そうしてイギリス旅行の日を迎えて。ホテルのチェックインを済ませて向かったのはイギリスの歴史博物館だった。特に理由なんてものはなかったかもしれない。私は博物館の中を目を輝かせながら見ていた。
『わぁ!』
『ハハハ、楽しそうだなファントム。だが、他の人の迷惑になっちゃうから、静かに鑑賞するんだぞ?』
『わかった!』
『ほら、ファントム。ママと手をつなぎましょうね~』
私はパパとママと手をつないで博物館を見ていた。子供だったらもっと面白い物とか、遊べるような場所とか好きそうだけど、当時の私は両親と一緒に見て歩けるんだったらそれだけで嬉しかったんだと思う。
丁度お昼ぐらいだったかな?博物館内の展示物を鑑賞していると……ふと、声が聞こえたの。
”こちらです”
『……』
声のした方に視線を向けても、誰もいなかった。そんな私の様子を不思議に思ったパパとママは私の顔を覗き込んだ。
『どうしたんだ?ファントム。何かあったのか?』
『もしかして、お腹空いちゃった?』
『そう言えば……そろそろいい時間だな。じゃあお昼に……』
『……よんでる』
『『え?』』
当時の私はその声が呼ぶ方へと歩いていきました。パパとママもビックリしながらもついてきてましたね。
声のした方へと歩いていって……私は、ある展示物の前に止まりました。
『いきなりどうしたんだ?ファントム……って、これは』
『エクリプス様の彫像と……肖像画ね。ここはエクリプス様のコーナーみたいだけど……ここがどうかしたの?ファントム』
『……ふぇ?』
私は呼ばれるままに来ただけだったから特に深い意味があるわけじゃない。不思議に思ったけど、直後に私のお腹が鳴ったからご飯を食べることになった。その場を立ち去ろうとすると……
”……ようやく出会えたぜ”
『……?』
『どうしたのファントム?後ろを振り向いて』
『なんか、こえがきこえたきがして……』
『うん?……でも、誰もいないぞ?』
『きっと気のせいよ。もしかしたら……エクリプス様の声だったりしてね?』
そんなママの冗談に笑顔を浮かべながら私達家族は博物館を後にした。
お昼からはイギリスの名所を観光したりして時間を潰した。イギリス旅行は3泊4日。まだ1日目だから、きっと明日も楽しくなる。……そんな風に当時の私は考えていた。けど、その1日目の晩……あの悪夢が私達を襲った。
日付が回りそうな時間。眠っていた私は両親の手によって起こされる。
『ファントム、ファントム!起きなさい!』
『……んぅ?ぱぱ?まま?』
『あぁよかった……!』
私が起きたことに安堵するママの表情を見て、どうしたのだろうと思っていた。けど、安堵した表情も一瞬のことですぐに険しい顔つきになる。この頃には、部屋の外がいやにうるさいことに気づいた。
『ファントム、良く聞きなさい。今から外に出るぞ』
『でも、よるはおそとにでたらあぶないってぱぱが……』
『すまない。今は緊急事態なんだ。とにかくすぐに部屋を出よう!』
私はパパに手を引かれて部屋を出る。部屋を出た私を待っていたのは……真っ赤に燃え上がる炎がホテル内を埋め尽くそうとしている景色だった。
『クッ!火の手がもうここまで……!早く逃げるぞ!』
『分かってるわ!ファントム、パパの手を絶対に離さないでね!』
『う、うん……』
必死の剣幕で私を諭す両親の言葉にただ頷くしかなかった。幼いから良く分かっていなかったけど……、それでもこの景色が怖いってことだけは分かっていた。
『パパぁ、ママぁ……こわいよぉ……』
パパに手を引かれながら私は両親にそう漏らした。そんな私を、両親は優しい声色で諭す。
『……大丈夫だファントム。どんな時でも、パパとママが守ってやるからな』
『そうよ。だからもう少し、頑張りましょう?ファントム』
『うん……』
凄く怖かった。でも、パパとママがいればその怖さも大丈夫だった。だけど……それも長くは続かなかった。
パパが何かに気づいたように上を見る。つられてママも上を見て、驚いた表情を浮かべていた。そして次の瞬間……
『ッ!?危ない!』
パパが私を突き飛ばす。小さい私は抵抗することもできずにホテルの廊下に転がり込んだ。
『きゃあっ!?』
短く悲鳴を上げて、顔を上げる。そこには……
『うぅ……ぐっ、う……ッ!ぶ、無事か……ファントム……ッ!』
『ファン……トム……』
両親が、倒壊した柱の下敷きになっている光景だった。
『な、なんで……ッ!?ぱ、パパ!ママ!』
『ぶ、無事……みたい、だな。ファントム……』
『よ、良かった……わ……』
