……私は、目の前の光景に、言葉を失いました。
私は今日、タキオンさん達と、京都レース場を訪れていました。表の目的は、ファントムさんの応援。裏の目的は……亡霊の、強さを確かめること。
本番のレース、加えて、マックイーンさんとテイオーさんが出走するとなれば、亡霊は間違いなく出走するだろうから。そう思い、私とタキオンさんとデジタルさんの3人で、京都レース場まで足を運びました。
そして、京都レース場で見せつけられたのは……亡霊の、圧倒的なまでの強さ。
《さ、最後の直線に入って先頭を走るファントムが爆発的な加速をみせている!?あの破滅的なペースの大逃げでどこにそんなスタミナが残っていたのか!?ファントムが加速している!あのメジロマックイーンを置き去りにして逃げている!その差がどんどん開いていく!》
《さ、最強ステイヤーと名高いメジロマックイーン相手にこれほどまでの強さを発揮するとは……ッ!やはり彼女の底は見えませんね》
《これはもう決まった!これはもう完全に決まった!誰も追いつくことはできない!メジロマックイーンが必死に追走しているがこれはもう届かない!ファントムが突き放す突き放す!やはり強い!やはりこのウマ娘に敵はいなかった!最強は自分だ、己こそが最強だと誇示するようにファントムが後続を突き放す!残り200mを切りました!すでに先頭のファントムと2番手メジロマックイーンとの差は7バ身以上は開いている!トウカイテイオーは力尽きたかバ群に飲み込まれた!後続も上がってきている!メジロマックイーンもバ群に飲み込まれるか!?》
……ありえ、ません。ファントムさんは、この天皇賞を破滅的なペースで、逃げていたはず。なのに、何故、これほどまでの加速が可能なんですか!?
「……いやいやいやいやいや!ななななんですかあの加速は!?あり得ませんよ普通!?」
隣にいるデジタルさんが、そう声を上げました。言葉には出しませんが、私も同じ気持ちです。
”……やっぱ、あの野郎はバケモンだね。そもそもアイツはスタミナ消費が激しいはずの
「出力を、コントロールしてるにしても、普通は無理……だよね?」
”うん。余程上手くコントロールしないと途中でガス欠して沈んでく。でも……うわぁぁぁぁ!マックちゃんがあの野郎の餌食になっちまったぁぁぁぁぁ!?”
「……」
お友だちは、マックイーンさんの、心配をしていました。まぁ、私も、心配していますが……お友だちの落ち込み様は半端じゃないです。それだけ、悲しいのかもしれません。
タキオンさんは、ただ先頭を走るファントムさんを見ています。静かに、注意深く観察しています。一挙手一投足を、見逃さないように。
……そして、決着の時は訪れました。
《そして今……ッ!ファントムが圧倒的な強さを見せつけたゴォォォォォルイィィィィィィン!あ、圧倒的過ぎる!圧倒的過ぎる勝利!現役最強ステイヤーと名高いメジロマックイーン相手に……なんと大差勝ちを収めましたファントム!》
《ですが、さすがに一筋縄ではいかなかったのでしょう。ゴールしたファントムは肩で息をしているばかりか、膝に手をついて荒い呼吸をしている様子が見えます》
《前半1000mは58秒!そしてタイムは文句なしのレコードタイムを記録しています!まさにスーパーレコード!これが〈ターフの亡霊〉の恐ろしさ!真骨頂です!そして遅れること15バ身差で2着はメジロマックイーン!》
《……メジロマックイーンでもファントムには勝てませんでした。最早彼女に勝てるウマ娘はこの世界に存在しているのでしょうか?》
《春の天皇賞を制したのは〈ターフの亡霊〉ファントム!〈名優〉に〈帝王〉!名だたるメンバーを下し勝利を収め、春の盾を賜ったのはファントムだぁぁぁぁぁぁ!》
マックイーンさん相手に、15バ身差。恐ろしいですね。亡霊の強さは、分かっているつもりでいた。ですが、まだ分かっているつもり、だけだったのかもしれません。
”うおおおぉぉぉん!マックちゃぁぁぁぁぁん!どうか無事でいてくれー!”
