の問題なのかは分からないが、ほぼ全てが金属製(メタル・シェル)なので、俺は木製(ウッド・シェル)は一度も叩いた事が無い。

 

「暖かみ……は何となく分かるけど……まろやか……? でも、そう言えばリョウ先輩もギターやベースの音について似た様な事を言ってた気が……」

 

「ギターやベースは基本木材で出来てますからね。同じような表現が出て来ても不思議じゃないです」

 

 スネアドラムは大雑把に分けると、基本的にスチール、ブラス(真鍮)、アルミ等の金属製(メタル・シェル)と、メイプル、バーチ、マホガニー等の木製(ウッド・シェル)の二種類に分けられる。アクリルやカーボン、ウッドとメタルの混合といった特殊素材もあるのだが、基本はこの二種類だ。

 

 ロックやメタルなどの激しい曲なら金属製(メタル・シェル)。ジャズやソウルなんかのゆったりした曲なら木製(ウッド・シェル)を選ぶと良いとは言われている。だが、結局は演奏者の腕次第なので、音の違いがよく分からなければ、気に入ったデザインの物を選べばよいと思う。

 

 ただ扱いやすいのは金属製(メタル・シェル)だろう。何故なら木製(ウッド・シェル)は文字通り木材で作られている為、保管に気を付けないと、温度や湿気などの影響で変形して音が変わったり使えなくなってしまうからだ。

 

 喜多さんの質問に答える形でスネアのあれこれを説明しながら二人でドラムコーナーを見て回っていると、俺は無造作に置かれた銀色のスネアドラムに目を奪われた。

 

「お……Ludwig(ラディック)のLM402だ」

 

「らでぃっく?」

 

 Ludwig(ラディック) LM402 Supraphonic(スープラフォニック)

 

 Supraphonic(至高の音)と称される、ビギナーからプロフェッショナルまで、幅広いドラマーにおすすめされる名器と名高い人気モデルにLM400という物がある。LM402はその兄弟機とも言えるスネアドラムで、Ludwigはそれを製造している海外の有名なドラムメーカーだ。

 

「へぇ~。伊地知先輩が持ってるのとは大きさ? が少し違うような……」

 

 Ludwigの説明を聞いた喜多さんは、興味深そうに置かれたLM402をまじまじと観察する。

 

 喜多さんの言う通り、虹夏先輩が持っているPearlのCS1450はスネアとしてスタンダードな14"x5"(直径14インチx深さ(高さ)5インチ)サイズで、LM402はそれより縦が1.5インチ長い14"x6.5"サイズの深胴型と呼ばれる形になっている。

 

 一般的に胴の深さが浅い物ほど、はっきりとしたシャープな音、逆に深くなるほど太く存在感のあるサウンドになると言われている。ただ、これはチューニング次第である程度克服できるので、大は小を兼ねる的な感じで深胴を選ぶ人もいる。

 

 LM402は、かの有名バンドであるLed Zeppelin(レッド・ツェッペリン)のドラマーで、ローリングストーン誌が選ぶ、歴史上もっとも偉大なドラマー100人(2016年)で一位に選ばれたJohn Bonham(ジョン・ボーナム)が愛用していた事でも有名なモデルでもある。

 

 ちなみに前述したLM400は14"x5"(スタンダード)サイズのスネアドラムであり、こちらはThe Beatles(ビートルズ)のリンゴ・スターや、Jimi(ジミ) Hendrix(ヘンドリックス) Experience(エクスペリエンス)のミッチ・ミッチェルが愛用していたと言われている。これだけでもLudwigの人気が窺い知れると言う物だ。

 

 LM402は憧れのボンゾ(ジョン・ボーナムの愛称)が愛用していたモデルということもあり、俺がドラムを始めた頃から気になっていた物なので、店員を呼んで詳しく手に取って見せて貰う事にした。楽器コーナーにはそこら中に注意喚起の紙が貼ってあるのだが、中古とはいえ楽器は店員に無断で触らないようにしよう。

