それでも完走までは頑張ってみますね。
「決闘の日程が決まりました」
整備室に来た虚先輩がそう告げたのは、1組のクラス代表決定戦の翌日だった。
「明日の放課後、第3アリーナになります」
「明日ですか? ずいぶん急ですね」
「ごめんなさい。ちょうど明日、アリーナ予約のキャンセルがあってね、そこを逃すとしばらく空きがなくって」
「いえ、伸び伸びにされるよりは良かったです」
あんまり引き延ばされたら、簪もモチベーションの維持が大変だったと思うし。
「いよいよだね~」
「うん……」
ここまで準備してきた成果が、とうとう試される時が来たか。
「それと簪様。お嬢様から伝言を預かっております」
「お姉ちゃんから……?」
「はい。『全力で挑んで来なさい』とのことです」
「……」
「かんちゃん……」
俯いた簪を心配するのほほん。
「それでは、私はこれで」
最後に簪に対して深々とお辞儀をして、虚先輩は整備室を出て行った。
「りったん」
「どうした?」
「かんちゃん、きっと勝てるよね~……?」
勝負は水物だからなぁ。だが、
「俺達は勝つために全力を出した。後は成果を出し切るだけだ」
「ぶ~、りったん勝てるって言ってよ~。ねーかんちゃん」
「……」
「かんちゃん?」
「え、な、何?」
「かんちゃんはきっと勝てるよね~?」
「う、うん。勝ちたいと思ってる」
「だよね~」
思ってた返答が来てのほほんはニコニコしているが、簪の表情は固い。
「それで結局、打鉄弐式の性能ってどれぐらい上がったんだっけ~?」
「本音……知らないの……?」
「とにかく前より上がってればいいと思ってたよ~」
「はぁ……」
のほほんの反応に、簪がこめかみを押さえながらため息をついた。
「組み上がった先週時点から、機動力は2割増しぐらいになってるはずだぞ」
「おお~、結構上がったね~」
「スラスター周りは結構弄ったからな」
その分、防御性能は原型の打鉄から据え置きになっちまったが。
「十分。これ以上上がっても、私が使いこなせないかも」
「そうか?」
「うん。私はこれで、お姉ちゃんに挑む」
そう言って、簪は握りこぶしを胸に当てた。
「陸、本音。本当にありがとう」
「簪……」「かんちゃん……」
「私一人だけだったら、打鉄弐式は完成しなかったと思う。お姉ちゃんにも挑戦出来なかった。だから、ありがとう」
「まったく……お礼を言うのはまだ早ぇぞ」
「え……?」
「感謝の言葉は、パイセンに勝ってから受け取るからな」
「うん、そうだね~」
「で、でも……」
「かんちゃん」
のほほんは簪に近づくと、だぼだぼ袖で簪の頬をサンドした。
「ほ、本音?」
「大丈夫、かんちゃんなら勝てるよ~。だって、かんちゃんが頑張ってたの、私知ってるもん~。だから、ね?」
「本音……」
まだ少し悩んでる風ではあったが、最後には簪も頷いた。
ーーーーーーーーー
その晩、簪達と食堂で夕食を食ってる最中
「そういえば、1組のクラス代表って誰になったの?」
思い出したように簪が話題に出した。
簪は4組のクラス代表だから、来月のクラス対抗戦で当たる可能性がある。打鉄弐式が出来上がって、気にする余裕が出てきたのだろう。
「確か、イギリス代表候補生のオルコットが勝ったんだよな」
「うん。でも、せっしーが代表を辞退しちゃったんだよ~」
「辞退? どうして」
「せっしー曰く『IS操縦には実戦が何よりの糧になりますから、一夏さんの成長のためにも、クラス代表を譲りますわ!』だって~」
そうか……そしてのほほん、俺はオルコット本人に会ったことは無いが、たぶん全然似てねぇと思うぞ、その声マネ。
「それと、そのあとちょっと良い事があってね~」
「良い事?」
「なんとおりむーが、せっしーに謝ったんだよ~。『メシマズの国とか言ってすまなかった!』って~」
「ほう?」
