2人の姉妹の世話をする様になってからミラの一日は大きく変わった。
太陽が起きる時間。まだ肌寒い時間帯。
布団をのければまた布団に戻りたくなる冷気が部屋に満ちている。
自分達の住まう部屋にも分け隔てなく朝日が差し込むとミラは目を覚まして起き上がり両サイドにいる子供に起きるように催促をして体を揺する。
「ほら。2人とも起きなさい」
揺り声をかけてもその者達の返事は曖昧だ。
う〜んと鬱陶しそうに声を出したり布団に深く潜り込もうと身体を丸めてミラから隠れようとする。
ミラは比較的に朝に弱い。
放っておくと昼まで寝ている事もあるくらいにだ。
でも最近は比較的朝に自分で起きるというのが出来る事が増えた。
確かに他の連中から親代わりなのだからとうるさく言われたのもあるだろう。しかしどちらかというと周囲、生活圏での環境の変化によるものが近いだろう。
ミラ曰く、朝は寒いから。
それが常々何か言われると反論していたミラの持論ではあったが、最近になって部屋には暖房が増えた。
アルフィアとメーテリアである。
子供というのは思ったよりも暖かい。この事実に気付いたのは彼女達と共に寝始めた頃、ふと目が覚めて起きた時に2人のうち1人を抱きしめて寝ていたのが始まり。
これは嬉しい誤算であったが、何はともあれミラの早起きはこうして可能になった。抱きしめればそこらの下手な暖房設備よりも暖かい設備なのだ。そしてそれが二つともあれば布団の中は季節を感じさせることのない快適空間へと早変わり、ミラにとって子供は凍える冬の時期を楽園へと変える天使そのものだった。
ミラは早起き出来て子供達も起こすことができる。そうする事でファミリアの人間には怒られない。何もかもがWin-Winの理想的な共存関係ではなかろうか。
ヘラから命じられた時はどうなることかと思ったが、案外子供も悪くは無いのかもしれない。
「おはようございます」
「・・・おはよう...ミラさん」
とりあえず起き上がったがまだ眠気が覚めず目を擦るメーテリアをいわゆるお姫様抱っこで持ち上げ、横をアルフィアが裾を掴みながらついてくる。
目指すのは水場である。
起きたら目を覚ます為の顔を洗いボサボサになった髪を整える。その後は着替えを済ませて洗濯物を出し忘れない事。それが朝食までにやるべきとヘラから提示された家族ルールなるもの。それを守らなければ3人揃って朝食は抜きなのだが、正直言って一食と寝坊どちらが重要かと聞かれたらどちらでも無いとミラは答えるだろう。
ミラが食に執着心を少なからず興味を持っていることは知って立てた今回の作戦。だが、このルールは始まる前から破綻していたのだ。
"いや早起きしなくていいのなら一食くらい構わない"
食欲よりも睡眠欲の方が上だったのだ。
ならばとミラが興味を向ける程の料理を毎日ある朝食に対して毎回試行錯誤して出すわけにもいかない。
そもそもだ。どうせ起きたら昼食の時間になっているのだその時に食べればいいなどと考えるそんなダメな親。それにヘラが黙っているはずが無いのは言うまでも無い事だろう。正座させられ永遠と怒鳴られ他の団員の見世物となったミラがそこにあった。
「ほら。これで綺麗になったわ」
まずはまた腕の中で眠りにつこうとするメーテリアの顔に水を浴びせて椅子に座らせるとすっかり爆発した髪を一つ一つ解いていく。
習慣とは不思議なもので最初は気にならなかった自分の髪の寝癖も髪の手入れをこうも毎日繰り返せば1日の中で自然と自分の髪に目がいき気になると手を伸ばし直す様になったことだろう。
メーテリアが終われば次はもう1人。横でアルフィアはテキパキと自分の髪を解いていくがそれでも少しお残しはある。アルフィアは自分の事は自分でやりたがるタイプの人間ではあるが、どうしても子供では気づかない部分はある。それを修正するようにミラが代わりに解いていくと途中までやってくれていた分、スムーズにアルフィアを終えると後は部屋に戻り着替えるだけの大仕事は終わりである。
なのに"さあ行くわよ"という言葉に待ったがかけられる。
「ミラさんはまだですよね?」
子供特有の幼い声。
