ぼっちず・ろっく!   作:借りて来た猫弁慶

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006 バンドオーディションの話

「あの……店長、結束バンドのオーディション、俺も見学させて貰えませんか」

 

 そう言って俺は店長に頭を下げると、店長とPAさんは一斉にこちらを見た。

 

「……あ、あの……もしアレでしたら、ライブと同じ二千円お支払いしますんで……」

 

 何も言ってこない店長にビビった俺は思わずそんな事を言ってしまった。やはり部外者が見学は無理か? とか素直に初ライブを待つべきだったか? などと後悔しながら恐る恐る店長を見ると、店長は特に怒った様子も無く俺を見つめていた。

 

 しばらく俺を見ていた店長は、バーカウンターへ頬杖をつくと口を開いた。

 

「太郎君はさ、なんでそんな虹夏のバンド……いや、ぼっちちゃんにこだわるの?」

 

 ――

 

 事の起こりは今日がSTARRYでのバイトの給料日だった事だ。

 

 店長が給料袋(なんと現ナマ手渡し!)を持って現れると、俺達は歓喜し、行儀よく整列して各々バイト代を受け取った。

 

 ひとりと一緒にバイト代を確認すると、ひとりの給料袋にはピン札の諭吉さんが一枚入っており、俺の袋には諭吉さんともう何枚かの野口さんが入っていた。ひとりと同じ日にバイトを入れている俺がひとりより多いのは別に店長が色を付けてくれた訳では当然無く、ひとりが風邪を引いた日に俺がバイトをしていた日の分のおかげなのだ。

 

 ひとりが初給料の諭吉さんを眺めて大層喜んでいると、虹夏先輩が申し訳なさそうに声を上げた。

 

「じゃあせっかくの所悪いんだけど、ライブ代徴収するね」

 

 バイト代をそのままそっくり徴収されたひとりはゴミ箱に入って大層落ち込んでいたので、俺は励ましてやることにした。

 

「まあ、いいじゃねーか。こうやってバイトすればバンド活動続けられるんだから」

 

「……うん、そうだね」

 

 自分でも納得出来たのか、ゆっくりとゴミ箱から出てくるひとりを眺めていると、虹夏先輩と喜多さんの話が耳に入って来た。

 

 アルバム制作、ミュージックビデオ制作、なるほど色々資金がいるのか、そういう事なら俺もバイト代を今から貯めておかないとな、なんて考えていると虹夏先輩がとんでもない事を言い放った。

 

「みんなで海の家とかでバイトしちゃう?」

 

 うわあ、なんて恐ろしい事いってるんだこの人は、喜多さんも同意してるし。恐ろしい未来を想像して気の毒になりながらひとりをみると、何やら必死にスマホを弄っている。

 

「? ひとり何してるんだ?」

 

「……肝臓売りに行かなきゃ」

 

 見れば消費者金融のページを見ながら物騒な事を呟いているひとりがいた。慌てた俺はひとりからスマホを引き剥がした。

 

「バカやめろ。あと将来の武道館ライブでのパフォーマンスが下がるから肝臓は売るな」

 

「で、でも……」

 

「ぼっち」

 

 引き剥がしたスマホを取り返そうと俺にしがみ付くひとりにリョウ先輩が声を掛けた。

 

「リョウ先輩もこいつを説得……」

 

「曲作ってきたんだけど」

 

「「……えっ」」

 

 リョウ先輩の言葉に俺とひとりが動きを止めて間の抜けた声を上げると、リョウ先輩の声を聞いた虹夏先輩や喜多さんが集まってきた。リョウ先輩はスマホを取り出すとひとりが先ほどまで入っていたゴミ箱の上へ置き、四人が集まった事を確認して再生ボタンを押した。

 

 

 

 新曲の再生が終わった時、俺はちょっと、いやかなり感動していた。なにせ今聞いた曲はこの地球上でここにいる俺達以外はまだ誰も聞いたことの無い曲なのだ。まあそんな歴史的瞬間に俺と言う異物が混入していることに若干の負い目を感じるが……

 

 

 皆が新曲の良さに興奮していると、虹夏先輩が何事か呟き立ち上がった。

 

「よし! 来月ライブ出来るようお姉ちゃんに頼んでくるね」

 

 そう言ってそのまま店長に気楽な様子でお願いした虹夏先輩に、店長はぶっきらぼうに言い放った。

 

