風を切り裂く音。
土煙を巻き上げる衝撃。
そして何よりも雷轟。
後に連なるように人の各々が感情を秘めた声。
騒がしいくらいに湧き立つ大きな音は心を安らげはしない。
直接見なくとも分かる。
それは争い争う戦闘にして戦争の音色。
一つ問おう。
__死とは救済か否か。
その議題に明確な答えを示せる者はいるのか。
「ヒィャ!!助け___ア"ア"ア"ウギィィィ"」
目の前に急に人が現れると自身の身体に当てられた感触。何故か冒険者の口からはとっさに命乞いの言葉が出たが言い切ることは叶わない。
恐怖が襲ったのだ。
感じたことの無い恐怖が。
__生とは苦しみか。
その議題にも答えを出せるものはなく。
何かが焼け焦げた匂い。
それが未知を夢見た1人の最期。
命燃え尽きる刹那。
冒険者は先程まで常に感じていた恐怖から解放ている事に気がついた。
味わったことのない想像を絶する痛みは心地良さに変わり。世界がゆっくりと動いているのを理解した。
そして己の生が終わろうとしていることもまた理解する。
この時間が終わる時。
己もまた尽き果てるのだろう。
ならばこれはこれまで生きてきた自分に与えられた褒賞か。
白く小さな自分の背丈の半分にも満たないエルフ。
それがその瞳に映した記録の最期。
小さくしかして強大で繊細で美しく。
今まで見たどんな存在よりも白く相反して赤く染まった身体。
血を滴らせ狂気を感じさせ、穢れた要因さえも厳かなるとして位を高める。
「あぁ...こんな所にあったのか」
最後に見る神聖な雰囲気を纏う最大級の未知を前にして冒険者は笑顔を浮かべ自ら意識を手放した。
遠方で味方がまた1人生き絶えた。
倒れ伏し床になった者に構う余裕は生者にはなく、弓を引き魔法を練り開放すればそれは床ごと消し飛ばす。
しかし雷を捉えるにはそれらは遅かった。
あまりにも遅すぎた。
「まだこんな怪物が残っていたなんてこんなの聞いてない!!俺は残党狩りと聞いて来ただけだぞ!!」
「大人しく黒龍でくたばってろよ!!この死に損ないどもが!!」
弱音をこぼし武器を震わせて後悔しても許される事はないだろう。この部屋にアレの領域に入ってきた時点でこの場にある全ての命は既に握られていることは彼らもそんな事は理解してる。得物を離さず屈せず、抵抗の意思を示すことのみが彼らに残された最後の道。
「俺は俺はまだ死にたく____」
また一つ雷と共に部屋は静かになった。
「ギリアム!?__よくもやりあがったなこんちくしょう!!ヒギャアッ!?」
まるで転移の様な身のこなし。
現れては消える繰り返し、居場所を転々と変え、ここは自分の部屋だと言わんばかりに縦横無尽に動き回る。
「捉えたぞ!!」
閃光の如き速さで空間を翻り宙へと浮かんだ少女。
自由という支えを失い確かな無防備を晒す。
翼を持たぬ者達にとっては抗えることのない生涯不変の原則。再び自由を得る為に人が大地へと向かうその瞬間をただ指を咥えて待つわけがない。
___男は動く。
だが彼女の目もまた男を捉えている。
振り下ろされる剣を横から腕を力任せに薙ぎ払い少女に向かうはずであった攻撃は無理矢理に捻じ曲げられ、軌道が変わった斬撃は身体の側を通過しただけだ。
攻防が空くことは時間が経てば経つほどに広がっていた。
部屋を見渡せば疲弊した人々。
盾は壊れ剣は欠け精神力が尽きた魔導士は倒れ伏す。
攻撃が来ることもなく、まだ立つ戦士達も肩で息をし膝をつき少女がこちらから仕掛けなければ戦いが始まることはなくなった。
「もう終わりにしよう」
雷を宿すミラの気配がまたひとつ変わった。
小さな口を開き透き通る声が聞こえたかと思えば歌を紡ぎ始める。
『___同胞よ。還るべき場所、放つ場所に始まりはある』
迫り来る軍勢を無視して少女は口ずさむ。
『___己がある限りお前は絶えず。
お前がある限り己も絶えない』
自身に害を成そうとする者を一人一人を確実に刈り取る必滅の一撃。
恐れを振り切り走り続ける勇気ある者に送る最大限の敬意。
