スクールにも新しいウマ娘達がやってきた。それぞれが夢を思い描いて、スクールへと足を運ぶ。そんな新入生に、代表としてエクリプスが言葉を贈ることになった。
これは教官やトレーナー達の間で決まったことである。エクリプスはそれを承諾した。
「しっかりやれよ?エクリプス」
「誰に向かって口を利いてやがる。潰すぞ」
「え?あ、お、おい!」
ジョンの言葉に乱暴に返しながらエクリプスは新入生達の前に立つ。新入生の目が光り輝いていた。
「見て!エクリプス様だよ!」
「本当だ!伝説のウマ娘!」
「ウチ、エクリプス様みたいになるんだ!」
この中にはスクールに所属しているウマ娘も勿論いる。彼女達はそんな新入生を呆れながらも微笑ましい目で見ていた。
そしてエクリプスが……言葉を発する。
「いいか、覚えておけカス共」
「「「……え?」」」
呆気にとられているみんなの前で、エクリプスは高らかに宣言する。
「この世界には2種類のウマ娘がいる。俺様と……それ以外の、テメェらカス共だ」
傲慢に、全てのウマ娘を見下すように。エクリプスは言い放つ。
「テメェらがどんな夢を持ってスクールに入学してきたかは知らん。だが、俺様という存在がいるだけで……テメェらカス共は2番手争いを強いられていることを忘れるな。覚えておけ。テメェらカス共は……どれだけ努力しても俺様には勝てねぇってことをな」
それだけ言い放ってエクリプスは踵を返して去っていった。無論、ジョンや他の教官達は止めに入る。だが、そんな制止の声に聞く耳を持たず、エクリプスはその場から居なくなった。
「な、なによアイツ……!」
「調子乗り過ぎでしょ!」
「いくら強いからって……あんなの許されていいわけ!?」
元から所属していたウマ娘達は怒り心頭だった。エクリプスの全てを見下しているかのような発言に、憤っている。だが……そんな中で、エクリプスを心配そうに見つめていたウマ娘達がまばらにいた。エクリプスの……古くからの友人だった者達だ。
「……み、見た?エクリプスちゃんの目」
「う、うん……。わたし達を、見下すような目をしてた」
「あんな目をする子じゃなかったのに……」
「でも……多分、ぼく達のせい、だよね……」
彼女達は揃って顔を俯かせる。エクリプスは変わってしまった。そしてその変わってしまった原因は……自分達にある。そう、思っていた。彼女達の胸にあるのは後悔の感情。だが……今更後悔したところで、もうどうしようもない。
これ以降エクリプスは傲慢な物言いが目立つようになった。他のウマ娘を明らかに見下し、敵を作るような発言を繰り返す。それを咎めれば、彼女は決まってこういうのだ。
「だったら俺様に勝ってみせろカス共。挑んでみせろよ……オイ!」
そう言うと、他のウマ娘は何も言うことができずに佇むしかなかった。その態度を見てエクリプスは……面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「くだらねぇカス共が。挑む勇気もねぇくせに俺様に意見してんじゃねぇよ。身の程を弁えろ……下民が」
エクリプスは変わった。他のウマ娘を……見下すようになってしまった。
「喜べエクリプス!お前とマッチレースをしてくれる相手が現れたぞ!」
入学の一件から少し経ち。ジョンはエクリプスに向かって嬉しそうに報告した。それに対してエクリプスは。
「ほう?そんな命知らずのカスがいるとはな。で?相手は誰だ?」
「あ、あぁ。相手は北部を中心に活動している相手でな。お前のスピーチを聞きつけて、余程気に入らなかったらしい。それでマッチレースを申し込んできた。これが中々のやり手でな。この国でも最強格の1人だ。いくらお前でも……」
