──夢の中、赤黒い髪のウマ娘……私は草原で走っている。ただ、今の私よりも大分幼い。小学生ぐらいの頃だろう。
『ハッ……ハッ……!』
走っているのは私だけじゃない。他にも数人のウマ娘と一緒に走っている。5人か、6人程だろうか?私はその集団の先頭に立って、さながら行列を形成するかのように走っていた。
ゴールに着いたのであろう。私は両手を上げて喜んでいる。そして、他の子達も次々とゴールしてきた。そんな他のウマ娘に対して、私は笑顔で告げている。
『へへーん!まーたおれのかちだな!』
『うるさいわね!つぎはあたしがかつんだから!』
どこか見覚えがあるような、オレンジ色の髪のウマ娘と楽しそうに話している姿が見える。夢の中の私も、楽しそうな表情を浮かべていた。
景色が変わる。
今度は、いくらか成長した私がコースで走っている。当たり前だが、今とは違いお面やフードで顔を隠してはいない。数人のウマ娘でレースをしているようだが……私の強さは圧倒的だ。独特なフォームかつ圧倒的な速さ。他を寄せ付けない、まさに抜きんでた走りで勝利を収めた場面が見える。
『ッしゃあ!俺の勝ちだ!』
私は、勝って嬉しそうな表情を浮かべていた。今とは、違う。今の私ともう一人の私は……勝っても笑顔を浮かべることなんてなくなったから。
景色が変わる。
……あのレースから、いくらかの時が過ぎたのだろうか。季節は移ろいで、春から秋に切り替わりそうな頃、夏の終わりぐらいか?私は、周囲から怯えの混じった目線を向けられていた。
『なぁ?俺と……』
『ご、ごめんなさい!あなたとは走れない!』
『……まだなんも言ってねぇだろ』
明らかに避けられている。そんな私の様子だった。理由は……分からない。ただ、周囲から怯えられているということだけは分かった。
景色が変わる。
成長した私と、成長したオレンジ色の髪のウマ娘。小さい頃からずっと一緒だったであろう2人が、レース場で対峙していた。そして……2人のレースが始まる。だが……。
『ハァ……ッ!ハァ……ッ!』
『……』
それは、レースというにはあまりにも差があり過ぎた。蹂躙。そう呼ぶにふさわしいであろう結果だ。膝に手をついて、荒々しい息をしているオレンジ髪のウマ娘とは対称的に、私は……余裕綽々といった様子で佇んでいた。
私が、オレンジ髪のウマ娘に話しかけに行く。ただ、私の言葉を聞いてオレンジ髪のウマ娘は信じられないとばかりに目を見開いていた。
少しばかりの口論。だが、あの時とは違う。明らかに……敵意を向けられていた。私は、困惑したような表情を浮かべている。
そして……オレンジ髪の少女から、はっきりと告げられる。先程までの、ノイズがかかった声ではなく、はっきりと、私にも聞こえる声で。
『近寄らないでよ化物ッ!』
その言葉を聞いた瞬間、私の中の何かが崩れ去る。そして……私の意識は暗転した。
「……また、この夢ですか」
目が覚めたら自分のベッドで横になってました。私です、ファントムです。誰かに化物呼ばわりされる夢とか新年早々見る夢ではないと思うのですが。初夢がこんなんでいいんですかね?まぁ見るだけで体調不良が確定する悪夢よかはるかにマシなんですけど。
私はとりあえず目元をぬぐいます。やっぱりというかなんというか。
「……涙を流してるのもいつも通りだね」
目からは涙が。それだけ悲しい夢なんだと思います。全然見覚えがありませんけど。
それにしても、少し前からこの夢然り悪夢然り見る頻度が増えてきました。一体どうしてなんでしょうね?どういうことなんでしょうか?そこんとこどう思います?私。
”……さぁな。とりあえずさっさと忘れちまえ。所詮は夢の出来事だ”
「……ま、そうだね」
さっさと着替えて自主トレでもしますか。夜はスピカのメンバーで神社にお参りですし、今のうちにできることはやっておきましょう。
というわけで、現在時刻は日も暮れた夜の時間。スピカのみんなと神社に来ましたよっと。出店もいろんなものがありますねぇ。なんか適当に買って適当に過ごしましょう。願掛け?私は初手で済ませておきました。なんてったって……。
”……フン”
もう一人の私が滅茶苦茶不機嫌だからですねはい。いつものことなので最早気にしませんが。
「よーしっお前ら、願掛けに行くぞー!しっかりと厄を祓わないとな!」
「おー!」
「今年は厄が溜まってるからなぁ。テイオーはダービー以降怪我で出走できず仕舞い、マックイーンに関しては秋の3冠で……」
あー、そんなこともありましたね。マックイーンがトレーナーの後方で凄い睨んでますけど、確かにアレはビックリでしたね。
「……秋の天皇賞は降着、ジャパンカップはともかく、有マ記念は1着の子に届かず2着。あの時のマックイーンの表情、凄かったね」
「本当だぜ。あの時のマックイーンの顔を見てたら、厄祓いもしたくなるってもんだ」
「嫌なこと思い出させないでくださいますか!?」
マックイーンは抗議するようにトレーナーにタワーブリッジを掛けました。マックイーンプロレス好きなんですかね?
