そろそろトレセン学園も夏季休暇に入りそうなある日の放課後の廊下。ライスは沈んだ気持ちで歩いている……。周りのみんなが心配そうな表情をしているけど……ハァ。
「ファントムさんに謝れなかった……」
昨日の件のことでファントムさんに謝りたいって思ってたのに、不思議なくらいタイミングが合わなかった。
昨日ファントムさんは菊花賞に出走しないライスのことを説得してくれた。でも、ライスはそんなファントムさんに対して酷いことを言ってしまった。心配してくれているファントムさんに対して、ライスは放っておいて、ライスの気持ちも分からないのにって言ってしまった。
後になって冷静になると、ライスが強くなるために頑張ってくれたファントムさんに対して酷い物言いだったって思った。だから、今日謝ろうと思ったんだけど……。
例えば廊下でファントムさんの姿を見た時。
『ふ、ファントムさん……あ、あの……ッ!』
『待っていたよファントム。さぁ、中に入ってくれ』
ファントムさんは会長さんと一緒に生徒会室に入っていっちゃったり。
『あ……。ふ、ファントムさん……』
『……丁度良かったブライアン。相談事があるんだけど』
『アンタが私にだと?一体何の相談だ?生憎と、役に立つとは思えんぞ』
『……まぁまぁ。気楽に聞いてくれるだけでもいいから』
『……まぁいい。飯を食いながらでもよければ聞いてやる』
ブライアンさんと、途中で混ざったハヤヒデさんと会話を始めてしまったり。
『ファント『ふぅム、ファントム君が相談とは珍しいねぇ?』ムさ……』
『私達で、良ければ。相談に、乗ります』
『……助かる。実は』
『……部屋に入っちゃった』
タキオンさん達とそのまま旧理科準備室に入っていってしまったり……。最終的に、すでに日も暮れてきた時間帯になってもライスはファントムさんに謝れないでいた。
(ど、どうしてこんな日に限って……ッ!ハァ……ライスはやっぱりダメな子だ……)
いつものように自己嫌悪に浸っていると……急にライスの身体が浮いてッ!?
「ひゃあああぁぁぁぁ!?」
「ステータス『捕獲』。ライスさんを捕まえることに成功しました。このまま連行します」
こ、この声……ッ!
「ぶ、ブルボンさん!?」
「はい。ミホノブルボンです」
「な、なんでライスを持ち上げているの!?」
「ステータス『当然』。私はライスさんと話したいことがあるのにライスさんは私を避けている様子でしたので。ならばこうやって捕まえる他ないという結論に達しました」
だ、だからってこんな手段とるかな!?なんでファントムさんと同じような捕まえ方をするの!?
「お、降ろしてブルボンさん!」
「ステータス『拒否』。降ろした瞬間逃げられる可能性大。故に持ち上げたまま連行することが最適解と判断します」
「逃げない!逃げないから!だから降ろして!」
周りの人達みんな見てるから!何事かってみんな見てるからァァァァァ!?
……結局、降ろされることはないままライスは連行されることになりました……。
ブルボンさんに持ち上げられるままライスが連れてこられたのは……人気のない場所でした。そこでブルボンさんはライスを降ろしてくれます。
「さて、ここならば誰にも聞かれることはないでしょう」
「う、うぅ……」
なんか、凄い辱めを受けた気分……。でも、ブルボンさんはライスを凄く真面目な表情で見据えています。その雰囲気から、多分真面目な話をするんだって思って。ライスも気持ちを引き締めてブルボンさんを見据えます。
(聞かれることは……正直、分かってる。ファントムさんが知ってたんだもん。だから……)
「ステータス『質問』。何故、菊花賞への出走を諦めるのですか?ライスさん」
(……やっぱり)
そんな気はしてた。ブルボンさんは、ライスを睨みつけている。何故出走しないのか?そんなブルボンさんの気持ちが伝わってくるようだった。
今更取り繕うわけにはいかない。それは、ブルボンさんに失礼だから。
「……ブルボンさんが菊花賞を勝つと、3冠ウマ娘になれる。そうすると、ファンの人達はブルボンさんを祝福する。みんな幸せになれる」
「……」
ブルボンさんは黙ってライスの言葉を聞いている。でも、まだ睨みつけたままだ。
「ファンの人達が望んでいるのは3冠ウマ娘の誕生。他のウマ娘の勝利なんて望んでない。だから……ライスが勝つことだって、誰も望んでない」
「ステータス『否定』。そんなことはありません。ライスさんは、ファンの声をしっかりと聞いていましたか?」
「聞いたよ。だからこうやって菊花賞への出走を諦めて……」
「聞いていないではありませんか」
ライスが言い切る前に、ブルボンさんはそう言い放った。
(……ライスはちゃんと聞いた。ライスの勝利は望まれてないってことを……空気を呼んでくれって、大人しくしててくれって言葉を、ライスはこの耳で聞いたんだから!)