呼吸することも厳しそうな両親を助けるために、私は両親に近づいた。
『パパ!ママ!いまたすけるからね!』
『……ダメだ。こっちに来るんじゃないファントム。そのまま聞きなさい』
『こ、このいわをどかせば……!』
いくらウマ娘であっても、所詮は子供。両親を引っ張り出せるはずもないし、岩だって大きくてどかせない。そうしている間にも火の手はどんどん回っていく。
『聞きなさい……ファントム』
『まってて!ぱぱ、まま!いま……』
『聞くんだ!ファントム!』
『ひぅっ!?』
生まれてから一度も聞いたことのないパパの怒声に、短く悲鳴を上げた。目を白黒させている私に、両親は優しい表情で告げる。
『いいか、ファントム。これからは……強く生きなさい。優しく、強い子に育つんだぞ』
『……パパ?』
『お前は……がふっ!や、優しい……子だ。人に、優しくされた分だけ誰かに優しさをあげられる……そん、な子になりなさい』
『ファントム……あなたには、おじさんやおばさん達がいるわ。あの人たちを、頼りなさい?きっと、ファントムの力に、なってくれる……から……』
『ママ……なにいってるの?』
幼い私には理解できなかった。けど、両親はこの時には分かっていたんだと思う。下半身が潰れている自分達が……助かることはないのだと。
『ファントム。優しさを間違えたらダメだ。そのことを教えられないまま……お前を遺したままなのは……本当に、本当に残念だが……』
『やだよ……っ!ぱぱ、まま。ずっといっしょにいようよ!わたしを……ふぁんとむをひとりにしないでよ!』
『ごめ、んね?ファントム。本当はもっと……あなたと一緒にいたかった……。私達はいなくなるけど……』
優しい笑顔を浮かべながら……両親は私に告げる。
『ファントム……パパは、お前を愛しているぞ……。たとえ、隣にいなくなっても……』
『私も……ママも、ファントムを愛しているわ……。えぇ、私達は……ずっと……』
『『あなたを見守っている』』
『パパ!ママ!』
私は必死に両親に呼びかける。そんな時だった。両親が最後の力を振り絞って大声をあげだした。その声を聴いた消防隊員……サニーさんが駆けつけた。
『お願いします!どうか、どうかこの子だけでも!』
『私達はどうなっても構いません!だからどうか……どうかこの子だけでも助けてください!』
言語の壁があるから通じるはずもない。だけど両親は日本語で必死にお願いしていた。その思いが通じたのか、サニーさんは私を抱えてその場を去る。私は……両親のことを叫びながらサニーさんに連れられるしかなかった。
サニーさんは私を抱えて必死に逃げていた。途中、酸欠の症状が出た私に酸素ボンベを使わせてサニーさんは必死に出口を探していた。
『ひゅー……ひゅー……』
『──!?きゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!』
『きゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!』
そんな私達に対して……現実はどこまでも非情だった。上の階の床、天井が崩れてきてその崩落に私達は巻き込まれた。私はサニーさんのとっさの判断でなんとかなったけど……サニーさんは、その崩落で両足を潰されていた。
身動きが取れない。私1人で逃げ出すこともできない。
(なんだか……つかれたな……)
意識が朦朧としていた。私の命は風前の灯火、いつ消えてもおかしくない状況。その命の灯をなんとか繋ぎ止めようとサニーさんは頑張っているけど……その努力も、無意味になりかけていた。
(なんだか……ねむいな……)
もしかしたら、このまま寝たら朝になっているかもしれない。朝になって、パパとママがいつものようにおはようって言ってくれるかもしれない。そして、怖い夢を見たって泣きついて……また、いつものようにあやしてもらって。日常に回帰するかもしれない。そんな、淡い希望を抱いていた。
そんな私にサニーさんは必死に呼びかける。自分の喉が焼けることすら厭わずに、私に必死に呼びかけていた。
(もう……だめなのかな……)
「ぱぱ……まま……」
全てを諦めそうになった、その時だった。
”助かりてぇか?ガキ”
(だ……れ……っ?)
私の目の前に赤黒い栗毛の髪をウルフカットにして、炎のように揺らめいている白い流星が特徴的なウマ娘……エっちゃんが私の目の前に現れた。ただ、幽霊だから半透明だったけど。
”二度も言わせるな。助かりてぇかって聞いてんだよ”
(……な、にを……?)
