そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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テイオーに不穏な感情。


帝王と嫉妬

《ニュースです。あの無敗のウマ娘トウカイテイオーと最優秀シニア級ウマ娘メジロマックイーンが春の天皇賞で対決することが2人の所属するチーム・スピカから発表されました。そして……それだけではありません。現在もトゥインクル・シリーズで無敗を貫いているチーム・スピカ所属のファントムも春の天皇賞に出走することを表明しています》

 

 

《同じチームの無敗のウマ娘同士の対決だけではなく、現役最強ステイヤーと名高いメジロマックイーンとの対戦カード……これは今から楽しみですね!》

 

 

《いくら〈ターフの亡霊〉と言えども、トウカイテイオーやメジロマックイーンが相手となる今回の天皇賞は厳しい戦いになるのではないでしょうか?》

 

 

《いやぁ、どうでしょうねぇ?彼女はまだ底を見せていないような、そんな不気味さが見え隠れしていますから。春の盾を勝ち取るのはどのウマ娘になるか?私はもうワクワクが抑えきれません!》

 

 

 

 

 旧理科準備室のテレビからそんなニュースが流れてます。なんです?テレビに映っているフードとお面で顔を隠した不審者は?不気味ですねぇ。おっと、私でした。

 

 

「大注目だねぇファントム君」

 

 

「……話題性あるんだね」

 

 

「それは、そうかと。亡霊VS帝王VS名優……この対戦カードが、楽しみにならない、ファンは、いないと思います」

 

 

 続けてテレビを見ていますが……コメンテーターの批評になりましたね。私はどんな評価されるんですかねぇ。ワクワク。

 

 

《私の本命はやはり……ファントム選手ですね。あのサイレンススズカとの大逃げ対決を制した彼女のポテンシャルは計り知れません》

 

 

《しかし秋の天皇賞はは中距離。今回は長距離ですよ?やはり前回の春の天皇賞を制したメジロマックイーン選手に分があるのではないでしょうか?》

 

 

《いやいや。ファントム選手が本領を発揮するのは長距離です。ステイヤーズステークスにしか出走していないので分かりにくいですが、彼女は長距離でも大逃げをかますことができますよ……冷静に考えて、彼女のスタミナはどうなってるんですかね?》

 

 

《今回が長距離初出走となるトウカイテイオー選手はメジロマックイーン選手とファントム選手の2人に比べるとやや落ちますね。しかし彼女の天才的なレース勘を発揮できれば、2人を相手に勝ちを掴み取ることは十分可能だと思われます》

 

 

《それらを踏まえて……我々が下した評価はこちら!ドドン!》

 

 

 結果は……フム。マックイーン5:私3:テイオー2ですか。マックイーンが微有利ですね。次いで私、テイオーの順ですね。

 

 

”ケッ。見る目のねぇ凡愚共だ。節穴もいいとこだろ”

 

 

「……まぁ私って良い印象抱かれてないし。心象が悪すぎるからね」

 

 

 主に噂のせいで。後は秋の天皇賞以降出走してませんし。結果がない以上衰えていると思われても仕方のないところ。ま、所詮は他人の評価。気にすることではありません。

 

 

「さてさて、ファントム君の次走は春の天皇賞なわけだが……自信のほどは?」

 

 

”俺様が負けるわきゃねぇだろ”

 

 

「……まぁ、私が勝つよ」

 

 

「前哨戦は、どのレースを使うつもりですか?」

 

 

「……使わないよ。ぶっつけ本番で春の天皇賞に挑む」

 

 

「あ、あ~……まぁ噂を考えたら妥当ですねぇファントムさんの性格だと」

 

 

 デジタルは納得したように頷いています。……何故か隅っこの方にいますけど。

 

 

「……デジタルもこっちにきたらいいのに」

 

 

 私がそういうと、デジタルは残像が見えそうなくらいのスピードで首を横に振りました。はっや。

 

 

「いいいいいいいいいえいえいえいえ!そんな滅相もない!デジたんはウマ娘ちゃんを陰からこっそ~り見守ることを生業としていますので!」

 

 

 ……まぁいつものことなので気にしない方が良いですかね。そんな調子で1日を待ったりと過ごしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねーテイオーちゃーん?こんな時間まで熱心に何見てるのー?」

 

 

 日は完全に沈んで……どころか、もう寮の消灯時間が間近に迫っている現在。ボクはルームメイトのマヤノからそんなことを言われた。マヤノは……凄く眠そうにしている。

 

 

(お子様だな~マヤノは)

 

 

 ちょっと微笑ましく思いながらボクはベッドに横たわって動画を見ている。

 

 

「ちょっと、ね。春の天皇賞で戦うファントムの研究」

 

