翌日の放課後、俺は簪から買い物を頼まれて、整備室と購買の間を往復していた。教室にいる時に言ってくれれば、わざわざこの廊下を往復する手間も無かったんだがなぁ。
なんて思っていると
「だーれだ?」
誰かに視界を塞がれた。殺気や敵意の類が無かったが……それだけじゃ敵かどうか分らんな。というか、敵ってなんだよ。
さて、どう返したもんか……
「新東雲学園都市の丸目さん?」
「……そんな名前の都市なんか無いし、丸目さんって誰よ」
適当に知り合いの名前を挙げたら、呆れたような声が返ってきて、視界を塞いでいた手がどけられた。
振り向くと、簪のような青髪の……って、昨日写真を見たばっかだな。
「それで、俺に何用ですか? 更識生徒会長」
「あら、ちゃんと知ってるじゃない。関心感心♪」
「昨日入学パンフレット見せられるまで知らんかったですよ」
「えぇ……」
ニコニコ顔から一転、
えらく感情が顔に出る上に、コロコロ変わる人だな。
「それで、俺になんか用ですか?」
「もう、つれないわね。もう少しお姉さんの話に付き合ってよ」
「……」
俺はおもむろに更識会長に近づくと、左腕を取って
――バッ! ギュッ!
「があああああああ!」
アームロックをキメた。
自分でやっといてなんだが、乙女が出しちゃいけない声が出てるな。
「こ、こんなのすぐに……なんで、外れないの!?」
「申し訳ないですが、まだるっこしいのは嫌いなもので。それで、俺に何用ですか?」
――ギュッ! ギュッ!
「は、放して! 話すからまずは放して!」
「『話し』と『放し』をかけたダジャレですか?」
――ギュゥゥゥッ!
「んがあああああ! 私が悪かったから早く放してぇぇぇぇぇぇぇ!!」
涙目で懇願されたから、一旦ロックを外した。
それにしても、さすがゴローちゃんのアームロック。学園最強(パンフレットにそう書いてあった)をも泣かせるとは、見よう見まねで覚えて良かったな。
「うう~……女の子になんて事するのよぉ……」
「それで、俺に何用ですか? 更識パイセン」
もうパイセン呼びでいいやこの人。最初に初対面を揶揄おうとした時点で、『会長』って呼んで敬う気も失せた。
「簪ちゃんについて、聞きたかったのよぉ」
「簪について?」
何で知り合ったばっかの俺に、姉であるパイセンが聞くんだ?
「簪って呼び捨て……貴方、簪ちゃんに一体何をしたのよぉぉぉ!」
と、俺の簪呼びが気に食わなかったのか、胸倉を掴みかかろうとしたから
――バッ! ギュッ!
「があああああああ!」
さっきより、気持ち強めにアームロックをキメた。
というか、学習してくれよパイセン……
「つまり、妹と同室になった男がどんな人間か気になって、尾行していたと」
「はい、そうです……」
腕組んで仁王立ちしてる俺と、その眼前で正座しているパイセン。普通立場逆じゃね? いや、俺が正座したいわけじゃないが。
「そんなに妹の事が気になるなら、自分で……って、それは無理か」
それが出来てるなら、ここまで姉妹の仲が拗れてないわな。
「簪ちゃん、貴方に色々話したようね……」
「まぁ、人様の家庭事情に首突っ込む形になったのは、申し訳ないとは思ってますがね」
まさか、『IS作りを手伝おう』から、こんな
「ホント、不躾なんだから」
「否定できませんね。っとそうだ、不躾ついでに、一つお願いがあるんですが」
「何よ?」
「簪の専用機が完成した暁には、あいつと……決闘してほしいんです」
「決、闘?」
パイセンが呆けた顔をした。いきなり妹と決闘しろとか、意味わからんか。失敗失敗。
「あいつは、ずっと比較対象にされてきた姉、パイセンに追いつこうとしています」
「ええ、知ってるわ。
やっぱり知ってたか。
