「走っていたら景色が変わったように感じた?」
「おう。なんかそう言う話聞いたことねぇか?」
デビュー戦後。エクリプスはトレーナーであるジョンにレース中に起こった出来事について話した。走っていたら突然景色が変わったこと、その景色が見えた瞬間自分の中からどんどん力が湧き上がって来たこと、最高の走りができたこと。それらのことを説明する。
ただ、どうやらジョンも心当たりがないみたいで首を傾げるだけだった。
「いや、聞いたことがねぇな」
「そうか……なんだったんだろうな?あれ」
不思議に思っているエクリプスに、ジョンは自信満々に告げる。
「だが、何となくの心当たりはある。おそらく……三女神様の加護によるものだろう。お前は、三女神様に特別愛されたウマ娘なのかもしれねぇな」
「三女神様にだと?……俺みてぇな奴が?」
エクリプスは訝し気だ。エクリプス自身、三女神様のことは知っている。自分達ウマ娘を愛し、見守ってくれているありがたい女神様。そう言う話だ。
まさか自分のようなウマ娘が三女神様に愛された特別なウマ娘だとは思いもしなかったが、少し嬉しかった。こんな力をくれた三女神様に内心感謝の言葉を贈る。
「それにしても……」
「あん?どうした?」
「お前は本当に楽しそうに走るなぁエクリプス」
ジョンはエクリプスの走る姿を思い出していた。笑顔を浮かべながら楽しそうに走るエクリプスの姿を。思わず顔を綻ばせる。
「あん?あたりめぇだろ!走るのは楽しいし、何より誰かと一緒に競い合うってのが楽しくってしょうがねぇんだ!」
エクリプスも、ジョンの言葉に笑顔で答える。嘘偽りのない、エクリプスの本音だ。
「はは、ならこれからもバンバンレースを組んでいこう。その内、マッチレースも組んでやるさ」
マッチレース。今回のように数人のウマ娘でレースをするのではなく1対1の形式でするレースだ。純粋な力と力のぶつかり合い。白熱したレースになることが多い。それはエクリプスの望むところだった。
エクリプスは顔を輝かせる。
「お、マジかトレーナー!いやぁ、テメェと組んで良かったわ!」
「ジョンと呼べ。とりあえずはまた次のレースが決まり次第連絡する」
「分かった分かった!いやぁ、次のレースが楽しみだ!きっと……楽しいレースになるんだろうな!」
エクリプスは終始笑顔だった。きっとこれから自分を楽しませてくれる、本気にさせてくれるウマ娘が現れる。そう思っていた。
デビュー戦を終えた後、エクリプスを取り巻く環境は一変した。あれだけ自分のことをトレーナーつかずの問題児とバカにしていた連中はいなくなったし、何なら持て囃されるようになった。
「凄いわねエクリプス!今度走り教えてよ!」
「いや~!やれるヤツだと思ってたよ私は!」
「エクリプス万歳!よ、スクール開校以来の天才!」
なんとも現金なものだったが、悪い気はしなかった。少なくともバカにされていた頃に比べればはるかにマシだろう。
ただ、エクリプスにとって何よりも痛快だったのはかつて自分をいびっていた教官が自分にへりくだって来たことだった。
「いやー凄いなエクリプス!私はお前がやれるヤツだと信じていたぞ!」
(どの口が言ってんだテメェ。スクールにふさわしくねぇとか言ってたくせによ)
もっとも、そう思っても口には出さなかったが。エクリプスからすればどうだっていいことだからだ。
それに、併走の依頼も増えた。エクリプスと一緒に走りたいというウマ娘が後を絶たなくなったのだ。
「エクリプスさんと走るとなんだか調子が良い気がして!」
「だからさ、一緒に走ってくれない?」
「お願い!この通り!」
エクリプスはその併走の依頼を快諾した。エクリプス自身、誰かと競い合うのが楽しいからだ。だからこそ、こうして自分と併走してくれるのが本当に嬉しかった。
(まさか、ここまで変わるなんてな。レースはやっぱり最高だ!)
