見事エっちゃんに勝利した私ことファントム。負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くので私は早速とばかりにエっちゃんに命令します。
「エっちゃんはこれからもずっとずっと、私と一緒に生きること!それが私からの命令だよ!」
「……は?」
あれ?エっちゃんなんか呆けたような声出してる。そんなに意外なことだったかな?もしかして聞こえなかった?
「エっちゃんは、これからも私と一緒に……」
「いやいやいや……いやいやいや。ちゃんと聞こえてる。だけど理解できねぇんだよ!」
「え~?なんで?」
「なんでも何も……」
エっちゃんは呆れたような表情で私を見てる。そんな表情される謂れはないんだけどなぁ。
「お前……俺様がお前になにをやってきたか覚えてんだろ?」
「うん。全部覚えてるよ?」
「俺様がお前の記憶をいじくってたのも思い出したんだろ?」
「うん。全部思い出した」
「……じゃあ、尚更俺様と一緒に生きたいだなんて思うわけねぇだろ」
エっちゃんはそう言って項垂れた。次いで、叫ぶ。
「俺様は!お前を利用してたんだよ!自分が蘇るための器として、他のウマ娘を潰すための器にするために!」
「そうだね。最初はそうだったね」
「お前の身体を使って好き放題した!お前の悪評に繋がることだってたくさんやった!お前が他の塵共から敬遠される理由を作ったのだって……俺様だ!」
「……」
エっちゃんはそう吐き捨てた。なんというか……こっちの話全然聞こうとしなくてイラっとするね。
「それさえなければお前は平和に暮らしていたんだ!お前の平和な暮らしは……全部、俺様がぶっ壊し「そんなことない!」は?」
いい加減我慢の限界だった。全くもう……!なんで、こう、こっちの気持ちを考えないのかな!?エっちゃんは!
「エっちゃんがいなかったら、私なんてとっくの昔に死んでたよ!むしろもっと酷いことになってた!」
「だからって……普通思わねぇだろ!自分を利用してた相手だぞ!また利用するかもしれねぇ、そうは考えねぇのか!?」
「別にいいよ!エっちゃんになら、利用されたっていい!」
「んなわきゃねぇだろ!そもそも、今回の乗っ取りだってお前はキレてたじゃねぇか!だったら……!」
「そうだね!私は身体を乗っ取られて怒ってた!でもそれは乗っ取られたことに対してじゃない!私に、一言も相談なしに乗っ取ったことに対して怒ってるの!言えば貸してあげたのに、なんの相談もせずに身体を乗っ取ったから私は怒ってるんだよ!?」
「……いや、一言相談して乗っ取るのは乗っ取りって言えんのか?」
「だまらっしゃい!」
私は別に、エっちゃんが身体を乗っ取ったことに関しては全然怒ってない。むしろ言ってさえくれれば全然身体を貸してあげた。
お互いに言いたいことだけを言う。なんで成仏しろって言わねぇとか、そんなの言うわけないでしょ!とか、お前は俺のこと嫌いだろとか、嫌いになるわけないとか色々とぶつけまくった。
そんな口論の末に、エっちゃんはぼそりと呟く。
「……なんでだ?なんで俺様にそこまでしようとする?」
「なんでって……」
「確かに俺様はお前の命の恩人かもしれねぇ。だが……それを盾に、トレーニングを強要し、自分が乗っ取るための器としてお前の人生を奪った。友達だってろくに作れねぇ、幸せだって決められねぇ……お前の人生は、俺様が奪ったも同然だ。なのになんで……俺様と生きようだなんて思える?」
エっちゃんの懺悔するような言葉。多分これが……エっちゃんが引っかかってることかな?だったら、答えは単純だ。
「決まってるよ。エっちゃんがいなかったら……今の私はいないから。エっちゃんがいたからこそ、私は歪まずに生きてこれたんだよ?」
「……なんだと?」
私はちゃんと覚えてる。エっちゃんが……私になにをしてくれたのか。
小さい頃の私は、パパとママが最後に遺した言葉の通りに人に優しくするように頑張った。おじさんとおばさんは私だと分からなかったせいで引き取ってくれなかったし、途方に暮れていたところを警察の人に見つかって保護された。
保護された私が連れて行かれたのは孤児院。そこで私は色んなことを頑張った。お手伝いだって率先して頑張ったし、他の子が嫌いだっていうおかずも食べてあげたりした。人に優しくするように振舞った。だけど……それを気に入らない子だっていた。
『おまえちょーしのりすぎなんだよ!』
『そうだそうだ!そんなによくおもわれてーのかよ!』
『え?え?べ、べつにそんなことないけど……』
私からすれば人に優しくしてただけ。だけど他の子はそうは思わなかった。だから私は……虐められていた。
