『ボクは地の果てまで走ってみせるよ!』
『ならばわたくしは天まで駆けていきますわ!』
……そんなインタビューをしたのがつい先程のこと。
(今思い返すと……恥ずかしくなってきましたわね)
売り言葉に買い言葉とはまさにこのことでしょう。テイオーと張り合って、余計な意地を張ってしまいました。
そんなことを考えながら、わたくしはメジロ家に来ております。そして、わたくしの目の前にはおばあさまが威圧感のある佇まいで椅子に座っております。
「おばあさま、今日のニュースはご覧になりましたか?」
「えぇ。見ていましたよ」
おばあさまは威厳たっぷりにそう答えます。わたくしは、自分の思っていることをおばあさまにそのままぶつけました。今回の天皇賞、それに抱いている感想を。
「今回の天皇賞……新聞やテレビではテイオーの勝利が望まれております。無論、わたくしやファントムさん、他の方々の勝利を願う言葉もありますが……世間はほとんどテイオーの応援一色と言っても過言ではないでしょう」
それは、新聞や雑誌を見れば分かること。後は、TM対決というのも気になります。まるでわたくしがテイオーよりも下のような扱い……!少しだけ、怒りが湧きました。
「……」
「わたくしは、世間が下した評価にガッカリしています。そして、その状況を作った自分の不甲斐なさにも……」
言葉を続けようとしたその時。おばあさまがわたくしの言葉を遮りました。
「私はあなたの記者会見を見てガッカリしましたよ、マックイーン」
「……え?」
わたくしは、目を丸くしているでしょう。それだけ驚いています。な、何がいけなかったでしょうか……?
「子供の頃、ウサギと亀の絵本を読んであげましたよね?亀がなぜウサギに勝ったのか……分かりますか?」
「え、えっと……」
た、確かに小さい頃読み聞かせてもらった記憶はありますが……。亀が勝った理由、ですか。
わたくしが考え込んでいると、おばあさまはさらに言葉を続けます。
「ウサギは亀を見ていた。しかし亀はゴールを見ていた。私の言いたいこと……聡明なあなたならば分かりますね?」
「ッ!」
おばあさまに言われて、気づきます。わたくしのインタビューで何をやっていたか……おばあさまはあのインタビューのどこに、ガッカリしているのか。
(そうですわ……。わたくしの成すべきことは、天皇賞を勝つこと。ですがあのインタビューでのわたくしは、テイオーやファントムさんといったライバルの方々に負けないというばかりで本来の目的を見失っておりました……)
おばあさまがガッカリするのも当然でしょう。目的を見失っていたのですから。
「ライバルも大事でしょう。ライバルはあなたを強くする。ですが……ライバルよりも大事なこと、あるのではないですか?」
……そうですわね。危うく、忘れてしまうところでしたわ。
「……もう大丈夫ですおばあさま。わたくしは負けません。春の盾……天皇賞の盾を勝ち取ります。メジロのウマ娘として!」
「……大事なこと、思い出せたようですね。ならば、あなたはもう大丈夫でしょう」
おばあさまは、一瞬だけですがわたくしを慈しむような、慈愛に満ちたような目でわたくしを見ました。……もう問題ありません。わたくしの目標は天皇賞を勝つこと。その一点のみです。
「……ですが、あなたに忠告すべきことがもう一つあります。マックイーン」
「忠告……ですか?」
おばあさまはわたくしの言葉に頷きます。そして……おばあさまは言葉を続けました。わたくしを心配するような、そんな視線を感じます。
「今回の天皇賞に出走するファントム……〈ターフの亡霊〉には十分に気をつけなさい。あのウマ娘の走りは……悪意に満ちている」
「ファントムさんに……ですか?それに、悪意に満ちている、とは?」
悪意に満ちた走りなど、普段のファントムさんからは考えられませんが……。
「あのウマ娘の噂については、あなたの耳にも入っていますね?」
「えぇ、勿論ですわ。有名な噂ではありますし、嘆かわしいと……」
「〈ターフの亡霊〉は……わざと他のウマ娘を引退に追いやるような走りをしております」
「……え?」
おばあさまの言葉に信じられず、思わず呆けたような声を出します。ですが、おばあさまはわたくしに忠告を続けました。
「他のウマ娘の走りを徹底的に否定し、自らの力を誇示するように走っている……。自らが絶対に正しいと信じ、自分以外のウマ娘を下に見ている。他のウマ娘を潰すことを至上とする……そのようなウマ娘です」
「そ、れは……」
「あなたも十分に気をつけなさい。下手をすれば……あなたもあの亡霊の悪意に飲まれかねませんから」
……正直、信じられないという気持ちが大半を占めております。ですが、わたくしは決意の籠った目でおばあさまを見据えます。
「大丈夫ですわおばあさま。私は負けません。春の盾を賜るのは……わたくしです!」
「……あなたの無事を祈っていますよ、マックイーン」
その言葉を最後に、わたくしは部屋を退出します。それにしても……。
(ファントムさんの走りが、悪意に満ちている?……おばあさまが嘘を言っているとは思えませんが……)
ですが、普段のファントムさんの様子から信じられないというのもまた事実。果たして、どうするべきか?