デビュー戦以降もエクリプスは勝ち続けた。2戦目となったヒートレースでは自分の他に1人だけのほぼマッチレースのような形になったが……
「アハハハ!俺の……勝ちだ!」
「む……無理でしょ……こんなの、勝てっこないって……」
ここを圧勝。また、この時一緒に出走していた子のタイムも過去一のタイムだったらしいが、それでもエクリプスの足元にも及ばなかった。
次に行われたヒートレース3戦目。自分よりも経験豊富なウマ娘を相手にした5人でのヒートレース。
「あんまり調子に乗るなよエクリプス!お前の圧勝はここで終わりだ!」
「どうでもいいから早くやろーぜ先輩。こちとらさっきから走りたくて、競いたくてうずうずしてんだ……ッ!」
「くっ……」
結果は……またもエクリプスの圧勝。エクリプスは、あまりにも強かった。
「アハハハ!最高だ、最高の気分だオイ!もっと、もっと走りてぇ!」
勝利したエクリプスは高らかに笑う。誰かと走ることを楽しむ、競い合うことを喜んでいる。そんな笑い声だった。
「「「……」」」
……だが、楽しそうなエクリプスとは違い出走したウマ娘とレースを見物していたウマ娘は違った。恐れの混じった目でエクリプスを見る。
「い、いくらなんでも……」
「つ、強すぎる……。こんなの……」
「わ、私エクリプスとレース走るの止めようかな……?」
楽しそうなエクリプスとは対称的に、他のウマ娘は恐怖を感じていた。底の見えない強さ、自分達とは桁外れの才能。そして……嫌でも実感する、途方もない実力差。
この頃エクリプスにはある噂が流れていた。その噂とは、エクリプスは三女神様に特別愛された、祝福されたウマ娘ではないか?というものである。
エクリプスにはどうやら自分だけが見える景色があるらしく、その景色に入るとすさまじい力を発揮するのだと本人が友人達に言っていた。そして、エクリプスと同じレースに出走した、ないしは練習で併走した子達は皆、いつもよりも良い調子で走れるのだ。普段以上の強さを発揮できる……だからこそ、エクリプスには併走の依頼が舞い込んでいたのである。
だが、普段以上の強さを発揮したところで……エクリプスの足元にすら及ばない。それほどまでに、エクリプスは強かった。
度の過ぎた強さは尊敬から恐れへと変わる。他のウマ娘はエクリプスを恐怖の入り混じった瞳で見つめている。
「さぁさぁ!次はどいつが俺を楽しませてくれるんだ!?」
だがエクリプスは……自分が恐れられているとは微塵も思っていなかった。
「単走?」
「あぁ。他の出走者が軒並み回避してな。お前1人しかいなくなった」
迎えたエクリプスの公式レース4戦目。それは他に出走者の居ない単走となった。
「マジかよ……」
「まー、これまでの勝ちっぷりが評価されてんだろ。良かったな、エクリプス」
「あー……うん。そうだな」
ジョンは嬉しそうにしているが、エクリプスは内心ガッカリしていた。せっかくまた他のウマ娘と競い合えると思っていたのに、全員回避して自分1人だけ走ることになるとは思ってもいなかった。
(全員体調でも崩したのか?……それなら仕方ねぇけどよ)
結局その日のレースはエクリプスは1人で走った。誰もいない、芝4マイルを1人だけで駆け抜ける。観客はエクリプスの走りを見れるだけでも嬉しかったのか大盛り上がりだ。
「すっげぇ!本当にあんな走りができるなんてよ!」
「さすがは三女神様に愛されたウマ娘だわ!格が違うって感じ!」
「もっともっと見せてくれ!エクリプス!」
だが、それとは対称的にエクリプスの心は踊らなかった。
(あ~……1人で走っても全然楽しくねぇ。やっぱ誰かと競い合わねぇとよ)
しょうがないのでさっさと終わらせるために
……現実は、そう上手くはいかなかった。
「ハァッ!?また単走かよ!?」
「あぁ。他の出走者はみんな出走を取り消しちまった」
次のレースも単走だった。その次のレースではようやく出走するウマ娘がいてくれたものの……。
「お疲れ!良いレースだったな!」
エクリプスは少しでも自分と走ってくれるウマ娘が現れるようにと、愛想よく対応する。だが、出走してくれたウマ娘は。
「……ッ!」
目尻に涙を浮かべてどこかへと行ってしまった。エクリプスの手を握るものは誰もいない。
この時期からだろう。他のウマ娘はエクリプスを避けるようになってきた。あれだけ舞い込んでいた併走の依頼もめっきりなくなり、誰も彼もがエクリプスを避けるようになった。
