そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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全てが終わり、全てが始まった日。


亡霊が生まれた日

 ──エクリプスを取り巻く環境は日に日に変わっていった。無論、悪い方向に。

 

 

「……みて、エクリプスさんよ」

 

 

「すっごい威圧感……オーラが違うよね……」

 

 

 言葉だけなら尊敬する人物に対する言葉にも思えるだろう。だが彼女達の瞳に見えるのは……怯え。畏怖の籠った瞳でエクリプスを見ていた。

 

 

「……ッチ」

 

 

 エクリプスは気にしないように歩き出す。しかし、不機嫌さが態度に出ていたのだろう。周りのウマ娘もそれを感じ取って委縮する。

 

 

「ヒッ!?や、やっぱり怖いね……」

 

 

「普段でこれなんだから、レースなんてしたらひとたまりもないよ……」

 

 

「確か、スクール辞めちゃった子もいるんでしょ?まぁあの圧倒的な実力を見せられたらそれも仕方ないというか……」

 

 

 所詮はただの噂。気にするだけ無駄なこと。そう自分に言い聞かせてエクリプスは歩く。すれ違う生徒は皆エクリプスのために道を空けていた。

 ジョンとの関係もあれ以来悪くなる一途だ。エクリプスは自分で勝手に練習をするようになった。

 

 

「エクリプス、また勝手に練習していたな?」

 

 

「……なんか文句あるのかよ?」

 

 

「いや、別にないが……」

 

 

「だったら口に出してんじゃねぇよ。将来有望なトレーナーさんよぉ」

 

 

 エクリプスを見出したトレーナーということで、ジョンの下には沢山のウマ娘が訪れていた。その中から数人のウマ娘をジョンは見ている。もっとも、ジョンが見ているウマ娘は……

 

 

「え、エクリプス先輩!お、おはようございます!」

 

 

「……あぁ。はよ」

 

 

 明らかにエクリプスに対して怯えていた。いつか自分もレースを挑まれるんじゃないか?そうなったら無事では済まないんじゃないか?そう思うとどうしても身体が震えるのである。そんな彼女達に対してエクリプスはなにも言わない。相手にすらしなかった。

 

 

(……別に、いい。元々俺は問題児として敬遠されてたんだ。それが元通りになっただけだろ)

 

 

 だが、少し前のことが忘れられない。自分に対して尊敬の感情を抱いてくれたみんなの顔が、自分が勝つたびに嬉しそうな表情を浮かべていたジョンが、そして何よりも……レースを楽しんでいた自分自身の姿が。エクリプスには忘れられなかった。

 

 

「ジョン。次のヒートレースはいつだ?つーか、マッチレースはいつ組んでくれんだよ?」

 

 

「次は1週間後だな。相手は出走を取り消さない限りは1人だ。マッチレースに関しては……相手がいなくてな。すまない」

 

 

「……そうかい」

 

 

「勝てよエクリプス!お前は伝説になるウマ娘なんだからな!」

 

 

 ジョンのこの言葉にもうんざりしていた。エクリプスは別に伝説のウマ娘になることなんてどうだっていい。ただ競い合えるだけで満足なのだから。もっとも、ジョンはそれを理解してくれない。いや、理解しようとしないというべきだろうか?

 エクリプスにとってレースを走ることは作業になりつつあった。ただ観客を湧かせるために走るだけ。そうしているだけで勝っている。自分に追いつくウマ娘は……1人もいない。それは、エクリプスにとって何事にも耐え難いことだった。

 それでもエクリプスは希望を持ち続けた。きっといつか、自分に追いつくような凄いウマ娘が現れる。世界にはきっと、自分と同じくらいの強さを持ったウマ娘がいるはずだ。そう思うことで、何とか心を保っていた。

 ジョンの下を離れてエクリプスは三女神像のところへと向かう。そして、エクリプスは祈った。

 

 

「なぁ三女神様。本当にあんたらがウマ娘のことを思ってんだったら……俺と同じくらい強いウマ娘と走らせてくれ。もう、1人で走るのはゴメンだ……」

 

 

 言葉は勿論帰ってこない。だが、それでもエクリプスは祈る。思えば、この願いもいつから持ち始めただろうか?最初の単走の時からやっているような気がする。

 祈りを済ませたエクリプスは踵を返そうとする。その道中で……友人達を見かけた。

 

 

「──から、──だって」

 

 

「でも──」

 

 

「じゃあ──の?わたしは──」

 

 

 何やら揉めているようだ。エクリプスは聞き耳を立てて……後悔した。

 

 

「ぼく、エクリプスちゃんが怖いよ……」

 

 

「うん……小さい頃から知ってるけどさ、今のエクリプスは……恐怖の方が大きいかな?」

 

 

「ただ走ってるだけなのは分かるけどさ、その走りが問題というか……」

 

 

(……え?)

