そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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揺れるテイオーの心。


帝王と恐れ

 怪我は完治した。もう走ることができる。ボクの復帰戦、目標レースも決まった。宝塚記念……マックイーンも出走してくるレースを、ボクは走ることにした。ファントムは走らないけど……あの天皇賞ではマックイーンにだって負けたんだ。だから、絶対に勝ちたい!

 

 

「よーしっ!トウカイテイオーいっちゃうよ~っ!」

 

 

 そのためにも、まずはベストな状態に戻さないと!

 

 

「……おっ!良い調子だテイオー!今までで一番良い時計だぞ!」

 

 

 トレーナーがストップウォッチを見せてくる。ふむふむ……確かに、トレーナーの言う通り一番良い時計だ。でも……これだけじゃ満足してられないよね!

 

 

「ホントだ!じゃあもう一本行くよ、トレーナー!」

 

 

「おいおい、張り切りすぎじゃないのか?」

 

 

「だってさ!やっと走れるんだもん!そりゃ走りたくてうずうずしちゃうよ!というわけでお願いねー!」

 

 

「……あいよ。それじゃ、またスタート位置についてくれ」

 

 

「はーい!」

 

 

 ボクはスタート位置に戻る。

 ……走りたくてうずうずしてるのは本当。でも、それは理由の一つに過ぎない。ボクが気合を入れている本当の理由は……。

 

 

(これ以上、ファントムに離されてたまるか!)

 

 

 ファントムに勝ちたいから、それに尽きる。ファントムはボクが休んでいる間にも強くなっていた。それは、この前の併走で分かってる。これ以上離されたら……本当に、追いつけなくなるんじゃないか?そう思っちゃうんだ。

 

 

(良いよねファントムは……。大きな怪我をしたことないらしいし、十分にトレーニングができて)

 

 

 きっとファントムだってボクの知らないところでかなりの苦労をしているとは思う。でも、怪我ばかりの自分と比べると……どうしても嫉妬しちゃう。ボクも、ファントムみたいに身体が丈夫だったら……無敗の3冠ウマ娘にもなれたかもしれないし、春天だってファントムに勝てたかもしれない。そう、思ってしまう。

 ……ダメダメ!暗い気持ちになったら走りにも影響する!もっとポジティブにいかないと!

 

 

「よーしっ!じゃあもう一本行くよー!」

 

 

「おう!」

 

 

 よーしっ、頑張るぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……とは言っても、トレーニングばかりじゃなくてたまには休みも必要だってことで。今日は練習は休みだ。ただでさえボクは怪我が多いし、休める時に休んどかないと……ってのは分かるんだけど。

 

 

「練習しちゃうんだよね~……。ま、軽くだから大丈夫でしょ」

 

 

 結局ボクはトレーニングに費やすことにした。とは言っても、ちゃんとトレーナーの許可は取ってあるし大丈夫!

 そうやってトレーニングを積んでいると「テイオーさ~ん!」ボクを呼ぶ声が聞こえてきた。この声は多分……キタちゃんかな?

 

 

「テイオーさん!今日はここでトレーニングしてるんですか?」

 

 

「キタちゃん。うん、そうだよ。宝塚記念ももうすぐだし、軽めなら大丈夫ってトレーナーから許可を貰ってトレーニングしてるんだ」

 

 

「休みの日もトレーニングなんて……!やっぱりテイオーさんはすごいですね!」

 

 

「そう?トレセン学園の子はこれくらいみんなやってるよ」

 

 

 キタちゃん。ボクを尊敬してくれるとてもいい子だ。自分が尊敬の対象になるっていうのは少し恥ずかしいけど……ボクもちょっとはカイチョーに近づけたってことで嬉しさを感じる。

 

 

「テイオーさん、宝塚記念絶対勝ってくださいね!応援に行きますから!」

 

 

「うん!応援ありがとうキタちゃん!マックイーンも出走するからね~。絶対に負けられないよ!」

 

 

「はい!テイオーさんならマックイーンさんにも、ファントムさんにだってきっと勝てます!」

 

 