 

 無事店員から許可を貰えたので早速詳しく調べてみる。見た所、消耗品であるヘッド(スティックで叩く皮の部分)やスナッピー(裏面ヘッドに装着されている響線の束)はオリジナルではないようだ。

 

 続いて(シェル)の部分を観察する。実は先程触れずに眺めている時に(シェル)の側面に付いているLudwigのBLUE/OLIVE(ブルーオリーブ)バッジを見て、もしや、と思っていた事を確認する為に、手に取って(シェル)を詳しく調べてみる。

 

 バッジは70年代な事を示すBLUE/OLIVE(ブルーオリーブ)だ。テンションボルトはやや角張ったヴィンテージ仕様。ラグも経年の鈍い銀色で、やたらと落ち着いた存在感を放っている。間違いなく七〇年代初期の個体だと思う。

 

 Ludwigのスネアは製造した年によってバッジの色やデザインが違うのと、(シェル)の内側に製造された日付がスタンプされているのだが、このドラム内部には”4371”と記載された紙ラベルが貼られていた。

 

 これは”1971”年の“43”週目(大体十月の後半頃か?)に作られた事を示す数字で、つまりこのスネアは”1971年製”という事になる。Ludwigの紙ラベルは71年から72年にかけて貼られていたらしいので、恐らく間違いないだろう。

 

 だが、俺が真に驚愕したのは、4371という数字の後ろに印刷された”MON”と言う文字だった。これは幻とも言われているLudwigの”マンデー・ドラム”である事を表す文字だ。

 

 マンデー・ドラムを証明する為にはこのラベルが最重要で、もしこれが「MO■」「■ON」「M■N」のように、掠れたり破損したりしている場合は、真贋不明となるのだが、俺の手元にあるLM402には、はっきりと”MON”の文字が印刷されている。

 

 “マンデー・ドラム”とは、1971〜72年ごろに製造されたLudwig社製スネアのうち、製造日を示す紙ラベルに「MON(=Monday)」と記された個体のことだ。単なる曜日の記録に過ぎないが、わずかな期間にのみ存在し、希少性の高さから特別視されている。

 

 「週末に飲み過ぎた職人が月曜日に二日酔いで作った『遊び心満載のドラム』」なんて冗談が言われるマンデー・ドラムだが、「月曜日は一週間の始まりで、工場の検査や製造基準が最も厳格に守られていた日」なんて説もあり、実際この期間に製造されたスネアは品質が高いとされている。

 

 Ludwig社内の逸話では、工場内で“月曜日組”と呼ばれる熟練作業員チームが存在し、シェル整形とベアリングエッジ加工において最も優秀な職人が揃っていたという話だ。これは通称「MON工場班」と呼ばれ、この時期に仕上がった個体は“音が違う”という噂がドラムショップの間で囁かれていたと、どこかで見た覚えがある。

 

 1971年と言えば、まさにボンゾが活躍していた黄金時代のヴィンテージ・ドラムだ。この年代のLudwig(ラディック)は特に人気で、LM402の美品なら二十万、MONスタンプ入り(マンデー・ドラム)なら三十万円する物もあるだろう(現行品の新品で十二万円くらい)。そう考えると付けられている値段はかなり破格な物だ。

 

 詳しく見た感じ大きな傷やへこみ、ゆがみ、錆びている部分は無い。流石に細かい傷は結構あるが、製造された年代を思えばそれを加味してもかなり状態の良い物で、むしろこの小さな傷の一つ一つに、このドラムの歩んできた音楽の歴史と、前の持ち主の管理の良さが感じられる代物だ。

 

 憧れの機材(LM402)。状態の良さ。値段。そしてなによりMON入りスタンプだと言う事を考えると、まさに徳川埋蔵金でも発見したような気分だ。見つけてからまだ僅かな時間しか経っていないが、正直かなり欲しいと思っている。