「あぁ? 出す気ないけど」

 

 店長の言葉が予想外だったのか、場の空気が重苦しい物になる。虹夏先輩の言いようだと、前にひとりが初めて出たライブは簡単に出してくれたようだが、今回は駄目らしい。

 

 虹夏先輩がオリジナル曲や集客ノルマ代は用意できていることを伝えると、店長はそれを切って捨てる様に言い切った。

 

「お金の問題じゃなくて、実力の問題」

 

 どうやら普段はライブに出るのに審査があるらしく、前回のライブのクオリティでは出せないらしい。っていうかどんなライブやったんだ? 虹夏先輩やリョウ先輩の実力は知らないが、ひとり(ギターヒーロー)の実力でも足りない位STARRYでライブやるのは難しいんだろうか……バイトやってる時に聞こえて来るバンドの感じではあまりそんな感じはしないが……

 

 なおも食い下がる虹夏先輩に店長は「一生仲間内で仲良しクラブやっとけ」と言うと、虹夏先輩は捨て台詞を吐いてSTARRYを飛び出して行き、面倒そうにしていたリョウ先輩を連れて喜多さんも虹夏先輩を追って出て行った。

 

 三人の後を追って出ていこうとしたひとりを呼び止めた店長は、一週間後の土曜日にオーディションをする事を言伝ててひとりを見送ると、ちらりと俺に視線を向けた。

 

「太郎君は行かなくていいの?」

 

「まあ、俺は部外者なんで」

 

 そう答えてから少し考えた俺は店長にお願いしたのだ。

 

「あの……店長、結束バンドのオーディション、俺も見学させて貰えませんか」

 

 ――――

 

「太郎君はさ、なんでそんな虹夏のバンド……いや、ぼっちちゃんにこだわるの?」

 

 俺は驚いて店長の顔を見た。俺ってそんなにひとりにこだわってるかな? そうかな……そうかも。そんな俺の顔を見て店長は何を思ったのかさらに言葉を続けた。

 

「ぼっちちゃんがココでバイトしてるから太郎君もバイトしてるんでしょ? もしかしてぼっちちゃんが好きなの? それかストーカー?」

 

 小学生の時を思い出す店長の言葉に俺は顔を顰めた。ここで小学生時代の様にマブダチアピールして店長の不興を買うのもまずいと思った俺は、まず店長の誤解を解く事にした。

 

「いや、それは無いですって。それにひとりの親父さんともその辺の話は済んでますからね!」

 

「どんな話なんですか?」

 

 面白そうな話の気配を感じたのか、先程まで黙っていたPAさんが話しかけて来た。

 

「前にひとりの親父さんが言ってたんですよ。「ひとりの事はミッチ・ミッチェル位ドラム叩ける奴じゃないとやらん!」って。だから俺は「じゃあ俺はジョン・ボーナム位になってそいつの実力試してやりますよ!」って言ったんです。そしたらひとりの親父さん泣いて喜んでましたよ」

 

「いや……それはお前がミッチになれって話じゃ……いやそれよりもなんでドラマー限定なんだよ」

 

 店長がよく分からん事を言っていて、PAさんは何故か笑いを堪えているが俺は構わず続けた。

 

「いえ、別にドラマー限定じゃないですよ。ただひとりがベーシストの彼氏連れてきたらそいつを〇すのは親父さんと決定してます。ベーシストはクズらしいので」

 

 そう言うとPAさんが遂に堪え切れなかったのか萌え袖になっている両手で口を押えて大笑いした。店長は頭を押さえて顰め面をすると、なおも納得できないような視線を俺へと向けて来たので、俺は一度STARRYの扉を見てまだひとり達が帰ってこない事を確認した。

 

「あのー……これはひとり以外の結束バンドのメンバーには絶対に秘密にして欲しい話なんですけど……」

 

 そう言って俺が小声で顔を寄せると、他に誰もいない防音完璧なライブハウスにもかかわらず店長さんもPAさんも顔を寄せて来た。

 

「俺がドラムやってる事って言いましたっけ? それは実は中学の時ひとりに誘われて始めたんですけど、実はその時にバンド一緒にやろうって約束してたんです」

 

 そう言うと、二人は驚いた顔をした。店長なんかはもうその先の展開が読めたのかバツの悪そうな顔をしている。まあここまで話したのだ、最後まで話してしまおう。

 