その声に呼び止められ、ため息を吐きそうになるが我慢する。子供との接し方についてヘラに散々注意されたことだ。悪態をつくことなくうっかりしていたとばかりに顔に水を浴びて自分の寝癖を治すとアルフィアはミラの姿に満足そうに頷く。
言われたことや決められたルールをキチンと全うするアルフィアは真面目で子供離れした印象を。これは規則より自由を愛するミラからすると堅苦しく苦手であり、思想が正反対の敵とも呼べる。
それに比べて自分の言った事を素直にうんと頷いてくれる純粋無垢なまさに子供を体現したメーテリアの方がミラは扱いが楽で好きだ。
それがこの2人に対するミラの評価である。
自分の害になるか否か非常にわかりやすい選考基準だ。
寝巻きを着替え食堂を目指して歩いていけば人はどんどん増えていく。目的は皆同じ、ならば人はそちらに一方的に集中し、通路に対して人が多すぎるものだから通路は決して狭く無いのに箱詰め状態である。
ミラは人の波に呑まれ無いように背負っていたメーテリアを再度しっかりと背負い直すと横に立つアルフィアの手をはぐれないようにとしっかりと握る。アルフィアもこの大人達の波に呑まれたら最後、ボロ雑巾になる未来は見えている。ミラの手を握りしめるとまだ慣れないファミリアの洗礼に気を引き締めて立ち向かう。
見た目に反してスムーズに進むのはやはり手を引いて先導してくれるこの人のお陰だろう。
自分達の小ささを活かし肩がぶつかり出来る大人達の隙間を糸を通すように的確にルート取りをして自分達だけの道を通って着実に食堂へと進むミラを見て毎回見る光景ではあるが流石だとアルフィアは感心してしまう。
(多分、自分にも姉が居たとすればこんな感じだったのだろうか)
自分とよく似た髪を靡かせながら妹を抱えつつ迷いなく自分の手を引く大きな後ろ姿を見つめる。
それは昔一度は考えたことがある妄想だ。
よくお母さんに言われた。
私はお姉ちゃんだから妹を守らないといけないと。
だから私は妹に優しく接してきたつもりで、そこに疑問はなかったし、不満もなかった。だってそれが当然だと思っていたから。
私が姉であの子は妹。
私とあの子の2人だけの関係。
だから私は姉というのは自分の事であると自然と考えを固めてしまっていたのだ。
でもある日、他に目を向ければ自分では無い兄や姉という存在を知ることはできた。別の自分を客観視することができた。
そこには自分よりも倍くらい大きく歳の離れた、でもそれでも自分と同じ立ち位置にいる人は特に珍しく訳では無く、私は下の妹であろう子を可愛がる大きな兄を見てなんとなくその兄妹の妹の方を自分に置き換えてしまった。
些細な疑問ではあったが、その時から私の姉という価値観は少し変わってしまったのだろう。結論を言えば自分の上に姉や兄よかったのにとどうしようも無い事を時折望ましく思うようになったのだ。
妹を守らないといけないという意思は全く変わらない。
でも少しだけでいいと思う気持ちがあったのは、それは妹の為にと姉として振る舞う私の中に残っていた我が儘なのかもしれない。
しかしそんな絵空事も当事者へとなると不思議な気分。
手を引くばかりだった自分がこうして誰かに手を引かれる。
それは案外と悪く無くどこか頼りたくなる安心感があった。
アルフィアは握られる手を固く握り返す。
固く固く解けない程に固く。
そう。決してはぐれないように。
無事に食堂に辿り着けば適当な席に着く。
入り口周辺はまだまだ流れが止みそうにないので3人は入り口とは反対側に移動すると椅子取りゲームをする対岸とは違ってガラガラの何処でも自由席状態。その中から適当な場所にメーテリアを下ろすとミラも座るので続いて横の席にアルフィアも遅れて座る。
目の前には山の様に積まれたパン。
少し前まで食べもの一つにすら困り果てていたのに今は腹一杯食べてもまだ食べ物は余りがある。
これが恵まれた環境だと言うのは誰に指摘するまでも無く理解できる事だ。美味しそうだと能天気に目を輝かせる妹を横目にアルフィアの頭の中は今後の事でいっぱいいっぱいだ。
「食べないの?食べないと生き残れないよ」
ほら。と自分の取り皿に一つのパンが置かれる。
周りを見渡せば皆んなが朝食を食べ自分は乗り遅れてしまったらしい。