「……恐ろしいですね」
「は、はいぃ……。ま、マックイーンしゃんも心配ですけどぉ……亡霊さんに勝てるウマ娘はいるのでしょうかぁ?」
「勝てないこともないだろう」
先程まで、口を開かなかったタキオンさんが、そう言いました。私とデジタルさんは、タキオンさんの方を見ます。
ですが、タキオンさんは、ここではあまり多くを語らないようで。ただ、笑みを浮かべているだけでした。
「大きな収穫を得ることができた。今回のことに関してはまた後日集まって話そうじゃあないか、カフェ、デジタル君」
「ひゃ、ひゃい!」
「分かり、ました」
”マックちゃぁぁぁぁぁん!?ちくしょぉぉぉ!亡霊の野郎絶対に許さねぇぇぇぇ!”
いつまで嘆いてるの、あなたは。
春天も終わって、学園へと戻ってきて数日経ったある日。私達はいつもの旧理科準備室で、話し合いを行っています。今回は、スズカさんも、同席するようです。大丈夫なのか?と聞いたところ。
『心配ないわ。大丈夫よ』
と、返ってきました。実際、少し眠そうにしていましたが、問題なさそうです。
「……さて、春の天皇賞も終わって我々は亡霊の強さを改めて見せつけられたわけだ。あの天皇賞を見て……君達はどう思った?」
「で、では僭越ながらデジたんから」
デジタルさんが、先陣を切りました。
「……亡霊さんの強さは、分かっているつもりでした。でも、あの天皇賞を見た後だと……デジたんが見てきた今までの亡霊さんは本気じゃなかったんだなと、デジたんの理解は浅かったのだと。そう実感しました。ウマ娘ちゃんを推すものとして一生の不覚ッ!」
「……最後は分かりませんが、私も、デジタルさんと概ね同意見です」
《そうね。私も映像を見たのだけれど……正直驚いたわ。私が挑もうとしている相手は、これほどまでに強いのかって。それでも、私は負けるつもりはないけれど》
スズカさんは、そう言い切ります。どうやら、ここにいる3人は、同じ意見のようですね。亡霊の強さを、改めて実感したのだと。
最後に、タキオンさんが口を開きます。
「私はむしろ安心したねぇ。これで、亡霊の強さにも底があることが分かった」
その言葉は、驚くべきものでした。思わず、目を見開きます。
「亡霊の強さは未知数だった。カフェとの併走である程度の実力は分かっていたのだが……それでもデータが足りなかったのが現状だ。底の見えない強さ……亡霊の強さに限界はあるのか?それが私にとって気がかりだった。だが……」
「天皇賞で、亡霊の強さが浮き彫りになった、と」
「そうだともカフェ。レース後の亡霊を見たかい?彼女は肩で息をしていた。そればかりか、膝に手をついて荒い呼吸をしていたんだ。このことから考えるに……今回の天皇賞は亡霊にとってもギリギリの勝負だったことが分かる」
”……確かにそうだね。今までのレース後は、アイツは息一つ乱していなかった。それが今回の天皇賞では肩で息をするぐらいには体力を消耗していたんだ”
「……自滅する可能性もあった?」
「そういうことさ。だが、さすがは亡霊といったところか……彼女が自滅することはなかった」
「と、途中で息を入れてましたもんね。で、でも少ししか息を入れてなかった気がするんですけどぉ……」
「……まぁ、あくまで亡霊の限界値が分かっただけだからねぇ。そこからまた亡霊に勝つとなったら……かなり厳しいと言わざるを得ないだろう」
……そうですね。亡霊のスタミナは、まさに無尽蔵ともいえるべき量ですから。限界値が分かったといっても、厳しい戦いだということには、変わりありません。
「それでも、これで絶対に敵わないであろう相手から勝てるかもしれない相手に変わったわけだ。それだけでも大きな進歩さ。……まぁ、我々は別に亡霊に勝とうとしているわけじゃないけどねぇ」
《私の方が速いわタキオン》
「スズカ君?落ち着きたまえ。今はそういう話をしているわけじゃないんだよ?」
スズカさんが、謎の意地を張っています。
それから、亡霊に関することを色々と話して。大きな進捗は、亡霊の強さの限界値が分かったということぐらいで、その日の話は終わりました。
「……うん?もうこんな時間か。そろそろ帰るとしようか」
