──そして迎えたいじめっ子達とのレースの日。エクリプスはレース場に来ていた。
「ハッ!逃げずに来たみたいだな!」
「ほざけ。テメェみたいな奴相手に逃げるかよ」
「減らず口を……ッ!」
挑発的に笑ういじめっ子に対し、エクリプスはどこ吹く風で答える。その態度にいじめっ子達は頭に血が上りかけるが、すぐに冷静になる。
「さて、まずは確認だ。俺が勝ったら……髪飾りを返してくれるんだろうな?」
「あぁ。お前が勝ったらちゃんと返してやるよ。ホラ、実物だ」
いじめっ子は髪飾りを見せびらかす。そして、エクリプスのトレーナー……ジョンに渡した。
「……これは本物かい?」
「は、はい!間違いありません!」
いじめられっ子は嬉しそうにするが、あくまでこれはレースの景品。まだ渡すわけにはいかない。それが分かっているジョンはその髪飾りを懐に仕舞った。
「……で?レース形式はどうすんだ?とりあえずテメェら4人と俺を含めた5人のレースってのは分かるが。芝1マイル*1か?2マイルか?」
「クックック……」
悪どい笑みを浮かべるいじめっ子達。そのレース内容は……。
「芝4マイルだ」
「えっ!?そ、そんな!」
「……ふーん」
提示された条件にエクリプスは興味なさそうに答える。さながら、自分の勝利を確信しているかのような余裕だった。
「じ、ジョンさん!止めなくていいんですか!?エクリプスさん、レース走ったことがないのに芝4マイルもなんて!」
「まぁ心配ないだろ」
「ジョンさん!」
いじめられっ子はジョンに止めるよう促す。だがジョンは……何の心配もしていなかった。
「とりあえずとっとと位置につけ。さっさと終わらせるぞ」
「ふん。その減らず口がいつまで続くかな!やるぞお前ら!」
「「「おうっ!」」」
エクリプス達は位置につく。ギャラリーは……まばらにいる。ガーネットを筆頭としたエクリプスの友人達と、あのエクリプスが試走するということで集まった野次たちだ。その中にはエクリプスのことを散々バカにした教官もいた。
「お。レースか。誰が走んの?」
「あのエクリプスが走るらしいよ」
「あの問題児が!?ついにトレーナーがついたのかよ。物好きもいるもんだねぇ」
誰が勝つか見物している。もっとも、エクリプスに期待している観客はいない。一度もレースを走ったことがない上に試走で4マイル。勝てるはずがない。それが共通認識だった。
いじめっ子達はニヤニヤとしている。自分達の勝利を確信しているかの如く。それを受けてもなお、エクリプスは冷静だった。
「ルールの確認だ。芝4マイルのレース。テメェの勝利条件はテメェが1着で駆け抜けること。あたいらの勝利条件はあたいらの内誰か1人でも勝つことだ」
エクリプスが圧倒的に不利な条件。だが。
「問題ねぇよ。俺が勝つんだからな」
「……ハン!その前に、テメェが負けた時はなにすんだ?まさか、何もしねぇってわけにはいかねぇだろ?」
「テメェらの好きにしろ。俺が負けることなんてありえん」
「その言葉、忘れんなよ?」
スタート位置につく。ジョンの合図で発走することになっていた。
「それでは。よーい……スタートッ!」
「「「ッ!」」」
全員が一斉に駆け出す。ハナを取ったのは……エクリプス。好調なスタートダッシュを決めていた。いじめっ子達は内心ほくそ笑む。
(こいつは本番のレースに出走したことがねぇ。そんな奴がいきなり4マイルも走り切れるかよ)
(ペース配分もガタガタ。こりゃ楽勝だな)
(とりあえず、生意気な鼻っ柱をへし折ってやろうじゃねぇか!)
(((この勝負、貰った!)))
そんな風に考えていた。
──このレースを偶然目撃していた老婆は、こう語る。
「あれが本当にレースだったのか、分からない。ただ先頭を走る赤黒い栗毛のウマ娘がものすごい走りで疾走し、たちまち相手のウマ娘との差を広げていくのを見ました。あのウマ娘に追いつくのは、たとえ地の果てまで走っても無理でしょう……」
いじめっ子達は、自分達がどうなっているのかが理解できなかった。
「……あ、え?」
ただ突きつけられたのは……。
「俺の勝ちだな。約束通り、髪飾りは返してもらうぜ……ほらよ。今度は取られないようにしろよ」
「あ、ありがとう……」
自分達が、エクリプスに負けたという純然たる事実である。それもただの負けではない……蹂躙に近い形で負けた。
(な、何だよ……コイツ!?モノが違うってレベルじゃない!)