「……警戒はしておきましょう。それに、作戦ではわたくしはファントムさんの後ろを走る予定です。十分に警戒をしておきましょう」
目前に控えた春の天皇賞を前に、わたくしはそう決意を新たにしました。
もう夕暮れ時。ボクがジョギングを終えて学園に戻ってくると……。
「テイオー。お疲れ」
「カイチョー!」
カイチョーが校門の前でボクを待っててくれたんだ!今日の疲れがぜ~んぶ吹っ飛んじゃった!それくらい嬉しい!
「ほら、テイオー。テイオーの分だ」
カイチョーからスポドリを渡されてボクはカイチョーと一緒に歩く。行きついた先は、練習場の観客席。
「そうか。先程のジョギングは、テイオーのトレーナーの指示か」
「うん。ボクは2400mより長い距離を走ったことがないから。少しでもスタミナをつけないとね」
現状、ボクはマックイーンとファントムの2人よりも圧倒的に不利だ。2人は長距離を走ったことがある上に、長距離を主戦場している2人。……いや、ファントムに関してはちょっと怪しいとこだけど。でも、トレーナーは言ってた。ファントムが一番得意とする距離は長距離かもしれないって。
「そうだな。距離を考えれば、マックイーンとファントムに軍配が上がるだろう」
「……うん。でも、ボクは長距離のレースに出たことがないだけ。適性があるかどうかはボクにも分からない」
ボクの言葉を、カイチョーは静かに聞いていた。
「……あぁ」
「テレビや新聞だと、ボク優勢で書かれてるけどさ。ボク自身マックイーン達に挑む気持ちで天皇賞を走るよ」
「そうか……」
ボクはカイチョーに誓う。ボク自身の夢を、目標を。
「ボクはカイチョーみたいな無敗の3冠ウマ娘にはなれなかった。でも、無敗のウマ娘にはなってみせる!新しい目標に、ボクは挑戦するよ!カイチョー!」
「……そうだ。変わることを恐れるな。挑戦し続けろ、テイオー!」
ボクとカイチョーはお互いに笑みを浮かべる。
……正直、不安がないといえばウソになる。それが、ほんの少し表情に出たかもしれない。
「だが、やはり不安か?テイオー」
カイチョーに感づかれちゃった。やっぱり鋭いね、カイチョーは。
「……アハハ。やっぱりカイチョーにはバレちゃうか」
「テイオーが不安に思っているのは……ファントムのことか?」
「……そうだね。正直、ファントムには凄く負けてるし。やっぱりちょっと不安かな?」
正直、ボクは一番の不安要素はファントムだと思っている。ファントムの強さは、何回も挑んでいるからこそよく分かっている。ファントムは……本当に強いって。
カイチョーに無敗のウマ娘であり続けるって宣誓したのに情けないけど、やっぱり不安にもなる。100回も負けてたら誰だってそうだと思うんだ。
でも、カイチョーはボクを安心させるように優しい声で励ましてくれた。
「だがテイオー。例え100回負けても101回目に勝てばいい。私は、テイオーならファントムにも十分に勝てると思っている」
「……カイチョー」
「確かにファントムの強さは抜きんでているだろう。だが、だからといってこの先ずっと勝てないわけじゃないし天皇賞でファントムに勝てないという証明にはならない。挑戦し続ける心……それが大事だテイオー」
少しの間無言になる。ボクは、カイチョーの言葉を噛みしめていた。
(100回負けても101回目に勝てばいい……。挑戦し続ける心こそが大事……。うん、そうだねカイチョー!)
