ぼっちず・ろっく!   作:借りて来た猫弁慶

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なんだか迷走してる気がする


007 金沢八景Band of Bocchi's

 結束バンドの初ライブを十日後に控えた八月四日、俺とひとりは金沢八景に来ていた。

 

 俺の両親が用事でライブに行けない事が判明した為、ひとりの手元にノルマであるライブのチケットが二枚残ってしまったのだ。ひとりのおばさんが友達を誘おうとしてくれたみたいだが、見栄を張ってこれをひとりが断ってしまった為に後二人、ライブを見に来てくれる人を探すために、花火大会で人通りが多くなるこの日を狙って手作りの宣伝フライヤー持参でやってきた訳である。

 

 ひとりをぬか喜びさせてしまったお詫びに、怖がるひとりを何とか宥めて俺も一緒にフライヤーを配っていたのだが……先ほどから二人一緒にコンビニの裏手で座り込んでいた。

 

「……見たかよひとり……さっきお前がフライヤー渡そうとした女の人、気の毒な程怯えてたな……もし今後この辺で『呪いの手紙を渡してくるギターケースを背負った髪の長いピンクジャージの女』って都市伝説が出来たら、それ多分お前だからな……」

 

 そう言って一枚も受け取って貰えなかった宣伝フライヤーを見る。そこにはネットの知識を頼りにひとりが手描きした結束バンドの四人の姿とライブの日時が書かれている。

 

 怖いよこれぇ……というかひとりお前、絵メッチャ下手くそだな……まあ味はあるっちゃあるかもしれんが……悪いやっぱ怖えわ。

 

 ひとりは体育座りで膝に顔を埋めている。回復まで時間がかかりそうだなと思っていると、ひとりのスマホからロインの通知音が鳴った。

 

 ひとりは緩慢な動作でスマホを取り出して画面を見ると、途端に震え出した。

 

「どうした? 先輩達からか?」

 

 俺の言葉を聞いたひとりは震えながらスマホを渡して来た。画面を見ればそこにはロインの画面が写っており、ひとり以外の三人がチケットノルマを達成した事が書き込まれていた。

 

「ああ……まあこれはしゃーない。俺達も……ん?」

 

 ひとりへスマホを返すと、覚束ない足取りでこちらへ歩いて来る女性の姿が見えた。ワンピース? の上にスカジャンを羽織り、下駄を履いている。なかなかにロックな奴感が漂っている。

 

「うわあ……酔っ払いか? おいひとり。そろそろ行こうぜ」

 

 ひとりを立ち上がらせて移動しようとすると、女性は倒れ込んだ。

 

「えっ……人が倒れて……た、太郎君どうしよう……声掛けなきゃ……い、いやそれよりも救急車!」

 

 そう言うとひとりはスマホを操作して電話をかけ始めた。す、凄い、ひとりが自発的に人助けの為に動いている! こいつ電話が繋がった後の事とか全然考えてないんだろうけど、それでも凄い。俺なんか逃げようとしてたのに。まあ電話の繋がった先は時報だったんだが。

 

 俺達が逃げ遅れていると、女性はいつの間にか這いよって来てひとりの体を掴みながら何事か呟いてきた。さながらゾンビ映画のゾンビの様だ。

 

「み、水下さい……それと酔い止め……あとしじみのお味噌汁……おかゆも食べたい……介抱場所は天日干ししたばっかのふかふかのベッドの上で……」

 

「はい! 分かりました! 行くぞひとり!」

 

「う、うん!」

 

 俺は即座に返事をして、凄い注文してくる女性を残して走りだした。よっしゃこのまま逃げよう、俺がそう思っているとひとりはコンビニへ駆け込んだ。

 

「いや助けるんかい! 素直かよ!」

 

「えっ!?」

 

 ひとりが俺の発言に驚いているが、俺はお前の行動に驚いてるよ。明らかにヤバイ奴だったろ……先程の電話といい、なんでひとりはこういう時はコミュ症とは思えない行動力を発揮するんだ……

 

「……いや、いいんだ……とりあえず頼まれた物を集めるか……」

 

 そうしてコンビニで買った物を女性の元へ届けると、女性は人心地(ひとごこち)付いた様だったので、俺達はそろそろお(いとま)しようと腰を上げた。

 

「じゃあ俺達はこれで……」

 

「君たち名前なんてゆーの?」

 

