「「スペシャルウィーク(君/さん)が調整に失敗していた?」」
「……そう。私も、ビックリした」
タキオンと友達になってから少し経った日のこと。旧理科準備室で私はスピカのことを話しています。その話題は、スペちゃんが調整に失敗していたということです。もう一人の私が言っていたこと、大正解。
なんとスペちゃん、皐月賞は体重が増加した状態で挑んだらしいんです。腰のあたりを気にしていたのは衣装が上手く入らなかったからだとか。
体重が増える。それ自体は別に悪いことではないのですが……。
「けど、体重が増加する、というのは……悪いことでは、ないかと」
「そうだねぇ。体重が増えたということは筋肉量を上げられるわけだし、悪いことばかりではないさ」
「……でも、スペちゃんそれを過剰に気にしてたみたいで。ダイエットしようとしてた」
「ダイエット?具体的にはどうしてたんだい?」
「……食事制限」
「……それは、あまりよろしくないですね。体重、気になるのは分かりますが」
いかに競技者といえど、私達は乙女です。やはり体重は気になるもの。そうは思いませんか?私。
”思わん。体重が増えたってことは強くなるための土台ができてきたっつう証拠だ。体格が良ければ良いほど当たりにも強く出れる。鍛え方次第だがな”
「……女の子としては気になるんじゃない?やっぱり体重は」
”棒立ち娘は強くなりてぇんだろ?だったら我慢するしかねぇ。そもそも、ここに来た時点で体重増加なんてもんは避けられねぇんだからよ。それが嫌なら、増えた体重を全部筋肉にする勢いで頑張るってこった”
「……それしかないね」
そのためにスペちゃんは今頑張ってるわけですから。目指すはダービー制覇です。
「しかし、体重増加ですか。ファントムさんは気にしたこと、ありますか?」
「……ないね」
「おぉっと、断言か。理由を聞いても?」
体重増加を気にしない理由ですか。まぁ簡単なことです。
「……私は、決められた食事の量、決められたトレーニングを毎日忠実にこなしてるから。体重が増えたということは、それだけ筋肉がついてきたってこと、強くなってきたということ。だから、体重が増えても、気にしたことはない」
「成程ねぇ。考え方次第、ということだね?」
「……そういうこと」
まぁ、体重を絞るという意味ではスペちゃんのダイエットは個人的に賛成です。
さて、そろそろいい時間ですし私はお暇しましょう。スピカの練習に行かないといけませんから。
「……それじゃあ、私はチームの方に行くね」
「えぇ。それでは、また」
「いつでも来たまえよ~」
2人と別れて私はスピカの部室へと向かいました。
さてやってきましたスピカの部室。……なんですけど、スペちゃんなんか落ち込んでますね?どうしたんでしょうか?
「……スペちゃん、どうかしたの?」
「ファントムさん……。実は……」
スペちゃん曰く、人参断ちをしたらしいです。実家から大好物である人参が送られてきたんですけど、ダイエット中ということに加えてハングリー精神を鍛えるために段ボールごと封印したとか。
強くなるためとはいえ、それは辛いかもしれません。なので、ここはスペちゃんを鼓舞しましょうそうしましょう。
「……頑張って、スペちゃん。苦しいのは今だけ。ダービーを勝てば、また元のように美味しい人参を食べられるよ」
「ファントムさん……ッ!はい!私、頑張ります!」
こうして、スペちゃんのダイエット作戦改め、ダービーに向けての猛特訓が始まりました。
まずは筋トレです。王道ですね。
「先輩!俺、心を鬼にします!地獄の筋トレ始めますよ!」
「お、お手柔らかにお願いします~……」
「ダメです!ダービー、勝つんすよね!だったら厳しくいきますよ!」
「……まずは腹筋100回3セット。行ってみようか」
そう言いながら私も筋トレを始めます。こういうのは同じ仲間がいるとモチベーションがアップするらしいです。なんかのサイトで見ました。
”仲間がいねぇとやる気が上がらねぇのもどうかと思うがな”
「……まぁ、私も鍛える口実が欲しいだけだから」
「ファントム先輩はそれ以上強くなってどうするんすか……」
向上心を持つことは大事ですよウオッカ。さて、始めましょう。
「……スペちゃん、ただ数をこなすだけじゃダメ。しっかりと身体の筋肉を使うイメージでやらないと」
「うぐぐぐ……、は、はい~」
「……ウオッカも。どんどん動きが雑になってきてるよ。もっと気合を入れてやらないと」
「な、なんで俺まで~」
「……ウオッカも、強くなりたいんでしょ?だったら、ウオッカも頑張って。残り2セット、頑張ろう」
そんなこんなで腹筋100回3セットが終わりましたね。スペちゃんとウオッカは息も絶え絶えです。フム……。
「……じゃあ、少し休憩した後は腕立てをしようか」
2人ともあからさまに嫌そうな顔してますね。なので安心させるために提案しましょう。
「……大丈夫。さすがに、100回3セットは数が多すぎた」
「「で、ですよね!」」
「……だから、50回5セットでいこう」
「あんまり数変わってないじゃないですか!?」
「……合計300から、合計250に変わってる。50回分、お得」
それに1セットごとにインターバルがあるのでこちらの方がお得ですよ。
腹筋、腕立て、スクワット、プランク。基本的な筋トレをこなし終わりました。スペちゃん達はすでに虫の息に近いですね。それほどキツいでしょうか?