「……うん、ありがとうカイチョー!見ててね?ボク、天皇賞勝ってみせるから!」
カイチョーに励まされて、少し元気が出た!ボクはカイチョーに威勢よくそう答える!
「そうだ、天皇賞は私も現地に赴く予定だ。応援しているよ、テイオー」
「うん!ボクのカッコいいとこ、ちゃんと見ててね?カイチョー!」
「ハハッ、もう不安はなくなったかい?」
「ばっちりだよ!」
よ~し!カイチョーにも励ましてもらったし、明日からのトレーニングも頑張るぞー!テイ、テイ、オー!
それからもボクは練習を重ねて。スタミナがついていることを実感してきた頃。学園を歩いていると……。
「……ここのところ負け続けてるからなーターボのチーム。勝ちたいなー、どうすればいいかなー?ファントムとまたレースしようかなー?」
向かいから歩いてくるウマ娘がいた。青い髪のツインテール、確か……ダブルターボだっけ?あ、向こうもボクに気がついた。
「あ!トウカイテイオー!」
「えっと、キミは……」
ボクの言葉を遮って、ダブルターボは言葉を続ける。
「この前の大阪杯見たぞ!ウチのディクタスに勝つとは中々やるな!流石はターボのライバル!」
「あ、アハハ……」
ら、ライバル?そうだっけ?
「次はターボが挑むからな!覚悟しててよね!」
「う、うん。楽しみにしてるよ」
と、とりあえず愛想笑いだけ浮かべとこ。
「でも、テイオーが怪我した時はもうダメかと思ったぞ。リハビリ頑張ったな!」
……そうだね。確かに怪我したけど……
「諦めないことが大事だからね」
「へ?諦めないこと?」
「うん。骨折しても二度と走れないってわけじゃなかったし……どんな苦境に立たされても諦めないことがレースでは大事だとボクは思ってるんだよね」
じゃなきゃ、ボクはファントムに今も挑んでないし。
「どんな苦境でも諦めないこと……」
「そ。例え何度負けたってボクは立ち上がる。そして、また挑むんだ。100回負けても101回目に勝つために、ボクは何度負けても立ち上がる。それが大事だって、カイ……ボクの大事な人から学んだからね」
「100回負けても101回目に勝つ……」
ダブルターボはボクの言葉を噛みしめるように呟いている。
「……そうだね!ターボも次のレース頑張る!いつかテイオーに挑むから、覚悟しててね!」
「うん、楽しみに待ってるよ。ダブルターボ」
「ツインターボ!テイオーの席のすぐ近くじゃん!」
……そうだっけ?よく覚えてないや。
……春の天皇賞を間近に控えた深夜。俺様は寮の窓から空を見上げている。
「……さぁて?あの塵共は俺様をどれだけ楽しませてくれるかねぇ?」
コイツ……ファントムの意識はすでに落ちている。俺様は表に出てコイツの身体を操作していた。
「特にスイーツ娘……俺様に喧嘩を売ったんだ。それなりに楽しませてくれよ?ま……スイーツ娘は最強ステイヤーと言われているぐらいだ。その辺の塵よりは楽しませてくれるだろうな」
後は……俺様、というよりはコイツに挑み続けているクソガキ。良くもまぁ100回以上負けて挑み続けるもんだ。まぁ……それも明日で最後だ。
「クソガキも地獄に送ってやるよ……。二度と俺様に挑もうという気すら起きないぐらいに徹底的にな」
そうなると予定のレースに欠員が出るな……。まぁいい。またコイツに探させればいいだろう。負担を掛けちまうのは少し悪いがな。
……悪い?何故そんなことを思う必要がある?コイツは駒でしかねぇ。俺様が蘇るための、駒にすぎねぇ。……そのはずだ。
「……コイツが過去のことを徐々に見るようになってきたのは、俺様のコレが原因でもあんのか?……クソがッ!」
忘れるな。俺様自身の目的を。俺様の原点を……三女神に対する、この憎悪を!
「さぁて……明日は楽しませてもらおうじゃねぇか……!精々俺様の糧になってくれよぉ!」
そう、決意を新たにした。
そして、春の天皇賞を迎える。
次回 春の天皇賞