そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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春の天皇賞。序盤から飛ばしていく亡霊。


亡霊と退屈

《さぁ世紀の決戦春の天皇賞が幕を開けました!各ウマ娘が揃ってスタートを切った!出遅れは……やはり出遅れた6番のファントム!6番のファントムがやはり出遅れたそれ以外は奇麗なスタートを切っている!3200mの長丁場!ペースを握るのは……ッ!》

 

 

 

 

 ファントムというウマ娘はスタートを苦手としている。必ずと言っていいほど出遅れる。それはトゥインクル・シリーズのファンの間での共通認識であり、それゆえにこの後の行動も予測できた。だが……それでもファンからは驚きの声が上がっていた。

 

 

 

 

《やはりファントム、やはりファントムだ!出遅れようが関係ない!ペースを握るのは自分だとばかりに突っ込んできた!しかもそれだけじゃありません!な、なんと……!バ群の中央を突っ切って6番のファントムが上がってきている!》

 

 

《彼女が走る道を空けるように他のウマ娘は横に広がりましたね。何があったのでしょうか?》

 

 

《先頭に立ってペースを握るのはファントムだ!トウカイテイオーとメジロマックイーンはどう動くのか?そしてファントムに続くように外からメジロパーマーだメジロパーマーが上がってきている!レースを引っ張るのはファントムとメジロパーマー2人のウマ娘……いや違う!ファントムがメジロパーマーを突き放す!ファントムがグングン加速している!これは長距離だぞ!?大丈夫か!?》

 

 

 

 

 ファントムに続くように上がってきたメジロパーマー。それを追いつかせまいとファントムはペースを上げる。それがかなりのペースであることは、ファンの目から見ても明らかだった。

 

 

「ファントムというウマ娘はスタートを苦手としている。彼女が出遅れなかったレースはないくらいだ」

 

 

「どうした急に」

 

 

「逃げウマ娘にとってスタートが苦手というのは致命的な問題だ。だが……それでも彼女は関係なく大逃げで勝ってきた。それを可能にしているのは、無尽蔵に等しいスタミナと突出したスピードの持ち主であることに他ならない」

 

 

「つまり……この状況もいつも通りってことだな」

 

 

「あぁ。だが今回のレースには同じくスタミナ豊富なメジロマックイーンと天性のバネを持つトウカイテイオーがいる。いくら無敗の亡霊と言えど一筋縄ではいかないだろう」

 

 

「……だな」

 

 

「がんばれー!テイオーさーん!」

 

 

「負けないでー!マックイーンさーん!」

 

 

 そして、各ウマ娘は第4コーナーのスタンド前へと入ってくる。

 

 

 

 

《先頭でペースを握るのは6番のファントム!その後ろに2番手3バ身程離れてメジロパーマー2番人気メジロマックイーンはおっとこれは珍しいメジロマックイーンは現在3番手メジロパーマーのすぐ後ろ。それから4番手から7番手まではほとんど差がありません。1番人気トウカイテイオーは現在9番手の位置につけております》

 

 

 

 

 春の天皇賞は始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ッよし。好調な滑り出しですわね)

 

 

 良いスタートを切ることができました。ファントムさんは……案の定出遅れていましたわね。隣にいたので見えていました。これは好機です!

 

 

(ファントムさんの枠番は丁度真ん中に当たる位置……内に進路を取るにも外から上がってくるのにも手間取る位置です。スタミナを余計に消耗することでしょう。さらには他の方々もファントムさんを警戒しているはず。なればこそ、このまま閉じ込められる可能性も……)

 

 

 わたくしはファントムさんがバ群に閉じ込められる。そう考えました。実際、ファントムさんの位置から抜け出すにはかなり手間取る程密集しています。いくらファントムさんといえど、このバ群を抜け出すのは相当骨であるはず。だからこそ、彼女の大逃げを封じることができる。

 ですがそれは……あまりにも甘い考えでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どけ

 

 

(ッ!?)

