そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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トレーナー達によるファントムの評価


トレーナー達の評価

 リギルのトレーナーであるおハナさんとの意見交換会。そういう名目で俺は行きつけのバーでおハナさんと飲んでいる。お互い着いたばかりなのでまだ酒は入っていない。

 

 

「……で?今度は何の用?私は忙しいんだけど」

 

 

「固いこと言わないでくれよおハナさん。ホラ、まずは飲もうぜ?」

 

 

「あなたね……」

 

 

 呆れつつもおハナさんはお酒を注文している。俺も早速注文することにした。幸いにも今月はまだ余裕あるしな。

 お互いの注文したお酒が届き乾杯をした後、俺は話を切り出す。

 

 

「まずは、サンキューおハナさん。模擬レースの件、受けてくれて」

 

 

「あら?あなたがお礼を言うなんて珍しいわね。明日は隕石でも降るのかしら?」

 

 

「俺だって感謝ぐらいするよ!?」

 

 

「冗談よ」

 

 

 おハナさんは笑いながらそう言った。

 

 

「で……だ。そっちの様子はどうだ?」

 

 

「……誰の様子かしら?見当がつかないわね」

 

 

「誤魔化さなくてもいいぜ。分かってんだろ?エルコンドルパサーのことだよ」

 

 

「……」

 

 

「気負い過ぎ……練習に熱が入りすぎてるんじゃないか?オーバーワークするぐらいには」

 

 

 おハナさんは押し黙ったままだ。どうやら図星だったらしい。

 

 

「NHKマイルは無事勝ったみてぇだが……このままだと日本ダービー、危ういと思うぜ?」

 

 

「なんでそう言い切れるのかしら?」

 

 

「ウチのスペシャルウィークは乗りに乗ってるからな。その勢いのまま、エルコンドルパサーの無敗伝説を終わらせるさ」

 

 

「そう上手くいかせない……なんて、言いたいところだけどね」

 

 

 溜息1つ吐いておハナさんは続ける。

 

 

「今のエルコンドルパサーは危ういわ。ファントムという亡霊に縛られている」

 

 

「ウチのチームの奴を亡霊扱いは止めてくれない?おハナさん」

 

 

「私も走るのは久しぶりに見たけど……相変わらず異質ね、彼女は」

 

 

「……だな」

 

 

 アイツはただ走っていただけじゃない。1600mのウッドチップコース。走ってる間、ずっとエルコンドルパサーとの差を2バ身にキープし続けていた。終盤、スタミナも脚も残っていなかったエルコンドルパサーはスパートをかけようとするも思うような加速を得られずあまりスピードが出ていなかった。だが、ファントムというウマ娘はそれに合わせるように自分も減速していたのだ。

 差を見せつけるのではない。ただ、最初からコレと決めた目標を忠実に貫くように走っていたとも取れる走りをしていたのだ。加えて、あの模擬レースの走りはアイツの本領じゃない。アイツの本領は……もっと、恐ろしい。

 

 

「……エルコンドルパサーは思い詰めている。どうやってファントムというウマ娘に勝つか、そのためには限界を超えた努力が必要だと。そう思い込んでいる」

 

 

 確かに、その考えは間違っていないだろう。だが、エルコンドルパサーはまだクラシック級のウマ娘だ。まだまだ成長の余地はある。だから、今ここで無理をする必要はないのだ。じっくりと鍛えて行けば、いずれは……。

 

 

(追いつけるのか?アイツに……)

 

 

「本当に、分からないわね。ファントムというウマ娘は」

 

 

「……素顔、経歴、出身地全てが不明。理事長はどこで捕まえてきたんだか」

 

 

「さて、ね。余計な詮索は一切不要、意見があるなら自分と理事長秘書に直接……なんていうぐらいだもの。そして……」

 

 

「ファントムのことについては誰も教えてもらっていない。トレーナーである、俺も含めてな」

 

 

 さらにURAも詳細が分からないらしい。ファントムというウマ娘の素顔を知っているのは、2人だけなのだ。何故だ?理事長と理事長秘書は、何をそんなに隠しているんだ?ファントムというウマ娘の情報を、徹底的に秘匿する、その理由はなんだ?