 

 俺は今まで自分がライブに出演する時の荷物を出来るだけ少なくしようと考えていたので、ドラマーなら最低限持っておけと言われているスネアドラムすら持っていなかった。

 

 BoBのライブは必然結束バンドと対バンする形になるので、ひとりのレスポール(ギター)を持つ必要があるし、他にもスティックやキックペダル、着替え等の自分の荷物や、物販が入ったバッグ等、今でさえ意外と荷物が多いからだ。

 

 だが、演奏の音(スネア)はドラマーの名刺とも言われているし、やみさんからレーベルにも誘われている状況でもある。そんなタイミングで、憧れの70年代物Ludwig(ラディック)、しかもMONラベルのLM402が、こんなに良い状態で売っているのを発見するなんて……もしかしてこれは『そろそろ自分のスネアくらい持っておけ』ということなんだろうか? 

 

 しかし先程から破格の値段だなんだと言っているが、それはあくまでこの状態のLM402の相場として考えた場合の話で、実際付いている値段自体はそんなにかわいい物では無い。具体的には、中古にも関わらずひとりの二代目ギターである新品のYAMAHA PACIFICA(パシフィカ)が買えそうな位の値段だ。しかし、YAMAHAのギターと、あのボンゾが使っていたドラムと同じモデルが同価格帯だというのは、やっぱり破格だと言えるだろう。

 

 とはいえ楽器のヴィンテージ界隈全体の値段で言えば、ギターやベースと比べるとドラムはセット一式で考えても、そこまで高い物では無い。

 

 ひとりの初代ギターであるGibson(ギブソン) Les(レス) Paul(ポール) Custom(カスタム)は、ヴィンテージなら年代にも依るが六十~百万以上するらしいし、喜多さんが現在リョウ先輩から譲り受けて使っているGibson(ギブソン) Les(レス) Paul(ポール) Jr(ジュニア)だって百万近くするなんて話もある。これを教えると喜多さんがまともに演奏出来なくなりそうなので黙っておこう……というか、喜多さん自分が使ってる機材の価値知ってるのかな? 

 

 憧れの……いや、伝説と言っていい名機との、まったく予想していなかった出会いに感動して夢中で眺めていると、ふと近くから負のオーラが漂ってくるのを感じた。気になってそちらの方を見ると、喜多さんが取り残されたように、うらめしそうなスンとした表情でじっとこちらを見つめていた。

 

 俺は慌てて一旦状態確認を止めると、傍で待機してくれている店員に試奏出来るか訊ねてみる。いくらマンデー・ドラムだからといって、無条件で購入という訳にはいかず、確認しておかなければいけない事がいくつかある。

 

 リサイクルショップであるHARD-OPP(ハードオプ)で楽器の試奏が出来るかは微妙だったが、流石は音楽の街・下北沢のHARD-OPP(ハードオプ)とでも言おうか、無事許可を貰う事が出来たので、喜多さんの機嫌も取ってみる事にした。

 

「ほっほら喜多さん! さっき喜多さんが気になってた木製(ウッド・シェル)のスネアと聴き比べしてみましょうよ!」

 

「えっ!? 聴きたい聴きたい!」

 

 喜多さんに木製スネアを一つ選んで欲しいと頼むと、喜多さんはすぐさま表情を明るくさせ、棚に並んでいるスネアを選び始めた。その切り替えの速さに驚くが、こういう気持ちの切り替えの速さが、良くも悪くも喜多さんの魅力なのかもしれない。まぁちょっとチョロすぎて心配になる部分もあるが……

 

 楽器屋ではないので試奏室なんて上等な物は当然無く、通路の脇にスネアを設置しての試奏となった。店員と喜多さんが見守る中、まずは喜多さんの選んでくれた木製(ウッド・シェル)のスネアを軽くチューニングして、常に持ち歩いている自分のドラムスティックで音を鳴らしてみる。