 無言で立ち去ってもいいが、そう言う訳にもいかないか……しかしまさか素直に答える訳にはいかない。俺はひとりにアイコンタクトを送ると、ひとりも頷き返して来た。

 

「あー……田中「あっ後藤ひとりです……」って本名を言っちゃうのかよ……さっき頷いたのはなんだったんだよ……」

 

 おじさん、おばさん、ひとりはこんなにも素直な子に育ちました! ってお前マジで気を付けろよ。詐欺とか飲み会とかベーシストとか。マジでもうちょっと警戒しろ。

 

 女性はひとりの名前を褒めながらも一向に酒を飲む手を止めなかった。そのうちどこから出したのか紙パックの酒を地面に並べ始め、終いには一升瓶まで取り出して来た。

 

 その内俺達にまで絡んで酒を進めてくるようになり、遂には弁財天の像を俺達だと思って話しかけている。ひとりも流石にヤバさに気が付いたのか俺の袖を不安そうに引っ張って来たので、そろそろ逃げる事にした。

 

「じゃあ俺達はこれで……」

 

 そう言って走り出そうとした瞬間――ひとりが足をもつれさせた。

 

「!」

 

 俺はひとりを抱きとめようと動いたが、それよりも先に先程の女性がひとりのギターケースを掴んでいた。

 

「あー、ギター! 弾くのー? ギター。私バンドやってんだー、インディーズだけどねー」

 

 えっ! この人バンドマンですか! 道理でそんな格好いい恰好してるんですね! じゃなかった。ひとりを見れば、初めて出会う大人のバンドマンに恐怖しているようで盛大に震えていた。ひとりを助けてくれた人に悪いと思ったが、適当に話して今度こそお暇しようと思っていると、ひとりが暴走し始めた。

 

「あっいやこれ買ったはいいんですけど一日で挫折して今から質屋さんに売りに行くとこだったんです!」

 

「「えっ?」」

 

 俺と女性の声が被った。こいつ一体何を言い出すんだ……

 

「もっと相応しい人にこのギターを使ってもらって大空へ羽ばたいてほしくて! 私は全然弾けません!! すみません!! ああ何円で売れるかな!?!? 今日は焼肉だ!?!?!?」

 

 あっけにとられている俺を他所に、そう言って走り出そうとしたひとりの手を女性は掴んだ。

 

「待って……一日で諦めるのはもったいないよ。売るのは何時でも出来るからさ……もう少し続けてみたら、そのギターに相応しい人になれるかもよ…………な~んちゃって~へへへ、いい事言っちゃったー」

 

 やだこの人滅茶苦茶格好いい……っていうかよく見たらメッチャ美人じゃないですか! やっぱ大人のバンドマンってカッコイイんスねえ……しゅごい! 

 

 酔っ払いのあまりのギャップに俺の脳が破壊されかけていると、ひとりは先ほどの言葉は嘘だと白状して女性に引かれていた。

 

「で、君はー?」

 

 女性が俺に向かって聞いてきた。そういえば俺は名前すら名乗っていない、甚だ納得が行かないが女性からすれば俺の方がよっぽど不審者だった。

 

「あー、俺は山田太郎です。ひとりの……」

 

「あっ太郎君はドラムやってるんです!」

 

 なんでそんなこというの? 絶対面倒臭い絡まれ方するに決まってるじゃん。自分がギタリストバレしたからって俺を巻き込まないで欲しい。

 

「えーそうなの! もしかして君たち二人でバンド組んでるとか!?」

 

「いえ、組んでないです」

 

 なかなか痛い所を突いてくる人だ。しかしこの人相手に下手な嘘を付くと大やけどする事は先のひとりで学んでいるので正直に話しておく。

 

「そっかー、あたしはベース弾いてるんだー。お酒とベースは私の命より大事な物だから毎日肌身離さず持ってるの」

 

 うわベーシストかよ……ファンやめます。だが往年のUKUSロックを思い出すような人だ……しかし言ってることは格好いいが、肝心のベースがどこにも見当たらなかった。その事をひとりが恐る恐る切り出すと、女性は紙パック酒のストローに口をつけながら一瞬動きを止めてポツリと呟いた。

 

「……居酒屋に置きっぱなしだあ」

 

 そう言ってひとりの手を取って走り出した女性を俺は追いかけた。

 

 三軒目の居酒屋でようやく目的のベースを見つける事が出来た俺達は、開けた場所のベンチへとやって来て一息ついていた。

 

