そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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菊花賞、決着。


サイボーグの夢と青薔薇の意地

《レースは向こう正面を過ぎて第1コーナーへと差し掛かります。先頭を走るのは12番、12番が逃げに逃げている!ミホノブルボンよりもさらに前の位置で12番が飛ばして逃げている!2番手との差はすでに5バ身はついているでしょうか?》

 

 

《12番は宣言通りの逃げ。しかしハイペースでこの菊花賞を逃げ切ることはできるでしょうか?スタミナを残しているのかが気がかりです》

 

 

《そして先頭を走る12番から5バ身程離れた位置につけましてミホノブルボンがこの位置、1番人気ミホノブルボンはこの位置につけている。3番手はミホノブルボンからきっかり半バ身差をマークし続けているライスシャワーだライスシャワーがミホノブルボンを徹底マークしている!これは怖いこれは怖いぞミホノブルボン!》

 

 

《ただ、ミホノブルボンは非常に落ち着いていますね。しっかりと自分のペースで走っています》

 

 

《先頭12番は第1コーナーの中ほどに入りました。ライスシャワーから遅れること3バ身の位置に4番手マチカネタンホイザが控えている。レースは縦長の展開。ここはまだ様子見といったところ》

 

 

 

 

 ……やっぱり、ブルボンさんには通用しない、か。……ううん、そんなことはない。きっと通用している。そう思うしかない。

 

 

(ずっとブルボンさんがライスの存在を意識できるような位置で走ってるけど……ブルボンさんは崩れない。やっぱりブルボンさんは凄いや)

 

 

 それに、今まで逃げで走っていたのにハナを取られてもブルボンさんは意に介していない。でも、だからといって楽には逃げさせないようにしている。だから、12番の子からしてもかなり苦しい展開だと思う。逃げで走るブルボンさんよりもさらに前で走らなきゃいけないのに、そのブルボンさんは、傍目から見れば顔色1つ変えずに走っているから。

 正確無比なラップタイムを刻み続けるブルボンさんを崩すことは難しい。でも、何もブルボンさんは無敵ってわけじゃない。必ず付け入る隙はある。後はライスがそれを見逃さないようにするだけ。それに……少し、本当に少しだけど。

 

 

(ライスの気のせいじゃなければブルボンさんの走りも少しずつ狂い始めてる……。だから、ライスが付け入る隙は必ずある!)

 

 

 第1コーナーを越えて第2コーナーへと差し掛かる。ライスはただブルボンさんについていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《直線コースも半分を超えました。先頭を走るのは変わらず12番、12番が必死に逃げている。2番手は3バ身差ミホノブルボン3番手はミホノブルボンから半バ身差ライスシャワー先頭から6番手までは依然変わらず。しかし後続はじりじりと差を詰めてきているぞ。12番はこのままのペースで逃げ切ることはできるか?》

 

 

 

 

 ……フム。

 

 

「……さすがにブルボンも堪えているみたいだね」

 

 

”だな。サイボーグ娘のラップタイムが少しずつ狂い始めてきてやがる”

 

 

 ライスちゃんを想定するなら、ブルボンが走ろうとしているラップタイムは大体想像がつきます。さすがに少しの誤差はあるにしても、私が想定しているブルボンのラップタイムに狂いが生じ始めてきましたよっと。

 ブルボンのタイムが狂い始めた理由。それはもう明白でしょう。

 

 

「……レースの最初からかけられているライスちゃんのプレッシャー。いくら表面上は涼し気にしていても、気にならないはずがない」

 

 

「そうですね。さすがのブルボン先輩といえども、あのライス先輩の圧には堪えるでしょう。フフ、特訓の成果が出てますね、ライス先輩」

 

 

 さてさて、ブルボンはどうすることやら。……それと。

 

 

「な、なぁ?」

 

 

「……ど、どうしたよ?」

 

 

「ライスシャワーって子……凄くねぇか?あのミホノブルボンにあそこまでついていくなんて」

 

 

「あ、あぁ。それに12番の子もあんなに頑張ってよ……」

 

 

「……俺ら、ミホノブルボンが3冠ウマ娘になるとこ見に来てたはずだよな?」

 

 

「……そう、だな。でも……よ」

 

 

「す、凄い……」

 

 

 ……観客席の方も、少しずつ変化し始めてきたようで。

 

 

”んなくだらねぇこと気にしてる暇あったらレースに集中しろ。俺様の餌になりえるかどうか……それを見極めに来てんだからよ”

 

 

「……ゴメン。レースに集中するよ」

 

 

”……まぁいい。程々にしておけ”

 

 

 ま、もう一人の私の言う通りです。レースに集中しなければ。果たして果実はなるのかどうか……見ものですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《さぁここから第3コーナーの坂に入る!ここから淀の坂に入る!坂を上る京都レース場のウマ娘達!先頭12番との差をミホノブルボンがじりじりと詰めている!それについていくようにライスシャワーもその差を縮めていく!さぁ他のウマ娘達も徐々に進出を開始してきた!さぁ12番苦しいぞ!このまま逃げ切ることはできるか!》

 

 

 

 

 ライスはブルボンさんの様子を観察する。そして……ッ!

