……ここは、一体どこでしょうか?わたくしは見渡す限りの荒野を走っています。
(わたくしは先程までレース場にいたはず……。わたくしがいつも見ている景色とも違いますし、これは一体……?)
ですが、考え込む暇はありません。今は前を走るファントムさんに早く追いつかなければ!
そう考えていると……背後から何かが迫ってくる感覚に襲われます。思わず背後を振り返ると……ッ!
「ッ!?なんですの……アレは!?」
わたくしの背後から黒い何かが迫ってくる。例えるなら……底の見えない、闇。そうとしか言えないものがわたくしの背後から迫ってきていました。
……不味いですわ!アレが何かは分かりませんが……ッ!
(アレに飲み込まれたら終わってしまう!それだけは……それだけは分かりますわ!)
なれば、追いつかれないように急いで逃げなければ!勝負はすでに最後の直線に入っているでしょう。ここで切ります……!
「羽ばたきましょう……最強の、名をかけて……ッ!?」
……ですが、一向に見えてきません。いつもならば、わたくしが見ている景色が、飛ぶように駆けるイメージが湧いてくるはずなのに……その景色が一向に見えてこないですわ!?
(でも、闇はどんどん遠ざかっていってる!ならば問題ありません!このまま走って……ファントムさんに追いつきますわ!)
確かに景色は見えてこないですが、それだけですわ。力が発揮できているのであれば問題ありません。あれにさえ飲み込まれなければ、何も問題はないのですから。
……ですが、わたくしは違和感を感じます。先程の景色に……何かが増えている?ふと、空を見上げるとッ!?
「た、太陽?でも……なんだか様子が……」
わたくしが正体不明の景色の空を見上げると、そこには太陽がありました。ですが……何やら様子がおかしいですわね?
徐々に……徐々に太陽が黒くなっていってるような気が……いえ、気のせいじゃありません。徐々に太陽が黒く染まっていってます。もしやこれは、日食……ッ!?
(な、なんですの!?きゅ、急に力が……ッ!力が抜けていくッ!?)
(ま、不味いですわ!このままだと……ッ!)
先程突き放した闇が……再び迫ってきました。しかも、わたくしの走るスピードよりも速く。このままだと、じきに追いつかれる!そ、それだけは阻止しないと!
ですが、わたくしのその思いも空しく身体からどんどん力が抜けていく。それと同じように……空の太陽が、徐々に黒く染まっていって……ッ!
(もしや……日食が進むのと同時にわたくしの力が抜けていってる!?そ、そんなバカなことがありえますの!?)
そもそもなんですのこれは!この景色は一体……なんですの!?わたくしの心は動揺と不安が支配していました。
あの闇に飲み込まれたら終わり、なんとしてでも逃げなければ。でも、その願いも空しく正体不明の闇はどんどん近づいてきている。
心臓が鷲掴みにされているような感覚に陥る。不安が、恐怖がわたくしを支配している。わたくしは、荒野を必死に駆けている。
(嫌……やめて……やめてくださいまし……)
日食が進むのと同時に、わたくしの中から何かが抜け落ちていく。わたくしの走りが……わたくしの
(やだ……やだ……これ以上、わたくしから奪わないでください……ッ!)
そして……太陽が、完全に黒く染まったのと同時──その声は聞こえてきました。
「これであなたもなかまだよ?わたしたちとなかよくしましょ?」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
わたくしは必死に駆け抜けてます。ですが……すでにどこを走っているのは、分かりませんでした。
クハハハ、クハハハハハ!あぁ、楽しいなぁ、楽しいなぁオイ!久しぶりだこの感覚!他の塵共の
秋の天皇賞ではマスク娘の
だが、そんなことはどうでもいい。今俺様を支配しているのは……ひたすらに楽しいという感覚!
「もっと……もっと!俺様を楽しませてくれよ!なぁおい!最強ステイヤー!」
後ろを見る必要なんかねぇ!俺様は衝動のままにただ走る!久しぶりのこの感覚に加えてかなり体力を持ってかれているが……どうでもいい!楽しい、楽しいなぁオイ!