それからネイチャやターボと出会い、カノープスに入った新人の子の紹介をしてもらったり。みんなは願掛けに行ってしっかりと厄を払ったり。特に何事もなく終わりました。私?1人で歩いていたらお参りの人達は私を避けるように歩いてましたよ。……いいですもーん。慣れっこですもーん。
そうして新年が明けての練習が始まりました。さてさて、今日も一日頑張りまっしょい。
「よーしファントム!勝負だー!」
何をしようか迷っているとテイオーが元気よく私に宣戦布告してきましたね。まぁ丁度いいですし、併走でもしますか。
「……いいよ。じゃあ、テイオーの始動戦、大阪杯想定で走ろうか」
「ふふーん!いいのかな~?中距離はボクの得意距離だよ~?」
不敵な笑みを浮かべていますがテイオー。
「お前ソレ姉御に勝ってから言えよ。中距離でも負けてんじゃねぇか」
「うるさいよゴルシ!」
「……まぁ細かいことはいいから、ウォーミングアップしてくる」
「細かくないやい!クッソー、今日こそ鼻を明かしてやるー!」
そう言ってテイオーもウォーミングアップを始めました。さて、と。余裕ぶった態度を取っていますが、テイオーも着実に強くなってきてますからね。油断したら負けるのは私です。しっかりと入念に準備して取り組まなければ。
”ま、大丈夫だろ。テメェが負けるはずがねぇんだからな”
「……油断はしないよ。負けるのは嫌だからね」
”そうだ。やるからには勝て。絶対にな”
分かってますとも。入念にストレッチをして……スタート位置につきます。
「今日こそはファントムに勝ってやるもんね……ッ!」
「……」
「よーしっ。2人とも準備は良いな?よ~い……スタートッ!」
トレーナーの合図の下、私とテイオーはスタートします。先手を取ったのは……おや?意外や意外。テイオーですね。
「……今回はそのパターンで行くってことね」
”おい!前に出ろ!あのクソガキより前で走れ!”
「……とは言っても、あのままだと落ちるよ?」
”知るか!俺様より前で走るその姿勢が気に食わねぇんだよ!さっさと先頭を取れ!”
「……あいあい」
溜息を吐きながらも私はテイオーに肉迫します。ただ……テイオーもそれなりに飛ばしてますね。そのハイペースでスタミナは持つんでしょうか?
……うん?前を取ったと思ったら、今度は普通に譲りましたね?私が上がってくるのを見て、テイオーは後ろへと下がりました。どういう……あぁ、そういうことですか。
「……フフン」
「……面倒だね」
「面倒で結構!今日こそはファントムに勝っちゃうよ!」
テイオーは私の真後ろにつけます。そして、後ろから私に圧をかけ続けている……。例えるなら、宝塚記念でグラスがスペちゃんにやったことの再現とでも言うべきでしょうか?
うーん、これは非常に厄介ですね。テイオーは私を風除けに使ってスタミナの消耗を抑えていますし、私はテイオーの姿を見ることができません。自分の視覚外から圧をかけ続けられるって結構キツいんですよ。かといって、テイオーの姿を視認するためにペースを下げたらテイオーは容赦なく前を取ってきますし。そしたら今度はもう一人の私からお叱りが飛んできます。……ふぅ。
「……ま、今日も今日とて気ままに逃げますか」
ペースを握るなんて考えずに、私は自分のペースで走り続けることを決めました。単純に言えば、身体能力でゴリ押すってとこですかね?
