お姉ちゃんは世界最強を目指します 作:カルピスウォーター
──嫌な夢を見た。
現実的で悲惨的で絶望的な夢だった。
家族が、街の人が、学園の皆が──シドが血塗れで倒れている異常な光景だった。人が王都が燃え崩れて、逃げ惑う住人が私の肩にぶつかる。主犯は訳の分からない謎の巨大組織の連中。なのに私は何も出来ずにただ泣き続けていた。
『嘘よ……嘘よ嘘よッ! お願いっ、シド死なないで!!!』
今にも息絶えそうな弟の傍に寄り添い、命を繋ぎ止めようとありったけの魔力を流す。それでも傷は塞がらず、もう手に負えない状態だった。
『姉さん……もう、良いよ……』
『いやっ……ダメ、ダメっ!! お願い、お願いだからっ、──早くっ、治りなさいよッ……!!!』
『ねえ……さん……』
シドが血塗れの手で私の頬を優しく触れる。
瀕死でありながらもシドの瞳は最後まで輝きを失っていなかった。
そうだ……シドは私を庇ったんだ。
怖くて何も出来なかった私を庇ってアイツらに斬られたんだ。
今まで立派なお姉ちゃん面を貼って、弱い弟と豪語していたのに。
最後に勇気を振り絞ったのは私ではない、
やっぱり、シドだったのだ。
『……いき………て………』
『────アっ』
糸が切れるように、触れていたシドの手が膝の上にすり落ちる。もう決して目覚めることのない瞳が閉じられ、私の頬に刻まれたかのような一筋の赤い線が描かれる。
私が、わたしが、ワタシガ──
シド を───
『いやぁっ 嫌ぁ、ッ─────
イヤァッああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!』
「──っ!? はっ、はっ、はっ……!」
目が覚めると涙が溢れて止まらなかった。
ズキンと胸が張り裂けそうなほど、痛み出す。
シドを助けれなかった後悔と苦痛。
それが私を襲っていると分かった。
「はあっ、はあっ、くっ……!」
嫌な汗がゆっくりと背中を伝う。
深呼吸をしないと……まずいっ。
シドから教わったように、ゆっくりと鼻から肺に息を送り込む、お腹が膨らんだらまた息をゆっくりと口から外に吐き出す。それを約4秒間交互に行う。
「すう……ふぅ……もう、大丈夫」
涙を流したのなんて何時ぶりだろう。
ふと私は辺りを見渡してみる。
……いつも通りの私の部屋。
まだ夜は遅いのか暗闇が立ち込めている。
「……今のは、本当に夢だったの……?」
微かに震える手を寄せて頬の辺りを抓ってみる。
……痛いっ。
どうやら本当に、現実のようだ。
じゃあ、あの恐ろしい夢は一体何だったの?
私の未来……? それとも幻か何か?
分からない……一体何なのよ……っ。
そうだ──
「……シドは? シドは無事なの……!!?」
私は、急いで弟の寝室へ向かう。
弟が無事なら他のことはどうだって良い。
走る。全速力で、もう喪いたくない一心で。
「シドッ……!!!」
勢い良く扉を開き、中に入ってベットを確認する。
そこにシドの姿はなく、閑散とした空間があった。
「……嘘っ。シドが、シドがいない。いや、嫌よっ!!」
肌が粟立つのを覚えて必死に自分を抱き締める。
そうでもしないと自分自身を保てなかった。
今はまだ深夜のはず。
なのに本来そこに居るはずのシドの姿が見えない。
まさか、もうあの夢が現実に……?
嫌だっ……嫌だッ、いやだッ……!!!
もうあんな思いはしたくないっ。
もうシドが死んでる所なんて見たくない!
お願いシド、お姉ちゃんにもう一度声を聞かせて……!!!