「それで……まあひとりもあんな感じの性格で……一緒に秀華受けたんで、ひとりが心配だったっていうのも有るんですけど……あっ、別にひとりに結束バンド抜けて欲しいとかでは全然無いんです! 俺達はメンバー見つけられなかったんで、ひとりを受け入れてくれたバンドなら出来るだけ長く続けて欲しいくらいで……」

 

 これは本心だ。というかよく考えてみれば俺達はバンドを組みたかったんであって、多分ひとりも俺と(・・)バンドが組みたかった訳じゃ無いと思う。ただお互いぼっちで組む相手がいなかったからあの時はそんな事言っていたのだ。

 

 見れば店長が難しい顔をしてこちらを見ていた。

 

「太郎君はそれでいいの? ぼっちちゃんとバンド組めないけど……」

 

「ああ、その辺はひとりとも話したんですけど、まあそのうちなるようになるかなって。今生の別れでもないですし、そのうちふらっと共演出来たりするんじゃないかと。その代わり将来俺が組んだバンドと結束バンドでドームライブで対バンしようぜって約束してるんですけどね!」

 

 どや顔でそう言うと俺は顔を離した。ここからは別に隠す事でもないからな。見れば店長もPAさんも姿勢を戻している。

 

「まあ俺達の中学の時の目標であるバンドを組んで、なおかつひとりが選んだバンドをなるべく近くで沢山見たいって言うのが本音なんですけど……どうっすか店長、オーディション見学駄目っすか?」

 

 なんだか辛気臭い感じになってしまったので、最後は場を和ませるように言った俺に店長は一度ため息を吐くと、半ば投げやりな感じで言い捨てた。

 

「わかった、でも見るだけだからね。それともしオーディション落ちても文句言わないでよ」

 

「ウス! ありがとうございます」

 

 そう言って俺は再び頭を下げた。

 

 そうしている内に四人が帰ってくると、今日はそのまま解散することになった。

 

 

 

 虹夏先輩を追いかけて帰ってきてから何かに悩んでいる様子のひとりだったが、オーディションを間近に控えたバイトの帰りの電車で、その悩みを呟くように打ち明けて来た。

 

「ねえ太郎君……バンドとしての成長って一体なんだと思う……」

 

 バンド組んでない俺にそれを聞くのか……普段なら途中で気付いて謝ってきそうなものだが、それに気付かず話し続けるひとりはとても悩んでいるように見えた。

 

「虹夏ちゃんが、店長さんはバンドとしての成長を期待してるんだって……それで喜多さんは頑張ってることが伝わればいいって言ってて……リョウさんはバンドっぽい見た目、虹夏ちゃんは店長さんを納得させる事だって言ってたんだ……」

 

 ひとりはどこか遠くを見るように正面を向いたまま、とつとつと言葉を零す。

 

「私は……私自身はバイトを始めたり、人の目がたまに見れるようになったり……でも、それはバンドとしての成長じゃ無い気がする……」

 

 そう言って黙り込んだひとりを見ながら俺は考えた。バンドとしての成長、バンドとしての成長ねえ……そんなもん一週間やそこいらでなんとかなる様な物なんだろうか? こういう訳の分からん物は言葉の意味より言った人間の意図を考えた方が良い気がする。だって合否を決めるのは店長だから。たしか店長はなんて言ってたっけ? 

 

「う~ん、ひとり、悪いがバンド組んだ事も無い俺にはちょっと分からんかもしれん」

 

「……! ごっごめんね太郎君……」

 

「だから逆に考えてみようぜ。確か店長は言ってたよな『一生仲間内で仲良しクラブやっとけ』って」

 

「う、うん……」

 

「で、それは嫌なわけだ。じゃあ逆にだ、逆にだよひとり君。仮に結束バンドがライブオーディションに落ちたとして……結束バンドが仲良しクラブじゃいけない(・・・・・・・・・・・・)理由はなんだ?」

 

「え……」

 

 ひとりが間抜けな顔をしながら間抜けな声を出した。

 

「だってそうだろう? 別にいいじゃないか仲良しクラブでも。演奏したいだけならどこかのスタジオ借りて演奏すればいいし、誰かに聞いて欲しいなら俺達(・・)みたいにネットで配信すればいい。そもそも場所だってSTARRYじゃなくてもいい(・・・・・・・・・・・・・)んじゃないか?」

 