 

 

 話題に上がっていたのは自分のこと。それは……自身に対して恐怖を抱いているというものだった。

 

 

(な、なんで!?俺は、俺は何もしてねぇぞ!?)

 

 

 エクリプスは恐怖に思われるようなことをした覚えはない。いや、確かに小さい頃からワガママを言っていたような気はするが、それも笑って許してくれたような連中だ。きっと聞き間違いだ。そう思い、エクリプスはさらに聞き耳を立てる。

 

 

「ガーネットも、最近凄く追い詰められてるよね?」

 

 

「……そうだね。なんとしてでもエクリプスに勝とうとしてるみたい。けど、さ」

 

 

「勝てる未来が見えないよね。正直さ」

 

 

「……うん。エクリプスちゃん、強すぎるし」

 

 

「わたしたちとは次元が違うよ……」

 

 

 友人達ならきっと向かってきてくれる。自分と、ずっと一緒に走ってくれる。そう思っていたのに……エクリプスは今の言葉が信じられなかった。

 

 

(なんだよ……普段通り接してたくせに、陰では俺のことを恐れてたってのかよ!)

 

 

 信じたくなかった。だが……おそらく、友人達の言っていることは本当なのだろう。自分を恐れている……古くからの友人であっても、自分は恐れられるウマ娘なのだと。そう認識した。

 エクリプスはその場からすぐに逃げ出す。後ろから何か聞こえたような気がするが、エクリプスは脇目も振らずに逃げ出した。

 

 

「ま、待ってエクリプスちゃん!違うの!」

 

 

「待ってよエクリプス!」

 

 

 エクリプスが立ち止まることはなかった。

 そして迎えたヒートレース。出走取消されることなくエクリプスともう1人のヒートレースが始まる。だが……ここもエクリプスの圧勝だった。

 

 

「お~!またエクリプスの圧勝だ!」

 

 

「やっぱ格がちげぇんだよ!」

 

 

「対戦相手の子もかわいそ~」

 

 

 観客の心ない言葉に出走したウマ娘は涙を流しながら去っていった。エクリプスは……それを無言で見るだけだった。

 

 

(アイツも……もう一緒に走ってくれねぇんだろうな)

 

 

 それが、エクリプスには何よりも辛かった。

 ジョンが労いの言葉をかけてくる。彼の笑顔が……心底苛立たしかった。

 

 

(何がお前は伝説のウマ娘だよ……!走ってくれる奴もいなくなるんだったら、そんな称号欲しくねぇんだよ!)

 

 

 エクリプスにとって勝利は二の次。誰かと競い合うことこそがエクリプスのやりたいこと、本心だった。だが、ジョンも……周りも。それを誰も理解してくれなかった。

 

 

「まさに孤高の存在だな!次はどんなレースになるのやら」

 

 

「また単走になるんじゃない?ま、気持ちは分からなくもないけど」

 

 

「やっぱモノがちげぇよ。エクリプスは、三女神様に愛されたウマ娘なんだからな」

 

 

 エクリプスは無言で立ち去った。

 スクールではエクリプスに対する陰口も増えていた。

 

 

「またレースで相手を泣かしたみたいよ」

 

 

「ホント、強すぎるわね……モンスターよモンスター」

 

 

「三女神様に愛されたウマ娘は良いわね。何の苦労も知らなさそう」

 

 

「勝つのが当たり前って感じ」

 

 

「ねぇ、アンタ併走してみたら?」

 

 

「い、嫌よ!私はまた走っていたいもの!」

 

 

 エクリプスに浴びせられる恐怖の感情がこもった言葉。それはエクリプスの心を蝕み続けた。

 

 

(なんで……なんで三女神様は俺にこんな才能(モン)与えたんだよ……ッ!)

