ライスは菊花賞を誰よりも速く駆け抜けた。2着のブルボンさんとの差はハナ差だけど……ライスは、ついにブルボンさんに勝つことができた。そのことは、凄く嬉しい。
……でも、やっぱり大喜びとはいかない、かな。その原因は、今この状況……静まり返った京都レース場にある。
ライスが1着でゴールしたのに、歓声も何もない。勝利を祝福する声は、上がっていなかった。
(分かってたことだった……。お姉さまとも、何度もこうなるって予想はしてた。でも……)
現実として受け止めると……やっぱり辛い。
ライスのファンの人達に祝福を届けることはできた。でも、会場にいた多くの人達はブルボンさんが3冠になるところを見に来てたはず。だから、ライスが勝って、きっとガッカリしちゃったんだ。だって、目の前の光景が信じられない、みたいな表情をしているから。
……ライスはやっぱり悪い子だ。みんなを悲しませちゃった。吹っ切れたつもりで、分かっていたつもりでライスは全力で勝利を勝ち取りに行った。
(……もう、戻った方が良いよね?ライスの姿なんて、みんな見たくないだろうし)
ライスはウィナーズサークルに向かおうと──
「おめでとぉぉぉぉぉう!ライスシャワァァァァァァ!」
大きな声が、ライスの耳に入った。驚いて声のした方を向く。そこには……あの日、ライスにファンレターをくれた、ライスが変わるきっかけをくれた女の子がいた。
恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながらも女の子はライスに向かって声援を送ってくれた。あの時もらった、手紙の通りに……!
『菊花賞でライスシャワーさんが勝ったら大きな声で祝福の言葉を贈りたいと思います!おめでとうって、ありがとうって言葉を贈りたいです!それが私にできる精一杯のことだから。』
(あぁ……良かった……)
ライスは、誰かに祝福をあげることができた。今は、これだけで十分……
「「「す……」」」
「?」
ど、どうしたんだろう?ファンの人達の様子が……さっきまで呆然とした表情をしていたのに女の子の声援と一緒に変わって……
「「「スッッッッッゲェェェェェェェ!!!」」」
「ひゃああぁぁぁぁ!?」
び、ビックリした!?な、なんだろう急に。ファンの人達が……みんな一様に笑顔を浮かべて……ッ!
「ヤッッベェ!スゲェレースだった!」
「ホントホント!思わず言葉を失っちゃったよ!」
「おめでとーう!ライスシャワー!」
「クッソー!ブルボンの3冠も見たかったなー!でも……!」
「あぁ!こんなレース見せられたら文句はねぇって!最高のレースだったぞー!ライスシャワー!」
「次も頑張れよー!ライスシャワー!」
「次のレースではライスシャワーにリベンジだー!ミホノブルボーン!」
「12番も良い逃げだったぞー!今度は逃げ切ってくれよー!」
「「「ラーイース!ラーイース!ラーイース!」」」
……なんで?どうして、ライスに応援が?ブルボンさんの3冠を阻んだ、みんなの夢を壊した、悪い子なのに……!
ライスの頬を涙が伝う。
「あ、れ……?なん、で……」
悲しくない。むしろ、嬉しいはずなのに……涙が、止まらない……!
《静まり返った京都レース場。しかし……しかし!ようやく我に返ったのでしょう!気づけばみな放心してレースに釘付けになっていました!レースの結末が気になりすぎて京都レース場に詰めかけたファンは言葉を失っておりました!なんせ解説さんも見入っていましたからね!》
《いやはや……解説役としてお恥ずかしい限りです。ですが、それほどまでに凄いレースでした!勝ったライスシャワーは天晴、ミホノブルボンや他のウマ娘も負けてなお強し!といったレース模様でした!彼女達の今後のレースが非常に、ひっじょーに楽しみになってきましたね!》
《京都レース場に万雷の喝采が鳴り響く!京都レース場が揺れているぞ!勝者であるライスシャワーに惜しみない賛辞の言葉が送られております京都レース場!これまでの敗北を乗り越えて、この菊の舞台でついに宿敵ミホノブルボンを打倒しました!この淀の舞台で、ついに栄冠を手にしたライスシャワー!京都レース場に詰めかけたファンの人達の心動かし!その名に違わぬ祝福を!溢れんばかりの祝福をファンの人達に届けました!おめでとうライスシャワー!》
あぁ……そうか……。ライスは、ライスは……!