 ひとりは俺の話になにか思う事があるのか、無言でこちらを見つめながら聞き入っている。

 

「じゃあ結束バンドがライブハウスで……STARRYでライブをする理由はなんだ? って事になるんだが…………なんだろうな? いやなんの話だっけ? バンドの成長の話だったか……いやオーディションに合格する話だっけ? すまんひとり、混乱してきたから今の話は忘れてくれ……」

 

 そう言って俺は手を合わせて謝った。肝心な所はなんも分かっとらんやんけ。やめたらこの仕事(相談相手)、なんて言われそうで怖かったのだが、そんな事もなくひとりはじっと俺を見つめたままだった。

 

 ひとりに見つめられてなんだか気恥ずかしくなった俺は目を逸らしたが、ひとりは呆然とした様子でまだこちらを見つめていた。

 

「太郎君……ありがとう。まだよく分かんないけど……なんだかちょっとだけ前に進んだ気がする……」

 

 こちらを見つめて考え事をしていたひとりは、しばらくすると我に返ったのか、俺にお礼を言って小さく笑った。はあ、いつか俺もこういう事で悩める日が来るんだろうか? そう思うと少しだけひとりが羨ましくなる。

 

 迎えた結束バンドライブオーディションの日、俺は店長さんとPAさんの隣に座って演奏が始まるのを待っていた。

 

 思えばひとりがライブで演奏するのを聞くのは初めてだ、自分の事じゃないのに異様に緊張する。まさに気分はわが子の発表会を待つ親の気分だった。いや、正確には妹の発表会を待つ兄の気分だろうか。

 

 虹夏先輩が曲名を発表して、演奏が始まると、俺は思わず驚きで立ち上がりそうになった。

 

 目だけを動かして辺りを見回したが、どうやら冗談では無いらしい。ひとりの表情を見ても、他のメンバーの表情を見ても、とても真剣だった。そりゃそうだ、今はライブのオーディションをやっているんだから。

 

 ならこのひとりの演奏の酷さ(・・)はなんだ? いつも見るギターヒーローの姿は其処には無く、ただただ窮屈な演奏を続けるひとりがそこにいた。

 

 サビの部分で本当に若干持ち直した感じはあったが、全体的に見れば二割かそこいらの実力しか出ていなかった、という感想しか出てこなかった。はっきり言ってド下手である。

 

 演奏が終わると、店長は非常に持って回った言い回しでオーディション合格を伝えていたがあまり耳に入ってこなかった。

 

 俺が再起動出来たのはひとりが胃の内容物を床にぶちまけた時だった。その光景を見た俺は慌ててバケツに水を入れに走った。

 

 俺が掃除をしている間、ひとりは水の汲み替えに言っている間に店長となにやら話したようで、こちらに戻ってくる頃には気の毒になるほど震えていた。

 

「どうした? 店長になにか言われたか?」

 

 そう聞くとひとりは真っ青になって答えた。

 

「私……終わったかもしれない……お前の事ちゃんと見てるからなって……」

 

 次にひとりが粗相をしないように見張っておくって意味だろうか? それなら受け入れるしかないだろう……前科一犯だし……そんなことよりも俺はひとりに聞かなくてはならない事があるのだ。

 

「あの……ひとりさん……先程のライブの事で、後でちょっとお聞きしたい事があるんですけど……」

 

「あっはい……」

 

 掃除をしながら思わず敬語になってしまった俺に、ひとりは気まずそうに返事をする。

 

 掃除が終わり、バンドメンバーと写真撮影をするひとりを残して道具を片づけに戻ると、店長とPAさんが話をしていた。

 

「店長、本当は最初からあの子達出す気だったんでしょう」

 

「えっ! そうなんですか!?」

 

 PAさんの言葉に驚いた俺は、思わず会話に割り込んでしまった。

 

「だってライブスケジュールずっと一枠開けてたんですよ、なんであんな意地悪を?」

 

 続くPAさんの言葉に俺は崩れ落ちた、そういう事なら先に言っておいて欲しい。ひとりに聞かれて、なんかめちゃくちゃ真剣な話をしてしまった気がする! 何言ってたかあんまり覚えてないけど! 

