最近タレントがおかしい。そう感じたのは間違いじゃない。もちろんオレに話し掛けて来るタレントは少なからずいる。特に最初の頃にマネージャーとして担当していたタレントは昔のような感じで話し掛けて来る。そしてそれも会ったら話す程度。
出勤すると後ろから声を掛けられた。
「マネさん」
「なんだ?」
「今日なにか変わったと思いません?」
白上は回転して全身のファッションを見せようとしてくれる。だがオレはファッションには疎い方だし何かが変わったかと問われて答えられるほど白上フブキに対して関心がない。それは彼氏彼女のようにお互いに好き同士であれば少しの変化でさえも気付けるかもしれない。
「特に変わったところがあるとは思えないが」
そう言うと白上は明らかに不機嫌そうな顔になる。頬を膨らませてこちらをジト目で見て来るがオレの答えは間違っていない。分からないものを分かっていると言えばそれがバレた時の方が面倒くさいしな。
それに特段変わった様子はないと思う。
「白上も女の子なので本当はとっても怒りたい気持ちですけど、白上は寛容な心を持っているのでもう一度だけマネさんにチャンスを与えます。なにか変わったと思いませんか?」
そしてまた白上は回転した。こいつはなんでこんなにフィギュアスケート選手みたいに回っているんだ。
もちろんオレはさっきと同じ答え。
「特に変わったところがあるとはないと思う」
すると白上はなぜか俯いて去ってしまった。
「マネさんは白上がオシャレをしてきたのに気付かないんですか!?」
「いや、いつもと違う服だということは分かる」
「じゃあそれを言ってくださいよ!」
「あ、ああ」
まさかそんなことを聞いているとは思わなかった。なにかもっと内面的なことを聞いているのかもと思っていた。白上のことだからオレには絶対分からないようなことを聞いて来るものかと。
「じゃあそのいつもと違う服に対して感想はないんですか?」
「感想?」
「はい」
白上は頬を膨らませてこちらを見ている。たぶん次に回答を間違ったら白上が怒るのが目に見えている。白上が怒ったところでオレになにかあるということはないだろうが、しばらくはずっと不機嫌そうな顔でオレのことを見て来るだろう。そしてそういうところを他の奴らに見られたら何かあったんじゃないかって言われる。
それは非情に面倒くさい。別に陰口とかを言われてもいいが、仕事に支障が出るようなことがあってはならない。白上もプロなのでさすがに仕事にまで影響をもたらすようなことをしたことはないと思う。でも可能性はゼロじゃない。白上が望んでいる答えを必死に考えて出したのは…
「似合ってるな」だった。
これ以上に良い答えはない。変に『可愛い』とか言えばキモイと思われるかもしれないが『似合っているな』であれば言われて悪い気はしないだろう。
「……しょうがないですね。今回は合格です」
「なんだ、オレは採点されていたのか?」
「はい。ここで間違っていたらマネさんはまたボイスを出さなくちゃいけなくなっていたところです」
「いやなんでオレがボイスをまた出さなくちゃいけないんだよ。一度だけでも黒歴史だ。あれが生涯残ると考えるだけでまじでいやだ」
もちろん自分で自分のボイスを聞くことはないが、他人がオレのボイスを聞いているというだけでも鳥肌が止まらない。さすがに二回目はもう人間として耐えられない。
「お前らはオレを辱めて楽しいのか?」
「白上たちはマネさんのことを辱めているわけではないです」
「いや、辱めている以外に何があるんだ。オレはタレントでもないのにボイスを発売させて、世の中に黒歴史を出す。これのどこが辱めてないというんだよ」
まじでボイスが血縁者や友達に届いていない事を切に願う。もし、知人に知られたら死ぬまでこれでいじられることになるだろう。
「白上たちはマネさんの声が好きなの!」
「オレの声なんか聞いても怖いだけだろ」
「ううん。マネさんの声はカッコよくていいと思うよ」
言い返そうと白上の方を見ると…その顔は笑顔だったが嘘を言っているようには見えなかった。
「そんなことない」
「たぶん、マネさんは自分だから分からないんだと思うよ。白上はマネさんの声とっても好きだよ」
純粋に誰かに褒められるのが久しぶり過ぎて、どう反応するべきか分からない。自分の声についていいと思ったことがない。
「オレの声は普通だ。特別変わったことがあるわけじゃない」
「マネさんの声はとってもいいよ。だからもっと自信をもっていいと白上は思うよ」
「オレはそう思わないが、白上から聞けばそう思えるのかもしれないな」
ここで否定しても白上のことだから『そうじゃない』というに決まってる。だからこれ以上、話を長引かせないようにオレは適当に流す。
それに誰かに褒められるのはあんまり慣れていないから変な反応をしてしまうかもしれない。
「オレはそろそろ行く」
「お仕事、頑張ってくださいね。マネさん」
オレは白上に返事をすることなく、事務所の中へと入っていくのだった。