良く物を隠されたし、私だけ遊びの輪に入れてくれないことなんて日常茶飯事。その度に私は泣いて……エっちゃんに呆れられていた。
『何泣いてんだテメェ。そんな暇があるならトレーニングをしろ』
『ぐすっ……ぐすっ……』
『うざってぇな……!そんなに嫌なら言い返せばいいじゃねぇか!いつまでもメソメソ泣いてんじゃねぇぞ!』
『……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!』
『めんどくせぇ……なんでこんな塵が器として最適なんだよ』
私が泣くたびに職員の人達はいじめっ子を叱ったりした。だけど……それが余計に私へのいじめをエスカレートさせていった。……最終的に、エっちゃんの助力もあって私はその孤児院を抜け出してサニーさんの屋敷で暮らすことになった。だけど……サニーさんを見る度に火事の光景がフラッシュバックすることから、結局私の家を買い取っていたらしいサニーさんの力もあって、私は自分の住んでいた家で暮らすことになった。
そこからはまぁ……あんまり良い思い出はない。優しくして感謝されることなんてほぼなかったし。むしろ怒られたり不気味がられることが常だった。
例えば公園の清掃をしていた時。
『ほらエっちゃん!きれいになったよ!』
『あの子、また誰もいないとこで喋ってるわよ……』
『本当。不気味ったらありゃしない……』
遠巻きに私のことを気味悪がるような声が上がっていた。
例えば怪我をした子の手当てをしようとしたら勘違いされた時。
『あなたがやったのね!?うちの子になんてことしてくれるのよ!』
『え、ち、ちがっ。わたしはてあてしようって……』
『早くうちの子から離れなさい!触らないで!』
傍から見たら私が傷つけたように見えたんだと思う。親からは凄い剣幕で怒鳴られた。そして私は泣いた。
『エっちゃん……どうしてこう上手くいかないのかな……?』
『そりゃそうだろ。テメェは傍から見りゃ不気味なことこの上ねぇからな。誰もいないとこで唐突にしゃべり始める、親の顔を誰も見たことがねぇ。そんなテメェに関わろうだなんて思える凡愚はいねぇだろ』
『……』
『第一、なんで人前でも俺様と話すんだよ?それさえしなけりゃ、テメェもちょっとはまともな目で見られるだろ?』
『……だって。エっちゃんともなかよくなってほしいし。たしかに、エっちゃんは見えないかもしれないけど……それでも、わたしはみんながエっちゃんとなかよくなってほしいと思うんだもん』
『……アホらしい。ま、テメェが良いなら俺様はもう何も言わん』
私はめげなかった。いつかきっと理解してくれる、そう思って自分を曲げなかった。……その結果、私の心はどんどん摩耗していった。
人を助ける。不気味がられる。人を助ける。ちょっと間違えちゃって怒鳴られる。人を助ける、お礼は言われるけど陰で悪口を言われる。人を助ける……私を、遠ざける。
『いい加減人助けを止めろファントム!このままだと……間違いなくテメェの心は壊れるぞ!?』
『……やだ。ぱぱとままとやくそくしたもん。人にはやさしくしなさいって、人の気持ちが分かる子になりなさいって、ぱぱとままが言ってたもん』
『だったらせめて!俺様と会話をするのを止めろ!そうすりゃちょっとは奇異の目もなくなる!』
『……それもやだ。だって、そしたらエっちゃんの話し相手はわたししかいなくなる。そんなの……さみしいもん』
『だからって……!テメェが傷つくこたぁねぇだろ!ちょっとは自分のことを考えろ!』
『……やだ』
エっちゃんからどれだけ言われても、私は自分を曲げなかった。そうしたら楽になるはずなのに、その道を選ばなかった。パパとママの遺言もそうだし、みんなとエっちゃんが仲良くなって欲しかったら。その一心で、私は自分を曲げなかった。
周りの人達は悪意をぶつけられたけど、エっちゃんは私に優しくしてくれた。
『エっちゃん、にんじんハンバーグ食べたい……』
『お前またかよ!?3日前も食っただろうが!』
『……ダメ?』
『……わーったわーった!作ってやるから泣きそうな顔するんじゃねぇ!』
基本的に食事のワガママも許してくれた。それに、私が虐められた時は決まってエっちゃんが助けてくれて励ましてくれるのだ。
『ぐす……ひっく……』
『……あんな凡愚共の言うことなんて真に受けるんじゃねぇ。それに、俺様がいるだろうが』
『……うん』
『明日のトレーニングは軽めに済ませるぞ。後はまぁ……そろそろクリスマスが近いし、またサンタさんがプレゼントをくれるかもな』
『……ぬいぐるみがほしい』
『わーったよ。俺様がサンタさんに教えといてやる』
