ぼっちず・ろっく!   作:借りて来た猫弁慶

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リョウ先輩は自分にはエミュが難しくてなんかおかしいかもしれません。というかぼざろの人物は割とみんなエミュが難しい。


005 アー写撮影の話

 喜多さんが加入して結束バンドが本格始動すると、俺はバイト以外では結束バンドと関わる事を極力避けるようになった。単純に練習に俺がいても邪魔だろうと思ったし、俺と言う異分子がいてはいつまで経っても結束出来ないのではないだろうかと思ったからだ。

 

 ひとりの話ではあれから一度バンドミーティングなるものがあったらしく、そこでオリジナル曲の作詞を任されて自信満々に請け負ったと言っていたが、ひとりから俺のロインにもぅ無理とかマヂ無理とか病むとか来ていたので意外と余裕がありそうだと思っていたが、ひとりの姿を見ると結構追い詰められているのが感じられた。

 

 最近の俺はひとりがバンドを組んでから、ひとりにくっついてあちこち回っていた為にすっかり忘れていたドラム演奏の動画投稿を済ませたり、学期末に向けての勉強をしてみたりと高校入学前の様な生活を送っていた。もちろんドラムの練習も毎日続けていたが。

 

 そんなある日虹夏先輩から連絡が入った。なんでもアーティスト写真の撮影をするので良かったら一緒に行かないかという物だった。

 

 アー写なるものに興味があった俺は虹夏先輩に参加する旨の連絡を入れると、ひとりと一緒に下北沢へ向かう事にした。

 

 下北沢へ向かう電車の中でひとりへ作詞の進捗状況を聞いてみると、ひとりは少し考えてからおもむろに一冊のノートを取り出した。

 

「あの、太郎君。一応仮なんだけど、作詞は出来たっていうか……ちょっと自信なくて……まずは誰かの感想を聞きたいなって……」

 

 そう言って差し出されたノートを俺は開いた。

 

 ノートには沢山の文字が書かれていた。俺はその一つ一つを真剣に吟味するように眺める。

 

「……なあひとり、俺はこのサイン将来大量に書くことになった時に大変だと思うんだけど。特にこのiの点の部分が星になってるのとか最高に面倒臭くないか? あとやっぱり俺はぼっちよりひとりって名前の方が良いと思うんだけど……」

 

「そ、それじゃなくて! こっち! このページ!」

 

 俺の言葉にひとりは恥ずかしそうにノートを奪い取ると、目的の歌詞が書いてあるページを開いて押し付けてきた。

 

 今度こそ歌詞の書かれたページを見ると、そこには応援ソングが書かれていた。俺はその歌詞をしばらくじっと見つめると、スマホを取り出して歌詞の書かれたページを撮影する。

 

「……えっ!? な、なんで今写真撮ったの!?」

 

「いや、今度お前がなんか落ち込む事があったら、この歌詞で励ましてやろうと思って……」

 

「~~~~~~~~~~っ!!」

 

 ひとりは声にならない悲鳴を上げながら震えていたが、それを無視して改めて歌詞を見てみた。

 

 歌詞を見て最初に思ったのは、ひとりっぽくないという事だった。ひとりはこう言う適当に現状を肯定するような事は苦手かと思っていた。他の感想としては……普通……だろうか? どこかで聞いたような見たような、考えてみれば今の売れてる曲や昔流行った曲にこんな感じの歌詞があったような気もしてくる。そういう意味では普遍的で良い歌詞なのか? それにボーカルが喜多さんって事を考えるとそこまで悪くないんだろうか? 考えれば考えるほど分からん。だが結局俺が悩んでもなんの意味も無いので思った事をそのまま伝える事にした。

 

「あー……ひとりっぽく無いな、とは思った。あとは……普通だな」

 

「私っぽくない……普通……」

 

 俺がそう言うと、ひとりは俺の言葉を反芻しながら少し考えこんだ様子だった。

 

「いや、でもまだ仮なんだろ? それにひとりっぽくはないとは思うけど、結束バンドっぽく無いかと言われたらそうでもないし……一度バンドメンバーの誰かに見せるんだろ? 確かにそれがいいかもな。悪いな碌な感想が言えなくて」

 

「ううん……ありがとう。もう少し考えてみるね……」

 

 俺がノートを返すと、ひとりはお礼を言いながら鞄にノートをしまい込んだ。何か力になってやりたかったが、これは結束バンドの曲なのだ。結局部外者の俺があれこれ言うのも憚られて、そんな当たり障りのない事しか言えなかった。