 ファントムにも勝てる、キタちゃんにそう言われてボクは言葉に詰まった。キタちゃんは純粋な瞳でボクを見ている。きっとボクならファントムにだって勝てる……そう、強く信じている目だった。ボクはその目を……真っ直ぐに、見ることができなかった。

 

 

「そ、そうだね。相手がファントムでも、ボクは頑張ってみせるよ」

 

 

 曖昧な言葉で濁す。なんでかはボクにも分からない。でも……いつもだったら勝つって言ってたはずなのに、ボクの口からファントムに勝つって言葉は出てこなかった。

 

 

「はい!ファントムさん凄く強いですけど……テイオーさんなら勝てるってあたし信じてますから!」

 

 

「うん、ありがとうねキタちゃん……」

 

 

 キタちゃんは応援の言葉をくれて去っていった。ボクは、立ちすくんでいる。

 

 

(なんで……出てこなかったんだろう。ファントムに勝つって言う言葉が)

 

 

 理由は分からないけど……どうしてか出てこない。胸がもやもやして……ファントムに対する、強い嫉妬心のようなものも湧き上がってきて……!

 

 

(ッ!ダメダメ!そうだ、気持ちを入れ替えるためにも練習しないと!)

 

 

 ボクは気持ちを落ち着けるためにトレーニングを再開する……けど、もやもやは晴れないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……結局、もやもやを抱えたままトレーニングをして。そんなトレーニングの帰り道……。

 

 

「あ……」

 

 

「おや?テイオーじゃないか。奇遇だな」

 

 

 カイチョーに会った。き、気まずい……!春の天皇賞が終わってからカイチョーのことずっと避けてたし、凄く気まずいよ~!

 

 

「邂逅遭遇。せっかくだテイオー、少し話さないか?」

 

 

「う、うん……」

 

 

 カイチョーと近くの公園で話すことになった。公園のベンチで腰掛けて、カイチョーが飲み物を買ってきてくれた。

 

 

「ほら、テイオー。確か好きだったろ?」

 

 

「わ~!はちみーだ!カイチョーありがとう!」

 

 

「フフッ」

 

 

 いつものはちみーが何倍にも美味しく感じられた。いや~、カイチョーが買ってくれたはちみーだから凄く美味しいや!

 

 

「それで、調子はどうだ?テイオー。宝塚記念、勝てそうか?」

 

 

「そ、その前に……ゴメン、カイチョー」

 

 

「何故謝る?」

 

 

 カイチョーはキョトンとした表情を浮かべてた。何気にレアかもしれない。いつもカッコいいカイチョーしか見てこなかったから。

 

 

「その……カイチョーのこと避けてたから……」

 

 

「……知ってたよ」

 

 

「だ、だよね~……」

 

 

 そりゃあ露骨なぐらい避けてたし。カイチョーなら気づいてるよね……。

 

 

「天皇賞でファントムとマックイーンに負けてから……走る意味が分かんなくなっちゃって……」

 

 

 カイチョーはボクの話を黙って聞いている。

 

 

「そんな情けない姿をカイチョーに見せられなくってさ……。気づいたら、カイチョーのこと避けちゃってた」

 

 

「……そうか」

 

 

「でもね、今はちゃんと見つけられた!……つもり」

 

 

「つもりなのか。そこは堂々と言い切ってくれるとカッコ良かったんだがな」

 

 

 カイチョーはくすっと笑った。僕もつられて笑顔になる。2人で少し笑いあった。

 

 

「半年ぶりのレースだな、テイオー」

 

 

「うん。まずはマックイーンに勝つよ。そして次は……次、は……」

 

 

 ファントムに勝つ、でも……キタちゃんの時と同じように、その言葉が出てこなかった。

 

 

「テイオー?」

 

 

 代わりに思い浮かんでくるのは……天皇賞で見た、あのファントムの姿。超ハイペースで大逃げしていたはずなのに、道中息を入れて、余力を残して……最後に凄まじい加速を見せた、あの天皇賞の光景が蘇る。

 けど、ボクはその光景を振り払って考えないようにする。

 

 

「……何でもないよカイチョー!マックイーンに勝ったら、次はファントムの番!ファントムにも勝負を挑んじゃうもんね!」

 