そうか、ちゃんと謝罪できたのか。一夏の奴、やれば(理解させれば)できる子だったじゃないか。
「そしたらせっしーも『わ、わたくしも文化としても後進的な国などと、代表候補生にあるまじき失言に対して謝罪しますわ……』ってクラス皆に頭を下げたんだよね~」
「そんな失言してたの……?」
簪、クラス代表決定戦の裏話を知って激おこぷんぷん丸一歩手前になってるな。いや、半分以上呆れてるな。
「しかもその後、しののんとせっしーがおりむーを取り合う展開に~」
「何、それ……」
「しかもおりむー鈍感だから、どっちの気持ちにも気付いてないんだよね~」
「うわぁ……」
話の流れから、『しののん』っていうのもクラスの女子なんだろ? つまりその女子とオルコットでハーレム状態なのに男の方が気付いてないとか、お前の感性どうなってんだよ一夏……。
「ま、まぁ、一夏の女性関係については置いといて……」
これ以上この話をしても、不毛な気がしてきたからな。
「まとめると、クラス対抗戦で一夏と簪が当たる可能性があるってことだな」
「そだね~」
「まぁ相手が誰であろうと、簪なら余裕だろ」
「そのとーり!」
「陸も本音もやめてよ……」
俺とのほほんにヨイショされた照れ隠しなのか、簪は普段の5割増しの早さでうどんをすすり始めた。
ーーーーーーーーー
「ねぇ、陸」
消灯時間後、簪がこちらに顔を向けて声をかけてきた。(仕切りは前の○○レンジャー鑑賞会から戻し忘れてる)
「どした? 今日も寝つけねぇのか?」
「それもあるけど……」
そう言って黙り込んだ簪だったが、
「私の"業"ってなんだろう……」
「……それが、お前が最近寝付けなかった理由か?」
「……うん」
「この前言ってた変な夢にも絡むのか?」
「……うん」
「そうか」
ファンタジーな夢を見て、どうしてこんな重たい命題が出てくるのやら。それにしても"業"とは
「こいつはまた、哲学的な事を聞いてくるなぁ」
業、行い、行為。因果の"因"の部分。主に悪い事の原因、過去の出来事ってことだが……。
「何か悪い事でもあったのか?」
「それが分からない……」
「oh……」
因果の"果"の部分が分からんのに、"因"の部分を推測するとか無理ゲーだろ。
「のほほんとも和解したし、打鉄弐式も完成してるし、あとは明日パイセンと戦って勝てば万々歳だろう?」
「お姉ちゃんに、勝てば……」
「そりゃそうだ。もしかして簪、まーだパイセン相手に勝ち目は無いとか思ってんのか?」
確かに相手は国家代表。勝ち目は薄いだろうが、かと言って気持ちで負けてたら勝てる勝負も勝てないぞ。
「か、勝ちたいと思ってる……」
「……そうか、そうだよな」
それだけ言って、俺はベッドから立ち上がると、横になっている簪の頭を撫でた。
「え……」
「そんだけ考えても分からんなら、一旦保留しとけ」
「そ、そうだけど……」
「寝付くまで撫でてやっからさ」
「そんな、私は子供……じゃな…い……」
最近ちゃんと寝れてなかったんだろう。段々簪の瞼が落ちていき、
「すぅ……」
そのまま寝息が聞こえてくるのに、さして時間はかからなかった。
「勝ちたいと思ってる、か」
寝付いた簪を見ながら、俺は今さっき簪が口にしたセリフを反芻した。
勝ちたいと思ってる。それは言い換えれば『勝てるとは思ってない』とも取れる。
おそらく簪は、パイセンと戦って自分が勝つ姿が想像できないのだろう。幼い頃から優秀な姉と比較されて、負け続けた影響で。
もしかしたら、勧善懲悪のヒーローものが好きなのも、『負けた自分を助けに来てくれるヒーロー』を求めてるからなのかもしれない。
でもな簪、お前が勝たなきゃ意味が無いんだ。そうじゃなきゃお前は、"お前の中の姉ちゃん"に負けたままだ。過去の自分を、乗り越えられない。前に進めないんだ。
「多分それが、お前の"業"なんだろうな」
最後にもう一度、俺は簪の頭を撫でた。