私が理解できてないことを察したのだろう。舌打ちをして、苛立たしそうに頭を掻きながらエっちゃんは説明を始めた。
”分かりやすく言ってやる。お前を……助けてやるって言ってんだよ”
(たす、ける……?)
”そうだ。だがその代わりに……テメェの身体を俺様に寄越せ。まぁ、俺様がテメェを助ける代わりにテメェも俺様を助けろってことだ”
幼い私には言っている意味が分からなかった。でも、助かる手段はこれしかないと思った私は……エっちゃんにお願いをした。
『こ、の……ひと。たす……けて……』
私も助けるついでに、サニーさんも助けて欲しい。そうお願いした。
”あん?この塵もだと?……俺様にメリットがねぇだろ”
『……』
”……ッチ!考えてる時間もねぇか……!おい、コイツを助ければ、契約は成立ってことで良いんだよな?”
私は、なんとか頷く。その姿に……エっちゃんは満足そうな表情を浮かべた。
”良いだろう。なら……契約成立だ。テメェの身体……少しの間貸してもらうぜ?”
エっちゃんが私に触れる。その瞬間……私は、自分の中の何かが塗り替えられるような感覚を覚えて、絶叫した。
そこから先はサニーさんの言った通り。私に憑依したエっちゃんが窓から飛び降りて。私はなんとか大きな怪我もなく生還した。エっちゃんが言うには、憑依した時に怪我とかも一緒に治ったとかそんなことを言ってたかな?
”……ま、こんな感じかな?これが私視点での火災のお話”
「「「……」」」
”あ~……やっぱそういう雰囲気になるよね~?”
「……ファントム。お前が火が苦手な理由は」
”そうだよトレーナーさん。……火事のことを思い出しちゃうから。私の目の前で亡くなったパパとママの姿が……どうしてもチラついちゃうんだ”
ファントムさんの過去。私は初めて聞きました。スズカさんは2回目らしいですけど……でも、みなさん何も言えないでいます。
ファントムさんに重い過去があるんじゃないかってのは、何となく察してました。けど……あまりの過去に、なにも言えないです。
「……1つ、質問をいいかい?ファントム君」
”んー?いいよいいよ!なんでも聞いて!”
私達の暗い雰囲気を察してか、タキオンさんの質問にファントムさんは明るい調子で答えます。
「君とエクリプスが交わした契約……それについて詳しく聞いてもいいかな?」
”私とエっちゃんが交わした契約だね?もっちろんいいよ!”
え~っとぉ、と言いながら思い出すようにファントムさんは話し始めます。
”まぁ大体言葉通りの意味だよ。エっちゃんが提示するトレーニングをしっかりこなして、エっちゃんの全盛期ぐらいになったら身体を明け渡す……そんな感じの契約だったかな?最初は。でも途中から気が変わったとかなんとかでー。あんまり気にしなくなったんだよね”
「成程……つまり、この状況に関しては?」
”ん~……エっちゃんもエっちゃんで、追い詰められてたんだと思う。自分の当初の目的を忘れそうになっていたから、それを忘れないためにも私の身体を黙って乗っ取ることにしたんじゃないかな?”
「……ファントムさんが、みなさんに、優しさを向けるのは」
”パパとママが私に遺してくれた、最後の教えだから。ボランティアが大好きなのも、パパとママの影響から”
ファントムさんは私達の疑問に答えていく。そして……その質問が、ファントムさんに飛びました。
「……ファントムさんは、エクリプスになら身体を、明け渡してもいい。そう、言いましたね?」
”そうだね。それがどうかしたの?カフェさん”
「何故、ですか?確かに、エクリプスさんは、ファントムさんの、命の恩人、かもしれません」
”……”
「ですが、初めから、利用する気で憑依して、こうして身体が乗っ取られたのに、あなたは怒るどころか、むしろ明け渡しても良いとさえ、考えている。それは……どうして、ですか?」
”……エっちゃんもさ”
ファントムさんは、悲し気な表情で語る。
”最初っからああだったわけじゃないんだ。でも、色々あって歪んじゃって……それで、三女神様を恨むようになっちゃった。そして、その恨みの対象は……三女神様が見守っている他のウマ娘に向いちゃったんだ”
「……なにが、あったんですか?」
スカーレットさんがそう呟く。
”そうだね。じゃあ……次はその話をしようか”
ファントムさんは、神妙な顔つきで語り始める。
”エっちゃんになにが起こったのか……エっちゃんはどうして歪んじゃったのか……それを、みんなに語ろうか”
エクリプスさんの、過去を。
語られざるエクリプスの過去。