 女性は回収したマイベース、スーパーウルトラ酒呑童子EXなるものを見せびらかして来たが、正直言ってカッコよかった。くやしい。

 

 女性は昨日のライブ終わりの打ち上げから飲み続けているらしく、相当な酒好きかと思って聞いていたら、その実態は嫌な事を忘れられるかららしい。

 

「君たちも絶対お酒ハマるタイプだよー! うん絶対そう! 顔見れば分かる!」

 

 そういう恐ろしい事を言わないで欲しい、ほら想像力豊かなひとりが将来の自分を想像してぶっ壊れちゃったじゃん。おーよしよし、ひとりちゃん怖い夢見たね。

 

 ひとりの事を見ながらケラケラと楽しそうに笑っている女性を見ながら、なんとなく俺は呟いた。

 

「まあでも程々にしておいてくださいよ。往年のロッカーだって沢山酒で亡くなってますし……バンドやってるって事は、お姉さんのファンだっているんでしょう?」

 

「えー、なになに心配してくれてんのー?」

 

 新しいおもちゃを見つけたような表情で俺に絡んできたが、適当にあしらっておこう。

 

「まあ一応はそうなりますね」

 

「ちぇー、可愛くないのー。そういえば君たちは何してたのー?」

 

 俺の態度を見てつまらなそうに話題を変えた女性に、ひとりがチケットノルマの事を話すと、女性は泣きながらひとりに同情してくれた。やはりチケットノルマはどこのバンドも大変なのだろう。

 

「よーし! 命の恩人の為に私が一肌脱いであげよう」

 

 女性はそう言っておもむろに上着のスカジャンを脱ぎ始めた。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! 一肌って言って本当に服を脱ぐ奴があるか!」

 

 俺とひとりが慌てふためくと、女性は楽しそうにこちらを見た。

 

「さっ、準備して! 私たちで……今からここで路上ライブをするんだよ!」

 

「「……えっ」」

 

 俺とひとりの声が被った。

 

 女性が言うには、ビラもあるし今日は祭り(花火大会の事だろう)があるので路上ライブ日和との事だった。

 

 路上ライブという言葉にひとりは完全に腰が引けていた様子だったが、路上ライブを行うための機材が無いとの事でこの話はお流れになるかと安心していると、女性はスマホを取り出した。

 

「あの……どちらへ連絡を……?」

 

「いやー、ウチのメンバーに機材持って来て貰おうと思って!」

 

 凄い、どんどん話が進んでいく。この手際の良さだけで、この女性がかなりのベテランであるという事が窺えた。というか路上ライブって許可とかいるんじゃないのか? 

 

 そうして女性が今まさに電話を掛けようとした時、。自分でも信じられないような言葉が口を衝いて出た。

 

「あの……路上ライブ用のドラムって持って来て貰う事出来ませんか?」

 

「「えっ」」

 

 今度はひとりと女性の声が被った。

 

 ひとりが弾かれたように俺を見た。そらびっくりするわな、俺自身驚いているのだ。ただ、なんだか今の言葉でようやっと俺は自分自身で一歩目を踏み出せた気がするのだ。

 

「……最初からそのつもりだったんだけど……太郎君ドラムだよね? ……まあいいや! オッケーちょっと聞いてみるね! ……あっもしもし~私。生きてまぁ~す……」

 

 女性の言葉に今度は俺が驚いた。もしかしてコンビニの裏手でひとりが話したことを覚えていたのか? ただの酔っ払いだと思っていたが、存外人の話を聞いていたらしい。

 

 俺達はしばらく女性の電話を見守っていたが、ややあって電話を切った女性は俺達に満面の笑みを向けて来た。

 

「持って来てくれるってー!」

 

 そうして俺の、俺達(・・)の初ライブが驚くほど、あっけなく、簡単に決定したのである。

 

 

 機材が届くまでの間、女性――廣井きくりさんは機材が届くまで寝ると言って、機材を持って来てくれる志麻さんなる人物の特徴を俺達に伝えるとベンチで横になってしまった。この人スコアとか見なくていいのか? 