(れ、レースにすらなってない……。ウチらは、蹂躙された。この……エクリプスというウマ娘に)
(勝つとか負けるとか、才能があるとかないとかそういう次元じゃない……)
(あ、あたいらは……どれだけの時間を費やしても……)
エクリプスには勝てない。そう思い知らされた。
「……で?あんだけ自信があった癖に、負けた気分はどうだ?おい」
「あ……う……」
「ダメだなこりゃ。ま、これに懲りたら二度とこんな真似すんじゃねーぞー」
エクリプスは手をひらひらさせながら去っていく。己のトレーナーであるジョンとともに。
周りの観客も呆然としていた。
「な、何よあの走り……!エクリプスって、あんなに強いの!?」
「ば、バカな!?何故、何故あんな危険な走りであれだけの強さをッ!?」
「お、俺は間違っていたのか……?エクリプスの、言う通りだったのか……?」
それはエクリプスの友人達も例外じゃない。
「ひゃ~……前よりもっとずっと速くなってるねエクリプスちゃん」
「そうだね~本当に凄いや……ガーネット?どうしたの?」
「え?あ、な、何でもないわ」
オレンジ髪のウマ娘、ガーネットはエクリプスの強さに驚愕していた。
(あの頃よりも、ずっと速くなってる!?私の方が早くデビューしたのに、エクリプスの方が早いって感じるぐらいには!わ、私は……本当に、あの子に勝てるのかしら?)
幼いころから挑み続けてきた高い壁。一度も勝てたことはない。だが、いつかは勝てる、追いつけると思い描いていた相手の圧倒的な強さを目の当たりにして……ガーネットの心に、陰りが生まれ始めた。
時はさらに流れてエクリプスはデビュー戦を迎えた。芝4マイルのヒート走*2。エクリプス以外に出走するウマ娘は4人である。
「さ~て、作戦会議……なんてものはねぇな」
「当たり前だ。ただ走って勝つ。それだけだ」
「それで勝てるからお前はすげぇよなエクリプス」
ジョンは呆れ気味に言うが、心の奥ではエクリプスというウマ娘に驚愕していた。
ジョンはトレーナーとして色んなウマ娘のレースを見てきたが、エクリプスはハッキリ言ってモノが違う。いや、モノが違うなんてレベルで済ませていいことじゃない。エクリプスの強さは圧倒的だった。他が真似することを許さない独特な走りに加えて、圧倒的なまでの速さ。4マイルを楽々と走破するスタミナ。どれをとってもエクリプスは他のウマ娘よりも一線を画していたのだ。
ジョンは身体が震えるのを感じる。
(俺は……伝説になるウマ娘を担当している!)
そう思うと、ジョンの心は震えた。自分は、伝説のウマ娘を導いたトレーナーになるのだと。そう自惚れていた。
発走の時が来る。観客は、かなりの人数が来ていた。前回の試走とは違って今回は公式のレース。皆が注目しているのは……エクリプスというウマ娘。ただ、観衆の目にさらされてもエクリプスは余裕の態度を崩さない。自身の勝負服を身に纏ってレースに挑もうとしていた。
「それでは。位置について」
「「「……」」」
神経を研ぎ澄ませる。
「……スタートッ!」
ウマ娘達が一斉に駆け出す。エクリプスのデビュー戦、第1ヒートが始まった。
「……ッ!」
エクリプスは自身の胸を押さえつけている。疲れたから……ではない。初めて走った公式のレースに、エクリプスは自身の胸の高鳴りを抑えることができなかった。
(これが……ッ!これが、本物のレース!最高だ、最高の気分だ!)
