「フッ!」
「まだまだ!もう一本行きますわよ!」
「いいぞ、テイオー、マックイーン!その調子で頑張れ!」
阪神大賞典を間近に控えたトレーニング。わたくしはより一層気合を入れてトレーニングに励んでおります。無論阪神大賞典が控えているというのもありますが……やはり一番は。
(春の天皇賞でテイオーと……そしてファントムさんと戦うことができます!)
この2人に勝ってこそ、わたくしが思い描く最強の称号を手に入れることができるというもの!だからこそ、今度の春の天皇賞は絶対に負けるわけにはいきません!
「フゥ……ッ。さて、もう一本行きますわよ!」
「ま、まだやるのかよ……どんだけスタミナあんだよマックイーンのヤツ」
「凄く気合入ってるわねマックイーン。気持ちはわからなくもないけど」
わたくしと同じトレーニングをしているウオッカさんとスカーレットさんは息を切らしています。無論わたくしにも疲れはありますが……この程度でへばるわけにはいきません!わたくしが倒すべき目標に掲げている相手は、とても強大なのですから。
「その調子だマックイーン!次からはペースを上げていけー!テイオー!お前はフォームをブラすなよ?元のフォームを思い出して、身体に叩き込むんだ!」
「分かりましたわ!」
「分かってるよ!」
どうやら、テイオーの方も調子は良さそうですわね。あなたはそうでなくては。
……ですが、わたくしの胸には一抹の不安が頭をよぎります。それは、トレーナーさんから対ファントムさん用のトレーニングメニューを受け取った時のことです。
テイオーと一緒に同じ目的でトレーナーさんに詰め寄った際、トレーナーさんはわたくし達に紙束を渡しました。その紙に書かれていたのは、【対ファントム用 メジロマックイーントレーニングメニュー】の文字。どうやらテイオーも同じようなものだったらしく。嬉しそうな反応をしていました。
『俺が持てる知識を全て活用して組んだトレーニングメニューだ。だが……』
ですが、トレーナーさんは厳しい表情を浮かべていました。
『どうかなさいましたか?……軽く流し見しただけですが、素晴らしい完成度かと』
『だよね。すっごく細かく書いてあるし、何か不安なことでもあるの?トレーナー』
トレーナーさんは沈黙の後、その重い口を開きました。
『……弱音を吐いちまうようで悪いが、仮にそのトレーニングメニューを取り組んだとしてもファントムに勝てる確率は……よくて5割だ』
『……よくて、5割?』
『……ボク達の強さ、過小評価してるわけじゃないんだよね?』
『当たり前だ。お前らの強さは他でもない、俺が一番よく知っている。だからこそ分かっちまうんだ……。そのメニューをしっかりこなしたところで、勝てる確率はどんなに多く見積もっても5割ってことがな』
トレーナーさんは、そう弱音を吐きました。
……このトレーニングメニューは非常に高い完成度でした。普段の行動こそあれですが、やはり優秀なトレーナーであることには違いありません。そんなトレーナーさんがそうおっしゃるということは……それだけ、ファントムさんの実力は飛び抜けているということに他ならないでしょう。
『お前らは、ファントムの一番の強みは分かるか?』
『ファントムの一番の強み?そりゃあ……あの爆発的な加速力じゃない?スプリンターとしてもやっていけるでしょ、あれ』
わたくしはしばし考えた後、答えます。
『……わたくしは、スタミナではないかと。ファントムさんのスタミナは底が知れません。わたくしもスタミナには自信がありますが……ファントムさんに勝てるかと言われたら怪しいところです』
『……そっか。思い返したら、ファントムってレースで息を切らしたことないよね?ステイヤーズステークスでも息を切らした様子を見せなかったし』
わたくし達の言葉に、トレーナーさんは頷いた後トレーナーさん自身の考えを述べました。
『爆発的な加速……無尽蔵のスタミナ……確かにそれもファントムの強みだ。だが、俺が思うアイツの一番の強みは……スピードの持続力にあるとみている』
スピードの……持続力?そう思っていると、トレーナーさんは1枚の紙をわたくし達に渡してきました。どうやら、ファントムさんのレース記録のようです。
『ファントムのラップタイムを見てみろ』
『ラップタイム?……ッ!?』
『こ、これは……ッ!』
