”……なにが、起こっていやがる?”
「……」
もう一人の私は、信じがたいものを目にしたようにそう呟きます。隣にいるルドルフも凄い顔してますね。滅茶苦茶ビックリしてます。そしてそれは……この中山レース場にいる全員が、そう思っていることでしょう。
”あり得ねぇ……!あり得ねぇだろうが!”
「……なにが?」
”あのクソガキは!怪我でとっくに終わったウマ娘だ!勝てるはずがねぇ!完走するのが関の山!それがこの場にいる凡愚共の共通認識だ!”
「……まぁそうだね。その通りだよ」
実際、誰もがテイオーは無事に走り切れるだけでもいいと思っていたでしょう。何着でもいい、完走してくれればそれでいい。ファンのみなさんはそう思っていたはずです。
……ですが。本人は微塵も勝利を諦めていませんでした。
”なのになんで……
それが、実を結んだ。テイオーは今……2番手の位置、ビワハヤヒデの1バ身後ろにいます。
《ビワハヤヒデが抜け出した!後続との差が開いていく!そしてトウカイテイオーも来た!……え?と、トウカイテイオーもきたぁ!?》
……けど、まだ2番手。ビワハヤヒデを追い抜くには、まだ足りない。手に力が入る。
「……頑張れ、テイオー」
状況をようやく理解したファンの人達は口々に応援の声を上げる。ただ、それは誰に向けたものでもありません。
「「「いけー!」」」
「いけ……、走れッ!」
隣のルドルフも、応援に力が入っています。そこにトレセン学園の生徒会長としての姿はありません。ただ、トウカイテイオーというウマ娘を応援する……自分を慕ってくれる可愛い後輩を純粋に応援する、シンボリルドルフとしての姿がありました。
さて、もう一人の私は……相変わらず狼狽えています。どうやら目の前のテイオーの様子が信じられないみたいで。
”あり得ねぇ……!あり得ねぇだろうが!怪我をして、終わったあのクソガキが!そんなはずねぇんだよ!”
「……」
成程。私(仮)が言っていたのはこういうことでしたか。確かに……テイオーが目的の要の1人になるというのは間違っていませんね。
さぁ。2番手につけていますが依然としてテイオー不利には変わりません。ビワハヤヒデは
「……正念場だよ。テイオー!」
手に力が入る。頑張ってください……テイオー!
あぁ、辛いなぁ。
(肺が裂けそうなくらい苦しい……!でも、破れたって関係ない!)
苦しいなぁ。
(脚が鉛のように重い……!でも、まだ動く!)
きっと、諦めた方が楽なんだと思う。でも……まだ、諦めるわけにはいかない!ボクはもう!
「負けるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
このレースだけは、絶対に負けるわけにはいかないんだ!
「っ、クッ!流石はトウカイテイオーだ……。だが、それ以上は無理ではないかね!?」
あぁそうさビワハヤヒデ。確かに君の言う通りだ。このスピードが今のボクの限界。ボクは徐々に引き離されようとしている。
《トウカイテイオーだ!トウカイテイオーが来た!トウカイテイオーがビワハヤヒデとの差を詰める!しかしここが限界か!?ビワハヤヒデとの差が縮まらない!残り1バ身まで迫った差が少しずつ開いていく!ここまでかトウカイテイオー!?》
だったらどうした!これがボクの限界だって言うなら……ボクは、限界だって超えてやる!
(ボクは誰よりもくじけてきた!天皇賞で負けたあの時も、また骨折したあの時も。復帰が絶望的になったあの時も!)
「何度負けたって関係ないッ!」
ボクは、勝つまで挑戦を諦めない!
「何度折れたってかまわないッ!」
その度に、支えてくれるみんながいる!
「何度くじけたっていいッ!」
その度に……ッ!ボクは立ち上がって強くなる!
諦めないことの大切さを教えてくれた子がいる!こんなボクを待っていてくれたライバルがいる!挑戦し続ける心が大切なのだと教えてくれた人がいる!
『ボクはキミに勝ってみせるよファントム!』
『……そう。楽しみにしてる』
そして何より……!ボクが同じ高みに至るまで待ち続けている、倒すべきライバルがいるんだ!だからこそ……ボクはもう折れたりなんてしない!膝をついている時間なんてない!
