それは、突然のことでした。
「申し訳ございません!匿ってくださいまし!」
「……どゆこと?」
「理由は後で説明させていただきますので!とにかく今は……ッ!」
「……まぁ、いいよ。こっちに隠れといて」
葦毛の、どことなく気品のある雰囲気を感じさせる見知らぬ子に匿ってくれと頼まれました。私、困惑。ですが困ってるのであれば見過ごすこともできないでしょう。ひとまず隠れられそうな場所に誘導して、傍目からは見えないように。私が立てば1人ぐらいは隠れられるはずです。私体格はいいですし。
そうやってしばらく待っていると、ゴルシがこちらへとやってきました。おっと、私に気づいたようです。
「なぁなぁファントムの姉御。マックイーン見なかった?」
「……マックイーン?」
聞いたことない名前ですね。誰ですか?
「メジロマックイーンって言うんだけどさ、葦毛の奴がこの辺に来たと思うんだよ~。姉御知らね?」
「……さぁ?見てないけど」
「う~ん……分かった。じゃあ向こう探してみっか」
そういってゴルシは反対側へと歩を進めていきました。……そろそろ大丈夫ですかね。
「……もうあっちに行ったよ」
「あ、ありがとうございます……。助かりましたわ」
葦毛の子がお礼を言いながら出てきました。多分、この子がゴルシの言っていたメジロマックイーンって子ですかね?葦毛ですし。
「……ゴルシの言ってたメジロマックイーンって、あなたのこと?」
「はい、その通りですわ。初めまして、ですわね。ファントム先輩」
「……うん、初めまして。好きなように呼んでくれていいよ」
「では、ファントムさんで。よろしくお願いしますわ」
「……よろしく、マックイーン」
礼儀正しい子ですね。ですが、その前に聞きたいことを聞きましょうそうしましょう。
「……なんでゴルシに追われてたの?」
「少し話すと長くなるのですが……」
そういうと、マックイーンは事の経緯を話し始めました。
なんでも、最近ゴルシに我らがスピカに熱心に勧誘されているのだとか。ここに逃げてきたのも勧誘から逃げるためでもあったようです。
「別に、スピカが嫌というわけではないのです。ですが、チームはゆっくり選びたいと思っておりまして……」
「……まぁ、気持ちは分かるよ」
自分の選手生活を預けるんです。慎重になって当然ですよ。あみだくじで決めた私が特殊すぎるだけです。多分他にいませんよ、あみだくじでチームを選んだウマ娘なんて。つまり私は特別ってことです。えっへん。
”1ミリも自慢にならねぇけどな”
「……別に、どこに行ったって私は私の道を往くだけ……でしょ?」
”そうだ。どこだろうと、俺様のやりたいようにやる。逆らうなら……蹴り飛ばせばいい”
「……そういう意味では、ある意味スピカに入ったのは天命だったのかもね」
「あ、あの。誰と会話していらっしゃるのですか?わたくし達以外には誰もおりませんが」
「……あぁ、ゴメン。幽霊と会話してた」
「ヒィッ!?ゆ、幽霊がいらっしゃいますの!?ど、どこですか!?どこにおりますの!」
マックイーンは慌てた様子で辺りを見ています。ちょっと可愛いですが、普通に教えてあげますか。
「……落ち着いて。私の噂、聞いたことない?」
「ファントムさんの噂?……あぁ、そういうことですか」
納得したようです。話が早いことに喜べばいいのか、噂が広まっていることに悲しめばいいのかわかりませんねこれ。
「……それで、ゴルシが熱心に勧誘する理由なんかは分かるの?」
「お恥ずかしい話ですが、分かりませんわ。いつも一方的に絡まれておりますので」
ふむ。ゴルシから絡みに来るわけですか。よほどゴルシに気に入られてるんですかね?マックイーンは。
「……まぁ、気が向いたらスピカにも見学に来て。ウチはいつでも歓迎するよ」
「えぇ。いつか見学させてもらいます。その時は、お願いしてもよろしいでしょうか?ファントムさん」
「……うん。いいよ」
そういって私とマックイーンは別れました。さて、今日も今日とて練習に向かいますか。
そして練習の時間になったわけですが……。
「……」
「……何も、言わないでくださいまし」
マックイーンがいました。随分早いことで私もびっくりです。
「……まぁ、ゆっくりしてって」
「え、えぇ……ひゃわっ!?」
マックイーンが驚いたような声を上げました。二重にびっくりです。何があったんでしょうか?彼女の足元に目をやると……。
「……何やってんの?トレーナー」
「流石はメジロ家のご令嬢!均整の取れた神々しいトモだ!」
マックイーンの脚を触っているトレーナーがいました。あぁ、なるほど。スぺちゃんが痴漢扱いしていた理由が判明しましたね。
「何を……ッ!やってますの!」
「げふっ!?」
あ、蹴られましたね。残当ですけど。可哀想とも思わないです。無許可でトモに触るなんてセクハラもいいとこですからね。たづなさんが言ってました。
”相変わらずこの凡愚は……。学習するってことを知らねぇのか?”