「クハハハハ!この国最強格だと!?笑わせんじゃねぇよ!」
エクリプスは大きく笑う。そして、全てを見下すようにジョンに言い放った。
「最強は俺様だ。それ以外はカス。なんも変わらねぇ……俺様がいるというその時点で、そのウマ娘は他のカス共と何ら変わらねぇ」
「エクリプス。お前……」
「俺様にとってレースは作業だ。ただ走って、勝利するだけ。それだけで俺様は勝てるんだよ」
「……変わっちまったな。エクリプス」
「あ゛ぁ゛?」
いくらジョンとて、これで気づかない程バカじゃなかった。エクリプスの傲慢な態度に、顔をしかめている。
「そんな考えでいると、足元掬われるぞ?いくらお前が伝説のウマ娘になると言っても、そんな態度じゃ……」
「誰に向かって口を利いてやがるゴミが」
「な!?」
ジョンは呆気にとられ……そして、背筋が凍りつく。エクリプスの金色の双眸がジョンを捉えていた。エクリプスが自分を見る目は……冷めきっていた。失望や諦観、そして何よりジョンを見下しているようにエクリプスはジョンに視線を向ける。
「テメェは黙ってレースを見てればいいんだよ役立たず。俺様が負けるだと?……笑わせんな」
エクリプスは踵を返す。ジョンは止めようとするが、あの視線がチラついて脚がすくんだ。
「俺様が負けることなんざあり得ねぇんだよ……あんなカス共相手にな」
エクリプスは去る。
「エクリプス……どうしちまったんだ?あんな目をするような奴じゃなかっただろ……」
ジョンは、そう呟くしかなかった。周りの子達もエクリプスの態度に怯え切っている。そんな子達を必死に宥めながらジョンはトレーナーとしての仕事に従事した。
そして迎えたマッチレースの日。エクリプスと対戦相手が向かい合う。
「随分調子のいいこと言ったみたいね、あなた!」
開口一番、エクリプスにそう言い放った対戦相手に、エクリプスは鼻で笑う。
「調子のいいことだと?事実を言って何が悪い?俺様以外のウマ娘はカスであり……生まれてきたその時点で2番手争いを強いられている。何も間違っちゃいねぇだろ」
「そう。だったら……その鼻っ柱!アタシがへし折ってあげる!アンタには負けないんだから!」
「……ハッ。精々頑張れよカス。ちょっとは俺様を楽しませろ」
2人はスタート位置につく。そして、審判の合図で2人とも駆け出した。相変わらずエクリプスが前を走り、対戦相手はその後ろを走る。
エクリプスの傲慢な物言いは有名になっていた。故に、一部のファンはあまりの態度に顔をしかめていたのである。そのため、エクリプスに対する声は決して良いものではなかった。
「いけー!負けんじゃねーぞー!」
「あんな物言いをするヤツ、負かしちまえー!」
「期待してるぞー!エクリプス越えー!」
いくらエクリプスが強いと言っても、それはあくまで今までの相手だけの話。この国でも最強格である対戦相手ならば、きっとエクリプスも苦戦するだろう……観客は、そう思っていた。
マッチレースは芝4マイル。加えて1対1という点から力と力のぶつかり合いになる。地力の差が顕著に出るレース……それがマッチレースだった。
結論から言うと、対戦相手がエクリプスを抜くことは一度もなかった。ついていくだけでも精一杯であり、エクリプスの影すら踏むことを許されなかった。
そして、もうすぐでゴールを迎えるという地点に来る。エクリプスは……醜悪に笑った。
「蹂躙してやるよカス共……この力でなぁ!」
エクリプスは
荒野の光景から一向に変わらない。それどころか、背後からは黒い何かが……闇が迫ってくるようになった。その闇はエクリプスに追いつくことはできない……
(な、何よコレ!?あ、アタシはレースを走ってたはずでしょ!?)