エっちゃんがいたからこそ、私はなんとか生きてこれた。断言してもいい。最初は怖かったけど、エっちゃんは徐々に私に対する態度を軟化していった。
それからも私は人に優しくし続けた。きっと大丈夫、分かってくれる時が来る。そう信じて。……だけど、その選択が私の心を摩耗し続けた。そしてある日、ついに限界を迎えたのである。
きっかけは些細なことだ。いつものように人助けをしようとしたら、ちょっと失敗しちゃったときのこと。でも……その相手が悪かった。
『ちょっとアンタ!○○くんになにしてんのよ!?』
『た、たすけようと思って……』
『はぁ?そんなわけねーだろ。明らかにけがさせようとしてたじゃん』
『そ、そんなことない……』
その相手は、学校で人気者だった子らしい。そんな相手を私は怪我させてしまった……まぁ、公園の遊具で勢いをつけすぎた結果他の子にぶつかりそうになってたところを押し倒しただけなのだが。でもそのせいでちょっと膝を擦りむかせてしまった。それが良くなかった。
私は子供に周りを囲まれている。囲まれて……私を一斉に罵倒していた。
『『『しゃーざーい!しゃーざーい!』』』
『う、うぅ……っ』
私は、泣くことしかできなかった。
(なんで……なんでこうなっちゃんだろう?わたしは……ぱぱとままみたいに、みんなのためにがんばってるだけなのに……どうして、こうなっちゃんだろう……)
『……反吐が出るんだよ!』
『な、何よその言葉!そっちがわるいくせに!』
『うるせぇゴミが!俺様が助けなきゃ、明らかに周りに被害が及んでただろうが!そんなことも分からねぇくせに、罵倒してんじゃねぇぞゴミ!』
『うわ、こっちになすりつけてきたぞ!さすがは変な子だ!』
『わたし知ってる!この子お母さんがかかわるなって言ってた!わるい子だって言ってたよ!』
『そうだそうだ!とっととどっかいけ!』
『言われなくてもどっか行くわ!……クソ共が!』
その場はエっちゃんがいたから何とかなった。だけど……私の心はすでに限界を迎えていた。
誰もいない静かな家で私は横たわる。憔悴しきって、もう何もかもを諦めそうになっていた。
(……どうして、人だすけをしてるんだっけ?)
『おい、おい!しっかりしやがれファントム!』
(なんで、人にやさしくしないといけないんだっけ?)
パパとママとの約束が分からなくなっていた。こんなにも人から悪意を向けられ続けて……自分が、何をすべきなのか、人に優しくすることが本当に正しいことなのかが……分からなくなっていた。
『クソ……ダメだ!なにか、何か手立ては……!そ、そうだ!もう少しでクリスマスだろ?そしたらサンタさんが何かくれるかもしれねぇぞ!?』
『……エっちゃん』
『な、なんだ!?何が欲しいんだ!?俺様がサンタさんに教えといて……』
『わたし……もう、つかれたよ……』
『ッ!ファントム、ファントム!しっかりしろ!』
目を閉じる。何もかもを諦めそうになっていた。
『あ、あぁ……!ダメだ、そんなのダメだ!』
エっちゃんは慌てふためいている。いつもの私とは違う様子に、気づいたんだろう。
『このままだと……優しいこいつが壊れてしまう……!ダメだ、そんなの絶対にダメだ!』
エっちゃんの願いも空しく、私は全てを諦めそうになっていた。
『考えろ……考えろ!何をするのが良い……!もうこいつを器にするだとか
そしてエっちゃんは気づいた。一か八かの策を。
幼い私を頭痛が襲う。それも……尋常ない痛みの。
『ア……グ……ッ、ア、ア、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!』
記憶が書き換わるような感覚を覚える。エっちゃんとの記憶が薄れていく。そんな感覚が襲ったことを、おぼろげながら記憶している。
そう、エっちゃんが取った策は……私の記憶を、消すこと。事故の記憶は勿論のこと、今まであった良いことも悪いことも何もかもを消した。全部の記憶を……リセットしたのである。その結果として生まれたのが……
『……わたしは、だれ?』
『ようやくお目覚めか、俺様』
『……あなた、は?』
見覚えのない家で、私は問いかける。目の前にいる私にそっくりな顔をした子は……笑みを浮かべながらこう告げた。
『俺様はもう一人のお前だ。そしてお前の名前はファントム』
『……ここは?』
『お前の家だ。おっと、両親のことについて思い出そうとするんじゃねぇぞ?頭が痛くなるからな。
『……わたしは、なにをすればいいの?』
『とりあえず今日はもう寝とけ。後のことは起きた後じっくり説明してやる』
記憶を失った、私だった。
ファントムが記憶を失くしていた理由。