 

 叩く強さを調整しながら、まずは打面中央を叩いて胴の鳴りの芯の太さや反応速度を確認し、次に打面の中心から(ふち)に向かうように移動しながら、倍音の出方や音の広がり方を確認する。

 

 初めて木製(ウッド・シェル)のスネアを叩いたが、耳に刺さらない感じとでも言おうか、確かに音が柔らかく感じる。これは恐らく金属製(メタル・シェル)よりも木製(ウッド・シェル)の方が中低音域が豊かに出るためだろう。知識としては知っていたが、実際に聴いてみると思った以上に違いが分かり、なかなか興味深い。

 

 長々と試奏をしてもあまり意味が無いので、早々に切り上げて喜多さんに感想を聞いてみる。

 

「どうでした喜多さん?」

 

 一分にも満たない短い時間だったが、一通り木製スネアの試奏を終えて喜多さんに訊ねてみる。喜多さんは虹夏先輩のスネアドラムの音を思い出しているのか、じっと目を閉じていたが、やがて静かに目を開くと、真剣な眼差しをこちらへ向けてきた。

 

 その表情から、遂に喜多さんも音の違いが分かる女に……と思ったのも束の間、喜多さんは眉をハの字にすると、困ったように口が開いた。

 

「……えっと、これ、ちゃんと音違ってた? 私、どっちも同じ音にしか聞こえないんだけど……」

 

「なんて事言うんですか……」

 

「だっ、だって~……」

 

 まぁ、無理もない。喜多さんはまだギターを始めたばかりだし(もう一年くらい経ってるけど)、そもそもドラムの音の違いを聞き分けるという事自体が結構難しい事なので仕方ない。だからこそ聴き比べを提案したのだ。

 

 俺は今出した音を喜多さんが覚えているうちに次のスネアを叩くため、店員に頼んで木製スネアドラムをLM402に交換して貰うと、マンデー・ドラムということに緊張しながら、さっきと同じようにもう一度軽くチューニングして音を出してみたのだが――

 

 スティックがヘッドに触れた刹那、空気が変わった。乾いていながら、底鳴りのする鋭い音。異常に早い立ち上がり。それでいて、どこまでも伸びていくような倍音。音の立ち上がり、芯の太さ、反応のスピード、そして、一打で空間を支配する音圧。MONスタンプ入りLM402(マンデー・ドラム)の圧倒的なポテンシャルが、スティックをとおして、俺の全身に叩き込まれる。

 

「……すごーい! ほんとに音が違うのね! 私驚いちゃった!」

 

 短い時間で二つのスネアの音を聴き比べたことで、喜多さんは違いがはっきり分かったらしい。まるで難しい問題が解けたみたいに、嬉しそうな顔をしている。だが、俺はそんな喜多さんの声を遠くに聞きながら、自分の考えを纏めるように、黙ったままLM402をじっと見つめていた。

 

「……って山田君? どうしたの?」

 

「……あっこれ買います」

 

「へー、そうなの? ……って、ええっ!?」

 

 俺の様子を心配したのか、声をかけてきた喜多さんは、突然の俺の購入宣言を聞いて、しばらく呆けていたが、言葉の意味を理解すると驚きの声を上げる。

 

「ちょっ、ちょっと山田君!? そんなにすぐに決めちゃっていいの!? もうちょっと考えた方が……それにその……結構する(・・)みたいだし……」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 あまりの俺の即決振りに、LM402の値札を見ていた喜多さんは心配そうに尋ねてくる。

 

 確かに喜多さんの言う通りまだ僅かな時間しか叩いていないが、スネアドラムを購入する判断でいえば、実はこれはそんなにおかしな事では無い。

 

