どうもみなさん、ファントムです。今私は更衣室に1人でいます。今まで制服でいた私はすでにジャージに着替え終わり、その上からパーカーを羽織るいつものスタイルですよ。お面も忘れずに。今日のお面はピエロのお面です。愛嬌があっていいですよねピエロ。夜中に出会ったら泣く自信がありますけど。
……そろそろ現実逃避は止めますか。
「……なんで私まで模擬レースを」
”ハッハッハッ!凡愚にしちゃあ良いこと考えんじゃねぇか!遠慮はいらねぇ、叩き潰すぞ!”
「……そういうわけにも、いかないよ」
事の始まりはつい先程のことでした……。
トレーナーが急遽セッティングしてきたリギルとの模擬レース。スピカから出るのはスペちゃん、相手は短距離やマイルで最強格のタイキです。正直、スペちゃんじゃ勝てないでしょう。
ただ、トレーナーの意図は分かります。強い相手との闘いを経験するのは貴重ですし、模擬レースで得られる経験は通常の練習よりもありますから。個人的にはリギルの方は良く受けてくれたな、とは思いますが。
スズカは少し反対気味でしたが、スペちゃんの頑張ってみたいという声を聞いて最終的には賛成へと傾きました。
そうして始まった模擬レース。スペちゃんは結果的に負けてしまいました。けど、タイキ相手にクビ差は凄いことですし、得たものも大きいです。特にあのスリップなんちゃらはこれからのレースでも活かせるでしょう。スリップなんちゃらを覚えていない理由は私にとっては無用の長物だからです。だって私誰かの後ろを走ることがないですし。
そうして無事に終わったスペちゃんとタイキの模擬レース。その直後でした。
『よーし!それじゃあファントム!』
『……何?トレーナー』
『次はお前だ!準備してこい!』
『……は?』
どういうことですか?私模擬レースするなんて1つも聞いてませんよ?
”ほぉ!いいじゃねぇか!相手は誰だ?潰し甲斐のある奴なんだろうな!?”
『……聞いてないんだけど』
『そりゃ言ってねぇからな。相手は……アイツだ』
私はトレーナーの指差した方向を見ます。そこにはウォーミングアップをしているマスクをしたウマ娘、確か……エルコンドルパサー、でしたか?がいました。
”確か……今4戦4勝の奴だったか?つってもなぁ、歯ごたえなさすぎんだろ。せめて3冠取った奴出せよ”
もう一人の私の言葉を聞きながら私は考えます。そして、この模擬レースをリギルが受けてくれた理由に思い至りました。まさか……。
『……スペちゃんとタイキの模擬レースをする代わりに、私とエルコンドルパサーの模擬レースを?』
『そういうことだ!』
トレーナーにも聞こえるように、わざとらしく溜息を吐きます。まぁ、走ること自体は別に文句はありません。事前通告がなかったのも、まぁいいでしょう。問題は……。
『……さて、と。どうやって走るかな?』
”決まってんだろ。見えなくなるまで千切ればいい”
『……やるわけないでしょ』
対戦相手をぶっ潰す気満々のもう一人の私をどうするか、ですね。
着替え終わった私は練習場へと戻ってきます。ウォーミングアップは……軽く済ませますか。そんな折、対戦相手であるエルが私のとこへとやってきました。どうしたんでしょうか?
「今日はよろしくデース!ファントム先輩!」
「……うん、よろしく。エル」
”よっし!見えなくなるまで千切れ!ぶっ潰すぞ!”
「……それはやらないって、言ってるでしょ」
「だ、誰と会話してるんデスか?」
「……あぁ、ゴメン。気にしないで」
「いや気になりマスよ!?誰と会話してたんデスか!?」
「……まぁまぁ」
「エルコンドルパサー、私語は慎め」
「え!?これワタシがおかしいんデスか!?」
そんな会話がありましたが私のウォーミングアップが終わったということでスタート位置に着きます。
「それでは、これよりリギルのエルコンドルパサーとスピカのファントム、2人による模擬レースを始める。距離は1600mのウッドチップコースだ。それでは、両者位置について……」
さて、とりあえずプランは決まりましたし問題はないでしょう。
「スタート!」
エアグルーヴの合図のもと、私は一気に駆け出します。ゲートが苦手なだけでスタートダッシュが苦手なわけじゃないんですよ私は。すぐさま先頭に立ちます。エルは……無理にはハナを取りに来ないようですね。控えるみたいです。
”……で?どう走るんだテメェは?”
「……2バ身差。それをキープしながら走る」
”つまらん”
別にいいでしょうに。
とにかく私はエルと常に2馬身の差をキープするように走ります。時折フェイントを織り交ぜながらエルを揺さぶり続けるのも忘れずに。さて、どう出ますか?
ファントム先輩。トレセン学園に通っている生徒の中でその名を知らない人はいないでしょう。
現時点で無敗、あの会長すらも越えたと噂される人物。その圧倒的なスピードで他のウマ娘を置き去りにする姿と全てが謎に包まれた経歴からつけられた異名、〈ターフの亡霊〉。そんな人と走れるとなって、エルは興奮していました。……会長やブライアン先輩から嫉妬や羨望の入り混じった目で見られましたけど。
東条トレーナーから告げられた指示は1つ。
『相手の強さを肌で感じなさい。それはきっと、あなたの糧になるわ』
ファントム先輩の強さを体感しろ。それだけでした。けど、エルは勝つ気で走ります!なんたってエルは、世界最強を目指すウマ娘、エルコンドルパサーですから!
