《さぁ今年もこの日がやってまいりました。暮れの中山レース場、年末の大一番有マ記念!吹きすさぶ寒風をも跳ね返す程の異様な熱気がターフと観客席を包んでいます!》
《豪華なメンバーが揃ってますからね。素晴らしいレースが期待できそうです》
……ついに、本番を迎えちゃったか。
「テイオー、入るぞ」
「……うん。いいよ、トレーナー」
返事をするとトレーナーと……会長が扉を開けて入ってきた。トレーナーはどうやら会長を案内しに来ただけみたいですぐに帰った。ボクと会長だけになる。
「会長」
「その勝負服、ダービー以来だな」
会長はボクの勝負服について触れてきた。……そう言えば、天皇賞以降は年度代表ウマ娘に選出された時の勝負服で走ってたから、こっちで走るのは本当に久しぶりだ。ちょっと懐かしい気分に浸る。
「うん。今日は……何となくこっちで走りたい気分だったからさ」
「そうか」
「会長……ここまで、来たよ」
「……そうだな。ついに、ここまで来たな」
「ボクは頑張ってきた。1年のブランクをできる限り埋めて、この舞台に上がってきた。凄く、凄く頑張ってきたつもり」
「あぁ。テイオーの努力は、私も知っている。君が誰よりも努力を重ねてきたことを……私は知っている」
身体が震える。それでも……ボクはやっぱり不安だ。大丈夫だろうか?本当に、やれるだけのことはやったのだろうか?そんな不安に駆られる。
「会長は、さ」
「どうした?テイオー。何でも聞いてみろ」
「どうしても勝ちたい勝負の時、どうしてた?負けるわけにはいかない、そんな勝負の時……会長は、どうしてた?」
「……難しいな」
会長は苦笑いを浮かべる。
「古往今来、レースに出るウマ娘達は昔から変わらない想いを抱いてきたはずだ。誰もがみな、勝利を掴み取るために己を研鑽し、力を高め集中し勝負に望んできている。それはなにも、テイオーだけの話ではない」
「……そうだよね」
「だが、どれだけ万全な状態で勝負に挑んでも勝負のあやというものはある。レースに……絶対はないんだ」
「会長のレースには絶対があるって言われてるけどね?」
「そんなことはないさ。私にも分からない勝負のあやというものはある。クラシック級でのジャパンカップ、シニア級での秋の天皇賞のように、ね。それはひとえに、私にも動かせないものがあったからだと、私は考えている」
「……それって?」
「勝ちたいという強い意志、自分の中にある確固たる信念。絶対に揺るがない気持ち。これだけは、他人には動かすことはできないものだ。だからこそテイオー」
会長はボクの目を真っ直ぐに見る。
「最後の最後まで諦めるな。勝負に絶対はない、最後まで……抗い続けろ。それが私から君に贈る応援の言葉だ」
「……うん!ありがとう会長。元気出たよ」
ボクの言葉に会長は柔らかく笑う。
「そうか。それは何よりだテイオー。……私はもう行こう。重ねてになるが……応援しているよ、テイオー」
「任せて!ボク、絶対に勝ってくるからさ!」
会長はそのまま去っていった。……さて、と!
