――トレセン学園には謎に包まれているウマ娘がいる。
人であれウマ娘であれ、大小の差はあれど隠しておきたい秘密はあるものだ。通常であれば、そういうものだと思って気にする必要はないだろう。
だが、そのウマ娘は何もかもが謎に包まれていた。そのウマ娘はトレセン学園の理事長である秋川やよいが連れてきて、ある日ふらりと転入してきた。しかし、学園に在籍するまでの経歴が一切不明、住んでいた場所、地域、果てには国までもが分からないという始末である。
加えて、見た目もかなり目を惹く。あるウマ娘のようにとんでもない美少女だから、などという理由ではない。体格こそかなり大柄で170cmは超えているだろうそのウマ娘は、常に制服の上にフード付きのパーカーを羽織っている。それだけならまだいいだろう。
だが、顔が見えないように目深にフードを被っているのだ。それも常に。片時も欠かすことなく。さらには制服の時だけではなく練習でジャージに着替える時もそうだ。1人で着替えに行ったと思ったらフード付きのパーカーを羽織ったまま現れる。さらには、余程顔を見られたくないのかフードの下には常にお面を被っている。そのため、彼女の顔を見たものは誰もいないという噂も出ていた。辛うじて分かるのは、彼女の尻尾から赤黒い髪色をしているという点と時折お面の奥から覗かせる瞳の色が金色である、ということだけである。そうまでして顔を隠す理由は、分からない。
さらには彼女の生活態度も目立つ。誰かに絡みにいくようなこともなくただ1人で物静かに過ごしている姿が良く学園内では散見されている。それを見て何人かが声を掛けようと思ったのだが、行動に移す子は少なかった。それにもちゃんと理由がある。
彼女は時折、虚空に向かって独り言を喋るのだ。そこには誰もいない、だが彼女はそこに誰かがいるように話しかけている。
『……うん、そうするつもり。今日は、魚の気分』
『……まだ、待ちの時間。機が熟する時まで、待ち』
『……チーム、ヤバいね。まぁ、何とかなると思う』
こんな調子は、勇気をもって会話に行った時も同じだった。
『きょ、今日はいい天気だね!』
『そうだね。あなたもそう思うでしょ?……え?どうでもいい?そんなこと言わなくてもいいんじゃない?』
『だ、誰に話しかけてるの?』
『うん?あぁ、気にしないで。こっちの話だから。……そんなことよりさっさと帰るぞ?せっかく話しかけに来てくれたんだから。そんなこと言うのは、よくない』
そこには、確かに誰もいないはずなのに誰かがいるように話しかけている。話しかけに行く側とすれば恐怖でしかないだろう。それでもたまに話しかけられているらしいが。
じゃあレースの成績はどうなのか?という話になるが、これがまた強かった。理事長が直々にスカウトしてきた、という触れ込みがあったので期待している人がたくさんいたのだが、その期待に応えるようにそのウマ娘は勝っていった。否、勝ち過ぎた。
出走するレースは全て大きな差をつけて勝つ。最低着差は8バ身。メイクデビューに至っては、後続が3秒も離されるというでたらめな強さを誇っていた。あまりの強さから
「あの
なんて言われるほどである。
そのレースも衝撃的だ。体操服の上にパーカーを羽織ってお面を被る普段の生活となんら変わらないスタイル。勝負服でさえもフードのついたコートを着ているのだからかなり徹底している。
そんな彼女が見せるレースは、展開も何もあったもんじゃない。ただ先頭を突っ走って、そのまま後続を突き放して勝つ。スタートだけは苦手なのかよく出遅れていたが、出遅れようが関係ない。すぐに先頭に立ってそのまま逃げ切る。他のウマ娘は、そんな彼女の後を必死に追うだけだ。その強さは、かの
総じて、そのウマ娘は謎が多かった。学園入学以前の経歴が一切不明、親兄弟・姉妹がいるかどうかさえも分からない、常にフードとお面で隠しているため誰も彼女の顔を見たことがない。そのレースっぷりから本当に存在しているかさえも疑わしい。確かに存在はしているのだが、アレは自分達が見ている幻か幽霊ではないか?という話も上がるほどだ。その話に尾ひれがついていき、虚空に向かって話しかけていることが多々あるということが判明してからは彼女は向こう側のウマ娘なのではないか?幽霊が現実の世界に干渉してレースに出走しているんじゃないか?なんて与太話も生まれていた。普通であれば笑い話で済ませられるような話だが、そんな与太話が生まれるぐらいには彼女の存在は謎に包まれていたともいえる。
以上の経緯から、そのウマ娘は彼女自身の名前になぞらえてこう呼ばれていた。
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これは、亡霊と呼ばれた少女がスピカと呼ばれるチームで過ごしていくお話である。
多分こっち優先に投稿すると思います。もう一つもできるだけ投稿しますが。