……だけど、前を走っているファントム先輩からの圧が半端じゃない!ワタシはファントム先輩の後ろにピッタリとつけてスタミナを温存しています。スリップストリームというやつです!それにプレッシャーもかけている……はずなのに!
(全く意に介していません!?)
ファントム先輩は気にした様子を見せていませんでした。
どうしましょう!?どうするのが正解なんですか!?いや、あれこれ考えるよりも今は……!
(ファントム先輩に食らいつく!それだけデース!)
エルはファントム先輩をピッタリとマークします!意に介した様子を見せないだけで、本当は気にしているかもしれませんから!
そんな状態が続いて残り200m!ここです……!ここで勝負を……ッ!
「勝負デース!ファントムせんぱ……い?」
脚に……力が……ッ!上手く入りません!?なんで!?エルのスタミナは、こんなところで尽きるはずがありません!一体、何が!?
そんなことを考えてるエルの目に映ったのは、エルからきっかり2バ身差でゴールするファントム先輩の姿でした。
さてさて、エルとの模擬レースですが……。この子も良い子ですね。伸びしろがあります。そうは思いませんか?私。
”あ゛ぁ゛?……まぁそうだな。棒立ち娘と同等か……それ以上はあるな”
いいですね。スペちゃんの世代は強い子がたくさんです。確か……今は怪我をしていますけどグラスワンダーって子もいるらしいですね。切磋琢磨して、お互いに鍛え合って欲しいです。
そんなことを考えながら走っているわけですが、エルは気づいているのでしょうか?私がたまにペースを上げ下げしていることに。……おそらくですが、私にピッタリとマークしていることから気づいてませんね。この辺は経験不足なのかもしれません。マークすることに集中しすぎて、ペースを乱されていることに気づいていない。
さて、そんなこんなで残り200mですか。
「勝負デース!ファントムせんぱ……い?」
そう威勢よく言いましたが、エルのスピードは思ったように伸びていません。当然かもしれませんが。
”あんだけペース乱されりゃな。脚も使わされて、スタミナも削られ続けた。残当だ”
ですが、やることは変わりません。きっかり2バ身差をキープ。それがこのレースに掲げた目標ですから。
”つまらねぇ。圧倒的差を見せつけてやりゃあいいんだよ”
はいはい。
さて、ゴールです。差は……うん、きっかり2バ身ですね。私は息を整えながら後ろを振り向きます。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ!」
エルは息も絶え絶えです。そんなエルに私は近づきます。
「……お疲れ様、エル」
「ハァ……ッ、あり、が、とう……ござい、ました。ファントム……せん、ぱい」
「……うん。まずは、息を整えようか」
私はエルに深呼吸するように促します。吸ってー、吐いてー。何度か繰り返すと、エルは呼吸が安定してきたようです。
「……なにを、したんデスか?エルのスタミナが、マイルで尽きるとは思えません。エルに、なにをしたんデスか?」
やっぱり気づいていなかったようです。私はエルにスタミナが尽きた原因を教えます。
「……私は道中、ずっとペースを上げ下げしていた。エルは、私をピッタリとマークしてたでしょ?だから、知らないうちに脚とスタミナを使わされていた」
「そんな……」
「……前の子をマークするのは大事。でも、それだけじゃダメ。相手のペースに乱される、術中に嵌ることもあるから。その時その時で何が最善なのか、正しい判断をすること。それを心がけてみるのが良いかもしれない」
「……ありがとう、ございます」
エルは私にお礼を言います。ですが、悔しさを滲ませていますね。それでいいです。その悔しさは、あなたを強くしますから。
踵を返して私はトレーナーのところへと戻ります。
「ファントム先輩!」
「……?どうかした?」
エルに呼び止められて足を止めます。エルは大きな声で私に宣言しました。
「エルは、いつかあなたに勝ちます!首を洗って待っているデース!」
「……」
”威勢がいいこって”
もう一人の私は興味なさげにそう言います。ですが、私は少し嬉しく思いながら答えます。
「……うん。楽しみに待ってる」
それだけ答えて、私は今度こそトレーナーのところへと戻ります。とりあえず、あのサムズアップしている野郎の胸倉を掴むとこから始めますか。
エルは、ファントム先輩に勝つことを宣言しました。ファントム先輩はそれを受けて、自分のチームのもとへと帰っていきます。
実際に走ってみて、痛感しました……ッ!
「あの人の……底が見えない……ッ!」
この模擬レースも、きっと本気じゃなかった!それだけ、力の差がありました!
エルの言葉は、ただの負け惜しみです。だけど……ッ!いつか……、いつか必ず!
「届いて見せます!アタシは、最速、最高、世界最強!エルコンドルパサーだから!」
エルはもう一度ファントム先輩の姿を見ます!自分が超えるべき目標を、目に焼き付けるために!
「……トレーナー、今度からは事前に連絡をして」
「わ、分かった!分かったから離してくれ!」
……自分のトレーナーの胸倉を掴んでマース!?
アタシにとっての超えるべき目標、それが分かった模擬レースでした。
今週のヤングジャンプも面白かったです。シンデレラグレイもそうですけど、最近新しく始まったカテナチオってサッカー漫画もいいですね。