「──今日も大量だったなぁ〜上々上々♪」
「シド……!!!」
窓の扉を開けて2階から外の広場へ飛び降りる。するとそこには呆気に取られながら私を見詰めていたシドが居た。
「ね、ねえさ──?」
「シド……!!!!」
今までの不安と恐怖を吐き出すように、もう絶対に喪いたくないとシドを精一杯抱き締める。
何の変わりもない、いつもの弟。
夢の中での感情が溢れ出すように涙が零れた。
「ね、姉さん? ちょ、ちょっと苦しいんだけど……」
「良かった──本当にっ、良かっだっ……!」
「え? 姉さん、もしかして泣いてるの……?」
「ズッぐ……それがどうじたのよ」
「いや、あの鬼のような姉さんが泣くはず──」
「フンッ!!」
めり込むようにシドの顔面目掛けて一撃を食らわせる。
本人である事も確認できて、心の底から安心した。
「スンっ……本当に無事なようね、良かったわ」
「……
「ちょっと貴方たち! 一体いま何時だと思ってるの!!? 早く、屋敷に戻りなさい!!!」
「ハハハッ、別に良いじゃないか。姉弟揃って真夜中の散歩か? 実に若々しいじゃないか! 俺も子供の頃は──」
「お前は口を閉じていろ」
「──あっ、はいっス……」
騒ぎを聞きつけて目を覚ましたのか、両親たちが口論しながら私たちを呼んでいる。
2人も何の変わりようもなく、ハゲはハゲのまま……良かった。
「今行きますー。ほら、姉さんも行こうよ」
「そうね。……ねえシド、手を繋いでも良いかしら?」
「え? まあ、別に良いけど……」
シドが差し出し、私が強引気味に掴む。
「──ありがとう」
少しでも離れたくない一心で指先も絡ませる。
シドの手が暖かい……本当に生きているんだ。
「ゴリラみたいに強くしないで──あー、誠に申し訳ありませんでした」
「フン、よろしい」
身体能力で底上げした手を緩めて、私たちは歩幅を合わせながら屋敷に向かって歩いていく。
いつも通りのシド。
いつも通りの光景。
いつも通りの日常。
私は、こんな当たり前が……大好き。
だから、何も失いたくないし。
あの夢が本当に幻だったのか、それとも本当に訪れる未来なのか。
今でもそれは分からない──
でも、私の決意は既に固まっていた。
「ねえ、シド」
「ん? なに?」
気さくに空返事を返す可愛げのない弟。
いつも特訓で泣き言ばかりを喚く生意気な弟。
剣術や魔力の扱いが素人で、カゲノー家の名折れと言われ続ける平凡な弟。
でも……私は知っている。
この子は私よりもずっと強い芯を持っている、
ずっと、ずっと──私よりも
「私、これから頑張るわ。例え、困難な道のりであっても必ず歩んでみせる。だからね、シド……最後までその瞬間を見届けてくれるかしら?」
「……? あー、うん任せて。姉さんは僕が見守って上げるから」
「フフっ、頼んだわよ」
(今日の姉さん何かおかしいなぁ……?)
そのまま私たちは再び屋敷に戻っていく。
私は決意した。
もう絶対にあんな光景は起こさせないと。
もう絶対にシドを死なせたりはしないと。
何も知らずに大切なものが奪われるのはもう嫌だ。
だから、これからは手段を決して選ばない。
強くなる為なら、真実を知る為なら、
全てを打ち砕いてみせる。
そして──
もし、その先に立ちはだかる
自身の剣で断ち切ってみせる。
これが私の決意表明よ。
だからね、シド。安心して……。
いつもの様に呑気に日常を過ごしていなさい。
汚れるのは私だけで良いから──
その為に、私は目指す。
世界中の魔剣士が目指す称号へ。
絶対的な力で全てを薙ぎ払うために。
もう決して大切なものを奪わせないために。
あの巨大組織を滅ぼすために。
──お姉ちゃんは世界最強を目指します。