 

 下北沢の改札を出て結束バンドのメンバーを見つけたひとりは、カバンからなにやら文字の書かれたカードを取り出すと首に掲げて突然土下座を始めた。

 

「ゆゆゆ、許してください~」

 

 ひとりの突然の奇行に虹夏先輩と喜多さんが驚いていたが、俺も驚いた。下北沢に集合とだけ言われたんだろうか、まさか歌詞が書けない自分をつるし上げる会だと思うまで追い込まれているとは思わなかった。改めて碌なアドバイスが出来なくてスマン。

 

「今日はアー写撮影らしいぞ」

 

 俺がそう言いながらひとりを立ち上がらせると、ひとりはピンと来ていない表情を見せたが、喜多さんがアーティスト写真だと補足説明してようやく合点がいったらしかった。

 

「いまある結束バンドのアー写にはぼっちちゃん写ってないしね」

 

 そう言われて見せて貰った写真は、ポーズを決めた先輩二人と集合写真の欠席者の様に左上に丸く追加された喜多さんの写真だった。

 

「いやでも、こういうのって逆にロックじゃないですか?」

 

 とりあえずなんでもロックと言っておけばいいんじゃねーかと思って適当に言ってみた俺に、虹夏先輩は困ったように答えた。

 

「太郎君……なんでもかんでもロックと言っておけば良いって風潮は確かにあるけど、ロックは免罪符じゃないからね! それにこういうのは、わたし達のバンドの方向性じゃないから駄目です!」

 

「あっはい」

 

 それからアー写の重要性を説明してくれた虹夏先輩の号令で下北沢アー写撮影の旅が始まった。

 

 下北沢の街を巡りながら階段、フェンス、植物の前、公園と、虹夏先輩が言う金欠バンドマン定番の撮影ポイントを巡って写真を撮っていったが、今一つしっくりくるものが無かったようで自動販売機でジュースなど買って一息ついていた。

 

「今日楽器持ってくれば良かったわね」

 

「た、確かに、楽器持ってた方が……あっ」

 

 とんでもない事を言った喜多さんに同調しかけたひとりが途中で何かに気付いたのか俺の方を見た。

 

「おいおいおい、遂に言ってしまったね喜多さん」

 

「え、何? どういう事?」

 

 静かに凄んだ俺の言葉の意味が分からない喜多さんが不思議そうに周りを見て、虹夏先輩が俺の言葉に続いた。

 

「君たちギターやベースは絵になるけど、ドラムは可哀そうな事になるんだよ! 手に持つのはドラムスティックだけだよ!?」

 

 虹夏先輩の言葉に喜多さんは納得した表情をしていたが、俺はさらに続いた。

 

「そうですよ、ギターやベースはいいですよね。あんなあからさまに音楽やってますみたいなファッション出来て、ドラマーがドラム背負ってたら不審者ですよ」

 

「いや、あたしはそこまで思ってなかったけど……太郎君、そんな事思ってたんだね……」

 

「ええ……なんでそこで梯子を外すんですか……最後まで一緒に戦いましょうよ……」

 

 虹夏先輩と言う頼もしいドラマー仲間を手に入れたと思った俺はここぞとばかりに鬱憤を晴らしに行ったが、いつの間にか背中から刺されていた。くそぉ虹夏先輩は女子だからこの想いが分からないんだ……

 

 それからもしばらくよさげな場所を探して散策していると、ひとりが急に立ち止まった。

 

「どうしたひとり?」

 

「こ、ここの壁なんかどうかな?」

 

 見ると壁にでかでかとポップな感じの木のイラストが描かれている、確かにガールズバンドの明るいイメージに合っているかもしれない。

 

「いいんじゃないか? 先輩達に言ってみたらどうだ」

 

 そう言うとひとりは先の方で何やら話している先輩達に伝えに行った。おいひとり、行くならもっと気配を出して近づけよ、っていうか声をかけろ……ほら肩に手を乗せられた虹夏先輩めっちゃビックリしてるじゃん。

 

 ひとりの見つけた壁の前で結束バンドのメンバーで一度写真を撮って見たが、虹夏先輩曰くバンド感が足りないらしい。

 

「やっぱりロックって言ったら舌出しですよ、ロック舌! そんで人差し指と小指を立てるメロイック・サイン! どうすかこれ!」

 

「太郎君なんか知識偏ってない? メタル趣味? まあやってみようか」

 

 俺の提案を聞いた虹夏先輩は呆れたような様子だったが、他に案も無いのでとりあえず撮って見る事になった。

 

