「んじゃ、距離は2400左回りでー」
「身の程知らずの塵が……テメェもスイーツ娘同様地獄に送ってやるよ」
「お?マジで!地獄ってどういうとこか気になってたんだよなー。ゴルピッピ楽しみだぜ~」
「……クソほど苛つく野郎だなテメェ」
「や~ん。ゴルシちゃんは~野郎じゃなくてオ・ト・メ、だゾっ☆」
練習場。奇天烈葦毛と俺様はターフに立っている。理由は1つ……模擬レースをするためだ。
”……なしてこんなことに”
「喧嘩を売ってきたのはコイツだ。止めんじゃねぇぞ」
「お?もしかして姉御と会話してる系?いいないいな~ゴルシちゃんも混ぜてくれよ~」
「マジで苛つくなテメェ。俺様に喧嘩を売るだけじゃ飽き足らずその物言い……。ぶっ殺してやろうか?」
「それは勘弁してくれよ~。アタシやり残したこと沢山あんだよ~。まだゴルランティスの秘宝も見つけてないし」
「……」
本気で苛つくなコイツ。
何故こんなことになったのか。話は数時間前にさかのぼる。
天皇賞が終わってしばらく経ちました。ただ……スピカの現状は芳しくないです。私は、新聞を手に取って読みます。
【メジロマックイーン長期離脱!激走の代償は重く】
【トウカイテイオー怪我で春シーズン休養!】
【TMが揃って怪我で離脱!亡霊の呪いか!?】
テイオーとマックイーンの2人が怪我で離脱することになりました。特にマックイーンの方は重いようで、しばらくはメジロ家で療養に専念するらしいです。
『……』
”あのスイーツ娘のことが気がかりか?”
『……まぁ、ね』
”たとえ折れたとしても、あの塵の意志が弱かっただけの話だ。テメェが気にすることじゃねぇ……つっても、テメェは気にするんだろ?”
大正解でございます。たとえそうだとしても、やっぱり気にはなるわけで……。でも、私メジロ家の場所なんて知りませんしねぇ。知り合いがいるわけでもないし、お土産も渡せません。
”渡したところで拒否られそうだけどな”
……あり得そうですねそれ。
2人が怪我で離脱することになっても私の練習はあるわけで。スピカのみんなと練習をしていると……。
『お~い姉御~。たまにはゴルシちゃんと練習しねぇ?』
ゴルシからそう声を掛けられました。勿論快諾ですよ。
『……いいよ』
”……たまにはも何も、テメェらいつも変なことやってるじゃねぇか”
それは言わないお約束です。
そんなわけでゴルシとストレッチをしていたわけですが。
『なぁなぁ姉御。1つ質問良いかな?』
『……いいよ』
ゴルシがそう言ってきました。私、答えることに。ただ、それは間違いだったかもしれません。
『マジ?じゃあさ……なんでマックイーンにあんなことしたんだ?』
ゴルシは、凄く真面目な声色でそう聞いてきました。
『……』
『なんで何も言えねぇんだ?もしかして……姉御はあぁなるって分かっててやったのか?』
『……まぁ、そうだね』
『……う~ん、そうなるとちょっと疑問なんだよなぁ』
ゴルシは、怪訝な表情を浮かべています。
『姉御はさ、スッゲェ優しい性格してる。姉御とアタシはスピカの最古参だからな、メンバーの中だったらアタシが一番姉御のことを知ってる』
『……そう、だね』
……私は、そんなに優しい性格じゃありませんよゴルシ。私は私の目的のために、みんなを利用しているんだから。
『そんな姉御がさ、マックイーンや他のヤツらを引退に追いやるような真似をするとは思えねぇんだ』
『……そう』
『だからさ、アタシは許せねぇんだよ』
『……私が?』
『んにゃ違う』
ゴルシは、私をキッと睨んで続けます。
『なぁ聞こえてんだろ?姉御の中にいるヤツ。さっさと出てこいよ。姉御を利用して……オメーは何を企んでるんだ?』
『ッ!?』
”……ほう?気づいてやがったのか、奇天烈葦毛”
……そんなバカな。私は基本的に自分からもう一人の私の存在を教えます。私から教えないで看破したのは、それこそカフェさんぐらいです。
『姉御は優しい。そんな姉御が他のウマ娘を潰すような走りをするとはアタシには到底思えねぇ。だからさ……別の誰かが姉御の優しさを利用してるとしか思えねぇんだよ』
……ゴルシは、私を、いえ、おそらくもう一人の私を睨みつけています。普段のおちゃらけた態度とは違う……静かな怒りをゴルシから感じました。
”代われ。少し興味が湧いた”
『……でも』
”この塵は俺様をご所望のようだ。下々の期待には応えてやらねぇとなぁ?”
……私は、もう一人の私と代わります……
『良く俺様の存在が分かったなぁ?テメェに言った覚えはねぇはずだが?』
『ゴルシちゃんは何でもマルっとお見通しだからな!分からねぇことはあんまりねぇ!』
なんだそりゃ。
『……オメーさ、なんで他のウマ娘を潰すような走りをしてんだ?』
『楽しいから。それ以外に理由が必要か?』
『楽しい?……ンフフ~それはおかしいですねぇ』
……なんか苛つくな。なんだそのどこぞの刑事ドラマの主人公みてぇな口調は?