『アイツは、ラップタイムがほとんどブレねぇんだ。息を抜くタイミングでは多少落ちるが、それでもだ。アイツは最初から最後まで、あのスピードを持続することができる。それこそが、アイツの一番の強みなんじゃねぇかって俺は思ってる』
……ファントムさんのラップタイムはほとんどブレていませんでした。それは、スタミナとそれに耐える肉体があって初めて成立すること。スタミナがなければパフォーマンスは落ちるし、筋肉がなければまた同様の現象が起きる。この2つが高いレベルで備わっているからこそ……ファントムさんのラップタイムはほとんどブレていないのでしょう。
『そしてもう一つ……これはアイツのステイヤーズステークスの映像だ』
言いながら、トレーナーさんはファントムさんが走っている映像を流し始めました。
『いいか?この2番手のヤツに注目しておけよ?』
2番手の方?ファントムさんではなく?意図は読めませんが……とりあえずわたくし達は2番手の方を注意深く観察していました。
やがて、レースは終わります。ファントムさんの17バ身差圧勝劇。……毎度のことですがとんでもないですわね。G2でこれほどの着差で勝つなんて普通は無理です。
『そして……次に見る映像が重要だ。次に見るのは、今2番手のヤツが別のレースで1着をとった時の映像だ』
言いながら次のレースの映像を流し始めました。一体どのような意図が……?うん?気のせい、でしょうか?何やら……
『……ねぇマックイーン。気づいた?』
『……わたくしの気のせいではなかったようですね。テイオーも気づきましたか』
『うん。ちょっと分かりづらいけど……ステイヤーズステークスの時、ファントムの後ろを走っていたこの人は……』
『掛かっている。フォームも、歪なフォームとなっております。これでも速いことには速いですが……この方本来のスピードとは言えないでしょう』
わたくし達の言葉に、トレーナーさんは頷きました。
『そういうことだ。……どういうわけかファントムの後ろ、2番手を走ったウマ娘は例外なく掛かっていた。まるで何かから逃げるように……何かに怯えるように走っている表情を浮かべていたんだ』
言いながら今度はステイヤーズステークスの時の画像を拡大しました。対象は……2番手を走っていた方。その顔は……恐怖を浮かべていました。
『……どういうことなの?追いつけなくて必死になるっていうなら分かるけどさ……これはどう見ても違う。何かに怯えているような表情をしてる』
『もしや、これが2着になった方々が走るのを止める理由……なのでしょうか?ファントムさんの後ろを走ることで、何かを幻視しているとでも?』
ですが、わたくしはファントムさんとの併走でそのようなものを見たことがありませんし、テイオーもまた同様でしょう。でなければ、テイオーは100回もファントムさんに挑んでおりませんし。
『彼女達は……ファントムさんとのレースで2着になった方々は何を見たのでしょうか……?』
『分からん。だが、相当恐ろしいものを見たらしい。思い出すことだけで、身体が震えるほどらしいからな』
……ファントムさん。あなたは、一体?
『だが、そんなファントムにも弱点はある。アイツはお前らも知っての通り、スタートが苦手だ。必ずと言っていいほど出遅れる』
『あぁ~……そうだね。ファントムは必ず出遅れるよね』
『併走では見事なスタートダッシュを決めますのに……何故本番のレースでは必ず出遅れるのでしょうか?』
『おそらくだが、アイツはゲートが苦手なんだろう。だからこそ毎回出遅れている。加速力で何とか大逃げをしているが……余計にスタミナを消費しているだろうな』
トレーナーさんは、一拍おいて続けます。
『後はそうだな……いくらアイツに持続力があるからって、最初から最後まで全力疾走できるわけじゃねぇ。必ずどこかで息を入れるタイミングがあるはずだ』
『そうだね。いくら無尽蔵に近いスタミナっていっても』
『わたくし達と同じウマ娘。必ず限界がありますもの』
『そういうことだ!』
トレーナーさんは、先ほどの口調から一転して明るい態度でわたくし達に告げます。
『だからこそ!アイツに勝つためには基礎が大事だ!お前らが持っているスペックを底上げして、アイツにも劣らねぇ自分に鍛え上げる必要がある!お前らに渡したトレーニングメニューは、それを軸に組み立ててるからな!』
『……結局、ファントムに勝つためには基礎が大事なんだね~』
『仕方ないですわよ。あの方は全ての能力値が飛び抜けていますもの』
ま、だからこそ超えがいがあるというものですが……ッ!