迷う事なき無慈悲は彼らの身を引き裂き世界との繋がりを断つ。目に見えるもの全てを飲み込み蹂躙する嵐。なのに一つの生命の終わりに少女は一雫の憐れみを添えている。
『その身から光を放て。共鳴せよ。迫り来る厄災、種の存亡を賭けた戦い』
四方から展開され迫り来る魔法を自身に当たるものだけを容易く切り裂き雷だけは喜んで食す。切り裂かれた炎からはその場から動く事なく受け流し立っている彼女の姿が見える。
圧倒的な個を前にして恐怖が押し寄せる。
少女もまた止まる事はない。
『即ちこれを持って己が一端、我が威光を示そう』
欠けたから天井から垣間見える。
自分達の世界よりも遥か遠く頭上より落雷が落ち始める。
「詠唱を止めさせろ!!」
彼女を中心に漂う膨大な魔素が才のない者にさえ姿を表し視認を許す。輝き七色の光を放つなんとも神秘的な光景、なんとも絶望的な光景だ。
数多の矛は降り注ぐ雷が寄せ付けず幾多の魔法は壁に阻まれた。
濃密な魔素の層に解かれやがて一部と成る。
半端な魔法は意味をなさない。
もう止まる事はない。
もう止める術もない。
手を合わせ添える。
一点へと集まる輝きは掌の器に引き寄せられる様に身を覆う魔素の層はその姿を球体へと形作る。
『迫る厄災、厄災を退ける風。その風は我らの存在を示す神風。風よ我らが災いをこの地から一掃する風よ。そして我らもまた自然に委ね自然と共にあらん
___我が名はルーツ』
膨大な魔力の球がミラに駆ける雷と共に弾け彼女を起点に広がった。
全身の毛が逆立ち肌はピリつく。
部屋一帯に広がる暴風は立つもの倒れるもの等しく薙ぎ払う。恵みをもたらす風は嵐へと姿を変えて今宵は自然が牙を向く。
それは中心から円形に広がる逃げ場のない範囲攻撃。
人や物の区別なく耐えきれない者は壁に叩きつけられ倒壊する壁の合間に吸い込まれると外へと弾き出される。宮殿の柱の幾ばくかはその衝撃に吹き飛び倒れると天井から降り注ぐは瓦礫の雨。
雨は地面にすがり耐える人々を容赦なく襲いかかる。
嵐吹き荒れる世界で人がそれらに抗う術はなく。
迫り来る自分よりも遥かに大きな質量に叫びながらもその最期の声は風にかき消え自分以外ついぞ聞こえる事はなかった。
戦闘の余波で崩れた瓦礫に至るまで電気を帯びた空間。そこは今まで感じたことのない新しい感覚と共に居心地の悪さを感じさせた。
「これで...もう最後の人になってしまったね」
「くそっ___クソがぁ!!」
あれだけ居たはずの人は僅か1人。その1人にしても身につけていた防具は崩れ去り傷の無い肌を探す方が困難。
まさに満身創痍。
しかしそんな状態だとしてもだからこそ矛先を向けなければならない時がある。
立っている事が奇跡。
ふらふらと足取り重く当初からは見る影もない歩みではあるが男は確実にそこを往く。
対して土埃を被り特徴的な白さをくすませた少女。自身に迫ろうとする血気迫り鬼気満ちる形相になんら臆することはなく。
しかし少女の手には何もない。
剣を防ぐ武器はなく、
丸めていた手を開き構えをとる。
その手先を曲げて力を込める姿はまるで動物のかぎ爪。そうして相手の動きに合わせるかの様に腰が僅かに下がり重心を低くする。
彼女の一連の動きは何故か肉食の生物が狩りをする時に見せる行動に酷似していた。
「楽しかった。それじゃあさようなら」
「グハァ...」
振りかぶった一撃を躱しその隙を決して捕食者は逃さない。
刹那の一撃が放たれる。
男と少女が重なる。
そうして男に似合わない細い腕が背中から姿を現せば、男は一度も手放すことのなかった剣を手放し、静かになった空間にカランと物が落ちた音が反響する。
剣を握っていた手は力無く振り子みたく揺れた。
身体を突き抜く手を引き抜けば栓が無くなった身体からは鮮血が溢れ出し腕から下は赤に染まる。身につけた服も例外ではなく。
___白一色の服に赤はよく映えた。
支えを失い生きものだったモノは少しすると地へと倒れ伏し最後の音を出し後は還ることを待つ存在へと形を変える。