『あなた……潰されたウマ娘を見て落胆していましたよねぇ?天皇賞の時はそれが非常に顕著に出ていましたぁ……マックちゃんと走ってる時のあなたは凄く楽しそうにしていたのにマックちゃんの表情を見て落胆していましたよねぇ?お面で表情は見えないけど、傍目に見ても分かるぐらいでしたぁ』
『そのクソ程苛つく口調を今すぐ止めろ。……にしても、俺様が楽しそうにしてただと?確かに昂ってたかもしれねぇが……走ることを楽しんでるなんてあり得ねぇ。塵共を潰して楽しいって思うならともかくな』
”……”
そんな感情、とっくの昔に捨てた。誰かと競い合って楽しいって感情なんてものはな。
『……それは、本気で言ってんのか?』
『本気だぜ?当たり前だろ』
『……そっか』
奇天烈葦毛は、つまらなそうに吐き捨てた。
『なんつーか、面白くねぇなオメー。自分の気持ちに嘘ついて楽しいか?』
『……んだと?どういう意味だテメェ』
『言葉通りの意味だぜ?自分の本当の気持ちに嘘ついてるようにしか思えねぇんだもんお前。そんなんで生きてて楽しいか?』
……塵風情が!
『笑わせんな。俺様にとって至上の喜びは他のウマ娘を潰すことだ。他のウマ娘を潰すことこそが……俺様にとって最高の楽しみなんだよ!』
『あーはいはい分かった分かった。楽しそうでございますわねー』
『んの野郎……ッ!』
”お、落ち着いて私!”
黙ってろ!
『お?怒った?怒った?じゃあよ……レースしようぜ、名無しの権兵衛さんよ』
『……レースだと?』
『そ、レース。別にいいだろ?何か特別なルールを設けるわけじゃねぇ。アタシは姉御を利用してマックイーンや他のウマ娘を潰してるアンタが許せねぇ。現時点でオメーはアタシを潰したいって思ってる。お?これWin-Winじゃね!?』
”……受ける必要はない。そもそも”
『うるせぇ。この奇天烈葦毛は俺様が地獄に叩き落してやる!』
止めようとするコイツを、俺様は黙らせる。何を言っても無駄だと分かったのだろう。コイツはそれ以上口を挟まなかった。
『んじゃ、双方同意っつーことで!んじゃ、練習場に2時間後集合なー!』
そう言って、奇天烈葦毛はどこかへと去っていった……。
……まぁ、俺様と奇天烈葦毛がレースをする理由はこんなところだ。今にして思えば、コイツの挑発にまんまと乗せられたってところだが。
俺様と奇天烈葦毛は、どっちも準備は済ませている。後は発走の瞬間を待つだけだ。
「そんじゃ、よ~い……ドンッ!」
奇天烈葦毛の合図の元、俺様と奇天烈葦毛は同時にスタートを切る。まんまと挑発に乗せられたが……やることは変わらねぇ。俺様に舐めた口をきいたコイツを……黙らせる!二度と喧嘩を売れないようになぁ!
「おっほー!スッゲェなオメー!とても本番のレースで毎回出遅れるヤツとは思えねぇぜ!」
「ほざけ。その軽口も叩けねぇようにしてやるよ」
「やーんこわーい。ゴルピッピは優しく扱わないとダメなんだぞッ?」
「黙れ。そして知らん。テメェはぶち殺す」
つーか、軽口を叩きながらも平然と俺様についてくるコイツはなんだ?まだ本気を出しているわけじゃないが……コイツは平然とついてきている。
(……ま、必要最低限の力は持ってるってとこか)
レースは俺様が前に、奇天烈葦毛が俺様の後ろに着く形で展開していった。だが、その道中奇天烈葦毛が俺様に……また喧嘩を売ってきやがった。
「オメーさ、なんでそんなに他のウマ娘を潰したいわけ?」
「……あ゛ぁ゛?」
「だってよぉ、そんなことしたって最後には一人ぼっちになるだけだぞ?そんなのつまんねぇとゴルシちゃん思うんだけどなー」
「知るかよ。全てのウマ娘は俺様を楽しませるために存在している。俺様を走りで楽しませられねぇウマ娘なんざ……必要ねぇ」
「あ、また嘘ついた」
「嘘じゃねぇつってんだろ!」
「んじゃ、自分の本当の気持ちに気づいていない系?今時流行んねぇぞそういうの」
……ッ当にコイツは……!とことん苛つかせるヤツだ!
「そもそもよぉ、本当に他のウマ娘を潰したいだけならよ、こんなまだるっこしいことする意味ねぇじゃん。それこそ手当たり次第にレース挑めばいいし」
「……ッ!」
「なーんか、目的と行動がちぐはぐなんだよなオメー。本当に他のウマ娘を潰すことが目的なん?そこんとこどうなんだよユー?」
「……とりあえず、テメェをぶち殺すことだけは確定したよッ!覚悟しろ奇天烈葦毛ぇ!」
「結構沸点低いのなオメー。いや、自分の本心当てられそうになると沸点低くなる感じか?どっちにしても分かりやすくて助かるぜ本当」
「殺す!」
俺様を、理解しようと……理解した気でいるんじゃねぇぞ奇天烈葦毛!