あぁそうだね。勝ちたいって気持ちはみんな持ってる。でも……この場にいる誰よりも悔しい気持ちになったのはボクだ!誰よりも勝ちたいって気持ちが強いのはボクだ!
「もう誰にも譲らない……ッ!」
景色がひび割れる。どこまでも続く地平線。地面はひび割れてて、マグマのような何かが見えている。
「絶対に、絶対に譲らないッ!」
いつもの
「絶対は……ッ!」
差してくる光を浴びて、ボクにどんどん力が湧いてくる。ボクが勝つための力が……身体中から湧き上がる!
「ボクだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
勝負だビワハヤヒデ!勝つのは……ボクだッ!
はは、凄いや。身体が飛べそうなぐらい軽い!全盛期の時だって、こんな感覚はなかった。このままどこまでも飛んでいきそうなぐらい、ボクの身体は軽かった。
「クッ!私の計算以上の速さだと……!?だが、私とて負けるわけにはいかない!」
ビワハヤヒデとの差は少しずつしか縮まらない。けど……勝つのはボクだ!
《残り200を切った!1年ぶりのターフだトウカイテイオー!ビワハヤヒデに追いつくことができるのかトウカイテイオー!必死に迫っているぞ!あと少し、あと少しの差が縮まらない!ビワハヤヒデも全く譲らない!ビワハヤヒデも粘る!》
「いけー!テイオーさーん!」
「頑張れテイオー!」
「テイオー……ッ!」
スピカのみんなの応援が聞こえる。
「「「いけー!」」」
ファンのみんなの声援がボクの耳に届く。けど……あと少しが縮まらない!
「私の勝利の方程式は完璧だ!誰にも崩すことはできない!」
あぁそうだね。確かに完璧だ。でも、それがどうした!?
(もっと、もっとだ!土台はあるはずなんだ、だからこそ……もっと集中しろ!ボク!)
思考の無駄を極限までそぎ落とす。身体に残ったリソースを全て……この最後の直線にぶち込む!
(ッ!?また、景色が変わる!)
そしたら、
何もないまっさらな世界。そんな世界で見えてきたのは……色とりどりの光だった。光が軌跡を描いてボクのところに集まってくる。
(なんだろう。凄くあったかい……!)
光が集まる度にボクに力が湧いてくる。ボクが勝つための力が、どんどん湧いてくる!
この光はきっと、ボクを応援してくれるみんなの声だ。なんでそう思ったのか理由は分からない。でも……ボクはそう感じた。
さぁ、勝ちにいこうか……!ボクは気合を入れて叫んだ。
《ターフに舞い戻ったテイオーがじりじりと差を詰めている!レースは残り100を切った!》
必死に足掻いて、もがいて。そうしてやっと……ボクはビワハヤヒデに並んだ。
「あぁ成程……!完璧な勝利の方程式を描いたと思ったんだがね……ッ!」
いいや。実際に完璧な方程式だったよ。崩すのは、至難の業だった。でも、ボクは諦めが悪いんだ。その気持ちがきっと……この奇跡を起こしたんだ。
「だが、私にも譲れないものがある!」
勝負は残り100。さぁ、どっちの意地が上か……
「「勝負だ!ビワハヤヒデ(トウカイテイオー)!」」
決着をつけよう!
「いけ……、いけ……ッ!」
信じられなかった。目の前の景色は嘘だと思った。
「いけ……!テイオー……!」
でも、嘘なんかじゃない。今も先頭争いをしているテイオーの姿は、幻なんかじゃない。
(テイオー……あなたは、本当に……ッ!)
「奇跡を……起こせたのですね……!」
テイオーは本当に、奇跡を起こした……ッ!
雨が降る中テイオーと会ったあの日。テイオーから言われたことを信じることができませんでした。叶わぬ願いなのだと、そう思っていました。けれど……テイオーの諦めない気持ちが、本当に奇跡を起こした。
テイオーの状況は絶望的でした。度重なる骨折。医者から告げられたもう復帰は諦めた方が良いという言葉。全盛期には戻れないという辛い現実。一度は折れてしまっていました。
ですが、テイオーはもう一度立ち上がりました。みなさんの力添えもあり、テイオーはもう一度復帰することを決めました。例え全盛期の力を取り戻せなくても、もう諦めるのは嫌だからと。テイオーは復帰の道を歩みました。その諦めなかった結果が……今のテイオーなのでしょう。今のテイオーはきっと、全盛期以上の力を持っている。諦めない気持ちが、さらなる強さをテイオーに与えた。
「ならば……わたくしも……!」
左足を撫でる。諦めなければわたくしも……テイオーのように、なれるのでしょうか?