「きゃー、ワイルドな先輩も良い!」

 

「喜多さんなんでこんな笑顔なんですか……でも女子高生がやってるとなんかギャップがあっていいっすね」

 

「ロックっぽいけど、青春っぽさが無い!」

 

 結局結束バンドっぽくないという理由で没になり、今まで撮った写真を見返していると虹夏先輩がしみじみと言った。

 

「それにしても喜多ちゃんは写真写り良いね、写真慣れしてるって言うか」

 

「ああ、それはよくイソスタに写真上げるからかも」

 

 そう言って見せてくれた、喜多さんのキラッキラな写真が沢山投稿されたイソスタを見た瞬間ひとりが痙攣しだした。

 

「うっ! あ、ああ、ああああああああああ」

 

「後藤さんどうしたの!? 死なないで! 山田君! 後藤さんどうしちゃったの!?」

 

「だ、大丈夫です。とりあえず喜多さん、そのSNSを閉じてゆっくりとひとりから離れて下さい」

 

 こうなってしまってはもうどうしようもない。ひとりが自力で戻ってくるまで待つしかないのだが、戻って来た瞬間にまたあのSNSを見ては意味が無いのでとりあえず喜多さんに離れるように指示した。

 

 しかし俺の心配を他所に、しばらくしてひとりが落ち着きを取り戻しかけたと思った時に虹夏先輩がさらなる爆弾を放り込んだ。

 

「そうだ、ぼっちちゃんもイソスタ始めてみたら? 大臣もそう思うでしょ?」

 

「ちょっ! 虹夏先輩!」

 

「是非! 友達になりましょう。バンド活動していくなら個人のアカウントあった方がいいし」

 

「ままま、待って喜多さん!」

 

 もうやめてください! これ以上ひとりちゃんに刺激を与えないでください! 今やっと息を吹き返しかけたのに何てことするんだこの人たちは。案の定ひとりの痙攣はさらに激しくなって行く。あーもうめちゃくちゃだよ。

 

「お、終わり! SNSの話題終わり! ハイ終了! 虹夏先輩も喜多さんもひとりに呼びかけて下さい。この話終了!」

 

 虹夏先輩と喜多さんの必死の呼びかけでなんとかひとりは戻ってきたが、この空気から即座にアー写撮影再開できるって虹夏先輩のメンタル凄ぇな。

 

 撮影を再開したもののなかなか良いアイデアが浮かばずに困っていると、喜多さんがジャンプをして撮影することを提案した。更にリョウ先輩の謎の理論も後押ししてとりあえずジャンプ撮影をしてみる事になった。

 

「じゃあ太郎君撮影ボタンお願いね」

 

「ウス、じゃあ皆さん行きますよ。3、2、1! …………」

 

 そうして撮れた写真を、俺はすぐに消去した。

 

「あれ? どうしたの? 今の写真どうだった?」

 

 俺の不可解な行動に怪訝な表情をしながら虹夏先輩が聞いてきた。まさか馬鹿正直に答える訳にはいかない。俺は平静を装って答えた。

 

「あー……すみません。ちょっと(ひとりの)写っちゃいけないものが写ってまして……」

 

「えっ? 何それ?」

 

「えー……なんていうか……ちょっと……見ると(ひとりが)ヤバイっていうか、(ひとりが)トラウマになるっていうか、(ひとりの)後が怖いっていうか……」

 

「ええ何それ!? 絶対こわい奴じゃん!! もう消した!?」

 

「あっ、もう消しました。すみませんもう一回いいですか?」

 

 ビビり散らしている虹夏先輩をなだめてなんとかもう一度写真を撮った。写真を確認する時虹夏先輩が滅茶苦茶怖がっていたので悪い事をしたと思ったが、仕方なかったのだ。貸し一だからなひとり。

 

 みんなが写真の確認をしているとリョウ先輩が一人歩き出したので思わず声をかけた。

 

「どこ行くんですかリョウ先輩?」

 

 俺がそう声をかけると、リョウ先輩は俺をじっと見つめてひとつ小さく頷いた。

 

「丁度いい、太郎も着いてきて」

 

 そう言って再び歩き出したリョウ先輩の後を追いかけながら俺は尋ねた。

 

「いいんですか? 勝手に抜けて」

 

「もうアー写撮影は終わったから」

 

 随分な自由人だな、なんて思いながらついて行くとおしゃれなカフェに辿り着いた。入り口付近には開店を祝う花が沢山飾られている。

 

