電脳ダイブ特有の意識が一瞬落ちる感覚を経て、俺は目をゆっくり開けた。
「……は?」
素っ頓狂な声を上げたのは、目の前の光景が、見ず知らずの世界、珍妙な場所だったからじゃない。むしろ逆、見知った場所だったからだ。
「覚えてる……」
この機械的な内装も、廊下を走る配線も、普段は壁に埋まっていて、無重力化で移動する際の使用するレバーも……。
「トレミー……」
俺が初めて介入した外史世界。私設武装組織『ソレスタルビーイング』の多目的輸送艦、プトレマイオス。クルーからは『トレミー』の愛称で呼ばれていたこの艦が、どうして……。
「リク」
「っ!?」
振り返れば、そこには忘れもしない、あいつの姿が……。
「せつ、な……?」
「どうしたんだ? そんなに驚いて」
「どうして、お前がここに……」
だって、ELSとの戦いで、お前は……。
すると、俺が驚いているのが不思議なのか、刹那は首を傾げて
「何を言っているんだ。 ELSとの戦い、対話が成功して、やっと人類は前に進めるようになったからって、気が抜けてるんじゃないか?」
「対話が、成功?」
「あの時、ガンダム・クアンタの『クアンタムバースト』でELSとの対話をした。そして彼らは、俺達地球人類が〝個〟を基準に成立していることを理解してくれた。戦いは終わったんだ」
「なら、お前は……」
「だから、人を幽霊か何かみたいに言うな。それと急げよ。この後ブリーフィングルームで、フェルト達がささやかな祝賀会を開くらしいからな」
そうか……みんな、生き残ったのか……刹那は、生きて……!
『ワールド・パージ、完りょ――』
――ガッ
「がっ……!」
一瞬、頭のどこかで何かが響いた気がしたが関係ねぇ。俺は目の前の刹那
「ホント、下らねぇことやってくれる……」
「リ゛、リ゛ク゛、な゛に゛を……!?」
「フェルトは、涙を呑みながら
スメラギさんも、ラッセの兄貴も、イアンの親っさんだって。みんな、涙を呑んで受け入れたんだ。あいつの、刹那の想いを。それを、それを……!
「あいつの覚悟を……みんなの想いを……汚してんじゃねぇぞクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
――ゴキッ
「――っ!」
渾身の力を込めて、ニセモノの首をへし折った。
手の力を抜くと、ドサッという音を立ててニセモノだったものが床に落ちる。すると、ニセモノの体が黒いタール状になり、ゆっくりと消えていった。
「生憎、俺の戦友にスライムやコールタールはいねぇんだよ」
ニセモノの首を絞めた両の手を見ながら、ずるずると廊下の床に座り込む。
見つめた両手で、顔を覆う。目から流れ出たものを、隠すように。
「身勝手な願いだって分かってる。お前がそれを望んでいるかも分からねぇ」
それでも……
「やっぱ、人として生きてて欲しかったよ、刹那……」
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IS学園から少し離れた臨海公園前のカフェで、色々と不釣り合いな二人組がテーブル席に座っていた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒのワールド・パージ完了。残りは宮下陸のみです」
「ああそうかい」
(このオータム様が、今じゃガキのお守りか)
幹部会から回されてきたガキ――連中が言うには『玩具』――のお守りを指示された私はそれだけ言って、カップに残ったコーヒーを飲み干した。
IS学園襲撃後、幹部会は内ゲバをやらかした。そこで無能な連中、女権団の残党共が粛清されれば万々歳だったんだが、連中、どんな手品を使ったのか、逆に旧勢力を粛清しやがった。お陰で、また馬鹿な作戦に駆り出されているわけだ。
しかもこのガキ、女権団のドイツ支部で行われた生体同期型のISを埋め込む実験の被検体、その生き残りって話だ。さらに自立思考を止める、サークレットのような装置まで付けてやがる。胸糞悪ぃぜまったく。
「宮下陸のワールド・パージ完りょ――」
「どうした?」
「対象が、こちらの精神干渉を突破しました」
「何?」
「再度、ワールド・パージを――」
「いや、その必要はない。他の連中の精神干渉を維持しろ」
ガキの言葉を遮るように、指令を被せる。
「しかし、最初の指示は『電脳ダイブした者全員の封じ込め』であり――」
「いいから、黙って他の5人を電脳世界に閉じ込めておけ」
「……了解」
やっぱ自立思考をしてないからか、機械のように警告を口にするだけで、結局はこちらの言いなりだ。ホント、胸糞悪ぃ。こんな作戦、いっそ失敗しちまえ。
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IS学園の地下区画にあるアクセスルームで、私は事態の急変に動揺していた。
「ダイブした全員との通信途絶……!?」
中枢付近で通信が安定しなくなると予想されていたけど、まさかダイブ直後になるなんて……。たぶん、こちらが電脳ダイブすることを読まれてたんだ。そして、ダイブした人間を電脳空間に捕らえるトラップを仕掛けていた……。
『更識妹、そちらはどうなっている?』
「織斑先生……」
オペレーションルームにいる織斑先生から通信が入る。私は簡潔に状況を伝えた。
『くっ、完全に後手に回ったか……!』
「そちらはどうなっていますか?」
『布仏が侵入したISの撃退に成功した。今山田先生が捕縛を手伝いに行っている』
「そうですか。本音が……」
『だが……』
「?」
『敵影を発見して迎撃に出た、更識姉からの連絡が途絶えた』
「え……っ?」
お姉ちゃんとの、連絡が、途絶えた……?
まさか……まさかまさか……!