その景色は、今まではエクリプスだけにしか見えていなかった。だが……その景色を、対戦相手も見ることになったのである。エクリプスが見ている、景色を。
景色が変わったことに、ウマ娘は辺りを見渡していた。そして自分の頭上にある太陽が……どんどん、黒く染まっていくのを見る。そして黒く染まっていくのと同時に
「な、なに!?あ、アタシの力が……どんどん抜けていくっ!?」
自分の中の何かが、抜けていくような感覚に陥った。
「や、止めて……ッ!こ、こないでよ!」
ウマ娘は狂乱状態に陥る。あまりの強さに、あまりの実力差に……ウマ娘は……恐怖していた。そして最後にはエクリプスの
「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
恐怖によって支配された。
そしてレースが終わる。観客は……呆気にとられていた。エクリプスのあまりの強さに。
「嘘だろ……!」
「じ、実力が違い過ぎる……!こ、これが……エクリプスッ!」
「た、対戦相手の子、大丈夫かしら?」
結果だけ見ればエクリプスの圧勝。対戦相手は……力なく項垂れていた。
彼女とて強いウマ娘だ。北部で名をはせた、最強格の1人。それをエクリプスは……大差勝ちしたのである。エクリプスは項垂れている対戦相手のところへと足を運び……その頭を掴んで、無理矢理顔を上げさせた。
「ヒッ!?」
「……良い顔してんなぁ、おい」
ウマ娘は恐怖の入り混じった表情でエクリプスを見ている。彼女の頭の中にあるのは、目の前にいるウマ娘が本当に自分と同じウマ娘なのか……そう考えていた。
「俺様に勝つとか言ってたなぁ?だが、結果はテメェの大差負け」
「あ……う……」
「身の程を弁えろカス。よくそんな実力で俺様に勝つだなんてほざけたな」
「……ッ!」
ウマ娘は、あまりの恐怖に身体が震えていた。エクリプスという、自分とは次元が違うウマ娘に……恐怖するしかなかった。
エクリプスは恐怖を顔に貼り付けているウマ娘に興味を失い、彼女の頭を掴んでいた手を乱暴に放してその場を立ち去る。そんな光景の一部始終を見ていたガーネットは……自責の念に駆られていた。
「あ、あたしのせいだ……!」
親友は変わってしまった。今までは強さはあっても他のウマ娘を見下すようなことなんてなかったし、何よりも……他のウマ娘を潰すかのような発言はしなかった。なのに、彼女はわざわざ対戦相手のところまで足を運んで悪意を振りまいていたのである。
「あたしが……あたしが……!」
思い出すのはエクリプスと対峙した時のこと。彼女に向かって化物と言い放ち、悪意をぶつけたことを思い出す。そのことをガーネットは……酷く、後悔していた。
「あたしが全部……悪いんだ……!あたしが優しいあの子を……変えてしまった……!」
親友が変わってしまった原因は自分にある。そう考えたガーネットは自らを責め続けた。だが、いくら嘆いたところで……吐いた言葉は飲み込めないし、進んでしまった時も戻らない。そのことをガーネットは……強く理解していた。
帰り道。エクリプスはジョンに呼び止められる。
「おい、おい!エクリプス!」
「……」
エクリプスは立ち止まる。一応話だけは聞いてやろう、そう思い足を止めた。
ジョンは困惑しつつも咎めるような目でエクリプスを見ていた。それをエクリプスは……面白くなさそうに見る。
「エクリプス!いくら何でもやりすぎだ!」
ジョンは先程の一部始終を見ていた。エクリプスがわざわざ負けた相手のところまで足を運び、暴言の言葉を吐いたこと。それをジョンは咎めようとしていた。
だがエクリプスは、そんなジョンの言葉に苛立たしさを覚えた。
「……あ゛ぁ゛?うるせぇよゴミが」
今更何を言っているのか?勝ったからいいではないか。お前が望んだように勝ってやったんだから、別にどうしようが自分の勝手だ。エクリプスはそう思っていたのである。ジョンは目を見開いてエクリプスを見る。
「なっ!?お、お前自分のトレーナーに向かって……!」
その言葉が、さらにエクリプスを苛立たせた。
(どの口でほざいてやがんだよ……ゴミが!)