 

 

(ブルボンさんが前との差を詰めにかかった……ッ!なら、ライスも!)

 

 

 ライスもブルボンさんについていく!

 12番の子はもういっぱいいっぱいだ。でも懸命に逃げている。ライス達に追いつかれまいと、必死に……必死に逃げている。

 

 

「ハァッ、ハァ……ッ!」

 

 

 でも、差はグングン縮まってきている。もうレースは淀の下り坂に入った。後はここを下って……勝負を仕掛けるのはッ!

 

 

(第4コーナーを越えた最後の直線!そこで、ブルボンさんを躱す!)

 

 

 そう考える時に、ライスに不安が襲ってきた。

 

 

『余計なことすんなよな~』

 

 

(ッ!)

 

 

 ライスが勝ったら、きっとみんながっかりする。そう考えると、どうしても脚がすくみそうになる。

 

 

『私達はブルボンの3冠を見に来たのに~』

 

 

 そんな幻聴が聞こえてくる。思わず耳を塞ぎたくなる……でも!

 

 

(こんなライスでも、応援してくれるファンはいる!だから、ライスは菊花賞を勝つ!ブルボンさんを下して、ライスが菊花賞を勝つんだ!)

 

 

 余計な雑音はいらない……ッ!

 

 

『空気読……』

 

 

 走るのに、関係のない情報はそぎ落とせ……ッ!

 

 

『ブルボ……3冠……』

 

 

 ライスが考えるべきなのは……ライスの目の前を走り続ける、敵をいかに躱すか!相手は一筋縄ではいかない、それこそ、ライスの力を120%以上に発揮しないと勝てない相手!だから、余計なことを考える必要はない!勝った時の事とか負けた時の事とか……そんなものは後回しでいい!

 

 

 

 

《淀の坂を下って……先頭は第4コーナーへとさしかかった!そしてここで……!ミホノブルボンが12番を躱しにかかった!それから1バ身遅れてライスシャワーも12番を躱そうとする!流石にスタミナが切れたか12番苦しそうだ!しかしまだ懸命に粘っている!12番懸命に粘っている!》

 

 

《やはり負けられない想いというのはありますからね。しかし……》

 

 

《しかし第4コーナーを過ぎて最後の直線前で……!ミホノブルボンが12番を躱したぁぁぁ!京都レース場は大歓声に包まれるしかし!ミホノブルボンが上がってきたということはライスシャワーも上がってきている!これまた京都レース場に大歓声が響き渡る!ミホノブルボンとライスシャワーの2人が最後の直線で先頭に立った!これはまたも一騎打ちか!?またこの2人の一騎打ちになるのか!しかし後続もグングン差を詰めてきている!菊花賞も残り400を切りました!》

 

 

 

 

 今はただ……ブルボンさんに勝つことだけに集中する!レースで勝つことだけに集中すればいい!

 

 

(極限まで無駄をなくして……!ライスの思考!)

 

 

 視界が真っ白に染まる。そして、真っ白な視界が徐々にひび割れて……ダービーの時に少しだけ見えた、あの時の景色がライスの目の前に広がる。多分、ファントムさんに教えてもらった領域(ゾーン)だと思う。

 

 

(これが……ライスの……ッ!力がどんどん湧き上がってくる!)

 

 

 夜の闇の中に佇む教会。ライスは、教会の庭のような場所を駆けている。ブルボンさんを抜かすために必要な力が……身体の奥から湧き上がってくる!

 けど……!スタミナの消耗が激しいってファントムさんは言ってた!ライスのスタミナはもう尽きる寸前。それも仕方ない。だって、ブルボンさんにプレッシャーを掛けながらブルボンさんのペースに合わせて走っていたから。でも、ブルボンさんの姿はもう隣にある!だから後は……!

 

 

(根性勝負だよ、ブルボンさん!勝つのは……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 システムレッド……ステータス『極度の疲労』……。メインブースター(スタミナ)は枯渇寸前。勝負は最後の直線に入りました。

 出走前の計算では私のメインブースター(スタミナ)は残っている算段でした。余裕を持って最後の直線を迎えることができると、そう判断していました。ですが、蓋を開けてみれば……現在私はステータス『いっぱいいっぱい』です。その原因は置いておくにしても……。

 

 

(やはり……あなたはお強いですね、ライスさん)

 

 

 私の隣を走るライバルに思いを馳せる。今私はライスさんを必死に逃すまいと競り合っているが……この調子だと不味いかもしれません。

 ですが、身体の状態とは反対に……私の感情は昂り続けています。今この瞬間をずっと感じていたい、このままライスさんと走り続けていたいと思えるほどに。ただ、このままだとライスさんは直に私を追い抜くでしょう。そうさせないためには……私も、限界を超えるしかない。

 メインブースター(スタミナ)を切り離し、全リソースを脚に。残りは……サブブースター(根性)で補います!