 ……考えても仕方ねぇ。俺は一気に酒をあおって次の酒を注文する。

 

 

「ファントムと言えば……彼女のメイクデビューと一緒に出走していた子達のその後、聞いたかしら?」

 

 

「……いや、聞いてねぇな」

 

 

「辞めたそうよ。学園を。誰一人として残らなかったわ」

 

 

「……いつの話だ?学園を辞めたってのは」

 

 

「最後に辞めた子はファントムが丁度クラシック級の後半を走っていた辺りだから……11月、だったかしら?詳しくは憶えていないわ」

 

 

「……」

 

 

 別に、珍しくもねぇ話だ。中央はレベルが高い。毎年辞める生徒は一定数存在している。だが……。

 

 

「ファントムというウマ娘の実力を目の当たりにして、全員心が折れてしまった。中には、クラシック候補なんて言われてた子もいたわね」

 

 

「……仕方ねぇさ。あんなレースされたら、誰だって心が折れちまう」

 

 

 ファントムのメイクデビュー。アイツがスピカに入ってから1週間後に開催されるレースに出走した。その頃……というか今でもだが、ファントムはある致命的な弱点を抱えていた。

 逃げウマ娘なのに必ず出遅れるという悪癖だ。ゲートが余程苦手なのか、スタートダッシュは必ずと言っていいほど失敗していた。ゲートインは苦労しねぇのになぁ……。

 そんなファントムはメイクデビューでも勿論出遅れた。逃げウマ娘にとって出遅れは致命的だ。

 

 

「あのメイクデビューを見てた時、俺は負けかな、と思ったよ。逃げウマ娘にとって出遅れってのは、それだけ致命的だ。加えて、アイツは自分以外の誰かが前を走ることが余程気に食わねぇのか後方でレースを展開することは絶対にない。メイクデビューも、無理矢理ハナを取りに行った」

 

 

「……メイクデビュー芝1400m。芝の状態は良バ場、天気は晴れだったわね」

 

 

「……よく覚えてんね、おハナさん」

 

 

「……忘れられるわけないでしょ、あんなレース」

 

 

 逃げウマ娘なのに出遅れ。無理矢理ハナを取るために初っ端から暴走。他の奴らは十分に脚を残していた。なのに……。

 

 

「後続に3秒差……。あんなメイクデビュー、見たことないわよ」

 

 

 メイクデビューでそれだけの差を付けられることも稀にある。だが、出遅れて、掛かって無理矢理ハナを取って、最後まで先頭を譲らないでそれだけの差をした奴なんか聞いたこともねぇ。

 極めつけには最後の直線だ。アイツは出遅れが響いてスタミナを余計に消耗していたはずなのに……。

 

 

「最後の直線、誰一人としてファントムに追いつけなかった。追いつけないどころじゃない、むしろどんどん差は開いていった」

 

 

「他の子も、上がりのタイムは決して遅くはなかった。けれど、ファントムはそれ以上に速かった。逃げで、しかも出遅れて上がり最速よ?どんな脚してるのよ本当……」

 

 

 途中でスタミナを回復したにしても、異次元すぎる。道中手を抜いてたんじゃないか?って錯覚するほどだからな。

 そして、これがメイクデビューだけならよかった。

 

 

「最低着差8バ身……初のG1にして唯一のG1出走だった朝日杯で出した記録だけど」

 

 

「あん時は目に見えて調子悪かったからな。表情は分からねぇけど……」

 

 

 ただ、明らかにテンションが下がっていたからな。それを示すように今までの大差勝ちとは違い、8バ身差での勝利となった。それでもヤバいが。

 ファントムの恐ろしいところはこれだけじゃない。

 