 

 

 一言。たった一言。その言葉だけが聞こえました。底冷えするような低い声が聞こえたのと同時、わたくしの身体は……委縮しました。

 その次にとった行動は……道を空けること。自分でも不思議なほどに、道を空けてしまいました。

 

 

(ッ!?し、しまっ……!)

 

 

 正気に戻った時には、もう手遅れでした。ファントムさんは……その空いた道を瞬く間に駆け抜けていきました。周りを見ると、他の方もわたくしと同じように道を空けているのが分かります。

 わたくしに襲ったのは後悔……というよりは、戸惑いの方が大きい。

 

 

(な、なんですのアレは……!生物としての本能が働きかけるように……彼女が通るルートを空けてしまった……!)

 

 

 ファントムさんの走る道を邪魔をしてはいけない、空けることこそが正解であるかのように……彼女が走るルートを空けてしまった!

 ……後悔しても仕方ありませんわね。ファントムさんにまんまと大逃げさせてしまいますが……当初の予定通りにいきましょう。わたくしは普段つけている位置よりもさらに前、大逃げで走る2人の少し後ろ、逃げの位置で走ります。

 

 

(ファントムさんの大逃げを捕まえるには、いつもの位置では追いつけないでしょう。だからこそいつもより前の位置で走る……それがベストの選択でしょう)

 

 

 それに、パーマーが前にいます。これは好都合。風除けに使わせてもらいますわよ、パーマー。

 

 

 

 

《各ウマ娘が1周目の第4コーナーを回って1周目のホームストレッチへと入ります!先頭を走るのは依然としてファントム!ファントムが先頭に立って逃げに逃げている!2番手メジロパーマーとの差は4バ身程開いておりますここからさらに差を広げるのかそれとも抑えるのか気になるところ》

 

 

《メジロマックイーンはメジロパーマーの後ろ3番手の位置につけていますね。それを見てかトウカイテイオーも前目につけています》

 

 

《そうですね。メジロマックイーン3番手トウカイテイオーはメジロマックイーンをマークする形を取った現在4番手です。しかし5番手から9番手までは差がなくまとまっております。9番手から5バ身程離れて10番手後方集団はここでまとまっている》

 

 

 

 

 ……それにしても、さすがにこの時点では静かですわねファントムさん。

 

 

(あの独特なスパートフォーム……アレがファントムさんが本気を出す合図みたいなものなのでしょう。それを十全に引き出される前に何とかしたいところです)

 

 

 そう考えながらわたくしはホームストレッチを走る。……というか、コースがデコボコしてますわね。荒れすぎですわ。あまり問題ではありませんけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、と。俺様に無謀にも競り合おうとしてた塵は……っと。

 

 

「走りづらそうにしてんな。ま、こんだけ荒れてりゃ当たり前か」

 

 

”……一応、少しは抑えてね”

 

 

「わーってるよ」

 

 

 1周目のホームストレッチのバ場はかなり荒れている。走りづらいことこの上ないだろう。……にしても、アイツのフォームも独特だな。滅茶苦茶頭上げてるじゃねぇか。

 

 

「後ろとの差は……ざっと5バ身程か」

 

 

 まぁ十分だろ。あの塵もペースを落としたことだし、俺様は少しだけペースを落とす。そして考えるのは……スタート直後のこと。ありゃ滑稽だったな。

 いつものように俺様は出遅れた。だが、今回は枠番が良くなかった。丁度真ん中……内にいくにしても外にいくにしても面倒な場所だった……普通の塵共ならな。

 先頭を走るために内に走る?外を回って上がっていく?バカバカしい。そんなルートを通る必要はねぇ。俺様の道は……俺様が決める。

 そう考えた俺様が取った手段は……中央突破。バ群の密集地帯に突っ込むことだった。

 

 

(俺様の前を走ることは何人たりとも許さねぇ。テメェら塵共は……俺様の後ろを走っているのがお似合いだ)

 

 

 後ろから俺様が上がってくるのを感じ取ったのだろう。塵共はすぐさま道を空けた。……まぁちょーっとばっかし圧をかけてやったせいだが。

 あの景色は痛快だったな。まるで俺様に平伏するように道を空ける姿は本当に面白かった。笑いがこみあげてくるぜ。

 