「きっとなれるよ!だって君は……ボクのライバルで、いつだって自信に満ち溢れてて、自分を信じることができる気高いウマ娘……メジロマックイーンなんだから!」
ふと、テイオーの声でそんな言葉が聞こえました。
「えぇ……えぇ……!そうですわね……!」
本当は怖い。
「わたくしも……もう一度立ち上がってみせましょう!」
わたくしももう、諦めない!テイオーは奇跡は起こせることを証明した、ならばわたくしも、奇跡を起こしてみせましょう!
《最後の攻防!ビワハヤヒデとトウカイテイオーが並んでいるぞ!新世代覇者ビワハヤヒデ!蘇るのかトウカイテイオー!中山が!中山が震えているぞ有マ記念!果たして一体どっちが勝つのか!》
「いけーっ!テイオォォォォォォッ!」
力の限り応援の声を届ける。今も必死に走っている、
凄く長い時間走っているような気がする。疲れているはずなのに、それを上回るくらい諦めたくない気持ちが先行している。
隣にはもうビワハヤヒデの姿はなかった。追い抜いたのかな?それとも逆に追い抜かれちゃったり?だったらもっと速く走らないと。
「あああぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
力の限り走り続ける。ゴールはもう目の前に迫っていた。
《トウカイテイオーだ!トウカイテイオーがわずかに前に出た!しかしその差はわずかだ!ビワハヤヒデも負けじと追い迫る!トウカイテイオーかビワハヤヒデか!トウカイテイオーとビワハヤヒデ!トウカイテイオー!ビワハヤヒデ!ダービーウマ娘の意地を見せるかトウカイテイオー!》
ゴール板を駆け抜ける直前、ビワハヤヒデの声が聞こえた。
「完敗だ……!トウカイテイオー……!」
ボクは……誰よりも早く駆け抜けた。
《トウカイテイオー!トウカイテイオーだ!トウカイテイオー、奇跡の復活!》
ゴール板を駆け抜けたことが分かって。ボクはスピードを緩めて荒い息を吐く。し、しんどい!過去一疲れた!でも……ボクは勝った、勝ったんだ!
「やった……!」
《1年ぶりのレースを、制しました!トウカイテイオー、まさ、に、まさにミラクル!トウカイテイオーが、奇跡を、奇跡を起こしたトウカイテイオー!奇跡の復活です!こんなことがあるんでしょうか?去年の有マ記念以来、まさに1年ぶりのレースでありますトウカイテイオーが見事に13人の優駿達を蹴散らして勝利を収めました!》
《見事な、見事な勝利ですね!まさに歴史的快挙です!》
《はい!ここまで長期休養明けで挑むG1勝利はない、史上初の快挙です!三度の骨折でもう元のように走れないと思われていたトウカイテイオー。しかし、不屈の精神で立ち上がり全盛期以上の力を身につけたのではないでしょうか!?》
《1年ぶりのG1出走でこの錚々たるウマ娘達を相手に見事なレースを見せてくれましたね!トゥインクル・シリーズの常識を覆す、素晴らしいレースでした!》
《ビワハヤヒデも素晴らしい末脚でした。しかし、トウカイテイオーの執念の前にわずかに及ばず2着に敗れました!誰が勝ってもおかしくなかった有マ記念!勝ったのはトウカイテイオーだ!3着はナイスネイチャ。健闘しましたがナイスネイチャは3着です!》
はは、ネイチャまた3着だったんだ。今度弄ってやろっと。そんなことを考えていると、中山レース場が揺れていた。
「「「テーイーオー!テーイーオー!テーイーオー!」」」
「ハハ……懐かしいなぁ。日本ダービー以来だっけ?」
日本ダービー以来の、ボクのコールが響いていた。それに手を振って答える。
《常識を覆し、諦めすら置き去りにしたその走りは!有マ記念にまた一つ新しい伝説を刻みました!》
ボクはスピカのみんなのところに向かう。みんなは……泣いていた。
「トレーナー」
「ていおー……!」
「……勝ってきたよ!」
ボクは笑顔でそう告げる。
「テイオーさぁ~ん!おめでとうございますぅ、スズカさんも喜んでくれてますよ~……」
「えぇ。本当に良いレースだったわ。テイオー」
え?この声って……スズカ!?帰ってきてたの!?