 

「なんでアイツは明らかに慣れていない短距離やマイルでも勝てる?アイツに適性って概念はねぇのかよ……」

 

 

「強いていうなら長距離が最適なんでしょうけど……。トップスピードに至るまでがとんでもなく速いから短距離やマイルでも勝てるって本当におかしいわね、あの子」

 

 

 ファントムのトップスピードはマルゼンスキーにも比肩する。……これだけ考えてきたが、改めてアイツがヤバいということを実感する。

 そんなアイツにもシンボリルドルフの〈皇帝〉やオグリキャップの〈葦毛の怪物〉のような異名がある。それは〈ターフの亡霊〉。誰もアイツに追いつくことができない、全てが謎に包まれている、異次元の成績から実在が危ぶまれている。そんなところから付けられた異名だ。だが、この異名の本当の意味は……。

 

 

「ファントムと言えば彼女の異名でもある〈ターフの亡霊〉だけど。それが本当に意味すること、あなたは知っているかしら?」

 

 

「……あぁ。知ってるさ。嫌というほど聞いたからな」

 

 

 ファントムの異名、〈ターフの亡霊〉。それが本当に意味するのは……。

 

 

「アイツのレースで2着に入ったウマ娘は必ず引退に追い込まれている。学園を去っていくその姿が、ターフから夢破れて去っていくその姿が、ファントムという亡霊に魂を連れて行かれる姿のようだというところから付けられた異名。それが、〈ターフの亡霊〉」

 

 

「……今考えても、酷い異名ね」

 

 

 実際、引退に追い込まれたウマ娘のトレーナーから非難されたこともあったっけな?

 

 

「亡霊のせいであの子は立ち直れなくなった、お前のせいだ……なんてことも言われたっけな」

 

 

「私も、耳にしたことがあるわ。酷い話よ。あの子だって、同じウマ娘なのに……」

 

 

 おハナさんは悲しそうに呟いた。気持ちは、分からんでもない。俺もおハナさんと同じ気持ちだ。確かに見てくれはアレだが、アイツもウマ娘だ。他のウマ娘と同じように感情がある。傷つかないわけがねぇ。

 だが、他のトレーナーの言いたいことだってわかる。誰だって自分の担当が大差負けするとこなんて見たくねぇからな。しかも、2着になった子は引退に追い込まれてるんだから尚更だ。

 総じて、ファントムというウマ娘は他のトレーナーからも異質と言われている。ただ、これも軽い言い方をしてるだけだ。アイツを幽霊だとか化け物だとか罵る奴だっている。同じトレーナーとして、恥ずかしい限りだぜ全く。

 

 

「そういえば、あの子はどうしてあなたのチームに入ったの?」

 

 

「あ~……なんか、天命、とか言ってたなアイツは」

 

 

「どういうことよ……」

 

 

「俺が聞きてぇよ……」

 

 

 何から何まで不思議なんだよ。ファントムってウマ娘は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、机の整理をしよう」

 

 

”別に汚れてねぇだろ”

 

 

「……暇だし、気分転換」

 

 

 さてさて、お片付けお片付けです。……おっと?これまた懐かしいものが出てきましたね。

 

 

”なんだそりゃ……ってこれあれじゃねぇか”

 

 

「……所属チーム決める時に、使ったものだね」

 

 

 いやぁ、懐かしいですね。これがあったからこそスピカに入れたってもんですよ。本当に懐かしいですねぇ……この紙。

 

 

”あみだくじとか言ってチーム決めた時にはテメェマジかって思ったよ俺様は”

 

 

「……これも天命」

 

 

”ただの運任せだろうが”

 

 

 そうとも言いますね。

 

 

”そうとしか言わねぇよ”

 

 

 そうですかねぇ?




スピカに入った要因 あみだくじで決まったから。

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