「すみません。少し考え事をしていました。いただきます」
おいしい。
そんな平凡な感想が浮かび温かいスープを口にすれば冷えた身体を内から温め直す。
当たり前に食事があって当たり前に寝る場所がある。
周りは賑やかで楽しそうで、文字にすればその通り当たり前のことだ。
だけど、それは目を逸らしているだけではないのか。
私はその当たり前を当たり前だと思い始めている自分が怖かった。
この先、いつまでこの生活が続くのかと、そんな保証は何処にもない誰もしてくれない。横で一緒に料理を口にする命の恩人さんを見やると私に気付いたのか顔を向けてくるので慌てて逸らし食事を再開する。
この人のお陰で変わったけれど、私達を取り巻く環境は根本的な所で何一つ変わっていない。言うなれば私達は運良く拾われた野良猫と大差ない。
私は手に握られたパンを噛み締め食べ続けた。
人間、そうと感じたのなら早くに行動に移したほうが良いだろうと思う者もいる。アルフィアもそちら側の人間であり、まず彼女が向かったのは自分達のボスである主神の所であった。
「ふ〜ん強くなりたいか、それは別に構わないわよ。アナタの好きにしなさいな」
許可は自身の決意など知らず拍子抜けしてしまうくらいにあっけなくおりた。ならば次は自分の師となってくれるものを探す必要がある。
恩恵を刻まれた新人冒険者の中には直ぐにダンジョンに潜るものも少なくはないらしいが、彼等は未熟である分気付かないミスをしてしまいがち。無知や過信それはいずれ自分自身を死に追いやる死神の手。ダンジョンの低層で死亡者が圧倒的に多い理由がこれだ。
だがあいにくアルフィアは彼等のようにダンジョンで骨を埋めるつもりはなく、自分の事もよくわかっているつもりだ。
自分は彼等のように元々から恵まれた身体を持っているわけではない。自分の身体に欠陥があるのは大人の半分の人生を過ごしてきて重々に承知している。
そもそもまだヘラから恩恵を刻まれてないのでダンジョンに潜る事もできない。出来たとしてもそんな弱い自分がモンスター達にとっては都合の良い餌になるのは目に見える。アルフィアはダンジョンに潜る前に師の元で教えを受ける事にしたのである。
でもそうなってくると誰の元に師事するのか?という問題が出てくる。幸い自分の入ったファミリアはこのオラリオでも上澄の中の上澄み。最強と名高いこの街で頂点に位置するファミリア。人には困らないだろう。
しかしどんなに素晴らしい冒険者から指導を受けたとしても互いの相性というものがどうしてもある。魔法をに重きを置くか、剣を手に取るか、はたまた拳を極めるか。
自分の適性なんて正直わからない。
アルフィアは頭を悩ませている所をヘラが助言を送る。
「あら?ちょうど良いやつがいるじゃない。すぐ近くに」
「そういうことね」
読み聞かせていた本を閉じてミラは声の主を見やる。
アルフィア。
最近家族という関係になった子。
戦闘の仕方を教えて欲しいと言われた時は正直言って面倒だと思ったのは事実。なにも自分で無くても人材など腐るほどいるだろうと真っ先に思った。
それこそ食堂に行けば昼間から酒を飲んで暇そうにしているやつなんて直ぐに見つけられるし、そんな連中でもファミリアの外に出ればたちまち一流冒険者として名を挙げている立派な冒険者に早変わりする。
昼間から酒を嗜む酒カスなのは置いておくとしても、新人どころか2級冒険者の指導相手としては十分過ぎる相手なのは間違いない。
なのに何故、面倒事が自分にやってくるのか。
彼女達は自分が蒔いた種である以上はなにかあれば面倒を見る責任を負う必要がある。見る責任があると言い聞かされた。
これが一過性のものであればやんわりと反対でもしただろうか。
顔を見ればわかる。真っ直ぐ見つめるアルフィアの瞳、迷いなど感じさせないその目が否定する事を無言で跳ね除けてくる。
はぁ~とため息が出るのはこの際見逃してほしい。
面倒ごとは別段好きではないのだ。
ミラは横にいるメーテリアの頭を撫でベットから立ち上がると再度問いかける。
「いいわ。でも先に言っておくけど、生半可な思いで始めるなら死んじゃうかもしれないよ?」
