そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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久しぶりの追想回。


追想:亡霊の中山記念

──ウマ娘には、それぞれの走る理由がある。

 

 

 走る理由や強くなりたい理由は様々だ。自分の強さを証明したいという気持ち。憧れのウマ娘に近づきたいという気持ち。みんなの応援や期待に応えたいという気持ち。誰かの遺志を継ぎたいという気持ち。家名を背負うという気持ち……色々な走りたい理由がある。それが、レースで勝ちたい気持ちに直結するのだと思う。思いの強さは、時に信じられないほどの強さを発揮するのだから。

 ……私に、そんなものがあるだろうか?いや、きっとある。私は、私のために走る。私のために強くなる。昔からそう思っていたはずだ。

 

 

……本当に、そうだろうか?

 

 

 違う、何かが違う。何かは分からないけど、きっと違う理由だったんじゃないだろうか?だって、本当に私のために走っているのであれば、こうやって胸がチクチク痛みはしないはずだ。

 

 

訴えかけるように胸が痛む。忘れないで、思い出して。そう言っているように。

 

 

 だが、私は思い出すことができない。ならばきっと……それは思い出さない方が良い記憶なんだろう。そうだ、きっとそうに違いない。

 だったら、忘れるに限る。もう一人の私だって、いつも言っていたことじゃないか。嫌な記憶は忘れるに限るって。そうだ、そうした方が良い記憶なんだ。なら、無理に思い出さなくたっていい。

 

 

……違う、違う。違う?本当に、忘れた方が良い記憶?

 

 

 ……分からない、分からない。何もかもが分からない。思い出せない、思い出せない。何もかもが思い出せない。私は、何のために走ってたんだっけ?

 ……まぁいいや。考えたって仕方がない。ならば、考えるだけ無駄なこと。

 

 

……今日も今日とて勝ちますか

 

 

 私は、そう考えることにした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《さぁ中山記念も1000mを通過しました!先頭は依然としてファントム!ファントムが今日も快調に飛ばして逃げている!すでに2番手との差は7バ身、8バ身はついているでしょうか!?ファントムの大逃げがこの中山記念でも炸裂している!凄まじい脚だファントムまさに独走状態!》

 

 

《相変わらずゲートにてこずっての出遅れですが、すぐさまハナに立ってそのまま独走していきました。……それにしても、他のウマ娘もまるで彼女が後ろから迫ってくると不思議なくらい道を空けますね?それだけファントムのコース取りが巧いということかもしれませんが》

 

 

《2番手も必死に追い上げている!しかし差は縮まらない!中山記念残り800m!このままファントムが独走状態を維持するか!?》

 

 

 

 

 ……ハァ。溜息しか出てこねぇな。

 

 

「つまらん走りにつまらんレース……テメェら今まで何してやがったんだ?」

 

 

”……一生懸命頑張ってきたと思うけど”

 

 

「一生懸命頑張ってこの程度かい。……まぁいい、やることは変わらん」

 

 

 レースに勝つ。それだけだ。後続では塵共が俺様を必死に追いかけてきている。もっとも……差は全くと言っていいほど縮まらねぇが。

 さて、どうするかねぇ?

 

 

”……考え事もいいけど、もうすぐ600m超えるよ”

 

 

「んあ?あぁそうか。んじゃ、ちゃっちゃと終わらせっか」

 

 

”……いつでも準備OK”

 

 

 ……なーにが準備OKだ。テメェが犠牲になる準備をOKしてどうすんだよ。ますます苛立つぜ。だからといって、領域(ゾーン)を使わないという手はないんだが。こんな塵共でも俺様の糧にはなるだろう。コイツのせいで1人しか影響は出ねぇが。

 

 

「んじゃまあ……蹂躙してやろうか!」

 

 

 俺様は領域(ゾーン)を切る。最早見慣れた光景だ。なんもねぇ荒野をただ走る。背後には闇が迫ってくるいつもの景色。……そういや、この景色に変わったのもいつぐらいの頃だったか?最初は違う景色だった気もするが……まぁどうでもいい。俺様の実力が発揮できるのはこの舞台、きっとそうなのだから。

 

 

「さぁて……ちょっとは楽しませろよ!」

 

 

 もうなんも期待してねぇが、一応言うだけ言っておく。

 

 

 

 

《残り600mを切って……!ここでファントムがスパートをかけた!ファントムがさらに加速していく!みるみるうちに加速していく!やはり恐ろしい!他を置き去りにする大逃げでもまだ余力を残していた!》

