そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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過去編の終わり


亡霊の孤独

 エクリプスに対する恐れは肥大していった。

 

 

「ヒ、え、エクリプスよ……」

 

 

「マッチレースの子、引き籠っちゃったんだって……」

 

 

「こ、こわ~……」

 

 

「そりゃ、あんな負けしちゃったらねぇ……」

 

 

「エクリプスに心ってもんはないのかしら?」

 

 

 そんな声を聴いてエクリプスは……笑うだけだった。

 

 

「知るか。テメェらカス共が弱いのが悪いんだろ。よえぇ癖に挑んでくるからそうなるんだよ」

 

 

 他のウマ娘を敵に回すような発言。憤るのが当然だろう。だが、エクリプスに意見をする者はいない。意見をすれば、決まってエクリプスは自分に挑んで訂正させればいい、と言う。

 エクリプスの実力は圧倒的だ。勝てる者は誰もいない。むしろ走れば……自分達も引き籠ることになる。そう考えたら、エクリプスに意見しようなどという者が現れないのは必然だった。

 

 

「……エクリプス。次のレースはヒートレースだ。対戦相手は、3人」

 

 

「ほう?俺様に逃げずに挑んでくるカスが3人もいたか。だったら……潰してやるよ」

 

 

 ジョンの表情が歪む。本来であれば、止めて欲しいことだった。他のウマ娘にだって未来がある。それに何より……エクリプス自身も辛そうにしている。だからこそ、本当なら止めて欲しいというところだった。

 だが、それを言う権利はもう自分にはない。エクリプスをこうさせてしまったのは……他ならないジョン自身なのだから。だから彼はもう、エクリプスをこれ以上刺激しないようにトレーナーの仕事をするだけだった。

 そして迎えたエクリプスのヒートレース。この日出走したウマ娘はエクリプスを含めて4人。第1ヒートの結果は……やはりエクリプスの圧勝。

 

 

「ギャハハハハハ!逃げずに俺様に挑んできたことだけは褒めてやるよ!」

 

 

 対戦相手は恐怖する。エクリプスという圧倒的なまでの力を持ったウマ娘に。自分達とは明らかに違うステージに立っている……エクリプスというウマ娘に。彼女達は身体を震わせるしかなかった。

 そして迎えた第2ヒート。レースを見ていた観客達は……唖然とすることになる。

 

 

「う、嘘だろ!?」

 

 

「デビュー戦ならともかく……全員それなりの実力者だぞ!?」

 

 

「や、やっばぁ……1人だけ実力違い過ぎでしょ……」

 

 

 エクリプスはこの第2ヒートで、他のウマ娘を見えなくなるまで突き放して圧勝した。

 

 

「テメェらカス共が俺様に勝てるわけねぇだろ。自分の立場を理解しやがれ、下民」

 

 

 エクリプスの傲慢な言葉に、反応する者はいない。まさに……彼女にのみ許された、傲慢な態度である。

 エクリプスはもう止まらない。対戦相手は絶望させて潰す。それが今のエクリプスの……走る理由だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エクリプスは久しぶりに己の両親と会った。

 

 

「……エクリプス」

 

 

「んだよババア。どうかしたのか?」

 

 

 エクリプスの母親はエクリプスの様子がおかしいことに即座に気づいていた。だからこそ、母親はエクリプスに問いかける。

 

 

「あんた、今走るのが楽しいかい?」

 

 

「……どういう意味だ?」

 

 

 エクリプスは母親に向かって訝し気な視線を送る。それを受けても尚、母親の言いたいことは変わらなかった。

 

 

「昔っからあんたは他の子と走るのが好きだったろう?けど、今は全然他の子と走ることがなくなったじゃないか。だから、楽しくないんじゃないかって思ってね」

 

 

 エクリプスはあの後もヒートレースを勝ち続けていた。もっとも……対戦相手が逃げ出したために単走での勝利になったが。

 エクリプスの現時点での成績は17戦17勝。その内単走は……実に7回である。

 エクリプスの母親はエクリプスが変わってしまったのを早い段階で察していた。だが、スクールには基本的に干渉できないことから何もすることができなかった。だから彼女はエクリプスを見守るしかできなかった。

 母親の言葉にエクリプスは嗤う。

 

 

「最高に決まってんだろ?他のカス共を潰すために走る……それが俺様の生き甲斐だ」

 

