そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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事情を知ってそうな子に話を聞きにいく。まぁ、想像の通りです。


亡霊少女と説得

 

 

「で、あたしのところに来たわけですね?」

 

 

「……そういうこと」

 

 

 ブルボンやグラスと自主トレをしているところにやってきたライスちゃんのトレーナー。曰く、ライスちゃんは菊花賞に出走したくないという意志を見せているのだとか。私、驚き。しかもライスちゃんは理由も話してくれないとのことです。

 困り果てた私達はとりあえずいつからライスちゃんの様子がおかしくなったのかを考えることに。その原因として挙がったのが、日本ダービー後……ライスちゃんが走り終わってから控室に戻るまでの間です。その間に、何かあったんじゃないかなーという予想を立てました。

 ブルボンは当事者ですが原因は分からない、私とグラスは日本ダービーの日は練習だったので見に行けていない、ライスちゃんのトレーナーはレース後すぐに向かったから分からない。なので日本ダービーを見に行ったであろう子のところに話を聞きにいこうとしたわけです。

 で、その相手というのが……。

 

 

「……というわけで、何か知らない?デジタル」

 

 

「ブルボンさんとライスさんの日本ダービーですか……」

 

 

 ウマ娘のことなら大体この子に聞いておけば何とかなる、アグネスデジタルことデジタルです。

 

 

「いやぁ……とても熱いレースでしたねぇ……」

 

 

 デジタルはそう語りだします。

 

 

「日本ダービーのド本命であるブルボンさんその対抗として挙げられた皐月賞でブルボンさんに2バ身差まで迫ったライスさんの手に汗握る激闘!特に最後の直線で離されるかと思ったところをライスさんがさらに追い上げてきた時のあの興奮といったらもう最高でしたね!最後まで手の汗が止まりませんでしたよ会場も大盛り上がりでした!勿論それだけじゃありません他のウマ娘ちゃんもこれまたいい走りをしてくれましてですねもう思い出すだけで涙と涎が止まりませんよ後は後は……」

 

 

 ちょっとちょっと。熱意があるのは分かりましたから。

 

 

「……その話は後で聞く。今はとりあえず、こっちの質問に答えてほしい」

 

 

 私はデジタルの言葉を制止してそう言います。するとデジタルは我に返ったのか。

 

 

「ヒュ、す、すいません!まだあのレースの興奮が抜けきらなくて……!」

 

 

 正気を取り戻しましたね。さてさて、では質問をしていきまっしょい。私はデジタルに諸々の事情を説明します。

 

 

「……というわけなんだけど、デジタルに心当たりはない?」

 

 

「う~ん……ライスさんが菊花賞に出走したくならないような理由、ですか」

 

 

 デジタルは顎に手をやって考え込んでいます。何かいい情報を持っているといいのですが。

 しばらくして、デジタルは口を開きます。

 

 

「ライスさんの性格を考えるに、候補が1つあります」

 

 

「ライス先輩の性格……ですか?」

 

 

「はい。話は結構単純で……ブルボンさんが菊花賞で勝ったらどうなります?」

 

 

「ミホノブルボンさんは今無敗だから……無敗の3冠ウマ娘になりますね」

 

 

「で、無敗の3冠ウマ娘といえば?」

 

 

「アクション『回答』。現状はシンボリルドルフ会長のみです」

 

 

「そうですね。では、無敗の3冠最有力候補だった昨年のテイオーさんはどうでしたか?」

 

 

「菊花賞を怪我で断念しましたので……無敗の3冠には届かなかったですね……ッ!?」

 

 

 デジタルが次々と質問をしていくと、グラスが何かに気づいたような表情を浮かべます。それはライスちゃんのトレーナーもブルボンも一緒でした。え?もしかして気づいてないの私だけ?