「みんなに祝福を……あげることができたんだ……ッ!」
嬉しくて、涙が止まらない……ッ!立っていられなくて、ライスはその場にへたり込んじゃった。
「おめでとうございます、ライスさん」
ブルボンさんの声が聞こえる。でも、ブルボンさんの方を振り向くことはできない。今のライスは、多分酷い顔をしてるから。
「言ったではないですか、ライスさん。あなたを応援する声は確かにあるのだと」
それは、そう。でも、こんなに多くのファンが応援してくれるとは思ってなかった。
「あなたの走りが、ここに詰めかけたファンの心を動かした。3冠を望むファンの心を動かしたのです。それほどまでに素晴らしいレースをしたのだと、そう判断できます」
ライスは、勝ったらブーイングされると思ってた。でも、実際には真逆のことが起こっている。ライスの走りが……ファンの人達の心を動かしたんだ。3冠を望む声よりもずっと、ずっと大きなものに変えたんだ!
(ライスは……みんなに祝福をあげられるヒーローになれたんだ!)
「ライスさん……」
ライスはようやくブルボンさんの方を見る。ブルボンさんの表情は……どこか、晴れ晴れとしていた。
「また、戦いましょう。ステータス『負けない』。次は私が勝ってみせます」
「……ううん!次も、勝つのはライスだよ!」
ライスはブルボンさんと握手を交わす。その時、また大きな拍手と歓声が鳴り響いた。ブルボンさんだけじゃない、今日出走したみんなとも握手を交わす。
最後に、最初に声を出してくれたあの女の子の方へと視線を向ける。女の子は、嬉しさからか涙を流していた。そんな、女の子に向かってライスは……笑顔でピースサインを送る。女の子は少し驚いた後……同じようにピースサインを返した。
ライスの菊花賞は……最高の結果で終わった!
「……ブルボン」
「マスター」
ターフから控室へと戻る道中。マスターが待ち構えていました。
やはり、叱られるのでしょうか?後もう少しで届いた栄冠に届かなったことに、マスターは怒っているのでしょうか?……いえ、それはないですね。マスターは、そのような方ではございません。ですが、私はマスターに頭を下げます。
「申し訳ありません、マスター」
「……何がだ?」
「目標『3冠ウマ娘』達成できず。後、もう少しでした」
「……いや、俺の責任だ。ブルボン、お前が気に病む必要はない」
そう言い、マスターが私に頭を下げます。ステータス『驚愕』。
「すまなかったブルボン。お前には……随分無茶をさせてきた」
「……ステータス『問題なし』。全ては私が目標達成のために望んだこと。マスターのせいではありません」
「しかし……」
「それに、新しい目標もできました」
マスターは頭を上げて私を見ます。私は……決意を込めて新たな目標を告げました。
「新たな目標『ライスさんにリベンジする』。その目標達成のためには……マスターの力が必要です。これからも、私のオペレートを願います、マスター」
再度、頭を下げてお願いします。マスターは私から視線を逸らして答えました。
「ひとまずは今日の疲れを癒せ。……惜しかったな、ブルボン。次は勝つぞ」
「ッ!はい、マスター。次こそは勝利して見せます」
3冠の夢には届きませんでした。ですが、私は新たな目標を目指して走り続けることができます。ライスさん……次はあなたに勝ちますよ?
いまだ興奮冷めやらぬ京都レース場。隣にいるライス先輩のトレーナーさんは泣いています。
「良かった……ッ!良かったね……ッ、ライス……ッ!」
「はい。本当に……良かったです、ライス先輩」
京都レース場はいまだにライス先輩に対する声援が鳴り響ている。最初は、3冠ウマ娘を望む声の方が大きかった。ライス先輩のことを悪く言う不届き者もいました。ですが……ライス先輩の走りが、菊花賞を走った方々の走りが。ファンの人達の心を掴んだ。それゆえのこの大歓声でしょう。
「「「ラーイース!ラーイース!ラーイース!」」」
それにしても……フフッ、まだ歓声が響いていますね。本当に、本当に良かったですライス先輩。これはファントム先輩も……あら?
