「「ふっ……、ふっ……!」」
早朝の剣道場。そこで俺と箒は、一心不乱に竹刀を振っていた。
『私の心の弱さが、慢心が、今回の失態を招いた。だから鍛え直す』
臨海学校でそう宣言した箒の言葉に、俺も思うところがあった。だからこうやって一緒に素振りをしている。強くなるために。守れるようになるために。
「ふっ……! ふぅ……一夏、今日はここまでにしよう」
「もうか?」
「ああ、これ以上すると遅刻してしまう」
箒が道場に掛かっている時計を見るように促すと、確かにそろそろ止めないと遅刻か朝飯抜きかの2択になっちまう。
竹刀を袋に仕舞い、部屋に戻ろうとしたところで、俺はふと自分の手のひらを見た。
(これで、強くなれるんだろうか……?)
「一夏、強さとはそう簡単に手に入るものではない。かつて篠ノ之流を習っていたお前なら、分かるだろう?」
「そう、だな……」
そうだ。たかが3日で劇的に強くなれるわけがない。しかも俺には、千冬姉に苦労を掛けさせまいとバイトをするために、剣道を辞めた空白の3年があるんだ。まずはそれを取り戻すのが先決だ。
「つくづく、3年のブランクが痛いな……」
「焦るなよ一夏」
「箒もな」
「ああ、分かっている」
かつての強さを取り戻したい俺に、紅椿を乗りこなす力を得たい箒。一朝一夕には解決できそうにないな……。
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臨海学校から戻って来てから、宮下君と簪ちゃんの様子がおかしい。
クラス対抗戦の辺りから仲が良かったけど、な~んか、さらに距離が近付いたというか……。
「む~……」
「お嬢様、唸っても書類は減りませんよ」
「分かってるわよ~……」
気になる……。生徒会の書類にハンコを押しながら、どう動こうか考える。
「ねぇ本音、最近打鉄弐式の改修ってやってるの?」
「改修ですか~? 臨海学校から戻ってからは、まだですね~」
「そうなの?」
「りったんが、朝練したいから調子を取り戻すまで待って欲しいって~」
「ああ、早朝に素振りをしているのを最近見かけますね」
本音の証言を裏付けるように、虚も思い出したことを口にした。それにしても、素振りか……。
それはそうと本音、せめて私から見えないところでゴロゴロしてくれない? 本音が仕事する方が却って時間が関わるのは知ってるけど、その姿を見せつけられるとイラッと来るわ。
「りったん、もう一度剣の修練をやり直したいって言ってました~」
「確か、"タイ捨流"でしたか」
「ええ、私もトーナメントの時に見たわ」
八相の構えから繰り出される剛剣。篠ノ之ちゃん……なんか篠ノ之博士をちゃん付してるみたいで嫌ね……箒ちゃんって呼ぼう、に上手く捌かれてたけど、ちゃんと鍛錬していたら受け流せなかったんじゃないかしら?
「……よし、今度見学に行きましょ~」
「それは結構ですが、この書類を片付けてからにしてくださいね」
「……はい」
生徒会長の机に積まれた書類の山を見て、ため息をつきながらもハンコを押し続ける作業に戻るのだった。
まぁ見学はついでで、簪ちゃんと何があったか問い詰めるのが主目的なんだけど。
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「それじゃ、ちょっとデュノアの所に行ってくる」
「分かった」
そう言って陸が出て行った後、私はあらかじめ借りていた寮の調理室に来ていた。
(久しぶりだけど、うまくいくといいな)
これから作ろうとしているのはカップケーキ。私の数少ない得意料理だ。
卵と砂糖、牛乳とサラダ油を泡だて器で混ぜて、そこにホットケーキミックスと抹茶を加えていく。
「~♪」
最初は記憶を辿りながらだったけど、大部分を思い出してからは鼻歌混じりで材料を混ぜていく。
「型に流し込んで……」
ちょうどガスオーブンの予熱も終わり、あとは焼けるのを待つだけ。
オーブンの前で椅子に座り、焼き上がるのを待っていると
「あら、アンタがいるなんて珍しいわね」
「凰さん?」
オーブンから視線を移すと、エプロン姿の凰さんがいた。
「へぇ、カップケーキ焼いてんだ?」
「うん。陸に食べてほしくて」
「そっか……いいわねぇ、作る相手がいるって」
「凰さんも、織斑君がいるんじゃ?」
「そ、それは、その……」
私の指摘に、顔を真っ赤にして顔を背けてもじもじし始めた。以前陸が凰さんのことを『ツンデレ』って言ってたけど、ツン成分どこ?