《さ、最後の直線に入って先頭を走るファントムが爆発的な加速をみせている!?あの破滅的なペースの大逃げでどこにそんなスタミナが残っていたのか!?ファントムが加速している!あのメジロマックイーンを置き去りにして逃げている!その差がどんどん開いていく!》
《さ、最強ステイヤーと名高いメジロマックイーン相手にこれほどまでの強さを発揮するとは……ッ!やはり彼女の底は見えませんね》
《これはもう決まった!これはもう完全に決まった!誰も追いつくことはできない!メジロマックイーンが必死に追走しているがこれはもう届かない!ファントムが突き放す突き放す!やはり強い!やはりこのウマ娘に敵はいなかった!最強は自分だ、己こそが最強だと誇示するようにファントムが後続を突き放す!残り200mを切りました!すでに先頭のファントムと2番手メジロマックイーンとの差は7バ身以上は開いている!トウカイテイオーは力尽きたかバ群に飲み込まれた!後続も上がってきている!メジロマックイーンもバ群に飲み込まれるか!?》
どこまで、どこまで俺様に喰らいついてくれるんだメジロマックイーン!狂犬の時のような滾るレースを……心から熱くなれるようなレースをさせてくれよ!なぁ、メジロマックイーン!トウカイテイオー!
そんなことを考えていたら、いつの間にかゴール板とやらを駆け抜けていた。
《そして今……ッ!ファントムが圧倒的な強さを見せつけたゴォォォォォルイィィィィィィン!あ、圧倒的過ぎる!圧倒的過ぎる勝利!現役最強ステイヤーと名高いメジロマックイーン相手に……なんと大差勝ちを収めましたファントム!》
《ですが、さすがに一筋縄ではいかなかったのでしょう。ゴールしたファントムは肩で息をしているばかりか、膝に手をついて荒い呼吸をしている様子が見えます》
《前半1000mは58秒!そしてタイムは文句なしのレコードタイムを記録しています!まさにスーパーレコード!これが〈ターフの亡霊〉の恐ろしさ!真骨頂です!そして遅れること15バ身差で2着はメジロマックイーン!》
《……メジロマックイーンでもファントムには勝てませんでした。最早彼女に勝てるウマ娘はこの世界に存在しているのでしょうか?》
《春の天皇賞を制したのは〈ターフの亡霊〉ファントム!〈名優〉に〈帝王〉!名だたるメンバーを下し勝利を収め、春の盾を賜ったのはファントムだぁぁぁぁぁぁ!》
……クハハ!ここまで疲れたのはいつぶりだぁおい?あの狂犬以来だからそこまで時間は経ってねぇか。ま、どうでもいい。俺様は後ろを振り返る。楽しいレースだった……が、後ろの光景を見た瞬間俺様の気持ちは一気に冷めた。
スイーツ娘が俺様を見ている。それまではまだいい。だが……その目には恐怖に染まっていた。身体も少しばかり震えている。疲れているだけも知れねぇが俺様は本能的に分かる。だって何度も見てきたから。あのスイーツ娘のしている目。アレは……怯えだ。
(……あぁ、そうだったわ)
結局俺様はこういうレースしかできねぇ。いや、こういうレースにしてしまったんだっけか?……ま、どうでもいい。
俺様はどこまでいっても1人だ。誰も俺様に並び立つ奴なんて……
”1人じゃ、ないよ”
「……あん?」
”もう一人の私は、1人じゃないよ。だって、ずっと私がいるもの”
「……」
”言うなればそう……2人ぼっち。フフン”
……なんでドヤってんだよお前は。本当に訳が分からん奴だコイツは。思わず笑みを零す。
「ゆっくり休んでろ。俺様の
”……問題ないよ。こうして話せる分にはピンピンしてる”
「嘘こけ。テメェが疲れてることぐらい分かんだよ。大人しく休んでろ」
”……ライブになったら起こして”
「あいよ」
そうして俺様は歩き出す。最後にスイーツ娘を一瞥して……そのまま控室へと戻った。
「許されようなんざ思わねぇ。テメェの意志がその程度だっただけの話だ……」
そう呟きながら。
……ボクは掲示板を見る。4着のところに、ボクの番号があった。
(4着……あんなに頑張ったのに、結局4着……)
初めての長距離で凄いっていう人はいるかもしれない。でも……そうじゃない。ボクは勝ちたかった……マックイーンに、ファントムに……ここにいるみんなに勝ちたかった……ッ!
涙が零れそうになる。でも、それは必死に我慢する。レース前にマックイーンに言われた言葉を思い出した。
『負けても泣かないでくださいね?テイオー』
だからボクは泣かない。ライバルに、情けない姿は見せられないから!
(そういえば、マックイーンはどうしたんだろう?落ち込んでたら……慰めてあげようかな~?)