「ファントム先輩……?」
気づけば、ファントム先輩はいなくなっていました。一体、どこへ行ったのでしょうか……?
現在会場の外を歩いております私ファントムです。なるべく人の目は避けたいですからね。会場の外に出ましたよ。
さてさて、見事になってくれましたね。良きかな良きかな。
「……どうだった?」
”予想以上、だな。アレは中々喰いがいがある……ッ!”
「……それは良かった。来るべき時が来るのも近いね」
これでブルボンとライスちゃんの2人が完成されました。それにしても最後の直線のデッドヒートは凄かったですねぇ。まさに死闘という他ありません。思わず拳を握って応援しちゃいましたよ。
さてさて、これで残すとこは……。
「……マックイーンとテイオーぐらい?でも、マックイーンは良くないかもしれないね」
いかんせんメジロ家で療養となってからマックイーンの様子は分からず仕舞いですので。……私に根本的な原因があるわけですが、マックイーンならきっと乗り越えてくれるはずです。
”ま、スイーツ娘とクソガキは最悪諦めろ。別の塵を探せばいい”
「……そういきたいんだけどね」
そうはいかないのが現実でして。あの2人並か以上となると余程の人材になりますし。その人材を探すのはかなりの手間です。
”なんにせよ、今日は気分が良い!丹精込めて育てた甲斐があったってもんだ!”
「……そう。まぁ、もう一人の私の気分が良いようで何より」
”クハハ……ッ!楽しみだなぁオイ。俺様の餌として喰らう日がよぉ!”
「……そう、だね」
本当に、これで良いのでしょうか?何か、大切なことを忘れているような……
『おもいだして』
その時、頭に何かが響いて……ッ!私の目の前に、見覚えのない、でも、見るだけで頭が拒絶するウマ娘の姿があって……ッ!
「ッツゥ!?」
”おい、どうした!?”
私の異変をすぐに察知したのでしょう。心配そうにもう一人の私が見ています。
「だ、い……じょう……ぶ!」
けど、頭には何かの情報がなだれ込んできます……ッ!
『これが……──をすくうための』
『これでいこう。──がのぞむ、ほんとうのねがいのために』
青白い髪のウマ娘が、何かを呟いています……ッ!でも、名前の部分にはノイズが掛かっていて聞き取れません。誰ですか……、誰のことを言ってるんですか!あなたはッ!
『ひとりは……さみしいから……だから、──には、わたしがずっといるね?』
『……あぁ。ありがとよ。俺様も、ずっと一緒だ……ファントム』
最後に見えたのは、赤黒い髪をした双子のウマ娘の姿。……いえ、アレは……本当に双子なのか?そんな疑問が浮かび上がります。違う、何か、違うような……。
気づけば、頭の痛みは取れていました。青白い髪のウマ娘は、いつの間にか見えなくなっている。
「……ハァ、ハァ」
”クッソ……ッ!本格的にヤバくなってきたな……ッ!”
このところ、頻度が本当に増えてきました。というか、目的が近づくたびにどんどん増えてきているような……そんな気がします。
大事なことだとばかりに、思い出してと言わんばかりに……この頭痛は、増えてきている。
「……ねぇ、私」
”……なんだ、俺様”
私は、もう一人の私に告げます。
「……今日のところは帰ろっか」
”……そうだな。さっさと帰るぞ”
とりあえずグラスには謝罪のメッセを飛ばしておきましょう。さて、帰りますよっと。
大きな疑問はありますが、とにかく今はこの言葉を贈りましょう。
「……おめでとうライスちゃん。そして、惜しかったねブルボン。次も頑張って……来るべき日のために」
誰にも聞こえない声で、そう呟きました。
ファントムを襲う頭痛。ファントムの選択は──