「気合は入れ直した。やれることは全部やった。だから……後はボクが全力を出し尽くすだけだ!」
立ち上がって、控室を出る。ボクは……決戦の場所へと向かった。
さてさて、待ち人は……お、来ましたね。
「……やほー、ルドルフ」
「待たせたね、ファントム。隣、失礼するよ」
「……構わないよ」
ルドルフが来ましたね。私は今回スピカのみんなとは見ないで、ルドルフと観戦することを決めました。前日にお誘いをいただいたものでね、承諾しましたよ。
「……テイオーとは話せた?」
「お陰様でね……やはり、少しは不安だったのだろう。気丈にふるまってはいたが、微かに身体が震えていた」
「……まぁね。万全は尽くした、でも心配なものは心配だから」
「違いないな」
ターフはすでに入場が始まっています。その中には……テイオーの姿もありました。
《ウマ娘達が続々とターフに入場してきております!それにしても豪華なメンバーですね~。まずはメジロマックイーンを下しての春の天皇賞制覇、今回も中山に祝福を届けることはできるのか?ライスシャワー!》
《新世代ステイヤーの1人はこの中山レース場でどのようなレースを見せてくれるのか?期待が集まります》
《勿論ライスシャワーだけではありません!去年の有マ記念覇者。名門メジロ家の大逃げ、いえ、爆逃げウマ娘メジロパーマーの姿もあります!長距離ならば引けを取らない、カノープスのマチカネタンホイザにそろそろブロンズコレクターの名を返上したい同じくカノープス所属のナイスネイチャもいます!》
《まさに錚々たる顔ぶれといったところですね》
《ジャパンカップで名だたる相手をねじ伏せて勝利を収めたレリックアース、BNW世代のダービーウマ娘ウイニングチケット!そして……!1年ぶりにその姿をターフで見せましたトウカイテイオーです!休み明けもなんのその!4番人気でこの有マ記念を迎えています!》
《彼女の復帰を待ち望んでいたファンはやはり多いのではないでしょうか?かく言う私も楽しみにしていた1人です》
《そしてなんといっても大注目は彼女でしょう!連対率100%は伊達じゃない!堂々の一番人気ビワハヤヒデ!BNWの菊花賞ウマ娘、その強さを今日も遺憾なく発揮することはできるか!?》
《夏を越えてさらに才能が開花しましたからね。今の彼女を打ち負かすのは相当に厳しいですよ》
ふむ、全員調子には問題なさそうといったところでしょうか?
「ファントム。君は……テイオーのトレーニング良く付き合ってくれただろう?」
「……そうだね。それがどうかした?」
「君の見立てでは……テイオーはどのくらいまで復活した?嘘偽りなく答えて欲しい」
テイオーがどのくらいまで力を取り戻したか……ですか。
「……10段階中の、5ぐらい。まぁ厳しい勝負になるだろうね」
「……そうか。やはり、全盛期には届かなかったか」
「……そうだね。でも、テイオーはそれでも勝利を諦めない。諦めない気持ちがあれば……きっと、大丈夫だよ」
「そうだな。我々が弱気になってもどうしようもない。ただ、テイオーを応援しよう」
”くだらねぇ。クソガキなんかよりもBNWとやらを集中して見とけ。特にあの葦毛のデカ頭をな”
「……葦毛のデカ頭って。ちょっと失礼じゃない?」
いやちょっと待ってください。なんかビワハヤヒデこっち見てません?もしかして今の声聞こえてた?嘘でしょ?
「……まぁ、私達にできるのは見守ることだけ。勝負の行く末を見守ろうか」
「そうだな」
さて、頑張ってくださいねテイオー。……私の目的にあなたは必要不可欠。それ抜きにしても、あなたが勝てることを祈ってますよ。
「ほっ、ほっ、ほっ」
ウォーミングアップをしながら周りの様子を観察する。それにしても……。
(おかえり、か。やっぱり嬉しいね。そう言われるのは)
おかえりって言われると、ボクはあぁ、ターフに帰ってきたんだなって気持ちになれた。またボクはレースに出ることができたんだって思える。骨折して、腐ってたあのころからは考えられないような気持ちだ。
……後は、マックイーンはこの会場にいてくれるだろうか?それだけが心残りだけど。
(きっと来てくれてる。ボクはそう信じてる)
「それでは、そろそろゲートインの方をお願いしまーす」
ウォーミングアップを済ませると、ゲートインの時間がやってきた。ボク達は全員ゲートへと向かう。そして、いつものファンファーレがレース場に響き渡った。
《場内にファンファーレが響き渡ります。今年のナンバーワンを決める戦い有マ記念。各ウマ娘の枠入りは順調に進んでいます》
ボクもゲートに入る。後はただ発走の瞬間を待つだけ。気持ちを落ち着かせる。
《そして今……大外のメジロパーマーがゲートに入りました。14人の枠入りが終わり、発走のその時を待ちます》
……「ガシャンっ!」ッ!今!