そんなことを考えながら歩いているとマックイーンの姿を発見した。向こうもレースの疲れがあるのか荒い呼吸をしている。
「……お疲れ様、マックイーン」
「……テイオー。お疲れ様ですわ」
お互いに何も言えないで沈黙している。この天皇賞を勝ったのは……ファントムだ。それも、圧倒的な強さで。
「負けちゃったね、ボク達……」
「……えぇ。それも、完膚なきまでに負けましたわ」
……ボクは、自分の心を奮い立たせる。
「……でも!まだまだこれからだ!これから強くなって……もっともっと強くなって!いつかファントムに勝とう!」
正直、ただの虚勢。でも、そうでもしないとボクの心は折れてしまいそうだった。あの時のファントムの強さを思い出して……心が、折れてしまいそうだったから。だからボクは何とかして心を奮い立たせるようにマックイーンにそう告げた。
「……そうですわね。これからも共に頑張りましょう、テイオー。いつか……ファントムさんに届くその日まで」
マックイーンも、いつかファントムに勝とうっていうボクの言葉に同意するように頷いた。……それにしても、観客席が妙に静かだね。普通、レースが終わったら盛り上がるものだと思うけど。拍手がまばらに起きてるだけで大歓声は起きていない。
ま、いいか!特に悪口っぽいものは聞こえてないし!
「よーしっ!明日からまた早速トレーニングだー!マックイーンよりも先に、ボクがファントムに勝っちゃうもんねー!」
「……えぇ。わたくしも、頑張りますわ」
……ボクは気づかなかった。マックイーンの様子がおかしかったことに。ボクも、自分のことでいっぱいいっぱいだったから。
無敗の3冠もできなかった、無敗のウマ娘も……ファントムに阻まれた。ボクは……これから何を目標にしていけばいいんだろう?
……まさか、ファントムのヤツがここまで強いとは。
「俺の見通しが……ッ完全に甘かったッ!」
「ふ、ファントム先輩って58秒で逃げてましたよね?な、なんで終盤であの加速ができるんスか……ッ!?」
「大逃げであんなことできるなんて、反則過ぎるでしょ!?」
「……」
「……だが、アイツにも限界があることは分かった。レース後のアイツは、さすがにスタミナが切れてたのか肩で息をしてたからな。さらに言えば、膝に手をついていた」
ゴールドシップが不気味なほど静かなのが気になるが……これをもとに新たなトレーニングメニューを組む必要があるだろう。あくまでアイツらが望めばの話だが……?
「どうしたスペ?何か気になることでもあったのか?」
スペの様子が、何となくおかしかった。だから思わず尋ねてみた。
「い、いえ!私の気のせいだったらいいんですけどぉ……」
「どうしたんだ?」
「最後の直線……何となくなんですけど、ファントムさん楽しそうだったんです。でも、マックイーンさんの様子を見た瞬間急に楽しくなくなったみたいで……」
「……」
スペの言うファントムの様子もそうだが……マックイーンの様子はどことなくおかしかった。まるで……ファントムと走った他のウマ娘みたいな状態になっていた。
……手を回しておく必要があるだろう。確かマックイーンの同室は……イクノディクタスだったか?ならカノープスのトレーナー経由で報せておこう。
「後は……ゴールドシップ」
「なんだよ?」
「マックイーンの様子、注意深く観察しておけ。無茶をしないようにな」
「合点承知。つーか、元からそのつもり」
なら心強いな。普段はあれだが、真面目な時はとことん真面目だからなコイツは。
マックイーンとテイオーのメンタルケア。この2つをやる。アイツらが無事に走れるように。それとファントムもだ。アイツは抱え込んじまうタイプだからな。
「やることは山積みだが……それが俺の仕事だ。これから忙しくなるぞぉ!」
そうして、三つ巴の決戦となった春の天皇賞は終わった。
アプリの固有スキル風に亡霊の領域を。
スキル名 route end "The eclipse"
レースで走る全てのウマ娘を掛からせ、速度と加速力を奪い自身の速度と加速力をすごく上げる。
自分以外のウマ娘の固有スキルが発動した場合、スタミナをものすごく消費することでその固有スキルの効果量を下げ、自身の速度と加速力をものすごく上げる。
亡霊は好きなタイミングでこれを使えます……なんやコイツ。
名前が中二病臭いのは気にしないでください。フィーリングってやつです。