「望む所です」
自身の返答に睨み返す好戦的な態度に自然と笑みが溢れる。
互いの力量を測れない愚者のそれではない。
その意識は身体を大小など関係なく。
彼女が好む強き人の姿があった。
「とりあえずはこれでいいか」
見るからに訓練用の木刀を渡された。
剣など握ったことがない人生、重くはあるが子供でも十分に扱えるくらいには軽い得物。ミラが握っている木刀に比べて小さいのは子供用だからか。剣の中でも大きくも無く小さくも無く標準的なサイズ。
広場には自分達と同じく素振りをしたり模擬戦をしていたり、鍛錬を積もうとしているのはどうやら自分達以外にもいるらしい。
ヘラ・ファミリアと聞けばこの都市に住んでいて知らない者はいない。
一度ダンジョンに踏み入れば未知を踏破しお宝を手に英雄達の新たな冒険譚がたちまち広まる。私達庶民にとっては風の噂で流れて来た竜を倒し財宝を手に入れるそんな非日常に生きるそんな彼等はお伽話の世界を生きる雲の上の集団であった。
・・・はずなのにどうだ?一員に加わってどちらかと言うと評判に比べれば馬鹿騒ぎしたり昼間から酒を飲んだり等々、
ヘラ様に関しては流石神というべき立ち振る舞い。
庶民には手の届かない医療ファミリアの最新の治療を無償で受けさせてもらっている恩もあるのでもちろん感謝もしている。
普段からも厳かで触れる事も躊躇われる高貴な方であるのは側で見ているだけでも伝わってくるのに、それに比べてファミリアで過ごす彼等はだらしがない大人の集団のイメージに侵食され、童話の様な英雄像は崩れガッカリさせられたのは言うまでもない。
でも存外真面目な人も少なからず存在するみたいである。
「武器を持つのは初めて?」
「はい。握ったというとナイフや包丁くらいは、、、でも武器となるとこれまで一度も握ったことはありません」
「ならとりあえず最初だし今日は武器に慣れる所からね」
それからは鍛錬というよりかは訓練すらない指導が始まった。それもそうか、武器を扱えなければ鍛錬のしようもないだろうし。
今すぐ自分の力にはならないが、武器を初めて手に取ってはわかる事もある。槍や斧、それに剣といっても一つではない。
長剣や短剣といった大きさで扱いやすさや用途がまるで変わり、形だって千差万別。弓が的に当たる事はこの一日で一回しかなかった。そうして武器を扱うだけで1日はあっという間に過ぎて夕暮れ時には体は悲鳴を上げている。
ファミリア内に響く鐘の音が聞こえてきてきた。
時間を告げる音だ。
「そろそろご飯の時間か、今日は終わりにしよう」
ハァハァと肩が上下して終わりを意識した瞬間に疲れがドッと押し寄せて地に尻がつく。
「ほら」
「えっと...」
いきなり前でしゃがみ込むミラにどうしたものかと反応に困る。
「そんな状態じゃ直ぐに歩けないでしょ?」
ほら。と再度急かされればその背に乗るしかない。
どうせ歩くまでには少しばかり休憩しない無理そうでそうしていれば夕飯の時間に遅れるのは避けられそうにない。
「私は強くなれますか?」
ミラに背負われながらアルフィアは問いかける。
「どうだろうね」
返ってきたのは曖昧な返事。
不安に思ってしまうのは自分が弱いからだろうか。
「わかりませんか、、、」
「今日は鍛錬以前の話だったから判断しようもないかな」
それもそう。ただ武器の扱い方を教えてもらってだけ。
それだけで判断出来る人間など余程教えている弟子に光るものがあったか、適当に励ましの言葉を送っているか。
その励ましの言葉が欲しかったなどという気持ちは静かに蓋をする。
「君はどうして強くなりたいの?」
会話中でもミラはペースを崩す事なく一定の速さのまま歩き続ける。
「私は・・・強くなりたいのです。
もう失いたくない。守りたい....誰かに守られないと生きていけない自分は...嫌です」
アルフィアの本心だったのだろうか。
それを知るのはアルフィア本人だけ、しかしミラは納得した様な満足そうな表情をする。
「そう。なら強くならないとね」
少しして今朝と同じく食堂には並んで食事を取る3人の姿があった。会話こそ少ないがミラとアルフィア、2人の距離はなんとなく近くなっている気がした。