 

 

 三女神に対する嫌な感情が湧き上がる。だが、それを必死に抑えた。三女神様は悪くない。きっと、きっと自分と同じくらい強いウマ娘が現れる。きっと現れるはず。そう思うしかなかった。

 友人達の心も離れていった。トレーナーも自分のことを理解しようとしない。唯一理解してくれるのは両親と……もう1人。

 

 

「……エクリプス」

 

 

「ガーネット……」

 

 

「勝負よ。良いわね?」

 

 

「……良いぜ。また俺が勝ってやるよ」

 

 

「……」

 

 

 いまだに自分に向かってきてくれる、ガーネットだけが心の支えとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして始まったエクリプスとガーネットの併走。周りには誰もいない。2人だけのレースとなっていた。

 肝心のレースは……いつもと何も変わらない。

 

 

(なんで……!なんでよッ!私だって頑張ってるのに、寝る間も惜しんで頑張っているのに!どうして、どうして……)

 

 

「勝てないのよ……ッ!」

 

 

 エクリプスが圧倒的な差をつけてガーネットの前を走っている。ガーネットは……追いつくことすら叶わない。

 結局、いつもと変わらない結果だった。エクリプスの圧勝。肩で息をしているガーネットの前に、エクリプスは余裕綽々と言った様子で立つ。

 

 

「う~ん……」

 

 

「……何よ、エクリプス。また挑発でもするつもり?」

 

 

 いつものように負け犬ガーネットと呼ぶのだろう。そう身構えていたガーネットに告げられたのは……

 

 

「なぁガーネット。もしかして今日調子悪いのか?」

 

 

「……は?」

 

 

 ガーネットの心を折るには、十分すぎる一言だった。

 

 

「いやさ、全然勢いがなかったし。もしかして調子悪いのかなーって思って」

 

 

 ガーネットには、目の前にいる少女の言葉が信じられなかった。自分の今までの全てを……否定されたような気持ちになる。

 エクリプスに悪気はないのだろう。ただいつもより手ごたえがなかったから調子が悪いと思っただけ。それだけだ。だが……その無邪気な言葉が、ガーネットの心を叩き折ってしまった。

 

 

「……正真正銘、あたしの実力よ」

 

 

「は?何言ってんだよ。んな訳ねぇだろ。お前強いんだし」

 

 

 その言葉で、ガーネットはついにキレた。

 

 

「……アンタに」

 

 

「ん?どうしたんだよガー……」

 

 

「アンタにあたしの何が分かるのよッ!?」

 

 

 今まで押しとどめていた気持ちが溢れる。エクリプスはガーネットの怒りに困惑していた。そして、そんなエクリプスにガーネットは罵声を浴びせる。

 

 

「今まで必死に頑張ってきた!アンタに勝つために、いっぱいいっぱい頑張ってきた!でも、アンタはあたしのずっとずっと先を行ってる!差は永遠に縮まらない!開く一方!」

 

 

「ど、どうしたんだよ?」

 

 

「あたしがどんな思いで……ッ!あんたにあたしの気持ちが分かるわけないでしょッ!?あたしが……どれだけ苦しい思いをしてきたか……ッ!」

 

 

「そ、そんなことねぇって!」

 

 

「分かるはずないわ!対戦相手の心をへし折って、楽しい!?弱いあたし達を笑って、アンタは楽しんでるんでしょ!?」

 

 

「ほ、本当にどうしたんだよガーネット?な、なんでそんなこと……」

 

 

 困惑するエクリプスは、ガーネットに近づこうとする。ガーネットは……

 

 

「近寄らないでよ化物ッ!」

 

 

 エクリプスを、拒絶した。

 そして、その言葉が……今まで何とか保っていたエクリプスの心を崩壊させた。

 

 

(あぁ……俺、は……)

 

 

 幼い頃からの友人は、自分に恐怖した。自分を担当してくれたトレーナーは、自分を理解してくれなかった。そして……いつまでも自分に立ち向かってくれると思っていたライバルは、心の奥底ではとっくに諦めていた。

 結局自分の思い込みだったのだ。挑んでくる相手も、自分を理解してくれる相手も。この世界のどこにも存在しない。ならきっと……自分と同じくらい強いウマ娘も、存在しないのだろう。

 

 

「あ……」

 

 

 ガーネットはやってしまった、という表情を浮かべる。エクリプスは……無理矢理笑顔を作っていた。

 

 

「そ、そうだよな。わ、悪かったよガーネット」

 

 

「ま、待って……ち、違うの……」

 

 

「お前の気持ちも知らないでよ。お前ならきっと、いつまでも俺に立ち向かってくれると思ってたんだけどよ。それは……俺だけだったみたいだな」

 

 

 エクリプスは後ずさる。ガーネットは必死に弁明しようとしていた。

 

 

「ち、違うのエクリプス。これは……」

 

 

「……ッ!」

 

 

「待ってエクリプス!待って……!」

 

 

 ガーネットの言葉に答えず、エクリプスは走り出す……いつの間にか、雨が降っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土砂降りの中、エクリプスは走る、走る。走る──。がむしゃらに走っていた。

