英雄の夜明け、古き時代の終焉   作:シャッチトムソン

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黒龍

 

 

「この先には何もないと聞いております」

 

滞在を始めて数日が経つ。身体も気候に慣れ始めて頃合いに少女は旅立ちの準備を始めていた。

 

「あるわ。この山々を超えた先に広大な大地がある」

 

指差す方向には少女が語るものはない。

こんな高地であってもあるのは漂う雲海と顔を出す大地の先。快晴であっても底の見えない山脈があるだけだ。

 

にわかに信じられない。

越えると簡単に言うけれども、一体どれだけの月日がかかることやら。なまじやる気と元気が湧いてくるのを無視して自分の身では無理だと告げた。

 

誰も寄せ付けない天然の城塞。

当時の人類が何故わざわざそんな場所を選びあらゆる全てを注ぎ繁栄を表したのか。現代人には理解できないことだ。

 

わからなくともよい。

知らなくともよい。

しかして繁栄を騙る者達の末路がそこにある。

 

天候を支配しようが、生態系を操ろうが関係ない。

禁忌を犯す罪人、手を伸ばしても永劫はなく慈悲もなく滅びは例外なく訪れる。

 

「大地はシュレイド。名はシュレイド王国、人の欲望の果て」

 

聞いた事はない。そもそも国なんてあるのすら知らなかった。この都市にやって来る者は多いが、彼等の口からもそんな言葉が出た事は一度も無い。

 

「あそこに人はもう居ない。滅んだ都市に残ったのは業。自然に消える事はない罪科の名残り。それだけよ」

 

淡々とした物言いに反してその瞳に宿る思いは今まで以上の熱量を感じる。

 

___その地になにがあるのか?

 

神様が出向くのだ。それだけの物があるのは分かるが神様が求めるものとはなんなのだろうか?

 

滅んだ町。遺跡などを思い浮かべると真っ先に思いつくのは価値のあるお宝や歴史的な建造物。神様と縁がある場所なのか、それとも冒険者らしいからやはり金品の類いなのだろうか。考えがまとまることはない。

 

「神様のお言葉は難しいです」

 

「人類風に言うならそうね。家族に会いにいくの」

 

微笑む少女のそれは微笑み。

一度拝めば積み重なる議題も瞬く間に離散する。紛う事なき女神の祝福。神への信仰を馬鹿にする人種は無礼にも存在する。そんなやつらもエルフと同じものを見て感じればきっと考えを改めるだろう。

 

信仰は出自も生まれも関係ない。

誰にでも許される道なれば。

 

白いエルフは明日の日にこの町を去った。

同行する事は叶わないが、せめてこの地で祈ろう。

エルフは背に何度目かの祈りを捧げるのだった。

 

 

 

__町を出ればすぐにも山だけの光景が帰ってくる。

人たくさんいたのに嘘だと思える変貌ぶりだ。自然の雄大さと人の小ささか。少女の歩みは止まらない。

 

遙か遠くの雲も目の前にある。

手で触りすくってみるけれど、すり抜け触れる事は許されない。そのまま中に入れば視界を覆い雲はその身に纏い付く。遮られた中、足を前に出せば何もないので元の場所に戻すの動作を繰り返し進むしかない。山道は狭く足を踏み外せばこの高さ命はない。辛うじて見える足元を頼りに歩いていくだけだ。

 

単調な光景だ。

白一色、自分のいる場所もわからない。さっきまでいた場所はどこなのだろうか?定かではない。戻るか進むか2択の問いを常に迫られても少女の判断が変わる事はない。

 

雲の層を抜け晴れる頃、山脈の合間に平らな大地は広がる。

 

森が生い茂るその中にある瓦礫群。

侵食されてわずかに肌を晒した人工物達。

シュレイドの地を隔離する様に張られた結界を難なく乗り越えて少女は進む。

 

上から咆哮が聞こえるのは翼竜同士が縄張り争いをしているからだ。しかし自由に駆け回る翼を持ちながら翼竜達は都市の中心を避け近寄ろうとはしない。森の中から感じる視線は獲物を狙うそれだ。鬱陶しいので視線を合わせてやれば遠のいていった。ここら辺は人間と違って物分かりが良くて助かる。

 

 

さて、空から舞い降りた天女の話を知っているだろうか?女性の形をしたその存在は空から来たり山へ降りたったとの記録が極東に散見される。人の目に触れた時、隔絶された容姿は村人の目に止まり語り継がれる。