「これは簪本人にも言いましたが、仮に一人で組み上げても、周りはまた『楯無の妹だから』と言って終わるだけでしょう」
「それを簪ちゃんに言ったの?」
「睨まんでください。だから提案したんですよ、『お前の姉ちゃんとISで勝負して勝てばいい』って」
「はぁっ?」
まぁ、普通ならそういう反応になるよな。一国の代表に、候補生が勝てって言ってんだから。
「でも、それぐらいしないと、簪はずっと貴女の背中を、影を追うだけになってしまいます」
「それは……」
「だから、もし打鉄弐式が完成したら、簪と勝負してください。お願いします」
俺はパイセンに頭を下げた。
「な、なんで貴方が頭を下げるのよ?」
「『出来る限り協力する』って言っちまってるんで。俺の頭一つ下げて上手くいくなら、いくらでも下げますよ」
簪との約束を守るためなら、頭一つぐらい軽い軽い。
「……貴方にとって、簪ちゃんって、何なの?」
パイセンが慌てた顔から突然、真顔になる。
「少なくとも、パイセンが思ってるような仲じゃないですよ。クラスメイト兼ルームメイト兼同志、は言い過ぎか」
「同志……」
「『更識楯無に勝とうぜ』っていう同志ですよ。もっとも、今は俺が勝手に思ってるだけですけど」
なにせ、まだ返事を保留されてる状態だからな。
「勝手に思ってるだけで、ここまでやるの?」
「そうですね。もしこの後簪に拒否られても、俺の下げた頭一つが無駄になるだけですから」
「……そっか」
俺の回答に満足したのか、パイセンは苦笑しながら
「それが聞けただけでも、今回は悪くない収穫だったわ」
と、苦笑しながら踵を返して
「もし簪ちゃんの専用機が完成したら、その勝負、受けるわ」
元々生徒会長は生徒からの勝負を拒めないしね~、と手をひらひらさせながら去っていった。
ええ~……つまりどうあっても勝負自体は受けてくれたのかよ……頭下げ損じゃん。
「……ま、まぁ、約束は果たしたってことで、な?」
そうやって自分に言い訳しつつ、簪が待ってるであろう整備室への移動を再開した。
……悪ぃ、やっぱ辛ぇわ……
ーーーーーーーーー
私は一人で整備室にいた。
陸には少しの間、外に出てもらった。これは、私達2人の、ううん、私が解決しなきゃいけない問題なんだから。
「かんちゃ~ん……?」
今朝メールを送っていた時間通りに、本音が整備室にやってきた。
不安そうな顔をしてる。それはきっと、私との過去のやり取りがあってから、ずっとそうだったんだろう。
「ひ、久しぶり、だね?」
「う、うん。そうだね~……」
違う、そうじゃない。言うべきはそうじゃないでしょ、私!
「本音……」
「何~……?」
「ごめんなさい……!」
「か、かんちゃん~!?」
驚く本音をよそに、私は本音を抱きしめていた。
「今まで、本音は私の心配をしてくれてたはずなのに……せっかく手を伸ばしてくれてたのに……」
そうだ。私の従者で、私の親友の彼女は、あの時だって手を伸ばしてくれた。誰も私を見てくれなかった時も、
その手を、私が払ったのだ。もしかしたら、心の底では恨まれてるかもしれない。それでも――
「ごめん、ごめん、本音……」
「かんちゃん……」
何に謝ってるのか分からないはずなのに、本音は私を抱きしめ返すと
「かんちゃん、私のことを嫌ってたわけじゃなかったんだね~……」
「嫌いなわけない……!」
それは間違いなく言える。私は本音が嫌いであんなことをしたわけじゃ……!
「良かった~。私、かんちゃんに、嫌われて、避けられ、てた、わけ、じゃ……!」
「本音……!」
気付けば、私も本音も泣いていた。二人で抱き合いながら、涙を流し合っていた。
でもそれは、悲しい涙じゃない。
やっと謝れた喜びと、やっと本心を聞くことが出来た喜びの、涙だったんだと思う――