来る菊花賞に向けて。私はマスターの指示のもとトレーニングを積んでいます。
「マスター、菊花賞のラップタイムを新しいものに更新する必要があると判断します」
「……どういう意味だ?ブルボン」
「菊花賞を制する上で最大の障害となる相手、それはライスさんで間違いないでしょう。マスターも、そう判断していると思われます」
「そうだな。だが、それならば今のラップタイムでも問題はないはずだが?」
私とマスターの共通認識。それは、3冠を取る上で最大の障害となるのはライスさんであること。そのライスさんは一時期菊花賞に出走はしないと言っていましたが……私達の説得の甲斐もあって出走することを決めてくれました。ステータス『歓喜』。ライスさんと競い合えることが嬉しいです。
ですが……3冠を取るのがさらに厳しくなった、と言われればその通りです。ライスさんはマスターやファントムさんの言うように生粋のステイヤータイプのウマ娘。ただでさえ適性の差があるというのに相手の土俵で戦わねばならないということで、私の3冠達成は厳しいものになるでしょう。もっとも、ライスさんに逃げられた上で3冠を取っても喜びは半減していたと思われるので彼女を説得したことに後悔はしていませんが。
今もマスターと対ライスさんに向けた対策を取っています。その上で私が提案したのは、現在菊花賞で走ろうと考えているタイムをさらに縮めようというもの。
「皐月賞、日本ダービーと段々差が縮まってきています。おそらくこのままいくと、このラップタイムでは最後にライスさんに躱される可能性が高いと判断しました。ステータス『更新』。今の予想タイムよりもさらに1秒……可能ならば、2秒速いタイムに更新する必要があると判断します」
「今よりさらに2秒……か。ブルボン、本気で言ってるんだな?」
マスターの言葉に私は頷きます。
確かに、厳しいことであるには変わりないでしょう。今でさえ、かなり速いペースで飛ばすことを前提にしたタイムを目標に設定しています。そこからさらに2秒も縮めるとなると……それこそ、コースレコードを更新する勢いで飛ばすことになるでしょう。
ですが、構いません。元よりそれほどの相手なのですから。それだけ、私はライスさんを脅威として見ています。向こうは私に勝つために万全の状態に仕上げてくる。ならば……私も、クラシック2冠ウマ娘として負けるわけにはいきません!全ては目標、3冠ウマ娘へと至るために!
「……分かった。だが、今の目標タイムでさえかなりのペースで飛ばすことを想定している。そこからさらに2秒も縮めるとなると……今以上の過酷なトレーニングをお前に強いることになる」
「ステータス『覚悟』。承知の上です」
「なら、今のトレーニングメニューからさらに上乗せだ!まずは坂路を俺が良いというまで走ってこい!」
「了解いたしました。ミホノブルボン、マスターから与えられたミッションを遂行します」
私はマスターに言われるまま坂路へと向かいます。その量はいつもの倍……いえ、3倍近い量のトレーニングでしたが関係ありません。私はただ与えられたミッションを遂行するのみ。私とマスターが定めた目標……菊花賞制覇に向けて私は弱音を吐いてはいられません。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ!」
「どうしたブルボン!もうへばったか!?」
「……こ、コンディション、オールグリーン。ミホノブルボン、練習を続けます……ッ!」
「この程度でへばるようだったら、3冠ウマ娘なんて夢のまた夢だ!さらに追加で10周走ってこい!」
「ステータス『了解』……ッ!ミホノブルボン、発進します……ッ!」
ただ、努力を積み重ねる。
そして、それは自主トレでも同様です。
「ライス先輩を想定するために、私と一緒に併走して欲しい……と」
「ステータス『その通り』。グラスさん、お願いできないでしょうか?」
夏合宿までの間と、夏合宿後の菊花賞までの間いつものメンバーの自主トレで、私はグラスさんに仮想ライスさんの相手としてお願いしました。お2人は標的と定めた相手に対するプレッシャーは半端じゃないものを感じます。なので、仮想ライスさんを想定するならグラスさんこそが最適であると私は判断しました。……後は、ファントムさんが相手だとさすがに仮想ライスさんにはなりえないと結論づけましたので。
