──小さなウマ娘が泣きながらトレーニングをしている。
「パパぁ、ママぁ!」
”……いいから早くトレーニングをしろ。少しでも早くテメェには完成してもらわなきゃ困るんだ”
泣いているウマ娘の近くには、少し半透明な色をした少女と瓜二つの姿をしたウマ娘が苛ついた様子で少女にトレーニングを促していた。半透明な理由は……彼女がきっと、幽霊だから。そんな気がした。
「ぐすっ……ひっく……」
”さっさとしろ。テメェに課したノルマはまだ終わってねぇぞ”
「やだよぉ……こわいよぉ……!パパぁ、ママぁ、どこにいるの……!」
”……苛つくガキだな!”
「パパぁ!ママぁ!はやくきてよぉ!ふぁんとむを……ふぁんとむをひとりにしないでよぉ!」
”いい加減にしろクソガキ!何べん言わせる気だテメェは!”
「ひっ!」
苛つきを抑えきれずに、幽霊の少女は泣いている少女……幼い頃の私を叱りつけている。
”もうテメェのパパとママはいねぇんだよ!どんなに呼んだってもうお前を迎えに来ることはねぇ!ピーピー泣いてる暇があんだったら、さっさとトレーニングをしやがれ!”
「……やだぁぁぁぁぁぁ!」
”クソが……!ここまで厄介だなんて思わんかったぞ!”
「パパぁぁぁぁぁぁ!ママぁぁぁぁぁぁ!」
”分かった分かった!俺様が悪かった!俺様が悪かったから泣くのを止めろ!また近所の塵共に通報され……ッて、もうきてんじゃねぇか!?”
「あ、あの子です!あの子が急に泣き始めて……」
泣いている声を聞きつけてか、近所の人が通報したらしい。警察の人が来ていました。これは……不味い状況ですね。
「あー……どうしたのかな?」
「ぐす……ひっく……」
「なにがあったのか、おじさんに教えてくれるかい?」
「エっちゃんが、わたしをいじめるの……わたしはトレーニングしたくないのに、エっちゃんがトレーニングしろって」
「そうか……。それで、そのエっちゃんはどこにいるんだい?」
「ここ……わたしのとなり……」
ウマ娘の少女は自分のすぐ隣を指さす。……ダメだ。それはダメだ。私と、少女には見えているかもしれないけど……。
「……え~っと?どこ、かな?」
「となり……わたしのすぐとなりにいるよ?」
「あー……そういう感じね」
「……え?」
他の人には見えてないのだから。警察の人は、少女を可哀想なものを見るような目で見ている。
「とりあえず、君のパパとママはどこかな?」
「わかんない……」
「分からないって……。じゃあ、最後にどこで別れたとかは?」
「さいごにわかれ……ッ!?」
警察の質問に答えていた少女が、突然頭を抱えて苦しみだした。この様子には、見覚えがある。
「あ、あたま……いたいよぉ……!」
「き、君!大丈夫かい!?」
「う、うぅ……!」
”……クソ!”
その場は、おそらく浮いていたもう一人の私が私に憑依する形で切り抜けたんだと思う。姿が見えなくなったし、さっきまで頭を痛そうに抱えていたのが嘘のように逃げていったのだから。
場面が切り替わって別の日になる。今度は真面目にトレーニングをしているようだった。
「ねぇねぇエっちゃん!じこべすとこうしんだよ!」
”あーはいはい。よかったよかった。その調子で俺様のために頑張ってくれー”
「むー!なにそのてきとうなへんじ!」
”うるせぇな。俺様からすればまだまだなんだよ。早いとこ全盛期の俺様ぐらいまで強くなりやがれ”
「えー?まだまださきだよー?」
もう一人の私は適当にあしらっていた。けれど……年月を積み重ねるごとに、その態度はどんどん軟化していった。
最初はそうか、とかもっと頑張れ、とかその程度で喜んでんじゃねぇとか素っ気ない返事と態度をしていたのに、今では我がことのように喜んでいる。
「自こベストこうしーん!どうどう?エっちゃん!」
”よーしよくやった!その調子で頑張っていくぞ!”