 

 

《普通のウマ娘にとってのハイペースが、ファントムにとっての通常ペースなのでしょう……。だからこそ、余力を残しているのかもしれません》

 

 

《後続も必死に追い上げてきている!だが無情にも……無情にも差は開いていくばかりです!ファントムが完全に独走状態に入った!ここから番狂わせは起きるのか!?いえ、ファントムにアクシデントが発生しない限りはもう起きないでしょう!》

 

 

 

 

 俺様は加速していく。後ろからはいつものように悲鳴にも似た叫びが聞こえてくる。俺様の領域(ゾーン)に飲まれた声が。もっとも、その声は1つだけ……俺様の後ろ、2番手の塵だけだ。

 

 

「……結局、いつもと変わり映えがしねぇレースだったぜ」

 

 

 そのまま俺様は後続を突き放すばかりだった。追いついてくる塵はいない。俺様は……ただ1人で走っている。

 ……別に構いやしねぇ。いつものことだ。慣れている。気にするこたぁ……

 

 

”……1人じゃ、ないよ”

 

 

「……あん?」

 

 

”……わた、しが……いる。だから、ひとりじゃ、ない……よ”

 

 

「……」

 

 

 俺様の領域(ゾーン)を喰らっているコイツが、苦しみながらもそう言った。……記憶が戻りかけてんのか?いや、どうも無意識で言ったっぽいな。

 

 

「……フン。せめてまともな調子でそう言いやがれ。領域(ゾーン)の負担なんか請け負わねぇでよ」

 

 

”……それは、できない”

 

 

「知ってるよ。誰よりも……な」

 

 

 言いながらも、俺様は少し口角が吊り上がるのを感じた。嬉しさでも感じてんのかね……。んなこと考えていたら、いつの間にかゴール板を駆け抜けていた。

 

 

 

 

《やはり圧倒的だ!圧倒的強さを見せつけた!出遅れようが掛かっていようがこのウマ娘には関係ない!最初から最後まで先頭を走り続けた圧勝劇!2着との差は実に14バ身差!どこまで無敗記録を伸ばすのか!?〈ターフの亡霊〉ファントムが圧倒的強さを見せつけて中山記念を制しました!》

 

 

《しかし本当に強いですね……。今後彼女に敵うウマ娘は出てくるのでしょうか?》

 

 

《シニア級に上がってからの初レースで見事大差勝ちを収めました!〈ターフの亡霊〉ファントムはどこまで連勝記録を伸ばすのか!?そして今後どのようなレースを見せてくれるのか!そして……彼女に届くウマ娘は今後現れるのか!非常に気になる一戦でした!》

 

 

 

 

 ……さて、と。相も変わらずつまらんレースだった。すぐさま止まって、ただぼうっと立つことにした。意味はねぇ。強いていうなら暇だからだ。

 

 

「……あーあ、また亡霊の勝ちかよ」

 

 

「仕方ないわよ。だってあの子強すぎるんだもの」

 

 

「勝つのは良いけどよぉ……問題は2着の子だよなぁ……」

 

 

「そうそう。また走るの止めちゃうのかな~……」

 

 

 ……おーおー、凡愚共がなんかほざいてんなぁ。ま、どうでもいいことだ。俺様にとってはな。

 

 

”……ッ”

 

 

 コイツは、その限りじゃねぇけどな。

 

 

「前にも言ったはずだ。2着の塵が走るのを止めるのは心が弱かっただけ、テメェは悪くねぇってな」

 

 

”……でも、私の領域(ゾーン)のせいなのは確かだし”

 

 

「アホくせぇ。心が弱いからそうなるんだよ。だったら精神でも鍛えてろって話だ」

 

 

 もっとも、精神を鍛えたとこでどうにもならねぇかもしれねぇけどな。

 

 

”……精神鍛えてどうにかなるようなもんでもないでしょ、私の領域(ゾーン)は”

 

 

「なんだ分かってんじゃねぇか。だからといって、使うのを止める気はないぜ?」

 

 

”……それに関しては、もう何も言わないよ”

 

 

「……まぁいい。そろそろ代わるぞ」

 

 

”……あいあい”

 

 

 俺様とコイツの意識が代わる……

 

 

「……さて、と。2着の子は……あぁ」

 

 

”うずくまってんなぁ”

 