 視界が切り替わる。景色がひび割れて、私が思い描く、力を最大限に発揮する舞台が現れる。無限に広がる宇宙(そら)の景色。重力はないはずなのになぜかそこを走ることができる私。加えて、身体の奥底から力が湧き上がるこの感覚。成程、これがファントムさんの言っていた……。

 

 

領域(ゾーン)ですか……。私とは無縁のものだと思っていましたが……)

 

 

 あったとしても、まさか相手に勝ちたいという気持ちではないと思っていました。ですが……どうやら、私は私が思っている以上に負けず嫌いのようです。

 ですが、考えるのは後にしましょう。今やるべきことは……隣を走るライバル(ライスさん)よりも先を走ること!一歩でも、半歩でもいい。先を走ることに集中します!3冠の夢よりも、今はただ……ライスさんに勝つことだけにリソースを割きます!

 

 

(根性勝負といきましょうライスさん。勝つのは……)

 

 

「「私(ライス)だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」

 

 

 残り何mかは分かりません。ただ、全身全霊をかけて走るのみ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《最後の直線に入って先頭に立ったのはミホノブルボンだ!しかしライスシャワーも上がってきて……ライスシャワーも並んでいる!ミホノブルボンとライスシャワーが完全に並んだ!後続も追い上げてきているその差は2バ身程!だが先頭2人に置いていかれないようにするだけで精一杯か!?その差は縮まらない縮まらない!》

 

 

《……ッ!》

 

 

《先頭2人!ミホノブルボンとライスシャワーが熾烈なデッドヒートを繰り広げている!ミホノブルボンがハナを取ったかと思えばライスシャワーが取り返す!ライスシャワーがハナを取ったかと思えばミホノブルボンがまた取り返す!凄い凄い!これはもう言葉が出ない凄まじい勝負だ!もう記録に残るか残らないかはどうでもいい!ただこのレースを見続けていたい!しかし無情にも後200mを切りました菊花賞は残り200mを切った!ミホノブルボンとライスシャワーのデッドヒートは続く!3冠の夢か!ステイヤーの意地か!先に抜け出すのは……ッ!》

 

 

 

 

 最後の直線で繰り広げられるミホノブルボンとライスシャワーのデッドヒート。どちらも体力は残っていない。彼女達に残っているのは……相手に負けられない、相手よりも先にゴールしたいという……意地のみだ。

 菊花賞3000m。3冠を目標に掲げるミホノブルボン(サイボーグ)ともうこれ以上ライバルに負けられないライスシャワー(黒い刺客)が繰り広げる最後の直線での激闘。その激闘を制したのは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ライスシャワー!ライスシャワーだ!残り100mでライスシャワーが少しだけ前に出た!しかしミホノブルボンにも意地がある!ミホノブルボンにも譲れない夢がある!ミホノブルボンも粘るが……!しかしライスシャワーだ!ライスシャワーが今ゴール板を駆け抜けた!最後の直線400mのデッドヒートを制したのはライスシャワーだゴォォォォォォルイィィィィィィィン!》

 

 

 ライスシャワー(黒い刺客)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──気づいたら、ゴール板を駆け抜けていた。それと同時に、ライスの景色も切り替わる。

 

 

「ハァ……ッ!ハァ……ッ!」

 

 

 い、息をするのが苦しい……ッ!身体の節々が悲鳴をあげてる!も、もう立ってられないけど……結果を見るためにライスは何とかして立つ。

 掲示板へと視線を向ける。1着のところには……8番。ライスの番号……と、いうことは!

 

 

(勝った、ライスは……勝ったんだ!)

 

 

 凄く嬉しい!やっと、やっとブルボンさんに勝つことができた!そのことが嬉しくて、何よりライスのファンの人達に祝福を届けることができた!それが、凄く嬉しくて……。

 でも、涙は出なかった。だって──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都レース場は、静まり返っていたんだから。

 

 

(……あぁ、やっぱり……こうなっちゃうんだね)

 

 

「……ライ、ス……さ、ん」

 

 

 ライスを心配するようなブルボンさんの声が聞こえる。ブルボンさんだって苦しいのに、ライスを心配してくれている。優しいな、ブルボンさん。でも、うん。分かってたことだ。

 分かってたけど、やっぱり苦しいや……。




菊花賞の結末は──
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