「うん!エッちゃんのためにがんばるね!」
”……ッ、あぁ、頑張ってくれ”
エっちゃんのために頑張る、その言葉を聞いた瞬間もう一人の私は顔を歪めた。純粋無垢な笑顔に負い目を感じているように。
「……あ!あぶないっ!」
「え?うわあああぁぁぁぁ!?」
”あ、おい!?”
どこからか飛んできたボールに当たりそうになっていた子供を幼い私は助けた。もう一人の私が制止する前に。
幸いにも、子供も私も無事だった。ただ、余程ビックリしたのだろうか子供の方は泣いていた。
「あぶなかったね、もうすこしで……」
「……うわーん!」
「え、え?」
”……クソが”
泣いている子供の前で戸惑っている幼い私と、やってしまった、という表情をしているもう一人の私。そして……子供の泣き声を聞きつけてか、子供の親がやってきた。その表情は、怒りが見えている。
「ちょっとあなた!うちの子になんてことしてくれたの!?」
「え?ち、ちがうよ?わ、わたしはその子をたすけようと……」
「嘘おっしゃい!私は見たのよ、あなたがこの子を突き飛ばしたのを!」
「そ、それはボールが飛んできてたから……っ」
「あぁ可哀想に……大丈夫?」
「わぁぁぁぁん!あの子がぼくをつきとばしたー!」
それが決定打となって、子供の親から敵意を向けられる。そして、子供の泣き声を聞いた他の人達も続々と集まってくる。その人達は例外なく……幼い私に敵意を向けていた。
「おいおい?何があったんだ?」
「あの赤黒い髪のウマ娘の子が子供を突き飛ばしたそうよ。なんて野蛮なのかしら」
「……よく見たらあの子、いつも誰もいないところで喋ってる不気味な子じゃない?」
「あぁー納得。おかしな子だと前々から思ってたんだよ」
「つか、他の子突き飛ばすとか……最低だな、あの子」
向けられる敵意に、幼い私は困惑していた。人助けをしたはずなのに、なぜか敵意を向けられて、自分が悪いと言われている。それが理解できないとばかりに困惑している。
「ち、ちが……わ、わたしはその子をたすけようと思って……」
”さっさとずらかれ!逃げるぞ!”
「で、でも……」
”いいから早くしろ!もう何を言っても無駄だ!”
「あ、あの子にけががないかかくにんしないと……」
”んなこと言ってる場合か!あのクソガキのことより自分の心配を……”
「で、でもエっちゃん……」
「見て。あの子また誰もいないとこで喋ってるわ」
「独り言をブツブツと……気味が悪いったらありゃしない」
幼い私に向けられる敵意の感情。それに耐えかねてか……幼い私は逃げ出した。周りからは罵詈雑言を浴びせられているが、無視して駆け出していた。
誰もいない、一人ぼっちの家に帰ってきた幼い私は涙を流す。
「なんで……?なんでいつもこうなっちゃうの……?わたしは、ぱぱとままがやってたみたいにしてるだけなのに……」
”だから言っただろうが!もう人助けは止めろって!テメェが周りからどう思われてんのか分かってんだろ!?”
「……やだ!」
”なんでだ!自分が傷つくのが目に見えてんのに、なんで人助けを止めねぇ!敵意を向けられて、罵声を浴びせられて……辛い目にあうだけだろうが!”
「だって!ぱぱとままとやくそくしたもん!」
パパと、ママとの……約束?どうしてだろうか?よく、思い出せない。でも、どこかで私に残っているような……そんな気がする。
”……だぁクソ!だったらせめて、人前で俺様と会話するのを止めろ!そうすりゃ少なくとも、テメェの変な噂ぐらいは払拭できるだろ!”
「それもやだ!」
”なんでそう変なとこで頑固なんだよテメェは!?”