 

「えー!?でもでも、春の天皇賞までまだ時間はたっぷりあるよ!」

 

 

「でも、相手はあのファントムだ。今からでも対策しないと……絶対に勝てない」

 

 

 ボクは言いながらファントムのレースを繰り返し見ている。

 

 

「そういえば、ファントムさんも春の天皇賞に出るんだっけ?でもな~……」

 

 

「どうかしたの、マヤノ?」

 

 

 マヤノは難しい表情を浮かべている。なんだか気になって、ボクは動画を止めてマヤノを真っ直ぐに見据える。

 

 

「マヤ……ファントムさんのことはよく分かんないんだ」

 

 

「……マヤノが?珍しいね」

 

 

 マヤノは大体のことは分かる天才気質だ。そんなマヤノが分からないなんて、珍しいなんてもんじゃない。ボクは目を丸くした。

 

 

「なんていうのかな~……ファントムさん全然楽しそうに走らないんだよね」

 

 

「楽しそうに走らない?どういうこと?」

 

 

「テイオーちゃんもさ、レースに勝ったら嬉しいー!とか、併走で負けたら悔しいー!とかあるよね?マヤもそうだし、きっとみんなそうだと思うんだ」

 

 

 それはそうだ。勝ったら嬉しいし、負けたら悔しい。それは……レースで走るウマ娘なら全員が持っている感情だとボクは思う。だって、それが強くなる原動力だし。

 

 

「でもでも、ファントムさんは勝っても全然嬉しそうじゃないの。負けたとこは見たことないから分かんないけど……」

 

 

「アハハ……ファントムが負けたとこはボクも見たことがないよ。カイチョーとの併走にも勝ったみたいだしね」

 

 

「あ!マヤもそれ知ってる!ブライアンさんにも勝ったヤツだ!」

 

 

 思ったよりも知れ渡ってるんだね、カイチョーとブライアン、ファントムの併走の話。まぁ、ゴルシに知れ渡ったのが運の尽きかな?

 

 

「って、そうじゃなくて!たとえば今テイオーちゃんが見ているレース……ファントムさんのステイヤーズステークスのヤツだよね?」

 

 

「うん、そうだよ?やっぱ研究するなら長距離のレースを観ないとね!」

 

 

 ……まぁファントムが出走した長距離のレースってこれしかないんだけど。

 

 

「これ、走り終わった後なんだけど……ホラ、ファントムさん全然楽しくなさそう」

 

 

「……そうかなぁ?」

 

 

 マヤノに言われてボクも画面を見るけど……全然分かんない。というか、ファントム顔隠してるから表情分かんないし。

 

 

「絶対そうだよ!ファントムさん全然楽しくなさそう!」

 

 

「どの辺が?」

 

 

「え?何となく分かるよ?」

 

 

「そうなんだ……」

 

 

 ……まぁ、マヤノは前からこうだし今更驚かないけどさ。それに、マヤノがこういう時って大抵合ってるから多分今回もそうだろうね。

 

 

「なんていうのかな~……勝って当たり前、みたいなレースばっかりで飽き飽きしてるんだと思う!」

 

 

「どうなんだろうね」

 

 

「でもでも!ファントムさんが少しだけ楽しそうにしてたレースがあるよ!それは……」

 

 

「スズカとの秋の天皇賞、でしょ?」

 

 

「そう!あの時はファントムさん途中まで楽しそうだった!」

 

 

 途中まで、つまりはスズカが第4コーナーで骨折するまでは楽しそうにしてたってこと?……うーん。

 

 

「まぁありがとうマヤノ。ファントム対策の参考にはならなかったけど」

 

 

「ファントムさんの対策?うーん……ファントムさんの対策はマヤも思いつかないよ。何をしても対応してくるし、どんな策も無意味じゃないかな?」

 

 

 それはそうだ。ファントムの強さはまさに異次元。中央にいるウマ娘とは比べ物にならないほどの才能がある。……ボクも、嫉妬してしまいそうなほどに。ファントムは才能に恵まれている。

 ボクだって、自分には才能があると思っている。無敗の3冠だって、怪我さえなければ達成できていた……それだけの自負はある。でも……結局は怪我で無敗の3冠は叶わなかった。

 

 

(ファントムは怪我をしたことがない。加えて、クラシック3冠には出走しなかった。その理由は……定かじゃない。けど、ファントムのことだから想像はつく)

 

 

 きっと、2着の子が走るのを止めてしまうから。将来有望なウマ娘を、自らの手で潰してしまうから。そんなことを考えているのかもしれない。良い風に捉えるなら優しい、でも……捉えようによっては。

 

 

(自分が負ける可能性を微塵も考慮していない……傲慢な思考)