「ここですか?」

 

「そう、この店オープンしたばっかりで一度食べてみたかった」

 

 こういう店に入ったことが無い俺は若干気おくれしたが、リョウ先輩は迷う事なく店へ入っていったので俺も慌てて後を追った。店の一番奥の窓に面した席に座ったリョウ先輩は店員を呼ぶとカレーを頼んだ。

 

「太郎は何にする」

 

 見れば店員が俺の注文を待っていた。リョウ先輩の行動とこの店の雰囲気になんだか完全にリズムを崩されていた俺は、リョウ先輩の言葉に慌てて店内のメニューを確認した。

 

「えっと、じゃあ本日のパスタってやつをお願いします」

 

 なんとか注文を終えて一息ついて携帯を見ると、ひとりから大量にロインが届いていた。ヤバイ、そういえばあいつを置いて来てしまっていた。内容を見るとあの後割とすぐに解散したらしく、俺がどこにいるのか確認するロインが送られてきている。

 

 慌ててひとりにリョウ先輩に連れてこられた事と現在地を送ると、今度はリョウ先輩の携帯が鳴った。しばらく携帯をいじっていたリョウ先輩は携帯をしまうと俺へと顔を向けた。

 

「ぼっち今から歌詞見せに来るって」

 

「あ、そうなんですね。俺も今朝見せてもらいました」

 

「どうだった?」

 

「……余計な先入観を持たせない為にノーコメントでお願いします」

 

 それからしばらくしてリョウ先輩のカレーと俺のパスタが運ばれてくると、リョウ先輩は俺のパスタをじっと見つめた。

 

「……なんですか?」

 

「そっちも美味しそうだね」

 

 リョウ先輩を見ればメッチャ食べたそうにしている。いやアンタにはカレーがあるでしょう。

 

「一口ちょうだい」

 

 くそう、絶対言ってくると思った。だが幸いまだ全く手を付けていないし、一口くらいなら吝かではないのだが……フォークが一つしかないんだよなあ。まあこの人ならもう一本フォークを頼んだり、カレー用のスプーンで食べたりするのかな?

 

「まあ一口くらいならいいですよ」

 

 そう言ってリョウ先輩へとパスタの皿を寄せると、リョウ先輩は俺が持っていたフォークを掴んでくるりとパスタを蒔き、パクリと自分の口へ運んだ。そしてそのままフォークを皿の上へ置いてこちらへ皿を戻してきた。

 

「これも中々。ありがとう太郎」

 

 そっかあ、こういう人だよね。でもどうすっかなあ、現役男子高生でひとり以外碌に女子と喋った事がない奴がこれの続きを食べるのかよ……と言うか喜多さんにぶん殴られそうだな……そんな風に悩んでいると店の扉が開いた。

 

「あっへっへい大将やってるぅ?」

 

「へいらっしゃい!!」

 

 一瞬で集まったひとりへの客の視線が、またしても一瞬で俺へと向いた。仕方ないだろ、こうやって痛みを分散してやらないと黒歴史だらけになっちゃうんだぞ。だからその痛みを知っている俺は助けを出すのだ、だから俺の時は頼むぞひとり。だけどひとりその左手はなんだ……ここに暖簾はねーぞ。

 

「あっ、ぼっち、こっちこっち」

 

 そんな俺達の痛みも知らずにリョウ先輩はひとりを招き寄せた。しかし公衆の面前でぼっち呼びはやはり落ち着かない、そういう意味ではこのあだ名は呼ぶ方も呼ばれる方もメンタルがスゲーな。

 

 やって来たひとりにリョウ先輩の隣を譲るように俺は席を一つずらした。席に着いたひとりがやって来た店員にコーヒーを頼むと、リョウ先輩は頼んだカレーを食べ始めた。そんなリョウ先輩を見ながら俺は先程まで対応に困っていたパスタの名案を思いついた。

 

「ひとり、お前もこのパスタちょっと食べてみるか? 大丈夫だ俺は(・・)まだ食べてないから」

 

「? いいの?」

 

 パスタの皿をひとりの方へ寄せてやるとひとりは食べ始めた。ひとりはおしゃれカフェでおしゃれパスタを食べているという事実に感動していたが、俺にはそんなことはどうでも良かった。ひとりの食いかけを食べるなど昔からそんなに珍しくないし、間違えてひとりのコップのジュースを飲んだ事など数知れず。とにかく一度ひとりの口を経由したという事実が大事なのだ。リョウ先輩が使ったフォーク、と言う心理的抵抗がこれでかなり下がった。