 

不透明で不確かな妄想と揶揄する群衆もいるが、一つの物語としては親から子へと楽しまれた。しかし近年、神という超常の存在が世界で明らかになってくると眉唾も伝承も地に足がつく。もはや表立って疑うものはいない。神は存在するのだと神自信が証明しているのだから。

 

人の世を脅かす悪魔だと既存の教えを教祖は説く。

しかし信徒は減り勢いは弱まる一方だ。

 

それもそうだ。

存在しないモノをありがたがるより実在するものを信用する。何もおかしいことではない。

 

真名こそがモノに意味を与え、

信仰こそが神を神たしめる。

 

__信仰とは既知。

___既知とは普遍。

____天女は真名。

 

滅びとは生にまつわる事のみでは不完全だ。

本当の滅びとはこの世から名を忘れられた時。

 

 

「懐かしい。私も変わらないけど、アナタ達もあまり変わってないのね」

 

森を抜け木々はなくなり緑に隠れた都市の亡骸が顔を出す。人の気配はない。ここは人に作られ人に忘れられた場所。

 

これまでの道のりとは違い廃墟ではあるが、都市としての名残は見られる。足元の土は規則正しい石に覆われ足がとられることがない。だが、そり立つ壁の門は崩れ落ちて意味をなさない。欠けた城壁を潜りその先へ、都市の中心に。

 

少女は鼻をヒクヒクと動かす。この匂いは火薬。至る所に置かれた筒から発せられた匂いが鼻を刺激する。

 

目指す先の城は目と鼻の先にあった。あの場所が目指していた旅の終わり。ゴールを前にやっと足は止まる。そうして少女は見渡し声をかけるが人はいない。かと言って代わりに物が返事をしてくれるわけがない。なのに少女は語りかける。

 

目を引くのは城門前に守る様に建造された数多の大砲と弩砲。何より目を引くのは城壁に内蔵された二対の大槍。全てを寄せ付けない鉄壁の守りがあった。

 

それは同族に向けるにはいささか過剰ともとれる設備だった。弩砲や大槍に至っては人に対するサイズではない。それ程までにこの城は重要な場所だったのだろうか?当時を生きる者はおらずその真意を問うことは出来ない。

 

だというのにそんな城の誇る兵器は前に建てられた防壁に阻まれていた。

 

城壁と違い明らかに急造された不完全な壁。

乱雑に石を積み立て丸太や木材を縛り上げた壁や高台。

 

滅びを示唆させる城には矛盾が浮かび上がった。

この都市は戦わず滅んだのだかと。

 

そうじゃない。

この地に充満する香りは確かな戦いの痕跡だ。その末に彼らはこの選択を取った。戦う意志を捨てて嵐が過ぎ去るのを待った。その行く末がこの名を失った大地。どちらが正しかったなどと野暮な質問はしないでおこう。我々に出来ることはこの地で起こった出来事を受け止め前に進むことくらいなのだから。

 

少女の感慨深い表情が鳴りを顰めると探索は再開する。広場を一周し城壁の上から見下ろす。城の中まで調べるが少女が止まることはない。

 

「あの子どこいったんだろ?」

 

てっきりこの城が気に入ってた節があったからここに住み着いたとばかり思っていたが居ないという事は違うのだろう。他のモンスターと違って狩りをして空腹を満たす理由もない。

 

そうして地面に置かれたある物に気づくとようやく己の間違いに気づいた。そっと手に取り確かめると間違いない。視野を変えてまた回ればその考えは固まった。

 

「ここを野営地にしていたのね」

 

落ちていたものをできる限り一箇所に集め選定する。

 

出来上がる小さな山。

ガラクタの様でしかして見るものが変わればお宝にもなる。傷だらけの武具、持ち主の手から離れたそれらはオラリオでも一級品の数々だ。欲しがる者はきっと多く、その対価に巨万の富を得ることも可能だろう。

 

それら全部を持ち帰ることは自分1人では到底成し得ない。こういうのは不得意だが、出来る限り彼女の性格に照らし合わせて試行錯誤していたその時。

 

___ギャオオオオオ

 

鳴き声が聞こえた。

連鎖してけたましい爆発音が響く。鳥が一斉に羽ばたき森は動揺から揺れる。音の主は山だ。山が土煙を伴い噴火するのが見えた。起伏する大地からは溶岩が噴き上がり地表を焦がし垂れ落ち流れる。まるであの声と山が共鳴しているようで。