すっかりも崩れてしまい瓦礫となってしまった椅子に腰を下ろしまた静かになった空間で少女は一人黄昏る。
香る血の匂いは鼻につくが気分を高揚させて心躍らせる不思議な気持ちにもさせる。闘争と戦場の残り香、それは快適で穏やかな堕落とはまた別の心地よさがある。
手につく血を嗅ぎその余韻に浸りながら少女はまた目を閉じる。今度はどんな夢を見るのだろうか?それは眠りについてからのお楽しみである。
「・・・今度はアナタなの?」
「ダメだったかしら?」
「別に...ただ意外だと思った」
今度は血生臭い戦場とは無縁であろう絶世の美を持った女性が訪れた。
「入っていいかしら?」
その言葉を聞きミラの目がフレイヤを貫くと直ぐに興味が無くなりその口からはぁ〜とため息が漏れる。
「いいわ。どうせ何もできないだろうし」
「ええ、なにもしないわ」
フレイヤはミラの反応に笑顔で返すと足元の亡骸を気に留めることなく真っ直ぐ歩いてきてはミラの横へと腰掛ける。
「汚れるけど?」
「気にしないわ。それに戦場の匂いは私は好きだもの」
鼻を寄せて頭に顔を埋めようとするフレイヤを振り払い距離を取るもののグイグイと寄ってきてはまた先程と同じ状態へ戻った。けれどフレイヤはそれから何をするわけでもなく大人しいまま。
「これからはどうするのかしら?ヘラ・ファミリアは崩壊して実質的な活動は終わった。形は無くもはや名前だけの存在だわ」
「区切りとしては良い機会かな?少し此処に居すぎてしまっていただろうし、これからは世界を旅して回るのもアリかもしれない」
「そう...寂しくなるわね。二人っきりで旅行に行きたいところだけど、ここを離れるわけにも行かないし...」
妙な感触が伝わり手元を見やれば手を撫でては絡ませ蠢くフレイヤの手は軟体生物かのようで。本人をチラリと一目すればさも当然とばかりにいつも通りの顔をしているのでもう無視して会話を続ける。いやその言葉通り一部分は落ち込んで寂しそうにしているが、それを含めていつも通りのフレイヤという感じであった。
セクハラが終わり手が離れるとミラもまた視線を手元から相手の顔へと戻す。
「まだ決まったわけではないよ。
次の世代の芽吹きだ。旅をするのはそれを見届けてからでもいいかもしれない。」
「お嬢さん。ちょっといいかい」
今日もかとため息が出そうになる。
最近、路地裏に入ればよく声をかけられるのだ。
なら次にどうなるかは想像に容易く。
そしてそれは昨日の焼き直しみたくほとんど同じとくれば、彼等の間で打ち合わせやその手のマニュアル研修でもあるのかと根も歯もないが考えてしまう。
少女は話しかけてきた男。
ずっと背後を着いてきていた者に振り返る。
「・・・なにか用?」
ニコニコと顔に笑みを浮かべるが男は何も喋らない。なのにゆっくりゆっくり止まることなく足は進み距離を詰めてくる。
目と鼻の先、
後一歩どちらともなく踏み出せばぶつかってしまいそうな所まで来ると頬にひんやりとしたものが当てられる。
「大人しくしてような。じゃないと痛い目見ることになるから」
「そう」
頬に当てられた短剣に視線を落としてまた戻せば次に男の舐め回すような視線が刺さる。
「コイツは上玉それにエルフだ。きっと高く売れるぜ」
「よく言われるわ」
そうしてよく笑われるのは何故だろう。
笑われる事は何も言ったつもりはない自分はただ事実を告げただけだ。
だから次にやる事ももう決まっている。
頬に電流が走り短剣を伝って男の身体が震える。
「ぁ___あ___ぎぃ__がぁぁ」
全身を駆け回る痛みに叫ぼうとしているのだろうが、しかし痙攣する舌が言う事を聞かず言葉にならない声が漏れるのみ。
まるでその場に縫い付けられているか足は動かず伝う短剣から手を離そうとするが手は離れず短剣もまた少女の頬を離れない。少女もまた同様に微動だにせず前を向いたまま動かない。
「あ...ぁ...ぁ」
ドサリと夜の静けさに似合わない物音が響き渡る。
それは男は地面に倒れ伏す音。
その身からは黒煙が立ち昇る異常な光景。
生きているのだろうか?