 

 ターフの上でうずくまっていました。そして、彼女のトレーナーらしき人物が彼女に近づいて気遣っていますね。

 

 

「……トレーナーさん。私っ」

 

 

「あぁ。負けちまったな。だけど、相手の実力は分かった!だから、次は勝つぞ!」

 

 

「……はい。そうですね」

 

 

 ですが……あの子には大した効果もないようで。

 

 

「……」

 

 

”言っておくが、話しかけようだなんて思うなよ?絶対にろくな目に遭わねぇからな”

 

 

 ……分かってますよ。今言ったら、あの子のトレーナーに絶対に何か言われます。

 とりあえず踵を返して私はターフからさよならします。早いとこライブの準備をしなきゃいけませんから。ウィナーズサークル?私に対するインタビューは全面禁止故にトレーナー1人で行うことになっております。これはどうやら理事長権限らしいです。大丈夫なんですかね?色々と。

 

 

”大丈夫なんじゃねぇの?今まで何も言われてねぇんだ。気にするこたぁねぇ”

 

 

「……とりあえず、トレーナーに労いの言葉を贈るぐらいはしよう」

 

 

 それぐらいしかできませんし。トレーナーも最初にそう言われて納得しているらしく文句を言ってくることはありませんでした。

 ちなみにライブですが。そこそこの盛り上がりをみせました。イェイイェイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう言えばさ」

 

 

”あん?どした?”

 

 

 レースも終わってライブも終わって。私は寮の自室……ではなく、ちょいと抜け出して外を走っております。秘密のルートを開拓したおかげで抜け出してもバレないって素敵ですね。

 そんな私ですが。今はもう一人の私と話しながら走っております。

 

 

「……私がレースで走る理由って何だろうね?」

 

 

”……何の話だ?全く見えてこねぇが”

 

 

「……ちょっとした疑問。私は、何のためにレースで走るんだろうなって。そう思っただけ」

 

 

”……それは俺様のことか?”

 

 

「……いえす」

 

 

 あ、大きな溜息を吐かれました。ちょっとちょっと、何ですかその反応。別にいいでしょうにこんなことぐらい聞いても。

 

 

”俺様のために決まってんだろ。俺様の強さを証明するために、俺様こそが最強であると証明するために……俺様はレースで走ってんだよ”

 

 

「……ほへー」

 

 

”なんだその気の抜けた返事は?……まぁいい、これで満足か?”

 

 

「……まぁ満足」

 

 

”おい。テメェから聞いておいてなんだそれは。はったおすぞ”

 

 

 まぁまぁ落ち着いてくださいよ。

 

 

”誰のせいだと思ってんだオイ。……まぁ許してやる”

 

 

 おっと、許してもらえました。やりましたね。

 しかし自分の強さを証明するためですか……。ということは。

 

 

「……私がレースで走る理由も」

 

 

”あん?今度はなんだ?”

 

 

「……私がレースで走る理由も、私の強さを証明するため……なのかな?」

 

 

”……”

 

 

 多分そうだと思うんですよね。私の走る理由も、多分もう一人の私と同じ。私のために強くなるんだと思います。

 瞬間、胸がズキズキと痛んできました。……なんでしょうか?

 

 

「……ッ?」

 

 

”あん?どうした?”

 

 

「……何でもないよ。ちょっと、変なもやもやを感じただけ」

 

 

”なんだそりゃ?”

 

 

 私にも分かりません。私が強くなる理由……私の強さを証明するためだと考えたら急に胸がもやもやする気持ちになりました。なんて言うんでしょうか……そうじゃない、違うとばかりに言っているような……そんな気がするんです。

 ……でも、それ以外に思いつきませんし。ならきっと私は私の強さを証明するために走るんだと結論づけました。きっと合ってるでしょう。胸のもやもやは全く晴れませんけどね。

 

 

「……あとどれくらい走ればいい?」

 

 

”後10分もしたら上がれ。今日は早めに切り上げろ”

 

 

「……あいあい」

 

 

 中山記念も大差勝ち。この調子で勝ち続けていきまっしょい。……後は、理事長に頼んでアフターケアも万全にしないと、ですね。

 

 

”……走る理由、か。思い出さねぇ方が良い。過去のことを思い出すからな。その方が……テメェのためだ”

 

 

 そんな呟きが聞こえましたが。深く追求することはせずにそのまま走りました。




いつぞやの中山記念です。

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