 

「……そうかい」

 

 

「むしろ、今までがおかしかったんだよ。何が一緒に走るのが楽しいだ、くだらねぇ……そんな相手もいねぇってのによ」

 

 

「……今度の対戦相手、強いんだろう?あんたと同じ無敗のウマ娘だ。ちょっとは楽しんでくるんだよ。お母さんも、見に行くからね」

 

 

 母親は柔和な笑みを浮かべる。我が子を慈しみ、心配する微笑み。それにエクリプスは……気まずそうに目を逸らした。

 

 

「……もうおせぇんだよ。何もかも」

 

 

 エクリプスはそれだけ呟いて去っていった。残されたのは母親と……黙って見守っていた父親だけ。

 

 

「……変わっちまったね、エクリプスのヤツ」

 

 

「アイツが選んだ道だ。俺らには止める権利はねぇよ。何より、エクリプスはもう止まらねぇ。なら俺らがエクリプスにやってやれるのは……アイツが帰ってこれるような居場所であることだけだ」

 

 

「たまにはまともなこと言うじゃないかこの穀粒しめ」

 

 

「ケッ、うるせぇよババア」

 

 

 エクリプスの両親は、エクリプスの行く末を心配するだけだった。

 そして迎えたマッチレースの日。だが、対戦相手となるウマ娘は……一向に現れなかった。エクリプスの単走となる。

 対戦相手が来なかった理由は単純だ。脚の故障……走れる状態ではなかった。出走を回避し、そのまま引退する予定らしい。

 それを受けてエクリプスが抱いたのは……怪我をしたウマ娘に対する失望だった。

 

 

(あぁそうかい。俺様に匹敵するカスがいると思ったのに……結局テメェらは戦わせてすらくれねぇってことかよ……三女神(クソ共)!)

 

 

 怪我をしたんだったら後日に回せばいい。だが、それすらしないということは……元から戦う気すらなかったということだ。エクリプスはそう考える。

 今回のレースもエクリプスの単走となる。エクリプスは走り終わり、勝利で終わる。レース後エクリプスは高らかに嗤った。

 

 

「……クハハハハハ!あぁざまぁねぇな!」

 

 

 エクリプスは嗤う。勝利したことを喜ぶように。

 

 

「俺様と同じ土俵に立てるカスがいると思ったのに、結局はこれだ!これでテメェらもいい加減分かっただろ!俺様に勝てるカスは……いねぇってことによ!何が怪我だくだらねぇ!元から戦う気すらなかったんだろうが!」

 

 

「エクリプス……」

 

 

 観客は恐怖する。エクリプスというウマ娘の強さに。

 

 

「こわ……やっぱヤバいね、エクリプスは」

 

 

「本当に、なんで三女神様はあんなのを選んだんだろ?」

 

 

「近寄らない方が良いよ……私達も潰されちゃうよ」

 

 

 エクリプスは孤独の道を進む。

 

 

「ハーッハッハッハッハ!アーッハッハッハッハ!テメェらの頭に刻みつけろ!最強のウマ娘……テメェらカス共の頂点に君臨するウマ娘の名前を!エクリプスの名前を!恐怖とともに刻みつけろ!」

 

 

 エクリプスは高らかに嗤う。その様子を見てエクリプスの母親は……他の観客とは違って憐憫の眼差しで見ていた。

 

 

(エクリプス……あんた、今走るのが楽しいって言ってたね。だったら、だったらどうして……)

 

 

「あんた……なんて悲しそうに笑うんだい……」

 

 

 母親の目には、エクリプスの姿が観客とは違うように映っていた。エクリプスの見下すような高笑いは悲しみを帯びており……なによりエクリプスのその笑いは、あまりにも痛ましかった。

 

 

「ハーッハッハッハッハ!アハ、アハハ!ハーッハッハッハッハ!」

 

 

 エクリプスは笑い続ける。その笑いは……どこか悲し気だった。

 そしてそこからさらに時が経つ。エクリプスの圧倒的なまでの強さ。それに対するスクール側の回答は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、エクリプス、君を是非迎え入れたいという方々がいるんだ。ただ、そっちでは今までのようにはレースはできないから、そのつもりでお願いするよ」

 

 

 レース界からの、追放だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「……」」」

 

 

”これが、エっちゃんに起きた出来事。歴史じゃ語られてない、エっちゃんの真実”