「あの場……日本ダービーでは、ライスさんを応援する声は確かにありました。それはライスさんのトレーナーも耳にしたと仰っていました」
「……お姉さまは優しいから。ライスが落ち込まないようにそう言ってくれてるだけだよ」
「『重ねて否定』。会場にいた他の方もそのような声を聞いたと言っています。ステータス『確定』。日本ダービーでは、ライスさんを応援する声は確かにあったのだと断言できます」
……そんなはずない。そんなはずない!
「ライスの勝利は望まれてない!みんなが望んでいるのはブルボンさんが3冠ウマ娘になるところ!だから……ライスが邪魔しちゃいけないんだ!」
ライスがそう言うと……ブルボンさんの表情に怒りが見えました。
「……ステータス『憤怒』。菊花賞で私はライスさんに勝てないと……そう仰りたいのですか?」
「……え?」
「ライスさんのその物言いだと……ライスさんが菊花賞に出走すれば、私は3冠ウマ娘になれないと、ライスさんには勝てないのだと言われていると感じました。それに間違いはありませんか?」
(ち、違う!そんなつもりじゃなくて……)
ライスが何も言い返せずに困惑していると、ブルボンさんの怒声が響き渡りました。
「私を舐めるのもいい加減にしろ!」
「……ッ」
滅多に聞かないブルボンさんの怒声。凄く怒っている。ライスの言ったことを考えれば当たり前かもしれないけど、ブルボンさんは凄く怒っていた。
「えぇ、確かに私は長距離を不得手としています。対してライスさんは長距離こそが本領を発揮でき舞台……それが世間の共通認識でしょう」
「……」
「ですが!そんなことは百も承知です!そんなこと承知の上で……私は菊花賞であなたと戦いたいのです!」
「ッ!……ど、どう、して……?」
そんなにライスと戦いたいの?
「決まっています。あなたが私にとってのライバルだからです」
「ライスが……ブルボンさんの、ライバル?」
ブルボンさんは静かに頷きます。
「ライバルと競い、高め合いたい……そう考えるのは、当然のことです。私にとっての特別なライバル……それは、あなたなんです。ライスさん」
「どうして……ライスが?一度も、勝ったことなんてないのに……」
「ステータス『当然』。皐月賞は2バ身差、日本ダービーはクビ差……距離が延びる度にライスさんとの着差は縮まってきています。これが菊花賞になると……おそらくですが、私は差し切られるでしょう。3冠ウマ娘という目標は、叶わないかもしれません」
「じ、じゃあ……」
「ですが、情けで3冠ウマ娘になるよりは……ライバルと競い合って目標を達成できなかった方が私にとっては最良の結果だと判断します。もっとも、菊花賞を走っても私はライスさんに勝つ算段でいますが。そのためのトレーニングも、マスターとファントムさんの師事の元積んでいます。全てはライスさん……あなたに勝つためにです」
……でも!