 試奏と聞くと、まず音の良し悪しを確認しているように思うかも知れない。だが、スネアの試奏に限って言えば、そうでもなかったりする。なにせ“試奏で理解できるのはそのスネアの全体像のほんの一部”や、中には“試奏は不要”や“無意味”とまで断じるドラマーもいるくらい、スネアを試奏で判断するのは難しいのだ。

 

 何故なら、スネアの音は、ヘッドやスナッピーといった消耗品の状態、張り具合、なによりチューニングで大きく変わってくる。試奏()本番(ライブ)ではチューニングも違えば、音の響きや跳ね返り方、更にはPAの有無で全然違う物になる。つまり試奏(現在)の音=実際のライブでの演奏の音、という事にはならないからだ。

 

 なので、試奏の目的は”音そのもの”よりも、“このスネアがちゃんと鳴る個体かどうか”や“テンションボルト(ヘッドの張力を調整するボルト。チューニングキーで回すやつ)の回転具合”や”ストレイナー(スナッピーを接触させたり離したりするレバー)の操作感”、あるいは”実際に持ってみたときの重量感”など、”音以外で実際に触ってみないと分からない部分”の確認が本質と言えるかもしれない。

 

 これ以上の試奏は必要ないので店員にお礼を言って試奏を終わろうとしていると、ドラムの音に誘われたかの様に虹夏先輩とリョウ先輩、ひとりが姿を現した。三人は俺と喜多さんを見つけると小走りで駆け寄って来る。

 

「あっ! ほらやっぱり太郎君だった! あのスティックの入り方とストロークの感じは絶対太郎君だと思ったんだよねー」

 

「確かに、打音とリズムの安定感ですぐ分かった。でも、これじゃあ賭けにならない」

 

 二人からなんだか不穏な単語が聞こえて来る。賭けって……俺の試奏を聞いて、一体何をやろうとしてたんだこの二人は……

 

 虹夏先輩とリョウ先輩の持っているカゴを見れば、首尾は上々だったようで、ジャンク品らしき商品が沢山詰め込まれている。

 

 マイニューギア事件の事もあり、若干心配していたひとりの事も恐る恐る確認すると、持っているカゴには脅し(忠告)の効果があったのか、常識的な量(家に沢山余らせているエフェクターを更に買う事が常識的かどうかは一旦置いておく)のエフェクターが入っており、ひとまず安心した。

 

 「ドラムを見るなら自分も誘え」と可愛らしく頬を膨らませながら抗議してくる虹夏先輩や、いつも通り無表情なリョウ先輩と共に、俺の傍に寄って来たひとりは、俺の前にセットしてあるスネアを興味深そうにまじまじと見つめている。

 

「……太郎君、これって」

 

Ludwig(ラディック)のLM402。太くて、繊細で、ヌケがよくて、キラキラしてる……これぞまさに黄金の70年代ロックの音」

 

 ひとりの俺への問いかけに、ヴィンテージ・ドラムの音を気に入ったのか、うっとりとした表情のリョウ先輩が代わりに答えた。

 

 実は以前、BoBで初めての渋谷路上ライブ用のドラムを買いに、秋葉原のドラム専門店に行った事がある。その時に現行品のLM402を少しだけ試奏させてもらった。現行品は新品だったせいなのか、ヴィンテージ(これ)と比べると若干音が硬く感じたが、こちらは確かにリョウ先輩が言う通り、音が太くて、ヌケが良いと感じる。

 

 楽器マニアで、虹夏先輩と言うドラマーの知り合いがいるリョウ先輩なら、確かに分かっても不思議では無いと思うが、まさか製造年代まで言い当てるとは……キッショ、なんで分かるんだよ。凄いを超えてちょっと怖い。

 

 ギターやベースだけならまだしも、ドラムにまで詳しいリョウ先輩の知識の広さに、喜多さんが驚きながらも褒め称えている。そんな喜多さんの賞賛に満足そうな表情を浮かべながら、リョウ先輩が訊ねて来る。

 

「それで、どうだった?」

 

「かなり良かったんで買おうかなと」

 