 

少女は城を飛び出す。

悩んでいたのが嘘みたいだ。

 

赤く染まる山、自分だけでは満足せず周りを作り変える人が抗うことのできぬエネルギー。自然の脅威の一端。全てを食し平らげ飲み込む大いなる本流と交差するまでに時間はかからない。

 

 

燃え上がる大地は熱を伝導し立つ者を焼く。ドロドロと胎動する液体に触れれば骨すら残らない。満ち満ちたエネルギーは余波だけでも皮膚を焼くが、そんなもの少女は恐れない。

 

火山のふもとに見え出した大きなナニカ。

岩石にしては複雑な構造はガスの霧は近づくにつれて晴れ露わになる。

 

直立不動、飛ぶ為の翼と伸びる尻尾は生物。顔つきやフォルムからダンジョン内で生息する竜種と似た特徴を併せ持ち、長い首を丸め翼を畳みとぐろを巻く尻尾。それは二足で立ちながらも石像みたく硬直し目を開けず微動だにしない。

 

得体の知れない存在にミラが不用意に近づいたその時、一瞬だけ身体の制御を失った。そして全身を揺さぶる衝撃と痛みが襲った。

 

ミラは山肌へと叩きつけられていた。

体の一部はめり込みなんとか埋まってしまった手を引き抜く。

 

 

閉じた片眼は開眼する。丸めた胴体は広がりより大きく、大きな翼は空を覆う。長い眠りから覚めるようにゆっくりとその身を起こす。

 

特徴的な長い首が第一に印象を決定付けた。

それは伝承やお伽話に出てくるドラゴンを忠実に再現したかの様で。

 

その種はオラリオでも聞く。

しかして目の前の存在は冒険者が出会ってきたモンスターとは別格。

 

別の次元からやってきたとさえ思える。

それこそ本の頁からおとぎの世界から。

 

 

口に広がる血の味。

右手はブラリと垂れ下がり使い物になりそうにない。久しぶりの再会ではある。それにしてもこれはちょっとやりすぎだろうに。そんなに嬉しかったのだろうか?そう考えるとミラも嬉しく思う。

だが、異変に気がついた。

 

不意の攻撃で与えたダメージが凝り固まった頭の潤滑油となり柔軟に動かす。開かれた眼に宿っていた感情は憤怒。

 

全身に纏う黒曜石の如き鱗は赤褐色に生え変わり彼女の知るモノとは一致せず、しかして片眼は英雄譚の通りに失われ、別の存在かと思案してはあの子は自分の探していた子だと再認識する。

 

___ギャオオオオオ

 

 

自然は怒れる。

火を吹き噴石が降り注ぎ、内にある激情を。

 

__怒れ怒れ怒れ

 

ミラにも声がきこえる。

身体も痛みを訴えてくる。

 

されども燃えたぎる世界に置いてミラの表情は平日と変わらない。

これは世界の意思ではなく、個の意思に引き出された歪み。やがて歪みは大きくなりて大地を割り海は飲み込まれる。憤怒は広がる。青き空から差す光は黒煙が覆い尽くすだろう。

 

その果てに待つのは暗黒。サイクルは崩れ、死だけが蔓延する星の終わり。終わりはいつの日か訪れる。でもあいにく星の終わりは今ではない。

 

「再会だと言うのに残念。役目を放棄するなんて許さないわ」

 

ミラは戦闘へと意識を切り替える。

一対のエルフと一対の龍。世界の端、誰も預かり知らぬ所で神が望む決戦が始まろうとしていた。

 

 

 

ミラの手から光が放たれる。

光線は龍に当たるが光は鱗にあっけなく弾かれる。返しとして放たれた火炎は石を一瞬に溶かす獄炎。人の身が受けたら最後、一瞬にして蒸発する代物を受けるわけにはいかない。電気を纏うミラは火炎が放たれた事を認識するなり回避行動に移る。

 

身体を沸る熱に呼吸が荒くなる。空気も悪い。岩の隙間から漏れ出るガスを吸い込めば咳を伴わせる。おおよそ人が活動できる環境ではない。それと合わせて最初から常に全力をだしているであろうミラにとってこの状況が続くことは芳しくない。損傷した肉体、相手に目立った外傷がないのも相まってこのままではダメだと、次の手を考えざる終えない。

 

速度はこちらに分があるか?