「……なぁ」
「ご、ごめんなさい!」
「……おい」
「す、すいませんすいません!」
「まだ、なんも言ってねぇだろうがよ……」
いくらエクリプスとて、これで気づかないほど間抜けじゃない。
(明らかに、避けられてる……)
そう思っていた。そんな中でも、昔からの友人達が変わらず接してくれた。
「エクリプス!勝負よ!」
「……」
「エクリプス?聞こえてないのかしら?勝負しなさいって言ってるのよ!」
「……ガーネットか」
ガーネットは変わらずエクリプスに挑み続けている。もっとも、エクリプスの全勝だが。そのことを思い出して笑みを浮かべつつもガーネットの提案を受ける。
「今日もコテンパンにしてやるよガーネット」
「ふん!今日こそは勝つんだから!」
ガーネットも強いウマ娘だ。ヒートレースにも何回か勝っているし、圧勝したことだってある。だが……エクリプスは、まさに格が違った。
そうして始まった併走。結果は……エクリプスの圧勝である。
「俺の勝ちだな、ガーネット」
「……」
いつもだったら噛みついてくるガーネットが、嫌に静かだった。そのことを訝しんだエクリプスは再度声をかける。
「どうした?ガーネット」
「……何でもないわ!次は!次……は」
「本当にどうしたんだよ?」
「次は、勝つ……」
ガーネットはそのまま去っていった。
「え、エクリプスちゃん強すぎるよ……」
「勝てる子、本当にいるのかな?」
「なんて言えばいいんだろう……わたし、ちょっと怖いよ」
昔からの友人達も、エクリプスを恐れ始めた。だが、エクリプス本人にそれを気取られてしまったらエクリプスが傷ついてしまう。だからこそ、表面上は普通に接するようにしていた。
「エクリプスちゃん!ご飯一緒に食べよう!」
「おう!いっぱい食って、もっともっと強くならねぇとな!」
「……それ以上強くなってどうするのよ」
「ん?なんか言ったか?ガーネット」
「何でもないわ。早いとこ食べましょ」
普通に、普段通りに過ごすように努めた。エクリプスを傷つけないために。
7走目となったヒートレース。このレースも……エクリプスの単走となった。芝4マイルをただ1人、エクリプスが駆け抜ける。周りで歓声が湧き上がる中、エクリプスの心は……空虚だった。
(1人で走って、何が楽しいんだよ……。なんで、誰も俺と走ってくれねぇんだよ……)
このことをトレーナーであるジョンにも相談したことがある。
「なぁ、ジョン。最近単走ばかりだな。相手がいたと思えば、1人だけだ」
「ん?あぁ、そうだな」
「……ぶっちゃけるとさ、あんま楽しくねぇなって。どうすりゃいいのかな?」
そんなエクリプスが絞り出した言葉を。ジョンは……苦笑いで答えた。
「おいおい。何言ってんだエクリプス?勝って楽しくないはずがねぇだろ?」
「……は?」
「単走ってのは走破するだけで勝ちだ。他のウマ娘が出走を取り消したってことは、それだけお前の強さを恐れてるってことだ!むしろ喜ばしいことだろ!」
ジョンの言葉に偽りは感じられない。つまりは、本心で言っていることになる。
「やっぱりお前はスペシャルなウマ娘だ!最高だエクリプス!これからも勝ち続けようぜ!そして……お前が伝説になる日も近い!俺は伝説が生まれる瞬間を一番近くで見届けるんだ!」
「……あぁ。そうだな」
嬉しそうにしているジョンの手前、何も言うことができず……エクリプスは、ただそう呟くしかなかった。
ここからジョンとエクリプスの心はすれ違い始めていた。競い合うことを楽しむエクリプスの心を、この時のジョンは理解することができなかった。勝っているから嬉しいだろう、ファンから歓声を浴びているから喜んでいるだろう。そう考えていたジョンにはエクリプスの本心に気づけなかった。
エクリプスは徐々に歪み始める。今は……なんとか、ガーネットを始めとした友人達のおかげで保っているようなものだった。いつまでも自分を越えるためにと挑んでくるガーネットの存在は、競い合うことを楽しむエクリプスにとって何よりも嬉しかった。自分と競ってくれる相手がいる……それだけで、エクリプスの心は救われていた。
だが、エクリプスの心にはエクリプス本人にも気づかないほどにひびが入り始めていた。小さな小さなひびが──。
生まれる綻び。