そんなライスさんはファントムさんと併走を行っていました。おそらく、仮想私を相手にしたトレーニングを積んでいるのでしょう。
「相分かりました。僭越ながら、私がブルボンさんの併走に付き合わせていただきましょう」
「ステータス『感謝』。協力感謝しますグラスさん」
そうして私はグラスさんの協力により、仮想ライスさんに対する対策を万全のものとするために努力を続けました。
(ステータス『邁進』。目標設定『3冠ウマ娘になる』。ライスさん……勝負といきましょう)
私は菊花賞までの間、自主トレではグラスさんと併走を続けました。
……グラスさん。あなたどういうプレッシャーの当て方をしているんですか?何故か私の胸が鋭利な刃物で突き刺されるような感覚を覚えたのですが。え?この程度慣れておかないとライスさんには勝てない?……深刻なエラーが発生、直ちに修正を求めます。
私はひたすらに自分を追い込み続けた。
「ハッ……ハッ……!」
ライスさんと私の総合値はほぼ互角、より正確にはスピードで私が、スタミナでライスさんが勝っている状態。経験値に関しても、京都新聞杯での勝利があったとはいえ参考にならないでしょう。ハナ差の接戦に加えて、まだ中距離という舞台ですから。故に経験値も互角。
ならば後は、勝敗を分けることになるのは……精神力。精神力でライスさんに勝る必要がある。マスターは、常日頃から言っておりました。
『精神は肉体を越えらえる!』
己の限界以上の力を引き出すために、ライスさんに勝つために……私はライスさんよりも精神力で勝る必要がある。
(待っていてくださいライスさん……。私は必ずあなたに勝ってみせます!そして、3冠ウマ娘の称号を……私は勝ち取ってみせます!)
「ハッ……、フッ!」
「いいぞブルボン!さらにもう5周!」
努力を重ねる。精神力でライスさんに勝るために……ミホノブルボン、己の限界を超えてみせます!
菊花賞に出走することを決めたライスはその日から練習の量をさらに増やすことにした。
「……以上が今後のライスのトレーニングメニューなんけど……何か質問はある?ライス」
「そうだね……」
お姉さまは菊花賞に向けてライスに最適なトレーニングメニューを作ってくれた。ライスはそれに目を通して確認する。
「このトレーニングメニューのさらに倍、ううん、3倍くらいの量でもライスは大丈夫」
「え!?い、今でも結構な量のトレーニングだと思うんだけど……」
確かにお姉さまの言う通りだ。いつものトレーニングメニューよりもさらに多いし、そこからさらに3倍の量ってなるとライスの身体が心配になるのも仕方ないと思う。
……でも、足りない。ブルボンさんに勝つためにはこれだけじゃ足りない。
「お姉さま、ブルボンさんは菊花賞を勝つことができれば3冠ウマ娘になれるよね?」
「そうだね。だから、ミホノブルボンさんの陣営は死に物狂いで勝ちに来る……ッ!」
お姉さまは、何かに気づいたような表情を浮かべる。ライスは頷きながらライスの考えをお姉さまにぶつける。
「ブルボンさんの完成度は凄い。ライスはブルボンさん達と自主トレを良くしているからそれがよく分かる。だからもっと、もっと量を積まないとブルボンさんには勝てない」
ブルボンさんはまるで精密な機械のように正確なラップを刻み続ける。だから、ブルボンさんに勝つとなったらその機会のようなラップ逃げを封じ込める……ブルボンさんよりもさらに前で走るか、もしくは後ろから圧をかけてそのラップを狂わせる必要性がある。
けど、ここで問題になるのがブルボンさんのメンタルだ。ブルボンさんのメンタルはちょっとやそっとのことじゃ崩れない。まさに鋼のようなメンタルを持ってる。いくらライスに有利って言っても、ブルボンさんをそのまま逃げさせたらライスは勝てない。だから、それを崩せるだけの基礎をライスは身につけなきゃいけない。最後にものを言うのは基礎、ファントムさんだってそう言ってたから。
「……そうだね。ゴメンライス。私の見通しがちょっと甘かったよ」
「だ、大丈夫だよお姉さま!むしろライスこそごめんなさい。ワガママ言っちゃって……」
「いや、ライスの言う通りだよ。じゃあトレーニングメニューをこの3倍の量こなそうか!目指すは……菊花賞制覇!っだよ!」
「……うん!お姉さま!ライス頑張る!」
それから菊花賞までの間ライスはトレーニングを積んでいた。お姉さまの考案したメニューの、3倍の量をこなす。