「……さぁ?学習する気がないんじゃない?」
「辛辣すぎるだろファントム……」
トレーナーが起き上がりながらそう言います。ウマ娘に蹴られてよくこの程度で済みますよねこの人。頑丈すぎるでしょう。
おや?ゴルシがなんか紙を持ってマックイーンに近づいてますね。
「よく来てくれたマックイーン!早速この入部届にサインを……」
「今日は見学だけですわ。入るわけではありません」
「え!?そ、そんな……」
ゴルシが露骨にがっかりしています。そして、泣き始めましたね。
「うぅ……アタシは、お前と、走りたくて……っ。う、うえぇ~んっ」
「……可哀想にゴルシ。よしよし」
私はゴルシの頭を慰めるように撫でてあげます。
”いや、どう見ても嘘泣きだろ。めちゃくちゃ棒読みじゃねぇか”
「……何言ってるんですか!ゴルシは泣いてるんですよ!」
「いや、明らかな嘘泣きでしょ……。全然気持ち籠ってないじゃん」
テイオーが何か言ってますが関係ありません。可哀想にゴルシ。
「ちょ、ちょっと。なにも泣かなくてもよいではありませんか。別に、入らないと言っているわけではありませんし……」
さすがに気の毒に思ったんでしょう。マックイーンがそういいます。根がいい子ですね、マックイーン。
そんなこんなでマックイーンが見学する中、スピカの練習が始まります。練習内容は前と同じ、神社の階段を利用した練習です。
「……ゴ~ル」
「……本当に、お前だけ走る回数増やしてんのに全然タイムがぶれねぇな」
「……スタミナには自信がある」
「それだけでこんなことできんのは多分お前だけだぞ」
タイムを確認します。ふむ、自己ベ更新はならずですか。
”もっと脚の使い方を意識しろ。ただ走るんじゃねぇ、1回1回どうやって走っているのかをしっかり覚えておけ”
「……オッケー。次、行こうか」
「ど、どんだけ体力あるのさ~」
「あ、相変わらず、スタミナお化けだぜ……ファントム先輩……」
「あ、アタシはもうキツいわ……」
テイオー達は息も絶え絶えですね。まだまだ私は元気なわけですが。おっと、私だけではありませんね。スぺちゃんとスズカも今走っていますよ。
「限界を超えろスペ!40秒を切らないと、ダービーなんて勝てっこねぇぞ!」
いつの間にかスぺ呼びになってますね。仲良くなった証拠かもしれません。
「ダァァァァァァビィィィィィィッ!」
「……ッ!私も、負けないッ!」
おぉ、スぺちゃんの速度が上がりました。今までで一番速いですね。スズカも速度を上げました。さてさて、どっちが勝つでしょうか?
「「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」
2人ともゴールしました。わずかにスズカの方が速かった……ですかね?けど、スぺちゃんも今までで一番速かったですよ。
”39……いや、ギリ38秒台だな。これなら何とかなんだろ”
「……だね。後は、エル達がどこまで仕上げてくるか、かな?」
ただ、ルドルフが言うにはエルの調子がよくないみたいなんですよね。大丈夫なんでしょうか?悪い病気とかじゃないといいですけど。
「ハァ、ハァ、と、トレーナーさん!タイムは!?」
「ん?あ~……すまん、最初に押すの忘れてたわ」
絶対嘘ですね。私見てましたよ、ストップウォッチ押すとこ。あえて黙っときますけど。
「え~!?しっかりしてくださいよも~!」
スぺちゃん抗議してますね。ま、当然かもしれませんが。スぺちゃん達のやり取りを眺めていると、後ろから声をかけられます。
「少し、よろしいでしょうか?ファントムさん」
「……どうしたの?マックイーン」
マックイーンが私に話しかけてきました。一体全体どうしたというのでしょうか?