 

 どうやら店長は結束バンドに光るものを見たらしく、厳しく育てていくらしい。

 

「そういえば太郎君が前に言ってたけど、ぼっちちゃんかなりギター上手いね」

 

「あっはい」

 

 唐突に話を振られたが凄い適当な返しになってしまった。さっきの演奏を聴いて「でしょう!」とドヤれる程俺はアホではない。むしろ「あれで上手いとか言ってる太郎君にはこの上のレヴェルの話はまだ早いかなあ」とか言われる気配濃厚だ。

 

 しかし続く店長の言葉は今一番俺が欲していたもので、今日ライブを見たのはこの為だったと言っても過言では無い物だった。

 

「でも明らかなチームプレイの経験不足、自信の無さで自分の実力を発揮出来てない。だから太郎君みたいに自分を認めてくれる人間がいる事を知って自信を付ければ、ぼっちちゃんももっと成長できると思うんだけど……」

 

 えっ……チームプレイの経験不足……? そういうのあるんですか? え? マジ? じゃあ俺にもそう言うのあるの? え? じゃあ俺も人と演奏したらあんな感じになっちゃうの? え? 俺のチームプレイの経験? 勿論ゼロですよ…………えっ? 

 

 俺の顔面は盛大にぶっ壊れた。

 

「うわ、太郎君顔ヤバイって」

 

 

 

 俺が意識を取り戻した時、ひとりはなにやら泣きながら一生懸命に右手の指を折って数を数えていた。

 

「なにしてるんだ、ひとり」

 

 また何かの儀式だろうかと警戒しながら近づくと、虹夏先輩とリョウ先輩がズズイと距離を詰めて来た。

 

「太郎君! 今度ライブするんだけどチケット買わない?」

 

「太郎、チケット買って」

 

 なるほど、そういえばチケットノルマがあると言っていた気がする。ひとりを見ると右手の親指から薬指までの指を何度も何度も折っては開き折っては開いている、おそらくチケットの当て(・・)を数えているんだろう。

 

「すみません先輩方、俺はひとりからチケット買うって決めてたんです」

 

「まあそーだよねえ……仕方ない他を当たるか」

 

「太郎、チケット買って」

 

 食い下がるリョウ先輩を無視してひとりに話しかけた。

 

「ひとり、チケット余ってるんなら俺に売ってくれないか?」

 

 そう言うとひとりは地獄に仏でも見つけたかのような顔になって俺の腰にしがみ付いた。

 

「ほほほ、本当にいいの!」

 

「本当だよ、これでノルマ達成か?」

 

 ひとりは満面の笑みを浮かべると、再び指を折り始める。親指、人差し指、中指、薬指、そして今まで折られる事の無かった小指を折って、また満面の笑みを浮かべた。

 

「ちなみに誰に売るんだ?」

 

 ちょっとした好奇心で聞いてみると、ひとりは声にだしながらまた指を折り始めた。

 

「父、母、妹、犬、そして太郎君!」

 

 ……は? こいつ何言ってんだ? なんだか一名、いや一匹入ってちゃいけない奴がいる気がするんだが……

 

「すまんひとり、誰だって?」

 

 俺が言うと、ひとりはまた指を折りながら数えだした。

 

「父、母、妹、犬……」

 

「はいストップ! ……いやどう考えてもジミヘンは無理だろ、犬だし」

 

「えっ……」

 

「それにふたりちゃんも無理じゃないか? 五歳だし……ライブの時間いつだよ……」

 

 俺の言葉にひとりは虚ろな目をしてまた数を数えだした、だがそのカウントで薬指と小指が折られる事はいつまでも無かった。だが安心しろひとり、俺を誰だと思っている。俺にかかればそんな事はとっくに想定済みなんだぜ。

 

「安心しろひとり、俺の両親にも言ってやるから」

 

 どうだひとり、これで、ひとり父、ひとり母、俺、俺の父、俺の母でチケットノルマ五枚達成だ! 

 

 その言葉を聞いたひとりは虚ろな表情のままで俺を見たかと思うと、眉を下げたまま笑い、(しま)いには泣き出してしまった。よほど強いストレスがかかっていたのだろう。

 

「うう……よかったあ……今度こそ完全に終わったかと思った……」

 

 ひとりは俺の腹に顔を(うず)めながら泣いて喜んでいた。

 

 よし、とりあえずこれで一件落着だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スマンひとり、後で分かった事だけど俺の両親ライブの日に用事あるみたいだわ。




 原作でひとりちゃんの父親やふたりちゃんはライブでのひとりちゃんを楽しそうと言っていましたが、主人公は驚き過ぎて気付いていません。
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