「へんじゃないもん!」
幼い私ともう一人の私が言い争う。ただ、前のような刺々しい雰囲気はなくむしろお互いに心配するような雰囲気が流れていた──
「……これが、昔の私」
「そうだよー!」
今回は色々な物を見せられましたねぇ。大体ろくでもない記憶でしたけど。というか、
「……性格、大分変わってない?もっと、落ち着きがあるというか……何でも知ってます感があったけど」
「んー?それだけあなたが昔の記憶を思い出してきたってこと!言ったでしょ?わたしはあなただって」
そんなこと言ってましたっけ?
『あなたをひていなんてしない。いまのあなたもまた……わたしの、ひとつのそくめんなんだから。だから……またあおうね?』
それっぽいことは言ってましたね。まぁいいでしょう。
「……しかし、エっちゃんと来ましたか」
私の名前にはエなんて一文字も入ってませんが……ッ!
「わわっ!?ダメだよ!まだそこまで思い出しちゃダメ!」
「……っつぅ」
「徐々に、ゆっくりでいいから思い出していこうね?私」
「……分かった。ところで、この夢のことはもう一人の私は知ってるの?」
「んー?分かんない。知ってて無視してるかもしれないし、知らないかもしれないし」
つまり分からんと。じゃあ問いただしても無駄ですね。そうだ、ふと気になったことを聞いてみましょう。あの映像には私と親しそうにしていたオレンジ髪のウマ娘がいませんでしたが……。
「……あなたは、オレンジ色の髪のウマ娘のことについて、知ってる?」
「誰のこと?秋川理事長?」
「……まぁ確かにオレンジだけどそうじゃなくて。実は、たまに夢で見ることがある。オレンジ色の髪のウマ娘と親しそうにしている私の姿を」
「ほうほう?」
「……最初は親しそうにしていたんだけど、月日が経つごとに変わっていって……。最後には、化物って罵られて終わる夢」
「んー……」
考え込むように唸っている私(仮)。ただ、すぐにピンと来たような表情を浮かべていました。
「それあれだね。エっちゃんの関係者だね」
「……もう一人の私の?なんで私が夢に見るの?」
「そりゃあそうだよ!だって、私とエっちゃんは記憶を共有しているんだもの!私はエっちゃんが体験したことを知ってるしー、エっちゃんも私が体験したことは知ってるよ!」
私(仮)は驚くべき事実を教えてくれました。私そんなの知らないんですけど?
「そりゃあ知らないよ。だって、あなたは忘れているんだもの。それに、まだ無理に思い出さない方がいいよ。また頭痛でいたたー!ってなっちゃうから」
「……それは勘弁」
そう考えていると、意識が遠のいていく感覚が……
「ありゃ。今日はこの辺でお別れだね」
「……うん。また」
「じゃあねー私ー!頑張ってー!」
手を大きく振りながら私(仮)は私を見送ります。最後に……
「……もう少しで時が来る。だから、その時までには全部思い出そうね?私」
そんな言葉を聞きながら、私の意識は浮上していって──
「……グッモーニン世界」
”寝起き早々何言ってやがるテメェは”
起きました。空は……まだ日が昇る前ですね。
”とっととランニングに行くぞ。トレーニングを忘れるんじゃねぇ”
「……もち。じゃあ早速行こうか」
”あぁ。しっかりと鍛えろ”
ランニングの準備をしながら夢での出来事を思い出します。月日が経つごとに私への態度が軟化していったもう一人の私……思い出したらちょっとほっこりしてきました。
”なんだニヤニヤしやがって。俺様の顔になんかついてんのか?”
「……幽霊なのにつくものがあるの?」
”そりゃそうだ。俺様は憑く側だからな”
「……うまいこと言うね」
”クソどうでもいいから早くしろ”
はいはい。それじゃ、お面をつけて……今日も一日頑張りまっしょい。
徐々に記憶を思い出していくファントム。