──真っ暗な空間に立っている。
(ここは……どこでしょうか?)
周りには何もない。ものどころか、風景すらもない。真っ暗な空間に私は1人でぽつんと立っています。
(……まぁ夢でしょうね。部屋、というわけでもなさそうですし)
とりあえず夢だと定義します。さてさて、今回はどんな夢を見せられるのでしょうか?私としては起きたら体調不良が確定する悪夢は勘弁願いたいですね。気づいたら泣いている悪夢もまっぴらゴメンです。待っていれば、そのうち景色も変わるでしょう。それまで気長に待ちまっしょい。しかしこれほどまでに意識がはっきりしている……というか。
(動かそうと思ったら動かせる……。これまた珍しいですね)
まぁ自分の手とかを見ながら時間を潰しましょう。
……ですが、いつまでたっても景色は変わりません。あれ?
(ふぅむ?どういうことですかね?まさか本当にただこれだけの夢?)
それだったらそれだったで別にいいんですけど。起きた時に変な夢を見たー、で済ませられますので。そんなことを考えていると……。
(?何か音が聞こえましたね。誰かが歩いている音?私以外に誰かいるのでしょうか?)
足音……それも、靴とかそういう感じじゃありませんね。裸足でしょうか?足音はどんどん近づいてきています。さぁ、どんな姿をしているのでしょうか?あわよくばお話してお友達にでもなりましょう。夢の住人とお友達……悪くありませんね。夢の中でだけ会える友人というのも素敵なものだと思います。
そうやって待って、どれだけの時間が経ったでしょうか。ようやくその人物が私の目の前に現れます。その人物を見て最初に浮かんだ感情は……明確な拒絶の意思です。
(ッ!?な、なんですか……誰、という感情よりも……視界に入れたくない!頭が、彼女を見ることを……理解することを拒絶してるッ!)
青白い髪をしたウマ娘の少女。誰かは分かりません。少なくとも私の記憶にはいない人物……そのはずなのに。
(私は彼女を……知っている?)
もっとくまなく見れば分かるかも、思い出すかもしれません。ですが、彼女の姿を見ようとすると……吐き気が襲います。夢の中だというのに、頭が痛い……吐き気が治まらない。先程まで万全だったはずの体調は、最悪のどん底まで落ちていきます。
脳が理解することを拒んでいる。彼女を、青白い髪のウマ娘を理解することを拒んでいる。どういうわけなのだろうか?しかも質の悪いことに、彼女から目を逸らすことができない。拒絶したいのに、拒絶できない。目を背けるなと言わんばかりに、私は彼女の姿を見ている。
私が苦しんでいると、目の前のウマ娘の少女は口を開く。
「おもいだして」
「お、思い……出す……?」
彼女は、何を言っているのでしょうか?理解できない。
「あなただって、わかってるでしょう?このままじゃだめだって」
「な、なにを……」
言ってる意味が分からない。理解できない。
「いつまでもかこからめをそむけるわけにはいかない」
「なんの……話……」
少女特有の舌足らずな声で、ウマ娘の少女は私に告げる。理解できない。
「おもいだして。わたしがはしるりゆうを」
「私が……走る、理由……。それは、私の……ため……強くなって、私の強さを証明するために……」
「ちがうよ。そんなりゆうじゃない。べつにあったはずだよ。もっと、たいせつなりゆうが」
少女の言葉の意味が分からない。理解したくない。
「おもいだして。あなたのかこを、あなたのはしるりゆうを。それが、あなたとエっちゃんをすくうかぎになる」
(誰……?私と、誰を救うカギになるんですか……?)
肝心の名前の部分は聞こえない。脳が理解することを拒むかのように……その部分だけ聞き取れなかった。
「いつかかならず、むきあわなきゃいけないひがくる。だから……おもいだして。じぶんのことを」
それだけ言って、少女の姿は消える。代わりに立っていたのは……私の全身が映るぐらいにはあるスタンドミラー。そのスタンドミラーには、当たり前だが私の姿が映っていた。
「……え?」
けど、立っていたのは……いつもの自分の姿じゃなくて。立っていたのは……先程の少女が成長した姿……青白い髪をした、私で──
”……!……い!……おい!起きろ!”
「ッ!?」
もう一人の私の声で、私は布団から飛び跳ねるかの如く起き上がります。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ!う、っぷ……ッ!」
”どうした!?今度はどんな夢を見たんだ!?オイ!しっかりしろ!”
寝巻が汗で張りついて気持ちが悪い。今すぐにでも着替えたい。でも……私の頭の中にあるのはそんなことよりも。
(……思い出して?どういう、ことですか?走る理由を、私の過去を……どうして思い出す必要が?)
分からない。どうしてそんなことをする必要があるのか。
”しっかりしろ!……あぁクソ、記憶処理が終わったと思ったらこれかよ!”
記憶処理?まぁそれはどうでもいいです。今はとにかく……。
「……み」
”あん!?なんだって!何が欲しいんだ!”
「……水、飲みたい」
”冷蔵庫に新しいのを入れてある!さっさと飲んで気持ちを落ち着かせろ!”
私はすぐに冷蔵庫を開けて水を取り出します。キャップを開け、一気にあおって、ひとまず気分を落ち着かせることにしました。……ふぅ。
”……落ち着いたか?”
「……何とか、ね」
それにしても……不思議な夢でした。なんだったんでしょうか、アレは。
”で、どんな夢を見たんだ?また悪夢とやらか?”
「……いつものとは違った。でも、なんというか……分からない夢だった」
”分からない夢だと?”
