そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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春の天皇賞、続き。


亡霊の侵食

《第2コーナーを抜けてバックストレッチに入りました。依然として先頭はファントムですがややペースを落としたか?後続もペースを落とすかいや、ここは落とさない。ファントムが息をついているこの間に差を詰めようとペースは崩さない。メジロパーマーとメジロマックイーンがその差を詰めていきます。7バ身あった差が6バ身、5バ身と徐々に詰めてきている》

 

 

《ここでペースを落としたらそれこそファントムの思うつぼですからね。ですがここで気になるのはメジロマックイーンとメジロパーマーのスタミナ。ただでさえファントムのハイペースに付き合わされていますからスタミナの消耗もかなり激しいはずですよ》

 

 

《そうですねぇ……っと、やはりスタミナを温存する考えかペースを落とした。ファントムとの差を4バ身程詰めたところでペースを落とした。現在は先頭ファントム、そこから4バ身離れたところにメジロパーマー、3番手メジロマックイーンはメジロパーマーのすぐ後ろ。4番手はメジロマックイーンから4バ身離れた位置にいるここは一塊の集団になっているか?トウカイテイオーもこの集団の中にいる脚はまだ温存する考えか?》

 

 

 

 

 ……やっぱとんでもねぇなアイツは。まさか58秒台の逃げに出るとは。

 

 

(だが、予想できなかったことじゃねぇ。それを証明するように、マックイーンもいつもより前目につけている。テイオーも……脚は残せているか?ただ距離の適性的に怪しいが……それはこの後証明されるだろう)

 

 

 俺は黙ってレースを見守る。だが、胸中は穏やかじゃない。

 このままいけば、マックイーンかテイオー……どちらかの夢が終わるし、どちらの夢も終わる可能性がある。加えて、ファントムの成績に初めての黒星がつけられるかもしれない。

 

 

「これがあるから、同じチームから同じレースに出走させたくねぇんだよなぁ……。誰かの夢が終わる、その瞬間を見るのが嫌だから……」

 

 

「今更何言ってんのよトレーナー!レースに集中しなさいっての!」

 

 

 スカーレットに言われて俺はレースを観る。レースは向こう正面中ほどを過ぎた。そろそろ第3コーナーに入ろうかというところだろう。ということは……

 

 

(マックイーンとテイオーが動く。自分達が勝つために……2人が動く!)

 

 

 そして最後の直線で、あの2人は全てを解放するだろう。

 

 

(負けるなテイオー……負けるなマックイーン……負けるな、ファントム!)

 

 

 俺はそう祈る。だが……祈る俺に強烈な悪寒が襲った。それと同時に感じる、不安。

 このままいくと不味い、このままいくと……取り返しのつかないことになる。そんな感覚が俺を襲った。

 

 

(……どういうことだ?なんで今更?)

 

 

 もう俺にはどうすることもできない状態。ただ、レースを見守ることしかできないってのに。

 ……考えても仕方ねぇ。それに、気のせいって可能性もある。その可能性は、限りなく低いが。俺はただ、黙ってレースの行方を見守ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクはレースの最初の方からマックイーンをマークし続けた。ファントムをマークするには、いつもの走りからじゃ位置がちょっと遠すぎるし。それにマックイーンはボクと同じ位置で走ることが多い。さらにはマックイーンはファントムをマークする。なら。

 

 

(マックイーンをマークすれば、必然的にファントムを抜かすための位置取りも取れる。マックイーンが仕掛けるのと同時、ボクも仕掛ける!)

 

 

 末脚勝負なら2人も負けない、それだけの自負がある。だからこそ、バックストレッチを走っている今はまだ我慢の時だ。

 勝負を仕掛けるのは……!

 

 

 

 

《直線コースも終わりが見えてきました勝負は第3コーナーへと移ります》

 

 

 

 

 勝負はここの、第3コーナー!ボクはペースを上げる。マックイーンを捉えるために、ひいては……ファントムを捉えるために!

 

 

(ここで追いつかなきゃ2人には勝てない。ボクの力を発揮できる前に終わっちゃう。自分の力を発揮できないまま負けるなんて……そんなことは許さない!)

 

 

 さぁて、2人はどう動くのかな!?

 

 

 

 

《各ウマ娘が第3コーナーへと入ります、っと!ここでトウカイテイオーが動いた!トウカイテイオーが4番手集団から抜け出して前との差を詰めてきました!トウカイテイオーが前との差をグングン詰めていく!3番手メジロマックイーンも……それと同じく仕掛けた!》

 

 

《トウカイテイオーとメジロマックイーン。2人ともここしかない、というタイミングで動き出しましたね。前を走るファントムとの差を詰めていきたいところ》

 

 

《第3コーナーの坂!第3コーナーの坂!春の盾は!春の盾は絶対に渡せないメジロマックイーン!春の盾こそ絶対に欲しいトウカイテイオー!同じチームの先輩として春の盾を譲るわけにはいかないファントム!800の標識を越えた!先頭を走るファントムとの差は現在4バ身!ここからメジロマックイーンとトウカイテイオーは追いつくことができるか!?そして2人がメジロパーマーを躱した!》

 

 

 

 

 メジロパーマーの悔しそうな声を聞きながら、ボクはマックイーンとの差を詰める!マックイーンとの差は今2バ身くらい。これくらいなら……最後の直線で十分に追い抜ける!