倒れ伏す姿からは生死を判別する事はできない。
いや、一言を発するも動くことも呼吸する吐息さえも男からは聞こえない。今もまだ生きているのか怪しい。
だというのに少女の顔は至っていつも通りだった。
人を1人殺めてしまったかもしれないというのに。
少女はこの一連の行いに何を思ったのだろうか?
「さっさと帰って寝よう」
それがこの場での最後の言葉。
淡々と誰に聞かせるわけでもない願望を口にして足元の男を避けると変わらぬ歩幅で歩いて行ったのだった。
支柱を失ったオラリオは荒れる。
均衡は崩れ数多のファミリアが闘争に明け暮れる。
隅には荒らされた大地で貧困に喘ぐ人々がいるというのに誰も足元の存在などには見向きも手を差し伸べず迷う事なくその手に武器を取る。
気に乗じて目障りな存在を還そうとする者。
戦乱する世をただ好奇心で駆け回る者。
そして今の世界が気に入らない者。
モンスターに人に区別の境目は曖昧になっていく。
すれ違った相手が気に入らない。
なにを血迷ったのかそれだけで向ける矛先を同族に向け、果たすべき宿命を放棄して悦に浸る。そんな争いが起こる異常な空気が狂気がこの地を支配していた。
光あるからこそ影がある。
悪があるから善は生まれる。
___だとするならば...
物語に紡がれる掲げられた正義と正義。
人の悪い癖はそこに意味を求めたがることだろう。
そんなものは他となんら変わらない。
きっと彼らも今を生きる事に
より良き未来の為に必死だったはずだ。
必死だからこそ自分の心に従って生きただけなのだ。だから助けを求める声に手を伸ばし、だから結果として多くの人々を安心させた。
これは正義の方向性の違い。
そして忘れてはならない。
__正義とは己がウチにある。
己に正義があると言うなら相手もまた己が信じる正義があるはずだと理解せねばならぬ。
何も心配する事はない。
どんなささやかな歩みでさえ足跡は残る。
大義の果ての前、
その道半ばで朽ちようとも。
紡いだ軌跡は確かにそこにある。
この世から消えようとも彼らの思いを忘れない。
途絶えた道を引き継ぐモノは現れる。
歴史とはそう言う物ではなかろうか?
そうして彼らもまた先人達に倣い世界の一部に、
生まれた場所へと還るのだ。
そしてここ、闇に惑う都市を救わんと。
世直しを行おうと悪を許さず虐げられる者たちを守ろうとする。
正義を掲げるファミリアの一つが現れた。
「ちょっといいかい。そう。そこのエルフさん」
・・・またか
やつらの目的は同じ。
昨日と違うのは話しかけてきた人攫いは路地を塞ぐ程の集団。その後ろには付き添いの仲間らしき人が見えていたことだろう。
一人なら静かに黙らせられるが、こんなに人が居ては騒ぎは避けられない。騒ぎはあまり起こしたくない。大概は通報を聞きつけた憲兵がやってきて面倒事に繋がるだろうから。
引き返そうかと翻せば壁にもたれ座り壁を背に寝ていた者まで起き始めて退路を塞ぐ。こちらは穏便に済ませたいというのに相手をして欲しいらしい。ならば黙らせないといけない。
「・・・はぁ〜」
目を閉じて気だるげにため息を漏らしつつ、仕方がないかと割り切りながらこんな時の為にと腰紐に縛り用意してあった木の丸棒に手をかける。
「ちょっと待った!!」
「なんだ?」
「ちょっと待て!!なんなんだお前は!!」
「こっちは取り込み中だ。そっちに行くな!!」
その声がしたかと思えば少女背後で何やら騒ぎがあるらしい。
「はいはい通してね。っと」
男達の間を割り開きミラの元までやってきたのは赤い髪をした女性だった。女性はミラの前に行くと背丈の違う少女に合わせて腰を屈めて目線を合わせる。
「もう大丈夫だからね」
「ん?」
何が?と思った。
だけど、その思いに応えるてくれる事はなく
女性はそれだけ言って今度は先頭に立つ男に向き直り彼等に対して故意に少女を自らの影に隠す。
「こんな子供に寄ってたかって大の大人が恥ずかしくないの?」
「お前は!?」
見覚えがあるのか男の顔色が変わった。
「ならさ、私が相手してあげる」
腰の鞘から剣を抜き刀身を男に向ける。
そして後ろで結ばれ纏められた目立つ紅い髪色は動きと合わせて
「こんな所、1人で歩いてたらダメよ。不届者達が襲ってくるんだから」
ボロ雑巾みたいにボロボロになった集団が揃って地面で眠る奇妙な光景を視界に入れず歩いていく。
時折り寝言みたいなうめき声が聞こえてきたりもするがそんな場所で眠る変態集団に声を掛けようと思う者は余程の物好きか。人気の無い路地を進む二人組は物好きではないらしい。
「知ってる」
「いえ、そう言う事じゃなくてよ」
人攫いは代わりに撃退してくれたが、それは結局付き纏う人が違う人物に変わっただけだった。
お礼は言ってある。
なのにまだ今も自分の後をついてくる女性。
「それにしても可愛い!!お人形さんみたい!!それに私、白いエルフの人なんて初めて見たよ!!なら尚更こんな場所はダメだね。うん」
相手をしなければ興味をなくして諦めてくれるか?と歩く事に専念していると、今度はこんな調子で一人で永遠と喋っていた。やっつけてくれた事は感謝しているが、だからと言って家に招こうとは思わない。
帰路が終わるまでに果たして離れてくれるかどうか?