とりあえず私はもう一人の私に夢で見た内容のことを説明します。それにしても、何故か覚えていますね。忘れることが多々あったのですが。……まぁそんなこともあるでしょう。
一通り事情を説明し終えると、もう一人の私は黙り込んでしまいました。
”……”
「……私は」
”あん?”
「……思い出すべきだと思う?夢の言う通りに、私の過去のことを……思い出すべきだと思う?」
そう問いかけると、もう一人の私は少し考えた後……答えます。
”必要ねぇ。そもそも常日頃から言ってるだろうが。嫌な記憶は忘れるに限るって”
「……そう、だけど」
”忘れてる理由なんざ、お前にとって忘れたい記憶だったってことに他ならねぇ。だったら、思い出さない方が良い……あんな過去、忘れた方が良いに決まってる”
「……?」
もう一人の私は、なにやら最後に呟きましたが……良く聞こえませんでした。それに、なにやら苦しんでいるような……?
……まぁそれに突っ込んだらまたガミガミ言いそうですし、ほっときましょうそうしましょう。でも、気になるのもまた事実で。こうなったら。
「……まぁ、色んな人に聞いてみよう」
”……勝手にしろ”
止めろとは言わないんですね。
というわけで私が相談する相手に選んだのは……。
「ふむ……自分の過去を思い出して、か。なんとも奇々怪々な夢だね」
「……ルドルフはどう思う?」
ルドルフでござい。とりあえずルドルフにも夢で見た内容を教えました。……最後の方は伏せておきます。私にも何が何だか分からないので。
ルドルフは思案するように顎に手をやっています。さて、なんて言われるのでしょうか。少しドキドキしますね。
「……そうだね。思い出した方がいい、とは一概に言えないね」
「……ふむ?」
「過去のことを思い出せない理由は多種多様だ。単純に忘れているということもあるし、記憶の引き出しが分からない……なんていうことだってある。そういう事例であれば、思い出した方が良いといえるだろう」
しかし、と言ってルドルフは続けます。
「ファントム、君は自分の過去のことを思い出そうとすると頭が痛むのだろう?」
「……そうだね。酷い時は、立っていられなくなるくらいには」
「ということはつまり。君が過去のことを思い出すということは、心的外傷……トラウマの原因となるものの記憶も思い出すということになる」
「……ふむ」
「何があったかは分からないが……トラウマになるほどのことだ。余程凄惨な出来事があったのだろう。叫喚地獄のような出来事がね。そんなことがあったと仮定すると……思い出した方が良いなどと無責任なことは言えない。むしろ、トラウマのことを考えれば思い出さない方が得策かもしれない」
「……そっか。ありがとうルドルフ。参考になった」
「気にしないでくれ。ただ……夢の中で言われた、というのが少し引っかかるね」
何がでしょうか?とりあえず聞いてみましょう。
「……何が?」
「夢には自分の深層心理が現れている、とよく言うだろう?ということは、だ。ファントム……君は心の奥底で不安になっているのではないだろうか?過去のことが分からない自分自身に」
「……」
”余計なことを……”
確かに、時折不安になることはあります。過去のことを知っていれば、私になにがあったのか、私はどんなウマ娘だったのか、そして私が走る本当の理由なんかも分かるんじゃないかって……思ったことはあります。
でも、思い出そうとすると頭痛が襲う。そう考えたら……思い出さない方が良い気がして。もう一人の私も、嫌な記憶は忘れるに限るっていつも言ってますし。
「……まぁ、これはあくまで一般論だ。勿論違うことだってある。気にしない方が良い」
ルドルフは黙り込んだ私を心配していたのでしょう。安心させるようにそう言いました。……そうですね。気にしない方が良いでしょう。
「……重ねてありがとうルドルフ。今度何かお礼をさせて」
「構わないさ。大切な友人の相談事だ。私でよければいつでも力を貸そう。……しかし、お礼というのであれば1つ頼みごとがあるのだが」
「……良いよ。何でも言って」
ルドルフの頼み……一体何でしょうか?
「……テイオーの様子はどうだ?何かこう……落ち込んでいたりはしないだろうか?」
「……」
仮にテイオーが落ち込んでいるとしたら、それは私のせいなのですが。いや、口には出しませんけど。しかし、テイオーの様子ですか……。
「……あまり芳しくないね。燃え尽き症候群みたいになってる」
「そうか……」
マックイーンの様子は分かりませんが、テイオーは軽度の怪我ということもありよく見かけます。最近は怪我も治ったので練習をしているのですが……。
「……心ここにあらず、って感じ。目標が無くなって、どうすればいいのか迷っているんだと思う」
「確か……テイオーは秋には復帰だったな?」
「……そうだね。秋の復帰を目標にトレーニングも積んでる。でも、あまり身が入ってないのが現状」
私がそう言うと、ルドルフは難しい表情を浮かべました。どうするべきか、迷っていますね。
「……テイオーを励まそうか考えてる?」
「うぐっ」
ルドルフは呻き声を上げます。どうやら図星だったようで。
「……何か一声かけてあげれば?テイオー、喜ぶと思うよ」
「……それが、だな」
ルドルフの耳が力なくしおれます。
「テイオーに、露骨に避けられていてな……。まともに話せていないんだ……」
「……なんか、ごめんね」
「気にしないでくれファントム……。どうしてだ、テイオー……」
露骨にしょんぼりしているルドルフ。見てるこっちもしょんぼりしてしまいそうな雰囲気を醸し出しています。いや、本当に悪かったです……。まさかそんなことになってるとは思ってなかったので……。
とりあえず、2人でお茶菓子やお茶を飲みながら時間を過ごしていました。主にルドルフを慰める方面で。
テイオーに避けられてションボリルドルフ……。