 

 

 

 

《さぁここからはトウカイテイオー未知の領域!トウカイテイオーにとってここから先は未知の道のりだ!》

 

 

 

 

 残り800を超えた。つまりは、ここから先はボクにとって体験したことのない領域。

 

 

(でも、関係ないもんね!あれだけトレーニングしたんだ……きっと、大丈夫さ!)

 

 

 スタミナをつけるために、年明けからずっと頑張ってきたんだ!だからきっと大丈夫!それに、トレーナーからファントム用の対策を教えてもらったし!

 

 

(……まぁ対策って言ってもほとんど作戦みたいなものはなかったんだけどね。基礎能力を底上げするしかない、そう書かれてたし)

 

 

 実際、ファントムってあんまり作戦とか立てずに先頭立って逃げるからそうするしかないってのは分かるんだけど。後はファントムの弱点とか息を入れるタイミングとか、その見分け方とか……色々詳しいことが書いてあった。そして、このレースでもほとんどその通りに動いてたと思う。ボクは全部は分からなかったけど……マックイーンなら分かったかな?スタートからずっと近くにいたし。

 

 

(作戦通りにいってる……いってるはずなんだ。でも、さっきからボクを襲うこの悪寒はなんだろう……?)

 

 

 さっきから不安な気持ちが収まらない。何か、何か取り返しのつかないことが起きそうな予感がする。そんな予感がするんだ。

 ……いや、悪い考えを持つのはダメだ。それは走りにも表れるから。だからこそ、ボクならできる、ボクならやれるとポジティブにいこう!

 

 

「トウカイテイオー……いっちゃうよー!」

 

 

 ボクはボク自身を鼓舞するように声を上げる。そろそろ第3コーナーを抜けそうなタイミングだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……さて、残り800mか。ここらで仕掛ける……なんて考えていたが。

 

 

「せっかくだ。あのスイーツ娘を徹底的に潰してやるか」

 

 

”……何するつもり?”

 

 

「アイツが近づいてきたタイミング……差が1バ身ぐらいになったら領域(ゾーン)を使う。俺様の力を……全力でぶつけてやるよ」

 

 

”……”

 

 

「あ゛ぁ゛?なんだ?文句でもあんのか?」

 

 

”……別に、ない。マックイーンならきっと乗り越えられる。エルと同じように”

 

 

「そうかい。なら勝手に信じとけ。どうせ……裏切られるだけだ」

 

 

 スイーツ娘は徐々に近づいてきている。

 

 

 

 

《第4コーナーに入って第4コーナーの中ほどまで来ました。先頭で逃げるファントムその後ろ差を徐々に詰めてきているメジロマックイーンとトウカイテイオー!チーム・スピカの3人が先頭を独占している!メジロマックイーンとトウカイテイオーが、このレース最注目の2人が〈ターフの亡霊〉にその牙を突き立てようとしている!》

 

 

《最後の直線で果たしてどういった結末を迎えるのか?メジロマックイーンはまだ余裕そうです》

 

 

《問題となるのはトウカイテイオーのスタミナだけ!未知の領域を踏破することができるかトウカイテイオー!もうすぐ最後の直線に入ろうとしているぞ!名優か、帝王か、亡霊か!勝負は最後の直線に持ち越されます!》

 

 

 

 

 ……そして、その時がやってきた。

 

 

「捉えましたわよ、ファントムさん!」

 

 

 よぉ、待ってたぜぇスイーツ娘……いや、メジロマックイーン!

 

 

「序盤からの破滅的なペースでの逃げ……道中息を入れたようですが、それでももたないでしょう!この勝負……わたくしが貰いましたわ!」

 

 

「させないよマックイーン!ボクだって……ッ!ボクだってまだいける!」

 

 

 ……クハハ!クソガキ、トウカイテイオーの方も来やがったか!まぁ当然と言えば当然か。それに、纏めてきた方が好都合だ。

 

 

「さぁて……鏖の時間だ」

 

 

”……ッ!”

 

 

 切ろうじゃねぇか。俺様の力を……俺様の領域(ゾーン)を!

 

 

「み、鏖?ファントムさんらしからぬ言葉ですね……」

 

 

「……ッ」

 

 

 メジロマックイーンとトウカイテイオーが驚いたような声を上げているがどうでもいい。コイツが、ファントムが制御するからどっちか片方しか無理だが……どちらか片方は地獄に落としてやるよ。

 それに、制御しようがあの力は止めようがねぇ。マスク娘の時は途中で切れて完全には喰いきれなかった、あのフランス娘の領域(ゾーン)は完全には喰いきれなかった。だからこそ……テメェらの片方は俺様の糧になってもらうぜぇ!