「スズカ!?帰ってきてたんだ!」
「えぇ。どうしても直接応援したくて。主要なレースも終わったから、帰ってきちゃったわ」
「スズカさ~ん!帰ってくるなら帰ってくるって言ってくださいよ~!」
スぺちゃんどんだけ泣いてるのさ。
そして……マックイーンの姿も見えた。
「マックイーン……」
「テイオー……」
ボクを見るマックイーンに、ボクはニッと笑う。
「言ったでしょ?奇跡を起こしてみせるって」
「えぇ……本当に、本当に素晴らしいレースでしたわ。テイオー」
そしてマックイーンは、決意の籠った目で僕を見据える。
「奇跡は起こせる……それを望み、奮起する者の元に。必ず、きっと。あなたがこうして諦めなかったからこそ、奇跡は起こせたのでしょう」
「……それで?マックイーンはどうするの?」
ボクの言葉に、マックイーンは不敵に笑った。
「決まっていますわ。わたくしも、もう一度立ち上がりましょう。ライバルがここまで頑張っているんですもの。ならば、わたくしが諦めるわけにはいかないでしょう?」
「~~~ッ!そっか!それじゃ、これからも頑張ろうね!マックイーン!」
「えぇ!目指すは打倒ファントムさんですわ!」
そのファントムは何故かここにいないけど……多分会長と見てるのかな……って!?
「「「テイオー!」」」
「うわぁぁぁ!?」
レースを走ったみんながボクにのしかかってきた!な、何さ!なんなのさもう!
「お、重いよ!なんなのさみんな!」
「おめでとう!本当におめでとうテイオー!」
「おめでとうございます。テイオーさん」
「「「おめでとう!テイオー!」」」
……はぁ。そんなこと言われちゃ、怒るに怒れないや。
のしかかられていると、ボクの頭に影ができる。誰かがボクを見下ろしていた。
「素晴らしいレースだった。トウカイテイオー。やはり君は強いな」
「ビワハヤヒデ……」
「全く。新しい勝利の方程式を練り直さなければいけないな。次こそは……負けんぞ」
「……ふふ。次もボクが勝つよ!」
そう誓いあう。
辛いこともあったし、苦しいこともあった。折れてしまったり、諦めてしまったこともあった。……けど、みんながボクを支えてくれた。みんなが支えてくれたおかげでボクはどんな困難でも乗り越えることができた。諦めずに立ち向かうことができたんだ。
きっとこれから先も、ボクには困難が訪れると思う。でも、ボクはもう諦めたりしないだろう。だって……
「本当に、ありがとうね!みんな!大好きだよ!」
ボクを支えてくれるみんながいるから!だからきっと、何度だって立ち上がれるんだ!
「おめでとうテイオー……おめでとう……!」
中山レース場に響くテイオーコール。あぁ……本当に、おめでとう……テイオー!
「テー……イー……オー……ッ」
……ふと、隣の気配がないことに気づく。涙をぬぐって隣へと視線を向けると……。
「ファントム……?」
私と一緒に観戦していたはずのファントムの姿が、忽然と消えていた。
……さて、と。
「……テイオーは勝ったね」
”あり得ねぇ……!あり得るはずがねぇ!だが……まぁいい”
もう一人の私は、心底気に入らなさそうな声色で叫ぶ。もっとも、叫んだところで私かカフェさんぐらいにしか聞こえませんが。
”そんなに俺様の手で殺されたきゃ……望み通りにしてやるよクソガキィ!テメェもスイーツ娘と同じように葬ってやる!”
気合入ってますねぇ。ま、何にせよ。
「……これで全ての果実が熟した。後は……どのタイミングで仕掛けるか、だね」
”あぁそうだなぁ。……ま、テメェは来るべき時に備えとけ”
「……あいあーい」
時は来た。それだけです。
勝利の裏で完成する計画。