 

 俺もベンチで座って、何故自分からあんな言葉が出て来たのか考えていると、傍にひとりが寄って来た。

 

「あっあの、太郎君……なんで……」

 

 ひとりの顔を見ると、不安そうな、申し訳なさそうな顔をしていた。もしかしたら自分が路上ライブを渋っていたせいで俺を巻き込んだと思っているのかもしれない。

 

「なあひとり、思えば俺は、今まで全部お前におんぶに抱っこだったよな」

 

「えっ?」

 

「楽器だってお前が誘ってくれたし、バンドだってそうだ。秀華高校だってお前が選んだからだし、バイトだってお前が始めたからだ」

 

 そうだ、いつだって始まりはひとりからだ。

 

「今日もそうだ、お前が地元で宣伝フライヤー配ろうって言ったから、お前が廣井さんを助けたから、今日俺はお前と一緒に路上ライブが出来る」

 

 多分これからも、ひとりは切り開く者(・・・・・)なのだろう。俺はそれにただ付いていくだけだった。だから――

 

「だから、今日の路上ライブから、俺は自分の意志で進もうと思ったんだよ。それにバンドを支えるのはドラムの役目だからな、今日は俺がお前を支えてやる」

 

 そう言うとひとりは息を呑んだ。しかし直ぐに不安そうに俯いてしまった。

 

「で、でも……私……」

 

「知ってるよ、店長が言ってた。お前はチームプレイの経験不足で、自信が無くて実力が発揮出来てないって。多分俺もそうなんだろうな……でもな、今日に限ってはあんまり心配してないんだよ」

 

 ひとりが顔を上げて困惑したような表情で俺を見て来る。そりゃそうだろう、ひとりより人と合わせた事の無い奴が何を偉そうに……と思っている事だろう。だが、今回だけは違うんだぜ。多分……

 

「お前は知らないだろうが、俺がお前の動画に合わせて何百回ドラムを叩いたと思ってんだよ。お前との共演数は動画越しなら世界一だ。安心しろ、今回は俺がお前に合わせてやる」

 

「――――っ!! …………私、だって……!」

 

 ひとりが何事か言おうとして、再び俯いて黙り込んだ。だがもう一度顔を上げたひとりは、睨むような、怒ったような表情で俺を見据えて来た。

 

「ギターに合わせるドラムなんて聞いたことない……だから――私が太郎君に合わせてあげる!」

 

 そう言ってひとりは不安や焦燥、何もかもを押さえつけて不敵に笑った。

 

「そうか、そりゃ楽しみだ。でもいいのか? 俺が合わせなくていいんなら、俺はいつも通り(ドラムヒーロー)の演奏をするぞ? お前に付いて来れるとは思えないけど……」

 

「! た、太郎君だって、(ギターヒーロー)の超絶テクに付いてこれるとは思えないけど!」

 

「なになに~、楽しそうじゃ~ん。なんの話してんの~」

 

 いつの間に起きたのか廣井さんが背後から俺にもたれかかって来た。うわ酒臭え! この人本当に大丈夫なんだろうな? 

 

「路上ライブ、廣井さんが一番大変だって話です」

 

「ええ~~」

 

 そんな話をしていると一台の車が止まった。降りて来た女性は誰かを探しているのか、きょろきょろと辺りを見回している。

 

「あっ!! 志~麻~! こっちこっち~!」

 

 廣井さんが俺の肩越しに大きく身を乗り出して手を振ると、車の女性はリアゲートを開き、中から大きな荷物を取り出してこちらに歩いてきた。

 

「打ち上げの後どっか行ったと思ったら急に路上ライブって言うから何事かと思ったけど……はい、機材持って来たよ」

 

「ありがと~」

 

 機材を廣井さんに渡した志麻さんは俺達の方をちらりと見ると小さく頭を下げた。

 

「私、廣井のバンドのドラムスの志麻です。すみません、また廣井がご迷惑を」

 

「いえ! 全然! むしろ助けて貰ってます。それにドラムの機材をお願いしたのは俺なので……」

 

 志麻さんの行動に、慌てて俺は首を横に振った。隣では俺に同意したひとりが首を縦に振っている。

 

「そうですか、それならよかったです。私はこの後用事があるのでライブは見れませんが、応援してます。機材は廣井に持って帰って来るように言ってありますので」

 

 俺達がお礼を言うと、志麻さんは足早にこの場を立ち去った。今度何かお礼をしないといけないな。それにしても自分のベースすら置き忘れる廣井さんに機材を預けて大丈夫なんだろうか……

 

 機材のセッティングが終わると、廣井さんは通行人に向かって大声で叫び始めた。

 