「ライスの勝利なんて望まれてない!ライスが勝ったって誰も喜ばない!祝福なんてあげられない!そんなレース……ライスは走りたくない!」
「……ステータス『納得』。それがあなたの本心ですか、ライスさん」
ブルボンさんはそう呟くと、ライスの声に負けず劣らずの大きい声で反論します。
「ステータス『否定』!そんなことはありません!ライスさんを応援する声は、確かにあります!」
「でも……多くの人達はブルボンさんの勝利を望んでる!3冠ウマ娘の誕生を見たいって思ってる!ファンの人達の期待をライスは裏切りたくない!」
「多くのファンのために、ライスさんを応援してくれるファンを切り捨てると!そう言いたいのですか!?」
「違う!」
「いいえ違いません!確かに3冠ウマ娘の誕生を望んでいるファンよりは少ないかもしれません、小さい声かもしれません……ですが!あなたを応援する声は確かにある!その人達のために……走ろうとは思わないのですか!?」
「ライスの走りで誰かが傷つくくらいなら……ライスは走らない!そう決めたんだ!」
「ステータス『激怒』!頑固者ですねライスさん!大人しく菊花賞に出走してください!」
「ブルボンさんこそ!もう諦めてよ!ライスは菊花賞に出走しないって決めたんだから!」
ライスとブルボンさんの口論は徐々にヒートアップしていく。お互いがお互いに、言いたいことだけを言っている。もう、何が何だか分からなかった。ただ、お互いの気持ちをぶつけ合うだけだった。
「私はあなたに勝ったうえで3冠ウマ娘になりたい!長距離を得意とするあなたに勝って菊花賞を制することで……私は胸を張って3冠ウマ娘になったといえるのです!だから……私との勝負から逃げるな!ライスシャワー!」
「……ッ!」
ブルボンさんは、真っ直ぐな目でライスを見ている。その目を見て、ライスの菊花賞に出走しないって決意は揺らぎそうになる。……でも、頭の中にあの言葉が蘇ってくる。
『空気読んでくれよな』
『大人しくしててくれよ。ブルボンの3冠が見たいんだからさ』
ブルボンさんの3冠を望む声。ライスの勝利は望まれてないっていう声が。ライスの頭の中に渦巻いて……
「周りの声なんて気にしないでください!それとも……あなたは私に勝つ自信がないんですか、ライスさん!だから菊花賞の出走を諦めようとしているんですか!?」
ブルボンさんのその言葉に、ライスの頭の中は真っ白になった。
「……そんなことない!」
「ステータス『疑問』!菊花賞に出走しないということは……私に勝つ自信がないからではありませんか?だから菊花賞に出走しないのでしょう!?」
「さっきまで何の話を聞いてたの!?ライスが勝ったらブルボンさんやファンの人達の夢を壊しちゃう!だからライスは菊花賞に出走しないって決めたんだから!」
「ステータス『嘲笑』。私との勝負から逃げる臆病者の言葉は信じません。撤回して欲しければ……菊花賞に出走することです」
「……結局はそれなんだね、ブルボンさん」
「……ステータス『肯定』。少し言いすぎたと反省はしていますが……私はあなたと菊花賞で戦いたいのです。だからどうか、菊花賞への出走を願います。ライスさん」
そう言って、ブルボンさんは先程の言葉を謝罪するように、そして……ライスに菊花賞へ出走することをお願いするように頭を下げました。……。
「頭を上げて、ブルボンさん。ライスも少し言いすぎちゃったから」
「……」
「……でも、それでもライスは……ッ!菊花賞には……ッ」
出走しない。その一言が出てこない。多分、ライスの中でも揺らいでいるんだと思う。これだけ真摯に向き合ってくれるブルボンさんの気持ちを無下にしたくない、お姉さまや、説得してくれたファントムさんのためにも出走したい。そう考えちゃう。
……でも、みんなが不幸になるくらいだったら。
「……少し、考えさせて。ブルボンさん」
「ッ!ステータス『納得』。分かりましたライスさん。良い返事を期待しています」
結局返事を先延ばしすることにした。ブルボンさんは、そのまま去っていく。
「……ライスも帰ろう」
でも、ちょっと学園の外に出てみよう。そう考えて校門へと歩みを進める。
決意が揺らぐライス。後もう一押し……。