……けど、それでも足りない。今のブルボンさんは……ハッキリ言って距離適性の壁なんてあってないようなものだ。
「ライス。言われた通り、この場所の許可を取って来たよ」
「うん、ありがとうお姉さま。ライスもお姉さまに言われた通りしばらくの間学園にも休むって伝えてきた」
「うん。準備は万端だね。じゃあ……早速始めようか!」
「うん、お姉さま!」
ライスはもう使われていない山奥の廃校にあるトラックを利用して、菊花賞までの間ここで合宿をすることになった。みんなよりちょっと早くて、遅く終わる合宿。
必要な道具は全部そろえてある。ライスとお姉さまが泊まる用のテント用具一式に……ライスが走り込みで使うためのトレーニングシューズ。それを、鞄2つ分に詰めるだけ詰め込んで持ってきた。足りなくなったら、お姉さまがまた買ってきてくれることになっている。
「頑張れー!ライスー!気合だよー!」
「……ッ!」
ブルボンさんとライスの総合値は……多分互角。それぐらいの段階まで来ている。経験値に関しても、トライアルレースで走る予定の京都新聞杯を走る予定だから変わらない。だから、最後に勝敗を決めるのは……精神力。ライスは、精神力でブルボンさんに勝る必要がある。
(でもそれは……簡単なことじゃない)
ブルボンさんの夢は3冠ウマ娘。皐月賞と日本ダービーを制して、すでに王手をかけている状態。だからこそ、この菊花賞ブルボンさん達は死に物狂いで勝ちに来る。そんな相手に精神力で勝るのは……並大抵の努力じゃ足りない。
「ハッ……ハッ……!」
もっと、もっと。
「ハッ……ハッ……!」
もっと。もっと!
「ハッ……ハッ……!フッ……フッ……!」
ライス自身を、もっと追い詰める必要がある!
ライスは走り込みを続ける。朝は日が昇る前から、夜は日付が回る直前まで。ライスはただ愚直に走り続ける。
「いいよーライス!その調子その調子!もっともっと、自分を追い込んでいこー!」
お姉さまも、そんなライスに付き合ってくれている。朝はライスよりも早く起きてご飯の準備をしてくれて。夜はライスが寝るまで起きている。ずっとライスに付き合ってくれていた。
そして、そんなライスに付き合ってくれるのはもう1人いた。それは……ファントムさん。
「ファントムさん……ライスとの併走、よろしくお願いします」
「……いいよ。じゃあ、菊花賞までの間よろしくね」
「はい。仮想ブルボンさんの走り……お願いします、ファントムさん!」
「……任せて。ふんすふんす」
仮想ブルボンさんを相手にするために、ファントムさんはブルボンさんのラップ逃げを再現してもらっていた。ライスはそんなファントムさんと併走をする。……それにしても、ファントムさんって凄い器用だな。本番のレースは滅茶苦茶なペースで大逃げするのに、こんな逃げもできるんだ。
ライスは菊花賞までの間、ひたすらにライス自身を追い込み続けた。総合値は互角、経験値も互角。なら……残った精神力で、ブルボンさんに勝るために。ライスはただ、練習を積み重ねていった。
積み重ねた努力は裏切らない。精神は肉体を越えられる。だからライスは……走り続ける。
「ハッ……ハッ……」
もうすでに最初に持ってきた2つの鞄のトレーニングシューズは9月に入ると同時に全部履き潰してしまった。これは4つ目の鞄に入っていたトレーニングシューズ。それももうなくなりかけている。
「セントライト記念と京都新聞杯の負けは気にしないでライスー!本番の菊花賞で勝てばいいんだよー!」
「ハッ……ハッ……」
追い込む、追い込む、追い込む。全ては菊花賞でブルボンさんに勝つために……ファンのみんなに、お姉さまに祝福を届けるために!
「ついてく……ついてく……ついてく……ッ!」
「ッ!いい感じだよライスー!鬼が宿ってるよー!」
鬼が宿ってるって、何だろう?そ、そんなに今のライスは怖いのかな?……でも、関係ないことだ。ライスの目標は菊花賞での勝利。そのためなら……ライスは鬼にだってなる。
そんな日々が流れる。ただひたすらに自分を追い込み続けた。そしてそれは……ブルボンさんも同じだと思う。
(菊花賞でブルボンさんに勝って……菊花賞を優勝する!ライスはもう逃げない、ライスを応援してくれるファンのみんなのために……祝福を届けるんだ!)
ライスは努力を重ねた。
──そして、菊花賞の日がやってくる。
次回は菊花賞。そして春天の鬼ライスが降臨なさりました。