「トレーナーだと?笑わせんな。レースに出るにはトレーナーが最低条件だから組んでやってるだけだ。俺様のことを理解できねぇくせに……トレーナーぶってんじゃねぇよゴミ」
それだけ告げてエクリプスは去ろうとする。だが、ジョンはそれでもなおエクリプスを咎めた。
「エクリプス!いくら何でも今回のはやりすぎだ!わざわざ負けた相手のところまで行って暴言を吐くなんて……お前らしくないぞ!?」
「……ハァ」
「なぁエクリプス!お前になにがあったんだよ!ここんところずっとおかしいぞ!?明らかに他のウマ娘を見下すようになったし、そんなのお前らしくな……ガッ!?」
もううんざりだった。エクリプスは……ジョンの首を掴んで締め上げる。なんとか呼吸はできるものの、それでも苦しいことには変わりはない。
だが、ジョンが苦しんでいるのもお構いなしにエクリプスは憤怒の表情でジョンを睨みつける。
「……俺様らしくねぇだと?笑わせんじゃねぇぞ……ゴミが!」
「え、エク、リ……プス……ッ」
「テメェ、今更俺様のトレーナー面してんじゃねぇぞ!俺様のことをこれっぽちも理解出来てねぇくせに、今更トレーナー面か!?あ゛ぁ゛!?」
エクリプスは感情のままにジョンを責め立てる。
「大体よぉ、テメェが今の地位にいられるのは誰のおかげだと思っていやがる!?テメェが他のカス共にチヤホヤされて、ゴミ共に持て囃されているのは誰のおかげだ!?」
「う……ぐっ……うぅっ!?」
ジョンは苦しそうに呻く。だが、それでもエクリプスは止まらない。
「俺様が勝ってきたからだろうが!俺様が全てのレースで圧勝してきたおかげで、テメェは今の地位にいられんだよ!名トレーナーだぁ?天才だぁ?自惚れてんじゃねぇぞゴミが!」
エクリプスはジョンを掴んでいた手を乱暴に放す。地面に叩きつけられ、ジョンはせき込んでいた。
「ゴホッ!ゴホッ!カ、ハッ……!」
苦しそうにせき込むジョンを見下し、冷めた目で見ながらエクリプスは言い放つ。
「忘れんじゃねぇぞゴミ。テメェはただ俺様と組んだからそのおこぼれを貰っただけだ。テメェの力なんざ何も関与してねぇ。テメェは……他のゴミ共と何も変わらんゴミということを忘れるな。ただ俺様のレースのためだけに動いてろ」
それだけ告げてエクリプスは今度こそ立ち去った。ジョンは……呆然と佇む。
「エクリプス……お前に、何が……ッ!?」
そう呟いて、ジョンは己のやってきたことを思い出す。エクリプスに対して、自分が何をやってきたか。
お前は伝説になるウマ娘だ、そう言ってエクリプスを持ち上げ続けてきた。勝てばきっとエクリプスも嬉しいだろう、勝利したからエクリプスは喜んでいるだろう。ずっと……そう思っていた。
「思えば……ここ数戦のアイツは、楽しそうに走っていたか……?」
……それはなかった。まるで作業のように勝つ日々。そんな表情をしていたはずだ。だが……そんなエクリプスを見て、自分は何をやってきた?
「何をやってたんだよ……俺は……」
それに、エクリプスは警鐘を鳴らしていた。
『……ぶっちゃけるとさ、あんま楽しくねぇなって。どうすりゃいいのかな?』
そんな彼女に向かって、自分はなんて言った?
『おいおい。何言ってんだエクリプス?勝って楽しくないはずがねぇだろ?』
「は、はは……ははは……ッ!」
乾いた笑いしかできない。ジョンは……己の所業を全て理解した。
単純なことだった。エクリプスが……彼女が変わってしまったのは……。
「全部、俺のせいじゃないか……!」
彼女のことを少しでも理解しようとすれば、もっと彼女に親身になっていれば。そうすれば、彼女は今のようにはならなかった。ジョンはそう理解する。
そうだ。全部彼女の言う通りだ。自分には何の力もない。ただエクリプスというウマ娘のおこぼれを貰っていただけの、凡人トレーナー。そのことをジョンは……強く、深く理解した。
「何が、何が名トレーナーだよ……ウマ娘一人の気持ちも分からないで、そんなこと……」
ジョンは力なく項垂れる。そして……決意する。
「……俺にできるのは、アイツのレースを選定してやることだけだ。せめて、これ以上アイツを失望させないように、頑張ろう」
ジョンは歩き出す。その足取りは……重かった。
エクリプスは変わってしまった。他のウマ娘を潰すことを至上とし、明らかに自分以外を見下すようになってしまった。エクリプスは突き進む。自分こそがウマ娘の頂点であることを証明するために……。
押し寄せる後悔。だが、過ぎた時間は戻らず。