……と、まぁ。これがつい先日あった出来事です。
結局のところ、ファントムさんに勝つためにはわたくしのスペックを全て底上げする必要があります。今以上のスタミナをつけることが、ファントムさんに勝つために必要なこと。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ」
とはいえ、さすがに疲れてきましたわね……うん?何やらテイオーがわたくしを見て……ッ!
「ぷ、ププ……。ま、マックイーンってば、も、もうへば、っちゃったの?ボクは、ぜ、全然!平気だもんに!」
な、なにを指さして笑っていますの!?というか、そんな息を切らしながら言われても説得力がありませんわよ!
「ふ、フン!ま、まだまだ……、いけますわッ!と、とれーなー、さん!もう、いっぽん!」
「そうだ!まだまだへばるなよマックイーン!もう一本行ってこい!」
わたくしは先程以上に気合を入れて臨みます!ファントムさんもそうですが……!あなたには絶対に負けませんわよ、テイオー!決して、決して!年度代表ウマ娘になれなかった恨みとかではありませんからね!
「「負けるかぁぁぁぁぁぁ!」」
「テイオーもマックイーンも気合入ってんなー……あ、姉御。それダウト」
「……なぜバレたし」
「あんまゴルシちゃんを舐めないほうがいいぜ~?」
……ファントムさんはファントムさんで、何をやっていますの!?
うぐぐ……!て、テイオーと張り合っていたら身体の至る所が痛いですわ……!す、少し調子に乗りすぎたかもしれませんわね……!
「ですが……なんだか懐かしいですわね」
「何がさ?マックイーン」
隣にいるテイオーと一緒に、わたくしははちみーを飲んでいます。……中々美味しいですわねこれ。
「いえ、あなたと出会った時のことと、今までのことを思い出しておりました」
「あぁ~……最初の頃は今日みたいによく張り合ってたね。マックイーン全然譲らないし」
「あなたがわたくしのいるところに張り合ってきたのではありませんか?」
「そういうマックイーンこそ。ボクが練習してる時これ見よがしに挑発してきたじゃん」
「あら?そんなことありましたかしら?」
「あったよ。……でも、なんだか懐かしいね。あんなに張り合ってたのに、今では同じチームで競い合って」
「日々高めあっている……。奇妙な縁もあったものですわ」
思えば、わたくしは最初の頃からテイオーのことを意識していたのかもしれません。この子はきっと……わたくしのライバルになると。そう予感していたのかもしれません。そして今、テイオーはライバルとしてわたくしの前に立ちはだかろうとしている。
「もうすぐ桜が咲く季節ですわね」
「そうだね。そして、桜が咲く季節になったら……春の天皇賞が来る」
「えぇ。……あなたとの対決、楽しみにしていますわ」
わたくしの言葉に、テイオーは笑顔で答えます。
「ボクもだよ。マックイーンにも負けないし、ファントムにだって負けない!天皇賞を勝つのは……ボクだ!」
「フフッ。前年度天皇賞覇者として受けて立ちますわ。あなたもファントムさんも、わたくしが下して差しあげましょう!」
わたくし達はお互いに笑みを浮かべます。
「ま?その前にあなたは大阪杯ですけどね。油断していると、イクノさんに足元を掬われますわよ?」
「ムッ!そういうマックイーンこそ!今度の阪神大賞典、油断してたらまた有マ記念みたいに負けちゃうよ!」
「んなっ!?それを引っ張るのは止めてくださいまし!」
お互いに笑いあいながら岐路につきます。春の天皇賞……今から楽しみですわね。最高のライバルに最大の強敵……きっと、素晴らしいレースになるでしょう。
準備は着々と。ちなみにファントムがやっていたのは賢さトレーニングです。