 

 

「……それが、真実である可能性は?」

 

 

 タキオンさんは、ファントムさんにそう質問します。

 

 

”残念ながら本当のことだよ。だって、私とエっちゃんは記憶を共有しているんだもの。エっちゃんの記憶は私の記憶、私の記憶はエっちゃんの記憶。だからこそ、これは全部本当のお話”

 

 

「そう……か……。成程ねぇ……」

 

 

 タキオンさんは深いため息を吐きました。

 スピカの部室は、重苦しい雰囲気です。ファントムさんの口から語られた、エクリプスさんの過去。それは……あまりにも予想外なことで、凄く、凄く悲しい過去でしたから……。

 

 

「……エクリプスの、傲慢さは、環境のせい……という、ことですか」

 

 

「そ、そりゃあ歪んじゃいますよね……自分は恐怖されてるってことですから」

 

 

「強すぎるがゆえに、孤独になってしまった……それがエクリプスの、真実……」

 

 

 正直、同情しちゃいます。だって、私も1人で走る辛さは良く分かりますから。私が小っちゃい頃は周りに他のウマ娘がいなかった。だからいつも1人で走ってた。お母ちゃん達もいたけど、走る時は基本的に1人。それでも十分楽しかったけど……けど、どこか寂しかったのを覚えてます。それは、トレセン学園に来て余計に感じました。

 誰もがエクリプスさんに同情している雰囲気の中……それを引き裂くように、テイオーさんが言います。

 

 

「……けど、だからってエクリプスのやってきたことが許されるわけじゃないよ」

 

 

「テイオーさん……」

 

 

「テイオーの言う通りだ」

 

 

 トレーナーさんが口を開きます。そして、厳しい表情をしてました。

 

 

「確かにエクリプスにも事情があったかもしれねぇ。だが……それが他のウマ娘の未来を奪っていい理由にはならねぇ。アイツのやってきたことは悪いことだ。その事実は変わらない。ファントム、お前は……それはちゃんと分かっているか?」

 

 

 トレーナーさんの言葉に、ファントムさんは俯く。ファントムさんの()()()()()が悲し気に揺れていました。

 

 

”……うん、ちゃんと分かっているよ。エっちゃんのやったことは悪いことだって。それに加担していた私も……悪い子だってのはちゃんと分かってる”

 

 

「で、でも!ファントム先輩はエクリプスの悪事に知らずに加担してたんじゃ!?」

 

 

 ウオッカさんの言葉に、ファントムさんは首を横に振ります。

 

 

”違うよウオッカ。確かに計画に加担している時の私に記憶はなかったかもしれない。でも、それが免罪符にはならないんだ。それに……多分記憶があっても、私は同じように協力していただろうから”

 

 

「そんな……」

 

 

 ウオッカさんは落ち込んで、カフェさんが話を切り出しました。

 

 

「それで、ファントムさん。1つ、聞きたいことが、あります」

 

 

”……いいよ、何でも聞いて”

 

 

「……エクリプスの、目的は、分かりました。そして、彼女の、過去も。では、あなたの、目的は?なんでしょうか?」

 

 

”私の目的……か”

 

 

「おそらくですが、エクリプスと一緒……という、わけでは、ないのでしょう?」

 

 

”鋭いねカフェさん。さすがは我が竹馬の友!”

 

 

 ファントムさんの言葉に、カフェさんは照れてるのか顔を逸らしました。

 

 

”そうだね。私の目的を話そうか”

 

 

 1つ深呼吸をして、ファントムさんは意を決したように、決意の籠った目をしていました。銀色の双眸が私達を見ています。

 

 

”確かにエっちゃんのやってきたことは許されないこと。それは分かっている。でも……それでも私はエっちゃんを救いたい”

 

 

「……ファントム君。それは」

 

 

”みんなを利用してた私が言うのは間違っているかもしれない。今更、どの面下げてお願いしているんだって思うかもしれない。それでも……みんなに、協力してほしい”

 

 

 ファントムさんの目的は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”お願い。エっちゃんを負かしてほしい。エっちゃんとレースで走って、エっちゃんに勝ってほしい。そのために……みんなに協力してほしいんだ”

 

 

 エクリプスさんを、倒すことでした。




明かされるファントムの真の目的。それはエクリプスを救うために彼女を倒すこと。
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