「みなさーん! 今からライブしまーす! タダなんで暇ならみてってくださーい!」

 

 その言葉に通行人の視線が一斉にこちらを向いた。廣井さんがなおも大声で宣伝をすると何事かとぽつりぽつりと人が集まって来た。

 

 ある程度の人数が集まると、廣井さんは大きめの紙にチケットの事と、結束バンドの次のライブ告知を書き始めた。しかしさっきはデカい口を叩いていたが、やはりいざ本番となると緊張する。それはひとりも同じようで不安そうな顔をしている。するとそんな俺達を見た廣井さんが諭すように言い放った。

 

「そんなに緊張しなくて大丈夫だって。でも、一応言っとくけど、今目の前にいる人は君たちの戦う相手じゃないからね――――敵を見誤るなよ」

 

 廣井さんの不敵な、射るような眼差しに、俺は小さく笑みを浮かべた。滅茶苦茶緊張しているが、こういう時こそ……強気に行こうじゃないか。

 

「当然じゃないですか。俺の敵は俺より上手いドラマーと、ひとりより上手いギタリストと、男性ベーシスト全てです」

 

 俺はなるべく冗談めかしてあっけらかんと言い放つと廣井さんは大笑いした。そのままひとりへと向き直る。

 

「さてひとり、顔の見えない五万人のファンも嬉しいが、ここらで一つ俺達も顔の見えるファンって奴を作って帰ろうぜ。それに花火大会の日に、早めの場所取りもせずに俺達のライブを見てくれるんだ、どうせならこの後の花火が霞む位の奴を見て貰おう」

 

 そう言うと、ひとりは緊張しながらも力強く頷いた。ひとりの背中を軽く叩いて、再び廣井さんに向き直る。

 

「じゃあ廣井さん、あとはお願いします。あ、それと……ちゃんと付いてきて下さいね(・・・・・・・・・・・・・)

 

 挑発するように言った俺に笑みを浮かべた廣井さんを見てドラムの椅子へと腰を落とした。

 

 うわあ滅茶苦茶緊張する。落ち着け落ち着け、練習は本番のように。本番は練習のように。だ。

 

「それじゃあはじめますね~。曲はギターの子のバンド、結束バンドのオリジナル曲で~す。パチパチパチ~」

 

 廣井さんとひとりがこちらを見た。俺は二人に頷くと、ドラムスティックを振り降ろした。

 

 

 

 

 演奏が終わると大きな拍手で迎えられた。見れば観客の数も演奏前の二倍くらいになっている。

 

 心臓は早鐘を打ち、鼓動の音は観客に聞こえるんじゃないかと思う程大きかった。緊張の為かたった二分にも満たない演奏だったのに物凄い疲労感だ。

 

 ひとりを見れば最前列で見ていた浴衣姿の女性二人に詰め寄られていた。混乱しているひとりに廣井さんがフォローに入っていたが、女性が巾着を広げていたのが見えたので、これでノルマは大丈夫そうだ。

 

 俺はゆっくりと立ち上がってひとりの作った宣伝フライヤーを手に取ると、未だ興奮冷めやらぬ観客に配り始めた。

 

「八月十四日にギターの後藤が所属する結束バンドのライブがあります! 良かったら見に来てください!」

 

 フライヤーを受け取った人からチケットはありますか? なんて聞かれたが残念ながら手持ちはもう無いので、フライヤーの配布と一緒に当日チケットがある事を説明しておいた。こんなところで受付のバイトの知識が役に立つとは思わなかった。

 

 フライヤーを全て配り終えると、俺は男性二人組から声を掛けられた。

 

「すみません、このライブって君とベースのお姉さんって出ないんですか?」

 

「あっはい、三人の内で出るのはギターの後藤だけです」

 

 俺がそう言うと、二人組の男性はお礼を言って去っていったが、少し離れると残念そうに話しているのが聞こえて来た。

 

「そっかー、ギターの子も滅茶苦茶凄かったけど、ドラムとベースは出ないのか……」

 

「ライブどうする? ギターも確かに凄かったけど……」

 

 俺が男性達を神妙な面持ちで見送っていると後ろから声が上がった。

 

「すみませーん、ここでのライブはやめて下さーい」

 

 見れば制服姿の警察官が来ていた。結局無許可の路上ライブに関してはなんとか注意だけで済んだので、そのまま機材を片づけて解散することになった。

 