直接の戦闘は避け翻弄するように立ち回るが魔法の源たる精神力は有限、使い倒せばタイムリミットはそれだけ縮まる。その場に落ちる剣を拾い隙を見て切り込んではみたものの、あの鱗は何も寄せ付けない。刃が欠けただけのただの焼き直しである。

 

ならばと地面に刺さる槍の一本を手に取り構えを取る。槍が形を保てるくらいに魔力を込めれば槍が手を伝って電気を帯びてゆく。

 

龍がそれを見て行動に移るが一歩遅い。ミラの手からは槍は離れている。

 

投擲はもう済んだ。ならば力に従い意思も無く真っ直ぐに進むだけ

 

あまりの速度に光の矢と化した槍が原形すら保っているのか確認することは不可能、加速度的に増す速さにその槍に内包された威力は計り知れない。

 

雷速の槍をこの距離で避けることは神技に等しい。故に見事に標的を穿つ。槍は爆ぜて衝撃波が起こり槍先は鱗に弾かれることなく突き刺さった。

 

確かなダメージを負った龍が怯み白いエルフを脅威と認識するのは不思議なことではない。その場から動くことが無かった山が動き始める。

 

龍頭を天に上げて叫び声を上げる。

夜明けはまだ訪れない。

 

 

 

___ある都市が一夜にして地図から消えた。

 

雨を自在に降らし畑を実らせ雷や炎を用いて外敵を追い払う。気候すら思いのままに操り、無機質な心を持たない物を生み出し翼を手に入れた。遥かな空さえも彼らは手中に収めたのだ。

 

暮らしを豊かにする為の行いはやがて変わる。

 

__雷の起こりを知った

 

___炎の意味を知った

 

____風の凪を知った

 

_____雨の故を知った

 

__甘美を知った者に終わりはなく

 

例え一時の潤いを得たとしても癒える事のない渇望の渇きに喘ぎ苦しむ日々を繰り返すだけだ。底の無い暗闇の下を求め求め求め続け、己が真だと、世界を解き明かしていると、そんな慢心した欲が変異するのにさほど時間は掛からなかった。

 

その結果こそシュレイドという地。

この世の全てを覆い尽くさんと禁忌に触れてしまった末路として当然の結末であったのだろう。

 

 

「ダメ押し負ける」

 

雷と炎が拮抗するが少女の顔色は依然として冴えない。

 

行き場を失い弾かれ飛び散る残滓が大地を削り取り地形を形作る。少女を知ってか龍の口から放たれる炎の勢いが一段と増すと呆気なく拮抗は崩れ去る。

 

このままでは埒が開かない。

少女と龍とではあまりにも力の差がありすぎた。

 

いずれ業火に呑まれる事は必然。ならばと少女は行動を移す。上に上がらない、使い物にならなくなった残されたもう片方の手で真下に雷を、その衝撃で宙に浮かび上がると自身が立っていた場所は火の海である。

 

唸る大海、沸き立つ莫大な熱エネルギーが視界を屈折し妨げる。赤く染まり荒れ狂う波は底に足を付くことを拒み続けるだろう。逃げ場はなく骨も残さず芯まで溶かす紅蓮の海が口を開けて待っている。

 

地表を覆う海には逃げ場はない。

いやある。

 

龍から広がる扇状の炎はその性質上、根本まで海が広がることは無い。即ち龍頭。今尚、放ち続けることで明らかな隙さえ伺えた。だとしても少女は宙にいる。翼はなく空に見放された堕ちるだけの存在。

 

少女は思考する。

これからどうするべきかを

 

龍の辺りを観察しても何も変わらない。

進展はなくこの状況を打ち破れるとすればこの身に与えられた最後の魔法にして第三の魔法に他ならない。

 

起死回生の一手。

だというのに少女の表情は優れない。それでも少女の事情がどうであれこのままこうしていればいずれ火の海に真っ逆さま。溶けて消えるのがオチとなる。その事実の前では葛藤の大なり小なりは些末でしかない。

 

人生は選択の連続だと言う。その言葉を借りる様に少女の前にも確かに道はある。目に見えない運命と呼べる誰にも本人さえも視る事の叶わない漂う透明な道だ。己に選択の道はあれども今、目の前にある分かれ道は行き止まりばかり。

 

先の見えない道は一つ。

明日を望む思いあらば選択は無い。

 

「しょうがない、よね」

 