「えっ!? 太郎君買うの!?」

 

 俺の突然の購入宣言を聞いて、虹夏先輩が目を丸くした。だが、すぐに真剣な表情に変わると、腕を組み、時折小さく相槌を打ちながら、小声で何か呟きはじめた。

 

でもそっかぁ……確かにBoBの曲はスタンダードな5インチより、音が太い深胴の方がいいのかも……それにしても太郎君にLudwigのスネア……ましてやあのLM402かぁ……まさに鬼に金棒って感じの組み合わせだね~」

 

 何やら考えこんでいた虹夏先輩は、一人で勝手に納得すると、腕を組み、『後方腕組なんとか面』みたいな顔をしながら、やたらと大げさに何度も深く頷いていた。たまに虹夏先輩が俺やひとりに対して、どういう立ち位置なのかよく分からない態度を見せる時があるけど、あれは一体なんなんだろう……ままええわ。

 

 丁度良いので同業の虹夏先輩や、ドラムにもある程度詳しい事が判明したリョウ先輩の二人にも商品の状態確認をしてもらう事にした。

 

 無いとは思うが、俺や店員が見逃している不良箇所があるかも知れないので、二重三重の確認は大事だ。楽器専門店ならこういう心配はほぼ無いのだろうが――こういうリスクも含めて安いのがHARD-OPP(ハードオプ)という場所なのだ。

 

 店員に許可を取り、虹夏先輩とリョウ先輩の二人にも問題が無い事を確認して貰う。虹夏先輩がスネアと手に取り、丁寧にリムやストレイナーを確認してから内側を軽く覗き込んで問題ない事を確認すると、リョウ先輩へ手渡す。

 

 リョウ先輩も同じように確認し、シェルの内側を覗いて――動きが止まった。リョウ先輩はゆっくりと俺を見て、スネア返してくる。俺がスネアを受け取ると、虹夏先輩が感慨深そうな声を上げた。

 

「それにしても、遂に太郎君もマイスネアを持つ時が来たかぁ~……楽器専門店でも無い場所で、こんなに綺麗に手入れされた名機(LM402)を見つけるなんて……なんだか運命の出会いみたいじゃない!? くぅ~……次のライブが今から楽しみ~!」

 

「……うん。これでまた一つ、太郎のライブを見る楽しみが増えた」

 

 待ちきれないといった様子で拳を握る虹夏先輩に同調するように、リョウ先輩も期待の眼差しをこちらに向けながら、小さく頷いた。その姿を見て、俺は少し驚いた。

 

 “また一つ”、ということは、つまり他にも楽しみがあるという事だ。リョウ先輩は普段、あまり感情をはっきりと表に出すタイプではないので、BoBのライブも結束バンドとの対バンのついで(・・・)とかおまけ(・・・)くらいに思っているのかと思っていた。でも――もしかして結構楽しみにしてくれていたのだろうか? だとしたら、それはとてもありがたい事である。

 

 素直に次のライブを期待してくれている虹夏先輩やリョウ先輩に、なんだか俺は少し照れくさくなってしまった。ひとり助けて、俺この()達に何か奢ってやりたくなっちまう。

 

 最後にBoBのリードギターとして、ひとりにもLM402()の意見を聞いてみたが「良いと思う」との返事が返って来た。スネアを購入するのは初めてだし、高い買い物だという事に加え、本当にこの()で良いのか実は少し不安だったのだが、ひとりからのお墨付きがあれば大丈夫だろう。

 

 とりあえず、感じていた一応の不安は払拭されたので、店員に改めて購入する旨を伝える。

 

 割と大きな荷物だが、ありがたい事に純正のケース付きだったので持って帰るのは何とかなりそうだ。ただ純正ケースはソフトケースなので、お高い楽器を運ぶには少々心もとない感じもある。次のライブまでにはもう少し丈夫なセミハードケースに買い換えた方が良いだろう。