 機材を全て片付け終えた頃には、もうすっかり辺りは暗くなっていた。片づけた機材を廣井さんに渡すと、俺は自分の持っている結束バンドのライブチケットを廣井さんに差し出した。

 

「これ、良かったら貰ってください。今日のお礼……にしてはちょっと足りないかもですけど。是非見に来てください。最高のライブを約束しますよ! あと志麻さんも、もし来られるようでしたら是非来てくれるように言っておいてください。受付で俺の名前を言って貰えればチケット代は俺が払うようにしておきますんで」

 

 自分が出る訳でもないのに勝手に最高のライブを約束した俺に、廣井さんは遠慮がちに言ってきた。

 

「いいの? 太郎君のチケット無くなっちゃうけど?」

 

「俺はこの店でバイトしてるんで、当日券でなんとかします! ……大丈夫だよな? ひとり」

 

「えっ!? ……どうだろう?」

 

 ひとりはよく知らないのか困っていたが、店長に言えば一枚くらい融通してくれるだろ……最悪この前のオーディションみたいに金払って見るわ。

 

 俺からチケットを受け取った廣井さんは、相変わらず紙パックの酒を飲みながら今日の路上ライブの事を語り始めた。

 

「いやー、それにしても凄いね君たち。お姉さんついて行くのでやっとだったよ」

 

「いや、スコアも碌に見ずに即興であれだけ出来る廣井さんの方が凄いと思いますよ……自称天才ベーシストだと思ってましたけど、改めます。廣井さんは天才ベーシストです」

 

「ええ? そう? まあねぇ~、でへへへへ~」

 

 俺の言葉にひとりも隣で顔を振って同意していた。結局今日の俺達は六割って感じの実力だったから、それでもほぼ即興でついてこられる廣井さんの実力に驚きを禁じ得ない。

 

 俺達はまだ全力を出せる実力では無いし、今後まだまだ伸びる自信もある。廣井さんだって今回は即興だったので全力では無かっただろうし、伸びしろだってあるだろう。そう思うとこの三人での演奏がこれきりなのはなんだか残念でならなかった。だからこんな言葉が口をついて出ても、それは仕方のない事なのだ。

 

「廣井さん。これから先、まあ一年後か五年後か十年後かもっと先か……予定が空いたらまた俺とひとりとバンド組んでくれませんか?」

 

 俺の突然のお誘いに廣井さんは不思議そうに尋ねて来た。

 

「別にいいけど……なんでそんな先の話なの?」

 

「そりゃ俺達がもっと上手くなる為の時間ですよ、すぐにやっても今日とあんまり変わらないですし……それに廣井さん言ってたじゃないですか、未来が不安だから酒飲んでるって。まあ年金問題や地方の過疎化や貧困格差はちょっとどうにもなりませんけど……俺達で何か楽しい事やりましょう。何か楽しい事が待ってるなら未来が来るのもちょっとは楽しみになるでしょう? ……それに、なにより」

 

 そこまで言って俺は廣井さんを見た、正直割とこの理由が大きいと言っても過言ではないかも知れない。

 

「それくらい未来の予約を入れとけば、そこまでは廣井さん勝手に酒で死なないかなって……」

 

「そ、そうですよ。ちょっとお酒控えた方が……」

 

 この天才ベーシストを亡くすのは割とマジで惜しい気がするんだよなあ。そんな風に思いながら廣井さんを見ると、幸せスパイラルを豪快にキメていた。駄目だこの人、何も人の話を聞いてねーわ。

 

「ごめん、ちょっと待ってね……うう……若い頃に太郎君みたいな子が近くにいてくれれば……」

 

 やめろ、その俺は過去にどんな罪を犯してこんな酔っ払いの世話をしなくちゃならないんだよ。

 

 幸せスパイラルをキメた廣井さんは豪快に息を吐いた。完全におっさんのそれである。

 

「で、バンド名はどーすんの?」

 

「は?」

 

 廣井さんの素っ頓狂な質問に俺は首を傾げた。バンド名? 何の? 俺達の? 気が早すぎるだろ。だが酔っ払いにはそんな事は通じず、まだかまだかと騒ぎ立てた。

 

「ねーねーバンド名はー? リーダー」

 

「えっ!? 俺がリーダーなんですか!?」

 

「そりゃそーでしょ。君が発起人だし、ドラム担当だし」

 