 気づけばエクリプスは三女神像に辿り着いた。エクリプスは三女神像を見つめる。無機質な彫像。それに対して、エクリプスは己の気持ちを吐露する。

 

 

「なぁ、三女神様。俺さ、頑張ったんだぜ。小っちゃい頃から国で一番のウマ娘になりたくて、ごっこ遊びでも負けたことは一度もなかった」

 

 

 聞く者はいない。

 

 

「どんなレースでも圧勝してさ。本当に、本当に楽しかったんだ。思わず笑みが零れちまうぐらいには」

 

 

 エクリプスの周りには──誰もいない。

 

 

「トレーナーやみんなが言うにはさ、俺は……アンタらに選ばれた、特別なウマ娘らしいんだ。だからみんなよりずっと速いし、誰も追いつけない。そりゃすげぇよな。なんてったって、アンタらの加護がついてんだからよ」

 

 

 エクリプスは孤独に吐露し続ける。

 

 

「本当に……本当に……」

 

 

 気づけばエクリプスは……涙を流していた。

 

 

「──……なんでッ!俺にこんな才能(モン)を寄越しやがった!?」

 

 

 エクリプスは叫ぶ。三女神像に向かって、己の気持ちを。

 

 

「俺はただみんなと走れればそれでよかった!勝ち負けなんてどうでも良かったんだ!みんなと競い合えれば、走れればそれだけで良かったんだ!」

 

 

 エクリプスにとって勝利の栄光も、勝利によって得られる地位もいらなかった。本当に欲しかったもの。それは……。

 

 

「でも!誰も彼もが俺から離れていってしまう!俺が……速すぎるから!アンタらがくれた才能(モン)のせいで!俺は……どこまでも一人ぼっちだ!」

 

 

 エクリプスの叫びが木霊する。だが、それを聞くものは誰もいない。

 

 

「答えろよ三女神!なんで俺にこんな才能(モン)を寄越しやがった!?答えろよッ!」

 

 

 答えなど返ってくるはずもない。彫像なのだから。だが、それでもエクリプスは叫ばずにはいられなかった。己の嘆きを、悲しみを……三女神に吐き続けるしかなかった。

 

 

「答えろ三女神……」

 

 

 エクリプスの慟哭が──孤独に響き渡る。

 

 

「答えろォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 

 それを聞いた者は……誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三女神像の前に、膝をついて蹲るエクリプス。雨が降っていてもお構いなしだ。それからどれだけの時間が経っただろうか?エクリプスは──思考する。

 

 

(……なんで、俺がこんなに苦しまなきゃならねぇ)

 

 

 自分はただみんなと走りたいだけだ。

 

 

(なんで、俺がこんなことで悩まなきゃならねぇ)

 

 

 ただ競いたいだけ。だけど、周りはみんな離れてしまう。それは自分が速すぎるから。他とは隔絶した強さを持っているから。だが──それは自分のせいなのだろうか?

 

 

「なんだよ……簡単なことじゃねぇか」

 

 

 エクリプスは不気味に笑う。

 

 

「悪いのは……()()じゃねぇ。悪いのは……」

 

 

 誰も聞くものはいない。

 

 

「俺様よりもおせぇ……()()()()()()()()()……ッ!」

 

 

 そうだ。何故自分が悪いのだろうか?真に悪いのは自分と走ってくれない……自分よりも遅い、ウマ娘(アイツら)のせいじゃないか。

 

 

「あぁそうだ……なんで俺様がこんなに苦しまなきゃいけねぇんだよ。悪いのはアイツらだ。だから……俺様こそが正しい。三女神(クソ共)に選ばれた、俺様こそが絶対に正しいんだよ……ッ!」

 

 

 そしてエクリプスは理解する。三女神が自分に何故この力を与えたのか。その理由を。

 

 

「全てのウマ娘を見守り愛する……ねぇ。けど、テメェらは俺様を愛しこそすれ理解しようとはしねぇんだな……三女神(クソ共)

 

 

 もう何も期待しない。もう誰にも期待しない。もう誰も信じない。エクリプスはそう決意する。

 

 

「見ていろ三女神(クソ共)……テメェらが見守り愛するウマ娘(カス)どもを……」

 

 

 エクリプスの慟哭に三女神像は、どことなく悲しそうな表情を浮かべているようだった。

 ──こうして

 

 

「俺様が潰してやる……ッ!テメェらが与えた力で、俺様こそが真のウマ娘としてカス共の頂点に君臨してやる……ッ!」

 

 

 亡霊(エクリプス)は、生ま(こわ)れた。




過去編はもう少し続く。
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