・・・ダメだった。
結局最後までついてきた。
「・・・いつまでついてくるつもり?」
「もちろん貴方の安全が確保できるまでだよ」
疑念も迷いもなく真っ直ぐした目。
そしてどこかなにか意志ある瞳だった。
「ならもう大丈夫。ここが私の家だから」
指さす方には一つの教会。
最近建てられたのか周りに比べて真新しい建物である。
へぇ〜と女性は感心する。
神や信仰に関して好意的に感じる部分があるからだ。
そしてそんな徳のある職に携わる人を助けられたことに本当に良かったと感じた。
ガチャリとその扉を開き扉の間からは礼拝堂が垣間見える。疑っている訳ではないが、見た目通りちゃんとした教会らしい。
その住人であろう少女は全くといって聖職者には見えない。ならば彼女の親が勤めているのだろう。
これも何かの縁だろう。
この場所で祈りを捧げさせてもらおう。
「そう。なら好きにしてもらって構わない」
許可を貰おうと願い出れば答えたのは少女。
「えっと、、、お父さんやお母さんを呼んでもらっていいかな。流石に勝手に使わしてもらうのは...」
「そういう事なら気にせずに。だってこの家は私1人だもの」
「というわけで連れてきちゃいました」
「いや、何言ってんのかなあんたは?」
少女が連れてこられたのは一つの建物。
その扉を潜るなり視線が集まるのを感じた。
先程までは少なからず聞こえていた話し声は門を潜ってきた来訪者によって鳴りを潜める。
十人十色。
各々な様々な感情を乗せた視線に応える様に少女を連れてきた女性はそう言い放ったのだった。それに反射する様に真っ先に女性の声に答えたのは桃色の髪色をした短髪の少女。
少女とは言ったもののミラと比べると明らかに女性らしさを持った起伏を備えておりそこに集まる女性と相対的に比べて幼いというだけの、彼女も立派な成人女性。しかし背丈などの身体的特徴からミラよりも年上その横に立つ女性よりも年下という印象を与えた。
「この子にも事情があるのよ。そしてこんなか弱い女の子を正義の私が。いえ、私達が放って置くことなどあり得ない!!」
「あらあら団長さんの悪い癖。ま〜た始まってしまいましたかぁ」
でもその言葉とは裏腹に刺さる視線からはいつの間にかトゲは消え、好意的になにやら微笑ましいものを見る目へと変化していた。
どうやらこれは日常茶飯事の出来事らしい。
中断されていた空気は鮮度の高いそれを餌に隣同士また会話が弾み、いつも通りの時間へと戻っていけば時折り「団長さん」と投げかけられる問いに正々堂々と女性は答えて、、、
「ねぇ、アリーゼ」
グイグイと袖を引っ張りすっかり蚊帳の外、アウェー感しかない少女は連れてきた癖に無責任にも自分の存在を忘れて放置する相手にへと抗議を送ればアリーゼと呼ばれた女性はハッとして申し訳なさそうに謝る。
「ごめんごめん。えっとまだ夕飯の時間には早いから先にアストレア様の所に行こうか?」
少なからず見え隠れした部外者を刺す視線はもう無く、興味と好奇心に全身に晒される道をアリーゼに手を引かれてその場を後にした。
「ゆっくりしていって、こんな時代だもの遠慮する事はなくてよ」
案内された場所には1人の女性がいた。
輝かしい美貌と隔絶された存在感。
後光さえ幻視してしまうその姿は本人からの直接明言されなくとも神である事は間違いない。
少し話せば彼女が善性の者である事などは誰の目からも明らか。
そんな善神のアストレアが自分達の団長が原因とはいえ急に訪れれた来訪者を嫌な顔せず客人としてファミリアに招き入れたのはなにもおかしい事ではなく、当然の未来であった。
「それじゃあ神様にも挨拶したしで戻ろっか?」
「アリーゼ。この子と少し話させてもらえないかしら?」