光は少女を包み込む。空に浮かんだ眩い光は目を覆う光量をそのままに徐々にその体積を増やし増やし続ける。集まる光は次の瞬間、一点へと直進した。光の尾を引いて目にも止まらぬ速さで風の余波を周りに撒き散らして。

 

その刹那、羽ばたく音が聞こえた気がした。

 

「いいかげんにしなさい」

 

龍のアギトは叩きつけられた。

己の意思ではない別の意思によってその下にあった地面へとめり込む。上からの衝撃に凹む地表からその威力は計り知れないけれども、喰らってもいない者でも絶大であると想像する事はできた。

 

 

龍が怯み口から炎が途絶える。

源流を失い海は消え、覆われた場所からは爛れた皮膚が顕になる。この世の地獄とはこの事か。通った地表は草の根一つ無い不毛の地、あったはずの岩や鉱物を丸ごと溶かし沸き立つマグマだけが残された極地。いまだ火山は噴火し生物が住む為の要素とは真逆に位置したこの極限環境はそこに身を置く龍によって作り出されたとも思えた。それほどまでにその存在は異質だった。

 

突拍子も無い考えだとも。そしてそんな存在がいるとすればこの世のパワーバランスなどあったものではない。全てはそれらの匙加減、気分次第では多くの生命が奪われる。たがしかし元来、自然とはそういうものではなかろうか?それに環境さえも変えうる存在を我々はとうに知っていたはずだ。古龍と名付けられた人智を超えた超常的存在を、到底理解する事の出来ない自然の権化を。

 

他を隔絶する力は孤独にさせる。

人であろうとモンスターであろうとも、大きすぎる個が同じ輪の中に入る事を他が許さない。集団を成し社会を形成するからこそ大いなる力は災いを呼び寄せる火種。許容されるとするならば...入るのではなく輪を管理する機構、時にそれは長であり主であり王であり神にもなるだろう。そうしてその地位に座る者に求められるのは協調ではなく孤高だ。

 

王とは特別だからこそ王足りえる。

凡人に仕えようとだれが思うものか。自分達に成せない事をやってのけるからこそその背に焦がれる。故に王は孤独だ。見据えるその視点は共感されようとも理解する事は叶わない。憧れは幻想、叶うとすればそれは同じ領域に立つ存在に他ならない。

 

龍が起き上がる。

目立った外傷はなかった。あの一撃を待ってしても無意味なのか。

 

龍頭が上がりきると口を開く、牙の隙間からは焔が零れ落ちる。目の前の獲物を前に滴らせた。少女を食すとでもいうのか、頭だけでもミラの背丈越す巨体は迷う事なく小さき者に向ける。

 

抵抗はなかった。

進み寄る圧倒的な存在を前に心が折れたか?

足がすくみ動くことさえままならないのか?

 

見据えたままその場を動くことはない。

いや、そんな事はこの際どうでも良いだろう。

 

どちらにしろ受け入れたものに結果は変わらないのだから。一つの生命の終わりがこの場所というだけ

 

 

・・・その後はそれまでに反して何も起こらなかった。

 

少女に迫る牙が歩みを止めていた。

だとしても身体はその口の間に挟まれたままだ。ここからそのくねらせ横になった龍口が少女の身体を引き裂くのも丸呑みにする事などは容易い。

 

視線を落とせば丁度自分の頭の下に来た視線と目が合った。怪物と少女が交差する。それになにを感じ取ったのか?少女は未だに眼差しを気にもとめずにそっと手を伸ばし隣にあった顎に置くと撫でる。

 

「やっと目が覚めたの?お寝坊さんね」

 

 

 

龍の雰囲気が変わった。

理性のある眼は顔を下がらせ拘束を解き、自らよりもはるかに小さいエルフに合わせて低く低くこうべを垂れる。エルフの頭よりも低く地を這う様になる。敵意は見られない。しかしその巨大から放たれる威圧感は小さな妖精に従う姿であっても健在。だが、刺し刺される感覚はもう無い。

 

少女の雰囲気が変わった。

その時になってようやく張った表情筋が緩められ頬もつられて緩む。

 

 

 

熱い視線だ。

少女から龍に向けられる感情は信頼のみ。

怯えはなく、ここまでミラが心を許すことを見たことがなかった。

 