「織斑君に何か作るために、ここに来たんでしょ?」
「まぁ、ね……。やっぱりあたしは、あいつの胃袋を掴もうって戦術を変えられないって言うか……」
「……いいと思う。傍目から見てても、それが凰さんの強みだと思うし」
特級呪物を生み出すオルコットさんは論外としても、一夏ハーレム内で料理アドバンテージがあるのは、私が知る限り篠ノ之さんと凰さんぐらいだし。
「でも、酢豚以外もあるとなお良しだと思う」
「だから今回は
あ、作れるんだ。初めて屋上で食べた時から、何かにつけて酢豚ばっかり織斑君に食べさせてたから、てっきりそれしか作れないのかと思ってた。
――チンッ!
「あっ……!」
「出来たみたいね」
両手にミトンをはめて、オーブンからカップケーキを取り出す。表面に焦げたところもなく、焼けた砂糖の甘い匂いと、抹茶の香りが広がる。うん、成功だ!
「ほら、冷める前に持っていきなさい」
「うん。それじゃあ」
「ええ」
焼けたカップケーキを用意した箱に詰めると、私は凰さんに一声かけて急いで部屋に戻った。
部屋に戻って少ししたところで、陸が戻ってきた。何をしていたかは聞いてないけど、表情から"デュノアさんのお父さんとの話"がうまくいったんだろう。
「はい、これ」
まだ温かいカップケーキを、陸に差し出した。
「これ、簪が作ったのか?」
「そう。食べてみて?」
「おう、それじゃあ……」
型紙を剥がして一口齧る。どう、かな……?
「うん、美味い」
「よ、良かった~……」
用意していたカップケーキが無くなるまでの間、私は笑顔で美味しそうに食べてくれる陸を見つめていた。
(こんな幸せが、ずっと続けばいいな……)
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昨日宮下相手に模擬戦をしたからか、今日も体の調子がいい。たまにはああやって、思い切り全身を動かすのがいいようだ。
「お前達、SHRの時間だ。席に……な、なんだ?」
朝のSHRの時間。教室に入った途端、ただならぬ気配が漂ってきた。
「……」
生徒達は一切無言で、とある方向から目を逸らしていた。そう、ボーデヴィッヒの方から。
どうやら、ただならぬ気配の発生源はそこのようだ。実際、真っ黒なオーラが漏れ出てる錯覚が……。
「おいボーデヴィッヒ、何があった?」
「教官……」
「織斑先生だ、馬鹿者」
あまりにどす黒いオーラに、出席簿で軽くこずく程度に留めたが、顔を上げたボーデヴィッヒが……あ、これダメな奴だ。完全に目が死んでる。
「き゛ょう゛か゛ん゛~~~~!!」
やっぱりダメな奴だったーー!! ボーデヴィッヒがギャン泣きしながら抱き着いてきたんだが!?
「もう我がドイツは……ドイツはお終いですぅぅぅぅぅ!!」
「ええいっ! ちゃんと説明しろ!」
――ガンッ!
「ぐふっ!」
「はー……はー……っ!」
何とか黙らせた上でボーデヴィッヒを引き剝がしたが、一体何があった? こいつがここまで錯乱するとは……。
「デュノア、何か心当たりはあるか?」
「はい、あります……」
こ、こいつもボーデヴィッヒほどではないが、遠い目をしているような……。
「昨日、4組の宮下君が僕達の部屋を訪ねてきました……」
「宮下が?」
なぜだ? デュノアの件は解決したし、今更あいつが顔を突っ込むようなこともないはずだが。
「僕達にではなく、僕のお父さんに用があったようで……」
「デュノア社長に?」
「はい……そこで宮下君は……」
「宮下は?」
「ラウラのAICを応用した第3世代機の設計図を、20万ユーロでデュノア社に売り払いました……」
「「「「「ファーッ!?」」」」」
一夏だけはキョトンしているが、それ以外の生徒、特にISの開発事情に詳しい連中から悲鳴が上がった。
何をやってるんだあいつは!? 各国が躍起になって開発している第3世代機の設計図を!? たった20万ユーロで売ったぁ!? しかもフランスのデュノア社にぃ!?
ボーデヴィッヒの目が死んでる理由は分かった。まさか自分のISが見ただけで解析されて、基幹部を他国に売られるなんて誰も思わんだろう。
「で、ですが、どうしてデュノア社に?」
「僕もセシリアと同じように疑問に思ってね、宮下君に聞いたんだ。そうしたら……」
『デュノア社に売った理由? たまたま縁があったから。あと倉持が嫌いだから』
「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
倉持技研終わったぁぁぁぁ! 完全に宮下を敵に回してしまったじゃないか! そしてこれ、間違いなく私も日本政府から嫌味を言われる流れじゃないかぁぁぁぁ!
あ、胃が……胃が痛い……
「お、織斑先生?」
「山田先生……すみませんが、SHRと1時限目、代わりにお願いします……」
「えぇ? は、はい……」
山田先生が困惑する中、私はよろよろと教室を出ると、保健室に胃薬を求めて旅立った……。
シシカバブPが書く2次創作では、ちーちゃんはポンポン痛いキャラ確定なのである。