「おっと、ウチの神様が珍しく好奇心に満ち満ちてる気が!!」
エルフを見つめる瞳はまさに興味深い物を目にした時の神。
悪神だろうと善神だろうと何処の出の神だろうとも。
どんな神であろうと自分の心を靡かせる出会いにはその時ばかりは同じ反応を示す。地上にはそれが溢れている。
「それじゃあ私はここいらで退散。アストレア様!!夕飯の時間には同伴でお願いしますね」
「ええ、わかりました」
扉が閉まれば初対面の二人が残られる。
「では改めて初めまして白いエルフさん。
私はアストレア。このファミリアの主神をしている者」
「私はミラ。別に私は話したいとはおもってないけれど、食事に招いてもらった身なら我慢する事にする」
能面。
そう思える程に白いエルフの顔色は変わらない。
別段それで困る事は少ない。
自分達は神だから。
でも今は神である自分が目の前の子が何を考えているか分からない。
「やっぱり」
抱いた疑問に何処か確信めいた声がつい漏れた。
実に不思議な子だ。
神である自分が人の心を読む事が出来ない。そんな事は生まれて初めての出来事だった。
「一ついいかしら?貴方は神ではないのよね?」
「そうね。アナタ達とは違う」
キッパリと断言する彼女を見てアストレアはただ頷いた。
アストレアはミラの言葉を信用した。
同族という線は未だ消えず、
彼女が神の身でありながら嘘をついたとすれば...
いや、それは悪魔の証明に違いない。
自分達には灰色の結果しかだせず平行線を辿る。
なのにアストレアは信じて疑わなかった。
理由は眷属が代弁している。
自身の眷属はミラに何も感じる事なくここまで連れてきた。その事実こそが彼女を神では無いと決定付けるに至る大きなピース。
何故か己達と似た様な神気を漂わせる白いエルフの子。それは何処か懐かしくしかしてか細く、今も消え去りそうな残り香だとアストレアに感じさせた。でも、彼女に対して地上の子であるアリーゼが何も感じないのであればそれはこの子が少し特殊な子なのだとアストレアは判断することにした。
それにエルフはオラリオでも数が少なく、ましてや真っ白なエルフなどは聞いたこともない。
神が興味を持たない方がおかしいレベルの出来事はこの出会いによって既に未知で溢れていた。眷属に差別も区別も無く正義と秩序を愛する慈悲深きアストレアとて神だ。垂らされたエサに思わず飛びつくのはなにも美の神だけではない。
「もっと話をしたい所だけど、そろそろ時間ね。みんなを待たせるわけにはいかないしそろそろ行きましょうか?」
スッと立ち上がり気品を感じさせる立ち振る舞いで自然に少女の手を取るとそれにはミラも呆気に取られる。
貴婦人の様な見た目から無駄の無い洗練された動き。
そこからは武の心得が垣間見えつつも気配はブレることはなかった。
彼女にとって特別凄いことではなくその動きは素なのだろう。
身体の一部になるまでに浸透した技術。
どれ程の研鑽を積めばそこに至れるのか。
なんでもない一場面ではあったが、冒険者が見れば自信を無くしかねない絶技。そもただの冒険者ではこの極地にすら気付くこともできないだろうに。それ程までに身に落とし込まれた振る舞いはごく自然的であった。
「さあ、行きましょう」
伸びてくる手が自分の手を掴んだ
「手を繋ぐ意味はあるの?」
「迷子になるといけないでしょ?」
神は違えどある種、彼女達がとる行動は酷似していた。
きっと彼女たちからすれば地上の子は己の幾分の1にも満たない歳月を過ごす小さな存在で。自らが親であるとするなら皆子供なのだろう。
隣の小さき歩幅に合わせアストレアは微笑みつつ待っているであろう子供達の元へとゆっくりと歩いて行った。