 

「……そうか。頑張れよテイオー。私もそろそろ、ファントムにも勝負を挑んでみるか」

 

 

「カイチョーが?カイチョーもファントムに勝ちたいの?」

 

 

「あぁ。前の併走では負けてしまったからね。その借りは返さねばならない」

 

 

 ……カイチョーもファントムに負けちゃったんだ。やっぱり、ファントムはそれぐらい強いんだ……。

 

 

「お互いに頑張ろうかテイオー……テイオー?」

 

 

「……あ、う、うん!そうだねカイチョー!」

 

 

「……」

 

 

 ボクは自分の調子を必死に隠す。カイチョーにはもう……これ以上心配かけたくないから。

 

 

「それじゃあ、そろそろ帰ろうかテイオー」

 

 

「うん。久しぶりにカイチョーと話せてボク嬉しいよ!」

 

 

「そうか。私も、久しぶりにテイオーと話せて嬉しい限りだ」

 

 

 カイチョーは微笑みながらそう言ってくれた。カイチョーもボクと同じこと思ってくれてたんだ……!嬉しいなぁ。

 

 

「……テイオー。あまり、ファントムを恐れすぎるなよ」

 

 

「……え?」

 

 

「確かにファントムは強い。だが、それが諦める理由にはなりえない……これは前にも言ったかな?挑戦し続ける心こそが大事なんだ、テイオー。だから……折れるなよ?」

 

 

「……うん、分かったよカイチョー」

 

 

 やっぱり、カイチョーにはバレてた。やっぱり敵わないや。でも、カイチョーの励ましもあってか、ボクのもやもやは晴れてきた。完全には晴れてないけど……でも!もうカイチョーに心配はかけられないからね!

 

 

「頑張るぞ~!テイ、テイ、オー!」

 

 

「……プッ、なんだそれは?」

 

 

「新しい掛け声!気合入るよ!」

 

 

「そうか。……元気になってくれたようで何よりだ」

 

 

「うん!ボク、頑張る!」

 

 

 カイチョーに誓いを立てる。そうして一日は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宝塚記念に向けて、ボクは調整を続けていた。

 

 

「っふ!」

 

 

 ダブルターボにまた宣戦布告されたり、色々なことがあったけど……。

 

 

「……ひゅー!すっげぇタイム!怪我する前よりいいんじゃねぇの?」

 

 

「まだまだ!ファントムに勝つには、これぐらいじゃ満足していられないからね!もう一本行くよ!」

 

 

「気合入ってんなぁテイオー。よっし、ここはゴルシちゃんのかくし芸を……」

 

 

「ゴメン、それは止めて。普通に気が散る」

 

 

「え~っ?なんだよテイオーノリわりぃな~」

 

 

「はいはい。真面目に測ってね」

 

 

 ゴルシの冗談に付き合いながらボクは調整を続けていた。それにしても……本当に調子が良い!

 

 

(脚が軽い……身体が前に進みたがってる!)

 

 

 怪我をする前よりも、ずっと調子がいい!あ、カイチョーも見に来てる!それに……ファントムも、ボクの練習に注目している!

 

 

「……良いんじゃない?順調そうだよ。……そうかな?私から見ると、特に変わりないけど」

 

 

 誰と話してるかわかんないけど……とりあえず練習だ!ボクは駆け出す。

 

 

(もう負けられない!マックイーンにもファントムにも!誰にだって負けられない!)

 

 

 だから、ボクはもう止まるわけにはいかないんだ!

 

 

(何度挫けても、その度に挑戦し続ける!その心こそが大事……ッ!?)

 

 

「あ……れ……?」

 

 

 左脚に、上手く力が入らない。思わず、ターフに倒れ込む。みんなの心配する声が聞こえるけど……あまりの痛さに、顔を上げて確認することができない。

 ……この痛みは、何となくわかる。救急車の音が聞こえてきて、担架で運ばれて……ボクは、自分がどうなったのか……不思議と冷静に考えることができた。

 

 

(あぁ……)

 

 

 ボクは思う──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……骨折です」

 

 

 神様は、どこまでも残酷だ。




固まった決意。しかし──
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