もうレースも終盤だ……ッ、
「ッ!」
「そんなに死にたきゃ……今すぐ殺してやるよ奇天烈葦毛!俺様の糧になりやがれ!」
俺様は一気に力を解放する。そしてコイツを飲み込もうと……
「あー!ようやく見つけたしゴルシ!」
だが、それは1つの声によって霧散することになる。……なんだ?あの塵は?
「なんだよジョーダン。今いいとこだったのによー」
「いいとこだったー……じゃ、ねーし!アンタあたしのネイル道具の中身入れ替えやがったなッ!?」
俺様と奇天烈葦毛は同時に脚を止める。レースは……この塵によって中断することになった。
「おいおい、このゴルシちゃんがやった証拠なんてどこにあんだよ?」
「アンタしかいねーだろーが!さっきあたしのとこに来た時にすり替えたんだろ!」
「ジョーダン……アタシは悲しいぜ……。ゴルシちゃんの言うこと、信じてもらえないなんてよ……えーんえーん」
奇天烈葦毛はわざとらしく泣きまねを始めた。……騙される奴いんのかよ?わざとらしすぎるだろ。
”……可哀想に、ゴルシ。よしよししてあげないと”
いたわ。
「ちょ、そんな泣くことねーじゃん。あたしが悪いみたくなるから止めろって!」
「テメェもかよ!?」
「へ?……うぇぇぇぇええええ!?ふふふ、ファントムさん!?ヤッバ、あたし失礼なことしちゃった……ッ!」
塵は俺様の顔を見るなり青ざめさせた。……なんなんだ本当。訳が分からん。
レースをする気分じゃなくなった、完全に興が削がれた。コイツに代わるとしよう……
「……とりあえず、模擬レースは中止で」
「そだなー。ありがとよ姉御。中々楽しかったぜ!」
「ちょちょちょ!?なんでそんな普通に話せんの!?と、とにかく失礼しましたー!」
そう言って名も知らないお方は去っていきましたとさ。ついでにゴルシも後をついていきました。私は1人になります。もう一人の私は……多少は落ち着いたのか考え込んでいます。
”あのタイミングでの介入……全部計算づくか、あの奇天烈葦毛め。……おい、確かあのレースの空きはまだあったな?”
「……あるけど、まさか」
”あの奇天烈葦毛も加えろ。……絶対にぶっ殺してやるッ!”
「……」
うーわ、滅茶苦茶怒ってますよ。南無南無。
まぁ不思議な模擬レースでしたねぇ。とりあえず、トレーニングでも再開しますか。
……アレが姉御の中にいるヤツの実力か。やっぱ半端ねぇな。
「……で?ゴルシ、これで良かったわけ?」
「おう、ナイスタイミングだったぜジョーダン」
アタシは隣を歩くジョーダンにお礼を言う。
あんな都合のいいタイミングでジョーダンが登場するわけねぇ。アタシは事前に仕込んでおいた。アイツが
「んで?何が知りたかったん?あたしにはさっぱり分かんねーんだけど」
「んー?……姉御の実力とか?」
「ちょ、アンタマジで言ってんの?ファントムさんの実力分からないとか相当のバカ?」
「オメーには言われたくねぇよ」
「んだと!」
ジョーダンは怒っているがアタシは無視する。
……アタシが知りたかったのは姉御の中にいる名無しの権兵衛の存在。そしてあわよくばそいつの目的や考えを知ること。あぁやって挑発しておちょくっていたのも、全部そういうことだ。後はまぁ、なんで姉御がアイツに協力しているのかを知れたらなーって感じ。
その結果分かったことは……まぁアイツが相当な天邪鬼であること、そして……姉御がアイツに協力する理由が大体分かった。
「本当に優しいなー姉御は」
「急に何言ってんのアンタ。……まぁそれは分かるけど」
さて、とりあえずマックちゃんに報告しときますかね。姉御の中にいるヤツの存在とか諸々。マックちゃんも……あんま思い詰めねぇといいけどな。
(その辺はあまり心配してねぇけど。けど……もし大きな刺激が、それこそ走れなくなるかもしれないって状況になったら本格的にまずいことになるな)
今のマックちゃんは相当危ういし。
……ま、ひとまずは報告からだな。後はコイツに協力してもらったお礼もしないといけねーし。下手したらアタシも餌食になってたからな。
「っつーわけでジョーダン。鯛焼き奢ってやるよ。からし入りスペシャル」
「え?マジで!?……いやからし入りはいらねーし!普通のやつ食わせろ!」
そんな会話をしながらアタシと名無しの権兵衛との模擬レースは終わった。……ま、こんだけおちょくればまた戦えるだろう。その時を気長に待つか。
真面目になったゴルシは恐ろしい。