 デジタルさんが、今までの質問を踏まえてまとめに入ります。

 

 

「ファンの人達は望んでるんですよ。新しい3冠ウマ娘の誕生を。多分、ライスさんはそれを感じ取ったんだと思います。会場も、そんな空気がありましたから」

 

 

「……ライスはただでさえネガティブに物事を捉えがちだから。だから、菊花賞への出走を諦めようと?」

 

 

「それだけじゃないと思います。デジたんにも聞こえたんですけど……ライスさんに対する心無い批判の声も上がってたんですよ」

 

 

 ふむ、ライスちゃんに対する批判の声ですか。

 

 

「3冠ウマ娘の誕生を見たい、空気を読め、大人しくしてろ……まぁこんな感じの意見が上がってたんですよ」

 

 

「……ステータス『激怒』。もしや、ライスさんが出走すると私は勝てないとでも思われているのですか?」

 

 

 ブルボンが怒ってますね。ま、ファンの声を聞く限りそう捉えられてもおかしくないような発言ですからね。そりゃ怒りますよ。私だって怒ってます。ブルボンが遠回しにバカにされたのとライスちゃんの批判もあって激おこぷんぷんです。

 

 

”まぁそんな意見もあるだろうよ。そんな声気にするだけ無駄って話だが”

 

 

「……ライスちゃんの性格的に割り切るのは難しいと思う」

 

 

「まぁそうですね。デジたんもカチンと来て物申そうとは思ったんですけど……いろんな意見がありますし。ここでデジたんが噛みついてもしょうがないですし。それに、ファンの人達もまさかライスさん本人に聞こえるとは思ってなかったんでしょう。実際、そんな大声で言ってたわけじゃないですし」

 

 

「……けど、ライスはその声をたまたま拾ってしまった」

 

 

 ライスちゃんのトレーナーは、愕然としたような、受け入れがたいような表情をしています。その表情を見てか、デジタルは慌てて言葉を続けます。

 

 

「け、けど!勿論ライスさんに好意的な声も上がってましたよ!それはライスさんのトレーナーさんも知ってるんじゃないですか!?」

 

 

「……うん。少なくとも、私の周りはそうだったから……。でも、ライスに聞こえたのは……聞こえてしまったのは」

 

 

 ライスちゃんに対する、悪意の声。それをたまたま、ライスちゃんは拾ってしまった。どういう確率してるんですか。腹が立ちますね。

 

 

「まぁ……そういうわけですね。ファンの人達は新しい3冠ウマ娘の誕生を願っている。そしてそれは……目前まで迫ったテイオーさんのことがあったから余計に、感じていると思うんです。だから、心無い声を上げるファンの方々が出てきてしまった」

 

 

「それが……ライス先輩に聞こえてしまった、というわけですか」

 

 

「……ステータス『変わらず激怒』。例えそう願っているのだとしても、口に出すのはいかがなものかと」

 

 

「……そうだね。そのウマ娘を応援している人達だっているわけだから」

 

 

 しかし、日本ダービーでそんなことが……。

 

 

「……ライスは、勝ってみんなに祝福をあげられるようなウマ娘になりたいって願っていた。でも、ライスの勝利は望まれてないって思って……そう考えたら、菊花賞に出走しないことが良いって考えるようになっちゃったのかな?」

 

 

「可能性としては高いかと」

 

 

 グラスがそう答えるとライスちゃんのトレーナーは黙り込んでしまいました。誰も何も言えないでいると……。

 

 

「……ッ!ごめんみんな、ありがとうね。ここまで協力してくれて」

 

 

 ハッと顔を上げたかと思うと、私達にお礼を言ってきました。意図は分かりませんが……決意の籠った目をしています。

 

 

「あんまり、良いお話じゃなかったと思うんですけどぉ……」

 

 

 デジタルは言ったことを後悔するようにそう呟きます。でも、ライスちゃんのトレーナーは。

 

 

「ううん。アグネスデジタルさんが事情を話してくれたおかげで、私のやるべきことが分かったから!だから、ありがとう!私は今からそのための準備をしてくるよ!」

 

 

 そう言うやいなや、ライスちゃんのトレーナーは足早に去っていきました。結構早いですね。それだけ急いでいるということでしょうか?