 

 このスネアがどういう経緯や事情でHARD-OPP(ここ)に流れ着いたのかは分からない。けれど、前の持ち主はどんな人で、このスネアでどんな音楽を演奏していたのか――1971年に製造されてから、きっと脈々と続いてきたであろうこのスネアドラムの歴史に思いを馳せるのも、ヴィンテージ楽器を買う醍醐味かもしれない。

 

 レジで代金を支払い、付属品として付いてきたLudwig純正のバッグに入ったLM402を受け取ったところで、ひとりが話しかけてきた。

 

「よかったね、太郎君。中学の時()から欲しいって言ってたのが見つかって」

 

「おう、ありがとな」

 

 俺はひとりに礼を言い、軽く辺りを見回して近くに誰もいない事を確認すると、ひとりの耳元にそっと顔を近づけた。

 

実はな、これ71年製のマンデー・ドラムなんだよ。リョウ先輩は気付いたみたいだけど

 

「……えっ!?」

 

 中学の時に俺に散々聞かされた話を覚えていたのか、驚いてこちら見てきたひとりに、俺は購入したばかりのスネアバッグのショルダーストラップを背負い直し、軽くキャップのつばを掴んでポーズをとってみせる。

 

「どうだ? これで俺も、ちょっとはバンドマンっぽくなっただろ?」

 

 円筒形の黒いバッグ。その側面には白い文字で『Ludwig』と書かれていて、見る人が見れば一発でバンドマンだと分かるような恰好だ。ようやく俺もこのレベルに上って来れたかと思うと、ちょっと気分が上がってくる。そんな俺の姿を、同じく珍しくテンションの高いひとりが嬉しそうに写真に収めながら答えた。

 

「うっうん! ただものじゃない感、半端ないよ!」

 

「だよな!」

 

 きっと、ひとりも初めてギターを学校に持って行った時はこんな気持ちだったに違いない。今の気持ちを共有できる仲間がいる事に喜んでいると、ひとりは先程までの勢いを失い、落ち着かない様子でおずおずと声をかけて来た。

 

「あの……太郎君」

 

「なんだ?」

 

 急に挙動不審になったひとりに疑問を感じて俺が聞きかえすと、ひとりは言いづらそうに視線を泳がせたまま口ごもっていたが、だがやがて小さく息を吸うと、意を決したように問いかけてきた。

 

「あの……こっこのドラムの写真、わたしのトゥイッターで”my new gear…”してもいい!?」

 

「ダメに決まってんだろいい加減にしろ」

 

 今日のHARD-OPP(ハードオプ)探索は、憧れの名器も手に入ったし、ひとりや虹夏先輩たちも、それぞれ色々と掘り出し物を見つけられたようで大成功だ! 

 

 ――そんな風に考えていた時期が俺にもありました。

 

 あっ! スネアの話(楽器談義)に付いてこれなかった喜多さんが、取り残されたように、うらめしそうなスンとした表情でじっとこっちをみてる! 




 ちょっと色々あって滅茶苦茶遅くなりました。下北散歩編は次回で完結です。長くなったので分割しますが、046はもう完成してるんで、来週投稿します。

 実はここまで書いてきたにもかかわらず、主人公に対するリョウ先輩の立ち位置がよく分かって無かったんですが、ぼざろ本編に「それと私は楽器が好きな人間が好き」ってリョウ先輩の台詞があるので、実は主人公の事かなり気に入ってるのかもしれません。

 すごく今更ですが、音楽やドラムの知識はネットでググった情報を自分なりに解釈して文章化しているので、もしかしたら物凄いワザップを書いてる可能性があります。一応AI君におかしな事言ってないか確認して貰ってはいるんですが……

 エタるつもりは無いけど、次いつ止まるか分からないんで、せっかくだからこの一年で作ってた物を全部放出します。
LADY CAROLEをパクっ……参考にしたBoBフォント作りました
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