 

 

 1着になるのは自分、だからこそ2着の子を心配する余裕がある……。捉えようによっては、そう考えることだってできる。でも、ファントムの性格を考えたらそれはないと言える。だからこそこれは……ファントム自身が気づかない、無自覚な傲慢さ。

 ……でも、正直それは良いんだ。ボクが気になるのは……3冠を取れたのに、3冠を取らなかったこと。それが一番、腹立たしく思っているのかもしれない。

 

 

(羨ましいなぁ……。怪我をしないんだから、きっとファントムは無敗の3冠ウマ娘になれた。怪我をして、必死に努力して、手を伸ばして、届かなくて、涙を流して……諦めるしかなかったボクと違って、ファントムは取ろうと思えば取れる称号だったんだ……)

 

 

「……イオーちゃーん?テイオーちゃーん?おーい?」

 

 

 マヤノの声が聞こえて、気づいた。ボクはいつの間にか1人で考えこんじゃってたみたいだ。マヤノが心配そうにボクの顔を覗き込んでいる。

 ……ダメだね。良くない考えが浮かんできちゃった。ファントムにこんなこと、思っちゃダメだ。きっと、ファントムには悪気がないんだから。……それが良くないんだけど。

 

 

「テイオーちゃん?急に黙り込んじゃってどうしたの?」

 

 

「マヤノ……。うぅん!なんでもないよ!それよりもそろそろ寝よっか!」

 

 

「アイ・コピー!テイオーちゃんが心配でちょっと夜更かししちゃったから明日は起きれなさそ~」

 

 

「マヤノいつも起きれないじゃん」

 

 

「むー!よけーなお世話だよテイオーちゃん!おやすみ!」

 

 

「うん、マヤノ。おやすみなさい」

 

 

 電気を消してボク達は眠りにつく。

 

 

(色々考えたけど……ボクに足りないのはスタミナだ。だからスタミナ強化を重点的に……いや、それよりも復帰戦だね。ファントムやマックイーンばかりに目がいって、大阪杯で負けちゃったら目も当てられないよ)

 

 

 トレーナーと相談して決めよう。そう考えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の練習。ボクは早速トレーナーのとこへと向かう。

 

 

「「トレーナー(さん)!」」

 

 

 でも、それはマックイーンも同じだったみたいで。ボク達は同じタイミングでトレーナーのとこに来たみたい。トレーナーは面食らった表情をしてた。ちょっと面白いかな……じゃなくて!

 

 

「何?マックイーン。ボクが先に来たんだけど?」

 

 

「お生憎様ですわねテイオー。わたくしの方がコンマ3秒ほど早かったように感じられましたが?」

 

 

「何言ってんの?どう見てもボクが先だったでしょ?」

 

 

「……お前ら2人ともなんだ?一緒に話を聞いてやる。どうせ、同じこと聞こうと思ってたんだろうからな」

 

 

 トレーナーは呆れた表情でボクとマックイーンを見てた。……まぁ、だよね。

 

 

「ファントムに勝てるメニューを組んで!」「ファントムさんに勝つためのメニューを組んでくださいまし!」

 

 

「……やっぱお前らそれか」

 

 

 ま、当たり前だよね。

 

 

「ファントムに勝つんだったら、今から頑張らないと!復帰戦も手を抜かないからさ!お願いトレーナー!」

 

 

「わたくしも、阪神大賞典では見事勝利を掴んで見せましょう!ですからお願いいたします!」

 

 

「……一応、考えてはある」

 

 

 トレーナーは言いながら紙束を取り出した。それぞれ【対ファントム用 トウカイテイオートレーニングメニュー】と【対ファントム用 メジロマックイーントレーニングメニュー】って書いてあった。なーんだ!ちゃんと用意してあるじゃん!

 

 

「ただし約束だ。もし復帰戦や前哨戦で負けるようなことがあれば……お前らは春の天皇賞には出走させない!目の前のレースに集中できねぇ奴が、ファントムに勝てるわけねぇからな!」

 

 

「分かったよトレーナー!」

 

 

「分かっていますわ!トレーナーさん!」

 

 

「よーしいい返事だ!なら、これを実践していくぞ!」

 

 

 ボク達はトレーナーからトレーニングメニューの紙束を受け取る。これを実践して……春の天皇賞でファントムとマックイーンと対決、そして……勝ってやる!

 

 

「ボクの伝説は……またここから始まるんだ!」

 

 

 そう思いながら、ボクはトレーニングを始めた。




亡霊のことを傲慢と言ってますが、自分の勝利を微塵も疑っていない辺りファントム自身もかなり傲慢です。誰の影響かは分かりませんけど。

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