 えっ、ドラム担当ってそうなの? ひとりを見ればまたしきりに頷いている。そういえば虹夏先輩もリーダーだし、もしかして志麻さんもそうなのか? いやでも普通に考えて最年長の廣井さんだろ。しかしこの酔っ払いにリーダーが出来るのかと言う疑問も尽きない。

 

「まあリーダーはどうでもいいですけど。バンド名は……中学の時に考えてたやつがあるっちゃ有ると言うか……でもこれは選定基準があると言うか……」

 

 俺がゴニョゴニョ言っていると、廣井さんは馴れ馴れしく肩を組んできた。

 

「ほらほら言っちゃいなよ少年~」

 

 ひとりもなんだか期待の眼差しでこっちを見ている。

 

「バ、バン…………っちズです……」

 

「え? 何? 聞こえない」

 

Band of Bocchi's(バンド・オブ・ぼっちズ)です」

 

「「は?」」

 

 廣井さんのみならずひとりにまで引かれてしまった……だから言いたくなかったんだよ。俺の顔面が崩壊を始めると、廣井さんが俺の背中を叩きながら大笑いした。

 

「あははははは!! パクリぢゃん!!」

 

 くそぅ、この酔っ払い痛い所を突いてくる。そもそもこれは中学時代に考えてた奴だし? ひとりとのバンド用だったし? 偉大なるバンドからパクってるし? だから笑われても悔しくねーし……

 

 ひとしきり笑った廣井さんは、酒を飲みながら俺に聞いてきた。

 

Gypsys(ジプシーズ)をパクるなんて、君もなかなか豪気だね~。ぼっちズって事は君を見るに加入資格は学生時代ボッチだった人って感じ? って事は太郎君もボッチなの?」

 

「あっはい。ひとりに至ってはあだ名がぼっちですよ」

 

「えぇ……」

 

 もうどうにでもしてくれと言う思いで崩壊した顔面のまま答えると、自分のあだ名に引かれたひとりがショックを受けていた。やっぱりぼっちってあだ名はおかしいって。俺は自分の感性を信じて断固戦いますよ。その感性で付けたバンド名がたった今否定されたわけだが……

 

 しかし俺は後に廣井さんがひとりの事をぼっちちゃんと呼び始める事をまだ知らない。

 

「でもまあいいんじゃない? Band of Bocchi's……じゃあ今日がぼっちズの初ライブだったって事だね」

 

 そう言いながら廣井さんは機材に手を掛けて帰る準備を始めた。

 

「今日は楽しかったよ。また一緒にライブしようね~。バイバイ、ひとりちゃん、太郎君」

 

 俺達も廣井さんに挨拶を返すと、廣井さんは駅へ向かって歩き出した。が、しばらくすると立ち止まってこちらに小走りで戻って来た。

 

「そう言えば太郎君って今バンド入ってないんだっけ?」

 

「ええ、まあ」

 

 俺がそう答えると廣井さんは少し悩んだ様子を見せたが、結論が出たのか続きを話し出した。

 

「私が活動してる新宿のFOLTってライブハウスで今メンバー探してるバンドがあってさ~、そこのリーダーがちょっと癖の強い子なんだけど……」

 

「行きます。やはり新宿ですか……いつ出発します? 俺も同行します」

 

 即答した俺に、廣井さんがたじろいだ。ひとりも話の進む速さに驚きで固まっている。でもこれを逃したらヤバイでしょう。俺もう他にメンバーに当てがないんだよ。もう夏休み入ってるんだよ? 

 

「お、おう……すごい食いつきだね……今日はもう遅いからいいけど、太郎君が良いなら私から話しておくね。じゃあちょっと連絡先交換しよ~」

 

 この酔っ払いと連絡先を交換するという事に不安が無い訳ではないが背に腹は代えられない。俺は断腸の思いでスマホを取り出した。

 

 そうして連絡先の交換が終わると、廣井さんは今度こそ本当に、電車賃が足りないという事も無く帰っていった。

 

「不思議な人だったね……」

 

「嵐の様な人だったな……」

 

「「でも格好良かった」」

 

 同時に呟いた内容に俺達は顔を見合わせて笑った。




 路上ライブが成功したのは主人公のひとり専用バフの効果だとでも思っておいてください。また成功した事によって今後何か悪影響が起きたりはしません。やさしいせかい。

 SIDEROS加入は無くなったので、長谷川あくびファンの皆様も安心してお楽しみいただけます。
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