人の世界で暮らし続けてきた少女はどこか人に対して壁があった。仲間であっても家族であっても神であっても。誰が相手だろうと、寝屋を共にし親しくなっても足下に引かれた一線、踏み込ませる事のない境界線が。

 

その一線が龍と少女の境には見られない。

人畜無害なエルフと頭を撫でられ目を閉じされるがままの人類が越えるべき最後の到達点。どちらが上でどちらが下など問うまでもない。それでも寄り添い支え合うのは___

 

___人の言葉で表すならそれを家族とでも彼等は表するのだろうか?

 

 

「アナタを見てビックリしたわ。その姿どうしたの?」

 

少女は心底驚いた様に質問する。

顔色は変わらず声質も変わらないけれど。

 

少女が記憶しているのは漆黒。全ての始まりの白と対を成す全てを飲み込む終わりの黒。今の赤黒い鱗は似ても似つかない。

 

こうして互いに分かり合えるから疑問は深まる。こうして触れ合えば理解できる。この子は自分の知っている子で間違いないからこその謎。

 

「そうだったのね」

 

その謎も簡単に解ける。

言葉を交わさずとも理解できるなら当然だ。

 

人は外見で判断しがち。それもこれも中身を透過させる手段がないから故に相手を疑う気持ちが生まれる。どんな聖人だったとしても言葉を繕って受け入れても相容れない存在はある。だからといって互いを丸裸にできる手段があったとしても人が分かりあうことが出来るとは少女は思えなかった。

 

それならそれで別の問題が生まれるはずだと。

まあ、それが面白く可愛い所でもあるのだがそれは置いておこう。

 

まずはこの荒んだ世界を直さないといけない。

身体も限界でキツい。

 

「ねえ、この場所元に戻してくれないかしら?

私?私はあまり力を使いすぎると後々響くから、だから代わりにお願い」

 

意思を汲み取り龍は空に向けて火を放つ。

火の柱が上がり雲に届くと厚く光を閉ざしていた雲は弾き飛ばされ世界から光が差し込む。咆哮は地を轟かせ火山の活動が止まる。もはや二つの生命しか存在しない世界の端は久方ぶりの静寂を迎えた。

 

「お利口さんね。いい子いい子してあげる」

 

___いいこいいこ

 

そうして頭をただ撫でられる龍には戸惑う気持ち。それともう一つ内を温める心地よさが生まれる。孤高であり孤独であり続ける事を強いられる究極の生命体は切り捨ててきた筈の暖かさを少女から供給される。これは少女にしかできない彼女の役目だろう。また一つこうして世界の終わりが延命される。

 

「いいでしょこれ。人種に教えてもらったの」

 

やってる側も満更でもないようだ。

少女は嬉しそうに何度も何度も撫で続けた。

 

 

 

エルフは空を渡る。

翼を持つ者に跨り空を駆ける。

目指す場所は龍の棲み家である古城。

 

 

その姿は壁画に描かれた伝承の再現か。

 

そう。

エルフの民が誰でも知るあの神話。

 

世界は焼かれる。

森は燃えて水は干上がる。

枯れた大地は草さえ生えることがない。

その身に余る欲望の果てだ。

 

__エルフも直面する滅びに対抗する為に力を欲する。

 

圧倒する機械には既存の生半可な力は通用せず、同胞は多くが亡くなった。最後の寄る辺として1人のエルフは古くから伝わる大いなる力を求めた。それさえあれば自分達は救われると信じて自然の存続を優先した。

 

何かを得ようとするなら何かを捨てなければならない。この世の真理の一つ。

 

__エルフは巫女となる。

 

力を得た巫女は迫る脅威全てを払い除けた。

二の翼を持ってして文明が滅亡する時まで守り続けた。

 

平穏が訪れると巫女はその地に新たに里を作った。多くの子を成し彼等の唯一の里を繁栄させたとされる。後の世の王族の祖先達だ。

 

 

___巫女はいつの日か森へと消えた。

 

巫女が共に暮らすことはもう無い。

巫女は昇華されたのだ。

 

高位の存在となった天上のエルフがこれまで通りの営みが出来るわけがない。彼女の真意を知るエルフはいないけれど、彼女の選んだ道は仕方がないのかもしれない。しかし分かたれたとしても関係が潰える事はない。次にその身を表す時は危機に瀕する時、エルフ達に危険が迫ると必ず下界に降りて脅威を払った。

 

 

___巫女はいつしか神となった。

現代でも崇められる妖精神の誕生である。

 

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