『更識妹、システムの復旧が最優先だ。持ち場を離れるなよ』
「でもっ!」
『山田先生がこちらに戻り次第、更識姉との通信が途絶えた地点に急行させる』
「それじゃあ!」
それじゃあ、間に合わないかもしれない! だから、私が……!
「ぐっ……はぁっ!!」
「え?」
突然の呻き声に振り向くと、
「陸……?」
そこには、目を見開いて呼吸を荒くしている陸がいた。まるで、悪い夢を見て飛び起きたかのように。
「はぁ、はぁ……簪、状況はどうなってる?」
「えっと、みんなが電脳ダイブしてから、通信が途絶して……」
「やっぱそうか……」
『宮下、一体どういうことだ!?』
「織斑先生、敵は電脳空間に罠を張ってやがった」
陸曰く、電脳ダイブした瞬間から全員がバラバラになり、おそらく各々が『自分の望みが叶った幻影』を見せられて、電脳空間に囚われている状態らしい。
『それにしては、お前はよく脱出できたな』
「お陰様で、胸糞悪いことをする羽目になりましたがね」
『そうか……』
陸の声色から、織斑先生も深くは聞かなかったし、私も聞けなかった。
「そ、そうだ! 陸、お姉ちゃんが……!」
「楯無さんがどうした?」
「侵入者を見つけてから、連絡が途絶えたって……!」
「……織斑先生、そちらから割ける戦力は?」
『無い。別に侵入した敵ISを捕縛するために、布仏と山田先生が出払っている。現状、私がここの最後の防衛戦力だ』
「そして通信が途絶えたとはいえ、ナビゲーターである簪を動かすわけにもいかない」
『ああ』
すると、陸はあらかじめ決めていたかのように
「分かりました。俺が行きます」
『すまん、任せた』
「陸、お姉ちゃんをお願い……!」
「心配すんな。あの楯無さんがそう簡単に死ぬわけないだろ?」
落ち着かせるように、私の頭をポンポンと撫ぜる。
「織斑先生、通信が途絶えたポイントを転送してください」
『分かった』
情報が送られてきたのを確認すると、未だ不安そうな顔の私に手を振って、陸はアクセスルームから出て行った。
お姉ちゃん……どうか無事で……!
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指定ポイントまであと少しというところで、俺はゆっくりと足を止めた。曲がり角の向こうから、複数の声が聞こえる。
「これよりブラボーチームは"パッケージ"を持って撤収する」
「了解」
「よし、アルファチームは引き続きターゲットを捜索する」
「了解」
どうやら侵入者連中とかち合っちまったみたいだな。
どうする? 織斑先生から聞いた話じゃ、こっちの侵入者は生身の兵士だ。陰流を使えば楽勝だろう。だが、情報を吐かせるにはISでオーバーキルをするわけにもいかない。
(なら……)
拡張領域から静かに、あるものを取り出す。そしてそれを曲がり角の先、声のする方へ投げ込むと
――シュボッ
「な、なんだ!?」
「め、目がっ!」
暗視ゴーグルを付けてたであろう目には、発炎筒の灯りは眩しいだろうさ!
敵の目がつぶれている間に制圧してやろうと、俺も角から飛び出した。
そして、発炎筒の光が照らし出していたのは、10人程のギリースーツのような格好に小銃を持った連中と、そして
ここからでも色がはっきりとわかるぐらい、赤い水溜まりを床に作りながら倒れ込む、
「あ……」
その瞬間、頭の中が真っ白になった。情報を吐かせるとか、そんな考えも消し飛んだ。ただ、拡張領域から三池典太――長船のような大太刀じゃない、普通サイズの刀――を取り出していた。
「た、ターゲットだ!
黙れよ。
――ザシュッ!
「がっ、ひゅぅぅぅ……!」
先頭で号令を出していた奴の喉笛を突きで貫く。空気が漏れる音を出しながら、そいつは自分の血で作った水溜まりに沈んだ。
「あ、アルファリーダー!」
「くそぉ!」
戦意を持ち直した奴が、銃口をこっちに向ける。が、遅ぇ。
――ヒュッ
「き、消え――ぎゃぁぁぁぁっ!」
俺を見失った奴は、背後から袈裟懸けに斬られ、頭と左腕が宙を舞った。
『縮地』。俺のは不完全な代物だが、それでも連中の目には追い切れなかったらしい。
「ば、化け物! 来るな、来るなぁぁぁぁ! ぴゃっ!」
「た、助け……ぐぶぇ!」
どうやら最初の2人が死んで、残りの連中は戦意を喪失したらしい。
だから?
楯無さんを傷つけて、簪を悲しませたお前たちを、生かして帰すと思ってんのか?
斬って、突いて、また斬って……気付けば、生きているのは1人だけになっていた。
「ど、どうして……情報では、宮下陸は織斑一夏に比べて大したことは無いと……!」
最後の男は半狂乱になりながらそんなことを叫んでいるが、それは半分正解で半分間違いだ。
「確かに俺のIS適性はD+だ。一夏のBと比べりゃ、大したことは無いだろうさ」
けどな、と言って俺は、三池典太を上段に構える。
「生身の方も大したことないなんて、誰が言ったよ?」
――ズシュッ
脳天を叩き斬られた男の脳漿が、太刀筋に沿って通路の壁にへばりついた。
本来くーちゃんのIS『黒鍵』は篠ノ之印ですが、本作では女権団のドイツ支部が実験用のISを埋め込んだことになってます。
人を殺す覚悟を持った人間がガチギレした結果。大切なものを失くす悲しみを知ってる者ほど、大切なものを奪われることに対して、許容も容赦もできません。