 

 

「蹂躙してやるよ塵共」

 

 

 俺様は誰にも聞こえない声で呟く。それと同時……勝負服の外套のフードを外す。頭を思いっきり振りかぶって地面すれすれまで近づける。

 

 

「ッ!来ましたわね!」

 

 

「まだ……ッ、まだ、行けるはずなんだッ!」

 

 

 ……どうやら、俺様の糧になるのはメジロマックイーンの方みてぇだな。ま、どっちでも構わねぇ。最終的に……全員俺様の糧になることは変わらねぇんだからよ。

 

 

「さぁ、精々俺様を楽しませてくれよ?」

 

 

 最後の直線に入ったタイミング。その瞬間、俺様は領域(ゾーン)を切った。

 いつもの景色が見えてくる。草1つ生えてねぇ荒れ果てた荒野。背後から迫りくる闇。変わり映えしねぇ景色。ま、関係ねぇか。俺様の勝利は揺るがないんだからよ。

 いつものように、コイツが呻き声を上げている。……また俺様の領域(ゾーン)を抑えにかかっている。もう気にしないことにした。それに、これがコイツの良いところでもあるしな。

 

 

「だが、メジロマックイーンは問題なく喰える……今はそれだけで我慢してやるよ」

 

 

 マスク娘の時は最後まで喰い切ることができなかったが……今度こそ喰いきってやる。テメェの走りを……テメェの領域(ゾーン)を。

 俺様の頭上には、太陽が昇っていることが感覚的に分かった。そして……その太陽は──徐々に、その光を侵食するように黒くなっていく。

 それと同時、俺様の体力がゴッソリと持っていかれる感覚が襲った。

 

 

「……ッ!……クックック、ハーッハッハッハ!」

 

 

 良いなぁオイ!楽しくなってきたじゃねぇか!

 

 

「自分の走りを喰われて……テメェはどこまで俺様に歯向かってくれんだ?メジロマックイーンよぉ!」

 

 

 俺様は加速する。それもただの加速じゃねぇ。さっきとは段違いの速度だ。さぁさぁさぁ!最後まで喰らいついてみせろよ塵共ォ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクは、必死に脚を動かしている。領域(ゾーン)だって使っている。でも、前を走る2人からはどんどん離されて行ってる。

 

 

(……なんで?なんで届かないんだよ!お願いだからもっと動いてよ、ボクの脚!)

 

 

 でも、差はどんどん開いていく。そして、突きつけられてる気がした。現に、ボクは領域(ゾーン)を使っているのに思うように加速ができていない。そして、悟った。

 ここが、ボクの限界なんだって。ボクは……ここまでなんだって。

 

 

(なんでだよ……あんなに頑張ってスタミナ付けたのに、結局2人には届かないの……ッ?)

 

 

 自分の限界に絶望しそうになっていると、前を走るマックイーンの様子が明らかに変わったんだ。

 

 

「ハァ……ッ、ハァ……ッ!」

 

 

 息を切らしている。それは別におかしいことじゃない。でも……違う。アレはスタミナが切れたとかじゃない。何かが、何かがおかしい。

 

 

(……掛かってる?でも、なんでこの局面で掛かるの?それにマックイーンの精神力は凄い。それはボクも良く知ってる。だからマックイーンが掛かるなんて、普通じゃ考えられない)

 

 

 でも、その景色には見覚えがあった。それは、ファントムの後ろを走っていた子達のレース。あの子達も、この局面で掛かっていた。

 ……ということはつまり、ファントムが原因?でも、ファントムが原因だとして何をしたの?ファントム……ッ!?

 

 

(うそ……だよね?ファントムはずっと破滅的なペースで逃げていた!それは、このレースがハイペースで進んでいたことからもよく分かってる!なのに……なんでそれだけの脚があるんだよ、ファントム!)

 

 

 驚くべきことに、ファントムはマックイーンをさらに突き放していたんだ。ボクが2人に置いていかれているペースよりもさらに速く。加えて……今までとは段違いの加速で。どこにそんなスタミナを隠していた?とかなんでそんなに脚が残っているの?とか色々と疑問はあるけど……ただ一つ言えることがある。

 

 

(今まで見てきたどのレースの中でも一番速い!ボクは……ボクは……本当にこんな相手に勝てるのかな?)

 

 

 こんな長丁場でまだそんな脚を残していたという事実と、これから先ファントムに勝てるのかという不安、そして……ファントムというウマ娘の底知れない不気味さに、ボクは恐怖の感情を抱いた。

──春の天皇賞も終わりを迎えようとしている。




次回 メジロマックイーンを襲った亡霊の領域。そして折れかけるテイオーの心。

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