 

 

「……ライス先輩のトレーナーさんは、何か掴んだのでしょうか?」

 

 

「分かりません。ですが……ステータス『決意』。私も、私のやるべきことをやろうと思います」

 

 

 ブルボンも、そう言って去っていきました。

 

 

「じ、じゃあ……我々も解散ということで」

 

 

「そうですね。ありがとうございました、デジタルさん」

 

 

「……うん。ありがとう、デジタル」

 

 

「いい、いえいえ!お役に立てたのかは分かりませんが……それではデジたんもこれにて失礼します!」

 

 

 というわけで解散となりました。私もできればライスちゃんを励ましてあげたいのですが……さて、どうしたものですかねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてあてもなく歩いていると……。

 

 

「「……あ」」

 

 

 なんとビックリ、ライスちゃんに遭遇しました。ただ、向こうは私を見て逃げようとします……が。

 

 

「……奇遇だね、ライスちゃん」

 

 

「ひゃあああぁぁぁぁ!?」

 

 

 すかさず距離を詰め、持ち上げて逃がさないようにします。しかし軽いですねこの子。ちゃんとご飯食べてますか?……いや、結構食べる子ですねライスちゃん。

 

 

「に、逃げないから!逃げないから降ろしてファントムさん!?」

 

 

「……はい」

 

 

 というわけでライスちゃんを降ろします。向こうも観念したのか逃げる気はないようです。

 さて、夕焼け空の下、私とライスちゃんは相対します。せっかくですし、私から口を開きましょうか。

 

 

「……色々聞いたよ、ダービーでのこと。菊花賞、出走しないんだってね?」

 

 

「ッ、も、もうそこまで聞いちゃったんだ……」

 

 

「……色々、伝手があってね」

 

 

 ライスちゃんは、自嘲気味に答えます。

 

 

「……そうだよ。ライスは菊花賞には出走しない。これはもう、決めたことだから」

 

 

「……どうして?やっぱり、ファンの人達の声があったから?」

 

 

 ライスちゃんはこくりと頷きます。決意は固そうです。……でも、それじゃあきっと後悔する。ライスちゃんだけじゃない。ブルボンも、みんなも後悔する。そんな気がしたんです。

 

 

「ファンの人達はライスの勝利なんて望んでない。むしろ、ファンのみんなに祝福を上げるにはライスはいちゃいけないんだ。みんなが望んでいることに……ブルボンさんが3冠ウマ娘になることにライスが水を差すわけにはいかないから……それには、菊花賞に出走しないのが一番だよ」

 

 

「……それはたまたまライスちゃんが悪い声を拾っちゃっただけ。ライスちゃんの勝利を望んでいる声だってあるよ」

 

 

「でも、少しでも多くの人に祝福を上げるんだったらライスは出走しない方が良い。違うかな?ファントムさん」

 

 

「……クラシックレースに出走できるのは1度だけ。1度きりしかチャンスがないのに、出走しないのはもったいないよ」

 

 

「別に、いいよ。みんなが望んでない勝利を手にするよりは、勝利を祝福されないよりは……よっぽどいい」

 

 

「……」

 

 

 ああ言えばこう言いますね。どうしたものでしょうか?

 

 

”諦めろ。この塵はもう菊花賞に出走しねぇって決めてんだろ?走る気もねぇ塵を無理矢理出走させてなんになるんだよ?”

 

 

 決まってるじゃないですか。

 

 

「……ここで出なかったら、ライスちゃんもブルボンも、きっと後悔する。ライスちゃんは……絶対に後悔しないって、言い切れる?」

 

 

「……ライスの気持ちも知らないで……ッ」

 

 

 ライスちゃんからすれば、何気ない一言だったのでしょう。少し苛ついて、その言葉を発してしまったのかもしれません。

 ですが、その言葉を聞いた瞬間……私の頭に、強烈な痛みが走りました。

 

 

「ッ!?グッ……ウ、ク……ッ!」

 

 

「ふ、ファントムさん?ど、どうしたの?」

 

 

「……だ、だい、じょう……ぶ……ッ!」

 

 

 ライスちゃんの言葉に私は大丈夫だと返します……ッ、が。

 

 

(な、なんで今……この頭痛が……ッ!)