エクリプスのデビュー戦第1ヒート。結果は……エクリプスの圧勝。あまりの勝ちっぷりに周りの観客も驚いていた。
「あれが噂の……なんであのウマ娘にトレーナーがつかなかったのか不思議でならないな」
だが、それと同時にある問題が発生していた。
「強すぎるわね……これじゃ予想遊びも意味ないじゃない」
当時のレースを見に来たファンの間では、予想遊びというものが流行っていた。どんなものか簡単に言えば、1着がどのウマ娘になるかを予想するもの。ただレースを見るだけではつまらないということで、ファンの間ではそのような遊びが流行っていたのである。
だが、エクリプスのレースではその遊びも何の意味もなさない。これほどまでの勝ちっぷり……第2ヒートもエクリプスの圧勝だろう。そう思われていた。
そんな中、1人の男の笑い声が木霊する。
「ハッハッハ!つまらねぇ遊びをしてんなお前さん方!」
ファンは声の主を見る。好奇の目線、侮蔑の目線……様々だ。その視線にさらされながらも、男はなおも笑う。
「あぁ確かにエクリプスが1着だろうな。俺もそれに異論はねぇ」
男は、ファンにある提案をした。
「そこでだ。ここいらで1つ、2着を当てる遊びをしねぇか?」
「2着を当てる遊びだと?」
「そうだ!どうせ1着がエクリプスになるんだったら、2着を当てるってのはどうだ!?中々スリルがあって面白いだろ!」
「……面白れぇ!乗った!」
観客は口々に2着の予想を始める。そんな中、ジョンは呆れた表情で男のところへと歩いていった。
「……誰かと思えばアンタか。娘のレースでも見に来たのか?」
「おぉ!ジョン!久しぶりじゃねぇか。約束通り、俺の娘を担当してくれたみたいだな」
ジョンはこの男とは既知の仲だった。この男はエクリプスの父親であり、大のギャンブル好き。困った男である。
「元からエクリプスには興味があったからな。遅かれ早かれ、担当することになっていたさ」
「そいつは良かった!アイツは……良いウマ娘だろ?」
「……そうだな。本当に楽しそうに走る、良いウマ娘だ。伝説にだってなるだろうよ」
ジョンの言葉にエクリプスの父親は豪快に笑う。そんな中、ファンの1人が父親に話しかけてきた。
「それで?言い出しっぺのアンタは誰と予想するんだ?目星はついてんだろ?」
「おぉそうだったな!俺の予想は……」
父親は、ニヤリと笑う。それは……博徒の目だった。
「Eclipse first, the rest nowhere.」
「はぁ?」
「聞こえなかったか?1着はエクリプス、それ以外は……なしだ!」
彼の言葉に、ファンは嘲笑する。
「あ、アンタ!マジで言ってんのか!2着はなしって……240ヤード*3以上離して勝つってことだぞ!」
あまりにも無謀な予想。だが、それでも彼は不敵に笑う。
「二言はねぇ。俺の予想は2着以下なしだ」
男の態度にファンは畏怖に近い感情を抱きながらもレースを見ることにした。そんな中エクリプスは……いまだに自身の胸の高鳴りを抑えきれずにいた。
「楽しいなぁ……おいっ!」
(今なら……最高の走りができそうだ!)
言いながら、エクリプスは第2ヒートの準備を始める。他のウマ娘も準備を始めた。
「それでは。位置について、よーい……スタートッ!」
合図の下、エクリプス達は一斉に駆け出す。またもエクリプスが先頭。後続のウマ娘はついていくだけ。さながら行軍のようだった。
走る。エクリプスは衝動のままに走り続ける。
(最高に楽しい……!やっぱり、誰かと競い合って走るってのは最高だ!)
今ならきっと、もっと……もっと最高の走りができる。エクリプスはそう確信し、ギアを上げる。
「う、嘘でしょ……!?」
「ま、まだ上がるっていうの!?」
エクリプスと同じレースを走っているウマ娘達はそんな声を漏らすが、エクリプスの耳には届かない。エクリプスは今……自分だけの世界に入っていた。
(なんだ?この景色は……。俺は、レース場で走ってたんじゃねぇのか?)
気づけばエクリプスの目の前には荒野が広がっていた。頭上には全てを照らすように太陽が昇っており、その太陽の光を浴びて……荒野が、草原へと変化していった。花が咲き乱れる。そして、エクリプスの力が湧き上がってくる。エクリプスは……
「は、はは……はははっ!」
「わ、笑って……ッ!」
(なんだか分かんねぇけど、最高の気分だ!どこまでだって走っていける!そんな気分だぜ!)
そのままエクリプスは超前傾姿勢のまま加速していく。他のウマ娘は……追いつくことすら許されない。どんどん離されていった。
そしてエクリプスはゴールする。他のウマ娘は……審判の視界にすら入らなかった。
「い、1着はエクリプス。他はなしです。繰り返します。1着は……」
その結果に、エクリプスの父親はほくそ笑む。
「言ったろ?2着はなし、ってよ」
観客は何も言えないでいた。エクリプスの圧倒的なまでの強さに、言葉を失っていたのだ。
エクリプスは荒い呼吸をしながら呟く。
「やっぱ、誰かと競い合うってのは……最高に楽しいっ!」
エクリプスは圧倒的な強さでデビュー戦を制した。第1ヒート圧勝。第2ヒートは……他のウマ娘を失格するほど引き離しての勝ちだった。その勝利に、ジョンは身体が震える。
「なんつー強さだ……!それに、滅茶苦茶楽しそうに走るじゃねぇか、エクリプス!」
早く次のレースを組まなければ。ジョンはそう思い、早速次のレースについて決めようとする。
エクリプスは鮮烈なデビューをした。これがエクリプスの伝説の始まりであり──エクリプスが歪んでいく物語の始まりである。
あまりにも有名すぎる名言。トレセン学園の校訓である。