「……ひとまずは、良いチームですね。スピカは」
「……でしょ?みんな、個性的な良い子達」
「些か個性が強すぎる気がしますけども……まぁ良いでしょう」
マックイーンは苦笑いを浮かべています。ただ、すぐさま表情を引き締めました。本題は、ここからでしょう。
「単刀直入にお聞きします。なぜ、ファントムさんはG1レースに出走なさらないのですか?」
「……」
「G1レースはトゥインクル・シリーズの中でも最高峰のレースです。トゥインクル・シリーズに出走しているウマ娘の方々は、皆G1レースを目指して努力を重ねているといっても過言ではないでしょう」
「……まぁそうだね。勝負服着れるし」
「それだけじゃないと思いますけど……まぁそれも理由の一つになるでしょう」
マックイーンは続けて聞いてきます。
「ですが、ファントムさんが出走したG1級は朝日杯のみ。クラシックレースはおろか、天皇賞にも、グランプリレースにも出走しておりません」
「……そうだね。1回も出走したことないね」
「それはなぜですか?なぜ、ファントムさんはG1レースに出走なさらないんですか?あなたならば、勝てるだけの実力はあるでしょうに」
”随分深く切り込んでくるな。この令嬢は”
「……そうだね。マックイーンは、なんでだと思う?」
「……仮説にはなりますが、URAに出走を止められてるから、とかでしょうか?どうせファントムさんが勝つから出走するのを控えてくれ……なんて、言われているのではないですか?」
「……」
”ま、ありえねぇ話でもないな。俺様が勝つのが目に見えてる勝負なんざ、楽しくもなんともねぇからな。どんだけ差をつけられるのかを見るぐらいか?”
「……そうだね。だけど、さすがに違うよ。URAからそんなこと言われたことないからね」
「では、なぜですか?」
「……うーん」
強いていうなら……。
「……別に、G1で勝つことに拘りはないから、かな?私は、走れればそれでいいから」
これは一応本音です。私は別に栄誉あるレースで勝つことに拘りはないですからね。マックイーンはあまり納得のいっていない表情をしていますが。
”で?本音は何だよ?”
「……どういう意味?」
”俺様もテメェの全てが分かるわけじゃねぇ。なんか考えがあんだろ?俺様が出走させろつっても、頑なに出走しなかったわけだからな”
「……」
別に、深い意味はありませんよ。ただ、若い芽を摘むのはよくないでしょう?
”……チッ。だが、いつかは必ず出走させろ。塵共が相手とはいえ、多少はマシな奴らが出走してるだろうからな”
「……いつか、ね」
もう一人の私は不機嫌ながらもそれ以上は何も言ってきませんでした。分かってもらえたようで何よりです。
マックイーンも、納得いってないながらも私がこれ以上言う気はないと察したのか
「……そうですか。ファントムさんがそういうなら、これ以上追及するのは野暮ですわね」
そう言いました。こちらも分かってもらえたようで何よりです。
ところで、スカーレット達は何をしているんでしょうか?何かを必死に探しているようですが。
「あ!あったよー!みんなー!」
「でかしたテイオー!」
「後はこれを……ッ!」
「スぺ先輩に渡すだけだな!せっかくだから、当日に渡そうぜ!」
「……何してるの?みんな」
「あ、ファントム!これを探してたんだ!」
そういってテイオーが見せてきたのは四つ葉のクローバーでした。成程、縁起がいいですね。
「これをスぺ先輩に渡そうと思って!」
「後は押し花にするだけっすね!」
「……そう。良い考えだね。スぺちゃんも、きっと喜ぶ」
本音を言えば私も一緒に探したかったですけど。
さて、日本ダービーはどういう結末になるのか?楽しみですね。
ぼっち・ざ・ろっく最終回見ました。神回でした。