「そ、そうですね。もういい時間ですし」
「スズカさんも、ありがとうございます。時差の関係で、キツいのに」
《いいえ。むしろありがたいぐらいだわ。私は今、ファントムの調査を何もできないから……》
「気にすることはないよスズカ君。……さて、では帰ろうか」
そして、解散することとなりました。
”つっても、あの野郎の強さが分かったところでねぇ。別にあの野郎を負かすことが目的ってわけじゃないし”
「……でも、ファントムさんを解放するには、結局、亡霊に勝つしかないから」
”……そうだけどさ。アタシはあの日から妙に気になるんだよね。アタシ達と併走している時のアイツの笑い声がさ”
「……そう、だね。あの時の亡霊は、凄く、楽しそうに笑ってた」
結局、タキオンさん達には話せなかった。あの時の、詳しいことは。……でも、今度話しましょう。遅くならないうちに。
とりあえず、今日のところは、時間がありません。寮に、帰りましょうか。
さて、寮に戻って来た私とデジタル君だが……おや?
「デジタル君、君宛てに小包が届いてるよ」
「へ?……もももも、もしや!?」
そう言うやいなや、デジタル君は私から小包を奪い取っていった。大分興奮気味だが……一体何なのだろうか?
「失礼、デジタル君。その小包の中身は何だい?随分興奮しているようだが」
「それはですねぇ……!これですッ!」
その言葉とともにデジタル君は小包の中から一冊の本を取り出した。何々……【世界の名ウマ娘100選】?
「いや~、かなり古い本なので滅茶苦茶値が張った上にかなりのプレミア物ですから!入手するのに苦労しましたよ!なんせこの本、古今東西ありとあらゆる世界の名ウマ娘ちゃんが載っている本でしてね!いやぁウマ娘ちゃんの歴史を感じれる至高の一冊なんですよ!この本を偶然ネットで見つけた時には喜びで心臓が止まりかけましたね!まぁおかげでデジたんの財布は素寒貧になりかけてますけどそれはそれこれはこれ!これが手に入るのであれば安いものです!」
「とりあえず君が興奮しているのはよく分かったよ」
そんなものがねぇ。私も少し興味が湧いてきたよ。
「とりあえずあたしはお風呂に行ってきますので。気になるならタキオンしゃんもみていいですよ」
「おや?いいのかい?」
「勿論!素晴らしきモノは共有されるべきですから!ビバッ!素敵なウマ娘ちゃんライフ!それではデジたんはお風呂に行ってきますね~」
そう言ってデジタル君はお風呂道具片手に大浴場へと向かって行った。……なら、お言葉に甘えてみさせてもらうとしよう。
私はページを捲っていく。
「ふぅム……【煮えたぎる蒸気機関車】に【16戦無敗のイギリス3冠ウマ娘】……確かにデジタル君が興奮するのも分かるねぇ。彼女達のデータが事細かに書いてあるよ」
確かにこれはプレミアがついてもおかしくないだろう。真偽のことは別にしても、時間を忘れて読み耽ってしまいそうだ。
……どれくらいの時間が経ったのかは分からないが、ふと気になるウマ娘を見つけた。そのウマ娘は私も知っている、というか、知らない人はいないというレベルのウマ娘だ。
「【唯一抜きんでて並ぶものなし】……レースの常識を塗り替えたともされる伝説級のウマ娘。現在においても彼女に迫るウマ娘はいないのではないかとまで称される絶対の強さ……いやぁ、当時の映像を見てみたいねぇ。その圧倒的な強さ……是非とも拝んで……?」
……本当に、本当に偶然気になった。そのウマ娘の写真を見て、私は本当に偶然気になったんだ。
「【赤黒い髪に炎のように揺らめいている白い流星】……赤黒い髪……?ふぅン、確かファントム君もそんな髪色だった……ッ!?」
瞬間、私の思考が回転する。そして、ある仮説を思い浮かんだ。
「あ~いいお湯でした~。タキオンさんも早いとこお風呂入った方が良いですよ~」
赤黒い髪……炎のように揺らめいている流星……どれも、ファントム君にもあったものじゃないか?そして他を寄せつけない圧倒的なまでの強さ……抜きんでたスピードに豊富なスタミナ。豊富なスタミナに関しては、この時代に生きていたウマ娘なら持っていてもなんらおかしくはない……。
……いや、ありえない!そんな、そんなことが……!