《ゲートが開きました!今年最後の大一番G1有マ記念が始まりました!各ウマ娘が一斉にスタートを切る!流石は選ばれた優駿達、これは綺麗なスタートだ!そしてハナを取るのは……やはりこのウマ娘だ!メジロ家の爆逃げウマ娘メジロパーマー!メジロパーマーが大外から上がってきている!》
ボクはいつも通り前目につける。先行の位置で様子を窺うことにした。メジロパーマーは油断ならない相手だ。去年はそのペースに乱されて11着に沈んだから。あの時の二の舞だけは御免だ。
久しぶりのレースのこの雰囲気……やっぱり、練習とは全然違う。
(ファントムと併走をし続けていたけれど、やっぱり本番は全然空気が違う!)
みんなの息遣い、勝ちたいって気持ちや色んな感情をビリビリと感じる。そうだ、この空気だ……この空気は、本番でしか味わえない。今まではあまり気にしてなかったけど、色んなことがあって成長した今なら分かる!
(負けたくないって気持ちは、みんな一緒なんだ。ボクだけじゃない。理由は色々あるけど、みんなそれぞれの勝ちたい思いを胸にこのレースに来ている)
……でも、それでも!
(勝ちたいって気持ちなら、ボクだって負けてない!ボクにだって……負けられない想いはあるんだ!)
今はただレースの展開を窺う。メジロパーマーが大逃げしてるけど、思ったよりは離されてない。これなら、彼女の爆逃げは機能しないだろう。ならば、目下の問題は……ボクより前を走っていて、なおかつ冷静にレースを見ているビワハヤヒデの方だ。
「……」
(凄いな。メジロパーマーの大逃げを見ても、凄く冷静だってのが分かる)
きっと分かってるんだ。自分のプラン通りにいけば勝てるのだと。ビワハヤヒデにはその確信がある。絶対の自信とも呼べるものが。彼女の掲げる勝利の方程式……それを崩すのは、凄く難しいことだ。
でも、崩さないとボクに勝機はない。
(負けられない……負けるもんか!)
マックイーンのためってのも勿論ある。ボクのために頑張ってくれたトレーナーやスピカのみんな、会長や、色んな人達のためにも負けるわけにはいかない。でも、何よりも……ボクは、ボク自身に負けたくない!そのためにも、このレースを絶対に勝つ!
有マ記念を見て、ファンの人達は様々な声を上げていた。
「テイオーが走ってる……!」
「うん……!」
「テイオー、見に来てよかったよ……!」
「あぁ……」
トウカイテイオーの1年ぶりの復帰を喜ぶもの。
「今日はBNWのだれが勝つのー?」
「ビワハヤヒデかな?」
誰が勝つかを予想するもの。
「トウカイテイオーが最後に走ったレースは前回の有マ記念。実に364日ぶりの出走だ」
「どうした急に」
「かつてそれほどの長期休養明けでG1を勝ったウマ娘はいない」
「勝てると思うか?」
「それ聞いちゃう?去年11着だぞ?」
「……むずかしいのは分かってます!でも、テイオーさんは走ってるんです!だから、わたしたちがあきらめるわけにはいかないんです!」
「その通りです!今はただ応えんしましょう!」
「「……だな!」」
他にも、出走するウマ娘達に応援の言葉を送るもの。様々な反応を見せていた。
「頑張れー!頑張ってくれテイオー!」
「テイオー大丈夫なのかしら……?」
「ファントムさんとの併走の時は、ちょっと右によれてましたよね?」
「あんだけ練習したんだ……!きっと大丈夫だって!」
「……全盛期の走りには、最後まで戻らなかった」
スピカのメンバーの言葉を聞いて、スピカのトレーナーは苦々し気な表情でそう呟く。その言葉に、ウマ娘達は不安げな表情を見せる。
「だが、最後の最後まで俺達はお前を応援し続けるからな……テイオー!」
各ウマ娘が第1コーナーのカーブを曲がる。有マ記念はまだ始まったばかりだ。
それぞれの負けられない思いを胸に。