 

「ってひとり! おい、お前食い過ぎだろ。もう半分くらい食べちゃってるじゃん。おまえ歌詞見せに来たんだろ」

 

「はっ! ご、ごごごごめん! 凄く美味しかったから」

 

 見ればリョウ先輩はもうカレーを食べ終わってこちらを見ていた。

 

「二人は仲いいんだね」

 

「……まあ幼馴染ですからね、リョウ先輩と虹夏先輩見たいなモンですよ」

 

 パスタの皿を取り戻しながらひとりを小突いてやると、ひとりは歌詞のノートを取り出してリョウ先輩へと手渡した。

 

 ひとりとリョウ先輩が歌詞の話をしている間、俺は大人しくパスタを食べていた。と言っても半分ひとりに食べられてしまったパスタは早々に食べ終わり、水など飲みながら適当に時間を潰していた。結局最後まで大人しく話を聞いていると、もう一度ひとりが思ったままの歌詞を書くことで話はまとまったようだった。

 

「そろそろ出よう」

 

 そう言って席を立ったリョウ先輩に続くと、リョウ先輩はそのまま店を出ていこうとしていた。

 

「あの、リョウ先輩……お会計まだですよ」

 

 俺とひとりがリョウ先輩を見つめると、店の扉に手を掛けていたリョウ先輩はゆっくりとこちらに振り向いた。

 

「ごめん、今お金ないから奢って」

 

「えっ、お金ないって……なんで俺ここ連れて来られたんですか?」

 

「この店オープンしたてでどうしても食べたくて……太郎連れて来たら奢ってくれるかなって」

 

 つまり俺は最初から奢らされる前提で誘われてたのかよ、我部外者ぞ。肝が据わり過ぎている。ちらりとひとりを見ると、流石のひとりも驚いていた。バンドメンバーを理由にひとりに押し付けようかとも思ったが流石に可哀そうか……誘いに乗って付いてきた俺にも責任の一端はあるし……

 

「……分かりました! 今回は俺が出します。でも絶対返してくださいよ?」

 

 結局俺がリョウ先輩の分を払うことで決着して三人で店を出た。店を出ると辺りはもう薄暗くなっており、街灯に明かりが灯っていた。

 

「本当にごめん、来月返します」

 

「マジで頼みますよ。俺はメンバーじゃないですけど、こんなことでリョウ先輩と疎遠になるのは嫌ですからね」

 

 別れ際にそう言ってきたリョウ先輩に、俺は釘を刺しておいた。やはり友人同士で金の貸し借りはするべきでは無いな。もうすでに変な雰囲気だし。

 

「あっあのリョウさん。私……頑張ります」

 

「……うん、じゃあ楽しみにしてるよ」

 

 ひとりの言葉にそう返したリョウ先輩は、そのまま踵を返して帰っていった。

 

「……それじゃあ俺達も帰るか」

 

「うん!」

 

 しばらくリョウ先輩を見送ると、返事からやる気が溢れているひとりと共に俺も帰路に着いた。

 

 数日して昼休みに学校の謎スペースで過ごしている時に、目の下に凄い隈を携えたひとりが例の作詞ノートを取り出して渡して来た。

 

「歌詞出来たから、太郎君にも見て貰おうと思って……」

 

 渡されたノートを丁重に受け取り拝読する。そこに書かれていたのは前回のどこかで見たような応援歌ではなく、ひとりの思いの丈が詰まったひとりらしい歌詞だった。

 

「……いいんじゃないか? ひとりらしくて。あ、いや、採用されるかどうかは俺には分からないけど、リョウ先輩の注文通りなんじゃないかな。少なくとも俺には深く刺さったよ」

 

「う、うへへ」

 

 自分が感じた素直な感想を言ってノートを返すと、ひとりは少し安心したような表情だった。

 

「今日見せに行くのか?」

 

「う、うん」

 

 出来上がった歌詞を今日リョウ先輩へと持って行くのか確認すると、ひとりはまた不安そうな表情になった。

 

「大丈夫だよ、リョウ先輩なら少なくとも無下にはしないだろうよ。自信を持って行ってこい」

 

「……うん!」

 

 そう言ってひとりを送り出した日の夜、ひとりから無事に歌詞が採用されたとのロインが届いたのだった。




ひとりちゃんは家族には大きい声だせるので、なるべく主人公には吃音させないようにしてるんですが、そうするとひとりちゃんっぽくないので難しいです。
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