「そんなバカげたことがあってたまるか!」
「うひょあぁ!?ど、どうしたんですかタキオンしゃん!?」
私しかいないはずの部屋から声が聞こえた。ただ、声的にデジタル君だろう。……いや、デジタル君か!
「デジタル君!写真を出したまえ!」
私はデジタル君の肩をがっしりと掴む。彼女が逃げてしまわないように!デジタル君は驚いているが、些細な問題だ!
「キィェェェェエエエアアアア!?顔面人間国宝!?」
「早く!写真を出したまえ!」
「なななな何の写真です!?ままま全く分からないんですけどぉ!?」
「君!孤児院を訪問した時にファントム君の小さい時の写真を貰っていただろう!?それを早く渡したまえ!」
「わわわ分かりました!分かりましたから!だからちょっと待ってください!これ以上はデジたんの心臓が!」
私はデジタル君から手を離す。デジタル君は呼吸を落ち着けた後、写真を探し始めて……やがて取り出してきた。
「こ、これですよね?でも、これがどうかした……」
「ありがとう!恩に着るよ!」
私は早速その写真をふんだくる。デジタル君は相変わらず訳が分からない様子だったがどうでもいい!今私が辿り着いた仮説に比べれば些細な問題だ!
私はファントム君の小さい頃の写真と、本の写真を見比べる。本のは肖像画のものだが……当時の彼女を良く再現していると信じるしかない。
(そんな、そんなバカげたことがあってたまるか……!どうか、どうか違っててくれ……!)
……だが、私の願いは届かなかった。似ている。この写真の少女が成長すれば、きっとこのような顔立ちになるだろうと感じられるほどには、似ていた。
そして、私の中でパズルのピースが次々とはまっていった。
ファントム君が顔を隠す理由……当たり前だ。この仮説があっているのならば、顔を晒しただけで大問題になる。
理事長が我々に明かせなかった理由……当然のことだ。こんなこと、話せるわけがない。
ファントム君の強さの理由……この仮説が本当ならば、あれだけの強さは持っていて当然だ。むしろ、持っていなければおかしい。
違っていてくれ。どうか、どうかこの仮説は外れていてくれ。その思いも空しく……私の中で仮説は仮説ではなくなってしまった。思考すれば思考するほどに……この仮説を裏付けるだけの証拠が出てきてしまう。
「は、はは……」
「た、タキオンさん?なんだか様子がおかしいですけどどうしたんです?」
デジタル君が心配そうに私に声を掛ける。私は、静かにデジタル君の言葉に答える。
「……デジタル君」
「は、はい。なんでしょうか?」
「明日、またみんなで集まろう。スズカ君も呼んでだ」
「そりゃデジたんはいいですけど……何かあったんですか?」
「あぁ……
亡霊の正体が判明した。ほぼ、確定的といってもいいだろう」
私の言葉に、デジタル君は絶句した表情を浮かべていた。
アイディアをクリティカルしたタキオンであった。