 

「クックック……」

 

 

”……レースの最初の方思い出してるんだろうけど、程々にね”

 

 

「なんだ分かってやがったのか。だが、痛快だったろ?俺様のために道を空けるその姿……最高に愉快だったぜ?」

 

 

”……深くは追及しないよ。後、そろそろ第1コーナーのカーブに入る”

 

 

 おっと。もうそんなところだったか。

 

 

 

 

《さぁ先頭を走るファントムが最初の1000mを通過しました!最初の1000mのタイムは……ッ!?な、なんと驚きの58秒ジャスト!58秒ジャストでファントムが最初の1000mを通過しました!今日も飛ばしているぞファントム!》

 

 

《この3200mの舞台でこのタイムを記録するとは……ッ!今回も彼女の大逃げが炸裂するのか!?》

 

 

《遅れて5バ身でメジロパーマーが通過そしてその後ろ2バ身差3番手メジロマックイーンも通過しましたこれから各ウマ娘が第1コーナーのカーブへと入っていきます。さぁファントムの大逃げがこの京都の舞台でも炸裂するのか!それとも他のウマ娘が待ったをかけるのか!》

 

 

 

 

 さてと……どこまで俺様に喰らいついてくれるんだ?スイーツ娘とクソガキは。精々俺様を楽しませてくれよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《第1コーナーを抜けて第2コーナーへと入ります。先頭は依然としてファントムが快調に飛ばしているがややペースを落としたか?》

 

 

《何分ほとんどペースが変わりませんからね彼女は。どこでペースを落として息を入れているのかを判別するのも一苦労です》

 

 

《続く2番手は5バ身いや6バ身離れてメジロパーマー。逃げ宣言をしていた彼女ですがファントムのペースについていくだけで精一杯か?それでも十分早いペース。その後ろ2バ身差でメジロマックイーン2番人気メジロマックイーンはこの位置だ》

 

 

《良い位置につけていますね。序盤ではファントムが通る道をまんまと空けてしまいましたが非常に落ち着いた様子。このペースを維持したいところ》

 

 

《そしてメジロマックイーンの後ろ4番手の位置にトウカイテイオーここまでは変わらず。ペースが落ち着き始めました。次の直線に向けて脚を溜めている段階》

 

 

 

 

 会場はどよめきに包まれていた。ただ、その原因は明らかだろう。ファントムの大逃げ……しかも、3200mという舞台で最初の1000mを58秒で通過するという破滅的なペースの逃げを披露したからである。

 

 

「こんな高速ペースで進む天皇賞見たことねぇぞ!?」

 

 

「クッソォ!負けるなーマックイーン!」

 

 

「亡霊に勝ってくれーテイオー!」

 

 

「そのまま逃げ切っちゃえー!ファントムー!」

 

 

「パマちんもっとバイブス上げてこー!」

 

 

 会場からはそれぞれのウマ娘を応援する声が上がっている。ファントムを応援している声は、その中でも特に少ない。彼女の噂がそうしているのもあるだろうが……やはり人々は望んでいるのだろう。彼女の不敗神話が終わる、その瞬間を。

 絶対の強さは人を退屈にさせる。ファントムというウマ娘は、その言葉をまさに体現していた。だからこそ人々は望むのである。ファントムというウマ娘の不敗神話が終わるその瞬間を。

 ……だが、それは走っている本人からすればどうでもいいことだ。ただ彼女は走るだけなのだから。

 

 

 

 

《そして第2コーナーを抜けてバックストレッチに入った!ファントムが快調に飛ばしている!ほとんど変わらないペースで逃げている!果たして彼女を捉えるウマ娘は出てくるのか!?》

 

 

 

 

──春の天皇賞は第2コーナーを抜けて直線に入る。3200mのレースは折り返しに入った。




ちなみにキタサンブラックがレコードを出した天皇賞・春の最初の1000mが58秒3らしいです。なんだこのペース()。

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