併走はテイオーがペースを握っています。私はそれでも自分のペースを崩さずに走り続けています。淀みなく進んで残り400m。……そろそろ、スパートですね……ッ!
「貰ったよ!ファントム!」
「ッ!」
スパートをかけようとしたら、外から一気にテイオーが抜け出してきました。これはビックリ。……ま、そう簡単には行かせませんが。
「……甘いよ、テイオー!」
「んなっ!?ペースを乱したはずなのに……まだやれんの!?」
「……生憎と、スタミナには自信がある」
「自信があるなんてレベルじゃないでしょ!……クッソーっ!負けて、たまる……かーッ!」
私とテイオーは一進一退の走りを繰り広げています。残り200……残り100……残り、50!
「……ッ!」
「……くっそぉ……ッ!」
残り50で、何とか抜け出して。私が勝ちました。クビ差……かなりギリギリの勝負でしたね。
「……お疲れ様、テイオー」
「……また、勝てなかった」
「……いや、かなりギリギリの勝負だった。後もう少し、スパートのタイミングがズレてたら……負けてたのは私だった。それぐらい、紙一重」
私はテイオーに手を差し出します。テイオーは……少し遠慮がちにその手を取って立ち上がります。
「……テイオーは着実に成長してる。私も、うかうかしてられないね」
「……本当に、そう思ってる?」
テイオーは、静かな口調で私にそう問いかけてきました。いつものテイオーらしさを感じない……少し、冷たい感じの言い方。ど、どうしたんでしょうか?とりあえず返答しましょうそうしましょう。
「……勿論。テイオーは強くなってるよ」
「そっか……」
少し俯いた後、テイオーは笑顔に戻りました。
「ま?ボクって天才だし?いずれはファントムに勝っちゃうからね!」
お、良かった。いつものテイオーですね。
”……本当にそうか?”
「……どういう意味?」
”気づかねぇなら別にいい。俺様の気のせいだ”
何でしょう?テイオーは笑顔ですが……。
「それじゃ!ボクは休憩行ってくるねー!今度こそ勝っちゃうからね、ファントム!」
そのままテイオーはどこかへと行きました。さてさて、私も自分のトレーニングをしますか。
「スピカさ~ん!スピカのトレーナーさ~ん!」
おや?たづなさんが小走りでこちらに来ましたね。どうしたんでしょうか?
「どうしたんですか?たづなさん」
「そ、それがですね……」
たづなさんは、嬉しそうな表情で続けます。
「なんと!テイオーさんとマックイーンさんがURA賞を受賞しました!」
……なんですと?
練習も終わって寮の自室に戻ってきました。今日はちょっと見る番組があるのでそれを見ますよ。
「……始まった。URA賞の授賞式」
そう。テイオーとマックイーンが出るURA賞の授賞式。その生中継です。2人ともドレスコードを着てるからか普段と印象が違いますね。
《惜しくも無敗の3冠を逃しましたが、最多得票を集めて見事に年度代表ウマ娘に輝きました!トウカイテイオーさんです!》
《いえーい!》
《きっと同情票も含まれてますわね》
《なんか言った?マックイーン》
《いいえ?何も?》
おぉう。生中継だというのに2人ともバチバチにやりあってますね。トレーナーも思わず苦笑い。
その後はテイオーがマックイーンを煽り返して、マックイーンもそれに反応して。会場が笑いに包まれたところで2人の今後の目標を聞くターンになりました。さてさて、2人はどんな目標を立てているのでしょうか?
《それでは、トウカイテイオーさんとメジロマックイーンさん。お2人の今後の目標についてお聞きしましょう》
《今後の目標は無敗のウマ娘!》
《わたくしの目標は春の天皇賞2連覇……》
おや?マックイーンの様子が……。
《それも、ただの2連覇ではありません。同じチームのファントムさん……〈ターフの亡霊〉に勝ったうえでの天皇賞2連覇を目標に掲げます!》
《あー!ずるいずるい!ボクもファントムに勝つ!それが今後の目標!》
……あん?
この主人公毎回インタビューで宣戦布告されてるな(秋の天皇賞を見ながら)。