 

 

 見覚えのない景色が浮かぶ。

 

 

『ひとのきもちもしらないくせに!よけいなことしないでよ!』

 

 

 時には子供の声。

 

 

『余計なお世話なんだよ!気持ちの悪いガキだな!さっさと消え失せろ!』

 

 

 時には大人の声。

 

 

『あたしがどんな思いで……ッ!あんたにあたしの気持ちが分かるわけないでしょッ!?あたしが……どれだけ苦しい思いをしてきたか……ッ!』

 

 

 どこか見覚えのある、オレンジ色の髪のウマ娘の声。様々な風景が浮かんできます……ッ!

 

 

「……ッ!」

 

 

”おい!しっかりしろ!気持ちを落ち着けろ!余計なことを思い出すな!嫌な記憶は忘れろ!”

 

 

 けど、それを態度に出すわけにはいきません……ッ!態度に出したら……ッ!

 

 

(ライスちゃんが心配する……ッ!それだけは、阻止しなければ……ッ!)

 

 

 私は、必死に痛みに耐えながらライスちゃんを見ます。

 ライスちゃんは私の大丈夫だという言葉を信じたのか、少し心配そうにしていますがそれだけです。少しの沈黙の後、ライスちゃんは口を開きました。

 

 

「……ファントムさんは。仮にライスと同じ状況になったら、耐えられる?」

 

 

「……ッ、どういう、意味?」

 

 

「言葉通りの意味だよ。みんなから勝利を望まれてなくても……勝利を祝福されなくても……誰かの夢を壊すことになっても、ファントムさんは出走しようって思える?」

 

 

”愚問だろ。俺様をテメェと一緒にするんじゃねぇ不幸娘”

 

 

 ……そうですね。答えは決まっています。

 

 

「出走するよ。例え望まれてなくたって、それが私に必要なことだったら……私はレースに出走する。今も昔も、これからも変わらないこと」

 

 

「……やっぱり、強いねファントムさんは。ライスは……ファントムさんみたいに割り切れない」

 

 

 ライスちゃんは、自嘲気味に笑います。その間にも、私の頭痛は酷くなる一方です……ッ!それでも、ライスちゃんを説得しないと……ッ!

 

 

「……菊花賞、出走しよう?ブルボンに勝つために、頑張って来たのに。もったいないよ」

 

 

「……もう、いいんです。ブルボンさんの夢を壊すぐらいだったら……ファンの人達の夢を壊すぐらいだったら。ライスは菊花賞への出走を諦めます。そうした方が、みんな喜ぶから」

 

 

「……そんなこと、ない。少なくとも、私やライスちゃんのトレーナー……それに、ブルボンだって喜ばない。それでも、ライスちゃんは菊花賞に出ないの?」

 

 

「……なんで、そんなにしつこいんですか?ライスが、後悔するからですか?」

 

 

 私は、頷きます。ですが、ライスちゃんは。

 

 

「……もう放っておいてください。ライスの気持ちも分からないのに」

 

 

 その言葉を最後に、ライスちゃんは去っていきました……。

 

 

(……ダメ、でしたか)

 

 

 あまりの痛みに意識を手放しそうになる……その瞬間

 

 

「……クソが」

 

 

 俺様と、コイツの意識が切り替わる。……ギリギリで俺様に意識を譲渡しやがったか。

 コイツは沈黙している。今頃、また昔の記憶を見ていることだろう。

 

 

「……また封印し直しか。頻度が増えてきてやがるな」

 

 

 ……ひとまずは、この時の会話も封印しておく必要があるだろう。どこからまた記憶が戻るかは分からねぇ。念のために消しておかないとな。

 それにしても……みんなが喜ばないから出走しない、ねぇ。

 

 

「バカげた発想だ。俺様には一生分からんな、その感情は」

 

 

 レースってのは俺様のためにある。ファンが喜ぼうが喜ぶまいが知ったこっちゃねぇ。だからこそ、不幸娘の考えは俺様には到底理解できん考えだ。

 ……まぁどうでもいいか。所詮は俺様の餌に過ぎん。気にするだけ無駄だ。

 

 

「とにかく、コイツが目を覚ました時用に料理を作っておくのと……後は飲み物だな。確か切れてたはずだ。どっかで買って帰るとするか」

 

 

 コイツが起きた時のことを考えながら、俺様も帰路についた。




ファントムの声はライスに届かず。というかデジタルが有能すぎてヤバい。
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