「ハァ、ハァ……ッ。数は、ともかく、意識して動かすってなるとマジでキチィ……ッ」
「ハァ、ハァっ。本、当……ですね。な、なん、で、ファン、トムさんは、息も、切れてないんでしょうか?」
「……まぁ、慣れもあるから。とりあえず、これで準備運動は、終わったね」
「「……へ?」」
「……じゃあ、次はボクシング、行こうか」
「「ひえ~!」」
嬉しそうですね。そんなに楽しかったですか?
”多分違うと思うぞ”
そうですかね?
時にはダンス……ですが、ダンスで私ができることは特にないのでスカーレットの練習に付き添ってます。ダンスはテイオーに任せましょう。
今はスカーレットの走りを見ています。
「ハァ、ハァっ!ファントム先輩!今のどうでしたか!?」
「……タイムも、いい感じだね。自己ベストに、近いよ」
「ほ、本当ですか!?」
「……うん。でも、自己ベスト更新はならず、だね。まだまだ、頑張ろうか。スカーレット」
「……っ、はい!お願いします、ファントム先輩!」
「……少し休憩した後、もう一本行くよ。しっかり身体を休めて次に備えて」
「はい!」
スカーレットはそう言うと休憩しに行きました。素直な良い子ですね、スカーレット。思わずよしよししてあげたくなります。ですが、それは自己ベスト更新の時にとっておきましょう。
時にプールトレーニング。スペちゃんは目隠しされて飛び込み台へと案内されました。コレダイエットの意味あるんですかね?多分ないですね。度胸はつきそうですけど。
”いや、コレ意味ねぇだろ。あの奇天烈葦毛が面白がってるだけだろ”
「……まぁ、だろうね」
ゴルシが好きそうですし。
「ウマ娘は度胸。どーんと飛び込めー!」
ゴルシがそう言いますが、スペちゃんはすっかりしり込みしてますね。……おや?あれはスカイでしょうか?おっ、お手本を見せるように飛び込みましたね。奇麗な飛び込みです。この調子でスペちゃんも……あっ、足を滑らして落ちましたね。大丈夫でしょうかスペちゃん。
「……スペちゃん、大丈夫?」
「これ、ダイエットの意味あるんでしょうか……?」
「……多分、ないね。だから、普通に泳ぎの特訓しようか」
「はい……」
そんなわけでスペちゃんは泳ぎの特訓へと移りました。さっきのは忘れるに限ります。
時には、私やスズカを交えて走りのトレーニング。
「……とりあえずスペちゃん。走る前に皐月賞の反省をしようか」
「皐月賞の、ですか?」
「……うん。スペちゃん、皐月賞の最後の直線。どんなことを考えてた?」
「え~っと……、弥生賞と同じ展開だから、大丈夫かなって思ってました」
成程。
「……でも、結果は?」
「……弥生賞と違って、追いつけませんでした」
「……うん。だから、スペちゃんに覚えておいて欲しいのは同じ展開になったからって勝てるとは限らないということ。自分も成長しているかもしれないけど、それは相手も同じ。だから、同じ展開になったからといっても油断はしないのが大事」
「はい。皐月賞で身に沁みて分かりました……」
「……でも、自分の必勝パターンを持っておくのは良いこと。こうすれば勝てる、あぁすれば自分の力を最大限発揮できる。そんな展開を持つのは、大事だよ」
スペちゃんは私の言葉に頷いています。反省会はこの辺にして走り込みをしましょうか。
「……それじゃあ、私とスズカ、それとスペちゃんで走ろうか」
「はい!お願いします、スズカさん、ファントムさん!」
「えぇ。一緒に頑張りましょう、スペちゃん」
こうしてスペちゃんのダイエット兼日本ダービーに向けての特訓は続いていくのでした。
リギルが練習を行っている場所。そこにスピカのトレーナーは訪れていた。目的はリギルのトレーナー、東条トレーナーにとある頼みごとをするために。
「さすがは天下のリギル様だ。キッチリとしたトレーニングをしてるねぇ」
「あなたのところと違ってね」
「ウチは放任主義なもので。アイツらの自主性を重んじてるのさ」
「……それで?何の用かしら?」
「そうだったそうだった。はいこれ、おハナさんにプレゼント」
スピカのトレーナーはそう言って東条トレーナーにあるものを渡す。書かれている文字は、【果たし状】。
「……あなたのところからは誰が?」
「スペシャルウィークだ」
「誰と模擬レースするのかしら?」
「アイツと」
スピカのトレーナーが指を差した先。そこには栗毛のウマ娘タイキシャトルがいた。
「……あの子は日本一の短距離ウマ娘よ。大丈夫かしら?そっちの子は」
「だからこそだよ。強者との経験は、きっとスペシャルウィークの糧になる」
東条トレーナーは少しの間逡巡する。
「お願い!おハナさん!この通り!」
「……あなたの頭を下げてもらったところでね」
やがて考えが纏まった東条トレーナーは答える。
「条件があるわ」
「条件?どんな?」
東条トレーナーは模擬レースをする条件を告げる。スピカのトレーナーはそれに驚いたような表情を浮かべるも
「……分かった。その条件、呑むぜ。おハナさん」
「交渉成立ね」
模擬レースは行われることとなった。
もうそろそろ有馬記念ですね。私の夢はエフフォーリアです。