そのウマ娘、亡霊につき   作:カニ漁船

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主人公ちゃん登場。


その名はファントム

”……おい、俺様”

 

 

「……どうしたの?私」

 

 

 スピカの部室。周りには誰の姿も見えないその場所で、私は暇を持て余しています。

 

 

”赤髪優等生はどうした?”

 

 

「……スカーレットなら、新入生の勧誘に行ったよ」

 

 

 知らない人から見れば、今の私は異様に見えるでしょう。

 

 

”チッ、ファッションヤンキーはどうした?”

 

 

「……ウオッカも、勧誘に行った」

 

 

 何故なら今の私は、誰の姿も見えない、私しかいないはずの部室で。

 

 

”だったら、奇天烈葦毛はどこ行った?”

 

 

「……ゴルシも、勧誘」

 

 

 まるで誰かがいるように会話をしているのだから。

 傍から見れば気が狂ったように見える光景かもしれない。だけど、ちゃんと私の中では会話が成立しています。そう、

 

 

”全員勧誘かよッ。じゃあ、最近入ったアイツ……え~っと?なんつったっけ?”

 

 

「……スズカなら、もう少ししたら来るよ。移籍の引継ぎがあるみたい。ついでに、レースを見てくるって」

 

 

私にしか見えないウマ娘と、私は会話をしているのですから。

 ……誇張しすぎました。一応見える人は他にもいます。カフェさんとか。まぁそれでも普通の人に見えないのでおかしな光景には違いありませんが。

 私にしか見えないウマ娘。私そっくりなそのウマ娘を私は私と呼んでいたりします。紛らわしいですね。なのでもう一人の私と呼びましょう。もう一人の私は尊大な口調で答えます。

 

 

”ハッ。そういやアイツはリギルっつーチーム所属だったな。で?レースってのはなんだ?”

 

 

「……リギルの新規入部の子を決めるための選抜レース。あそこは強いし、入部希望の子は沢山いるから」

 

 

”ま、そうだな。リギルの奴らは確かに強い。それでも俺様よりははるかに下だが”

 

 

 その言葉に私は溜息を吐きます。もう一人の私の尊大な態度は今に始まったことじゃないので慣れっこです。改善してほしいとは思いますが今まで言い続けてきて効果がないので諦めてます。

 

 

”で、だ。それを踏まえた上で聞きてぇことがある”

 

 

「……何?」

 

 

”テメェは勧誘いかずに部室で何してんだ?”

 

 

「……将棋とチェス、どっちが強いか試してる」

 

 

”マジで何してんだテメェは!?”

 

 

 だって気になりません?チェスと将棋、戦ったらどっちが勝つのか。私はその好奇心を満たすために今こうやって試しているわけです。ちなみに今はチェス優勢です。

 

 

”お前も勧誘いきゃあいいだろ!部室で1人残って何してんだテメェは!?”

 

 

「……私は留守番を任されてる。おいそれと出ていくわけにはいかない。それに、」

 

 

”……なんだよ?”

 

 

「この決着が着くまでは、部室から出ていくわけにはいかない……ッ!」

 

 

”どんだけ熱中してんだテメェは!?”

 

 

 だって気になるじゃないですか。私は悪くない。

 将棋とチェスの勝負が熱中している中、私は溜息を吐いて愚痴をこぼします。それは、学園での私のことだ。誰も彼もが私に近づこうとせずにどこかへと行ってしまう。その光景を思い出すと悲しくなります。

 

 

「……どうして誰も彼も私を避けるのでしょうか?話しかけてオーラは出してるはずなのですが」

 

 

 私はお喋り自体は好きです。なのでお話ししたいとは思っているのですが、皆さん私を見た瞬間苦笑いを浮かべながらどこかへといってしまいます。私、悲しい。

 もう一人の私は呆れたような口調で答えます。

 

 

”逆に聞くが、テメェは年中フード被って変なお面着けてる上に虚空に向かって話始めるような奴に話しかけようとか話しかけられたいと思うのか?”

 

 

「なんですその不審者。そんな人がいるなんて世も末ですね」

 

 

”鏡見てこいやテメェ”

 

 

 もう一人の私が言っていることに首を傾げます。鏡を見ても私しか映らないはずですが。

 そんな会話をしていると、部室の扉を開けて誰かが入ってきました。入ってきたのは……

 

 

「留守番お疲れさんファントム。今引継ぎが終わったぞ」

 

 

「……お疲れ様です、トレーナー」

 

 

トレーナーさんと、リギルからスピカに移籍してきたサイレンススズカだ。スズカは私に向かって丁寧にお辞儀をする。

 

 

「今日からよろしくね、ファントム」

 

 

「……こちらこそよろしく、スズカ」

 

 

「ところで、ファントムは今何をしてるの?」

 

 

「将棋とチェス、どっちが強いか試してた」

 

 

「何してるの本当……」

 

 

 スズカは信じられないようなものを見る目で私を見ていた。そんなにおかしいことをしていた記憶はないのだが。もう一人の私はスズカに同意するように頷いている。勿論私にしか見えないが。あ、ファントムというのは私の名前です。マイネーム・イズ・ファントム。

 スズカと話していると、トレーナーは嬉しそうに報告します。

 

 

「それと!もう1人新しいウマ娘が入るぞ!期待の新入部員だ!」

 

 

「……ゴルシ達が勧誘しに行ってる子?」

 

 

 トレーナーは頷きます。

 これは喜ばしいことです。つい先日までチーム解散の憂き目にあった我らがスピカが、一気に新入部員が2人も入るとは。これはパーティを開くしかありません。

 そもそもがおかしいんです。私という、トゥインクル・シリーズで輝かしい実績を残しているウマ娘がいるはずなのに誰も彼も入ろうとすらしませんでした。一体何故でしょうか?

 

 

”見た目がおかしい奴と行動がおかしい奴しか残ってねぇチームなんざ誰も入るわけねぇだろ。テメェにあこがれる気持ちよりも恐怖の方が先に来るわ”

 

 

「……なんてことだ。おのれゴルシ」

 

 

”安心しろ。敬遠されてんのはテメェが8割の原因だ”

 

 

「……おかしい。こんなことは許されない」

 

 

 こんなにもフレンドリーな雰囲気を醸し出しているというのに。

 スズカは私の様子を見てトレーナーと声を潜めて会話をしています。まぁ私にもバッチリ聞こえるわけですが。ウマ娘イヤーは地獄耳。

 

 

「トレーナーさん、ファントムは誰と会話してるんですか?」

 

 

「気にすんな。いつものことだ。そのうち慣れる」

 

 

「ウソでしょ……」

 

 

 残念ですがこれが現実です。スピカに入った以上受け入れるしかありません。

 そうして3人で待っていると、部室の扉を開けてゴルシ達が入ってきました。ウマ娘一人なら余裕で入れそうな袋を抱えて。というか誰か入ってる。

 

 

「連れてきたぞ。こいつでいいんだよな?」

 

 

「あぁ」

 

 

 どうやらこの子がもう一人の新入部員らしい。私はその子を見ます。

 見た目の第一印象は純朴そうな子だな、と思いました。とても素直そうだ。ただ、突然連れてこられたのかどうか分かりませんが、困惑している様子を見せています。

 

 

”いや、袋に入れられてきたんだからどう見ても拉致られてきただろコイツ”

 

 

 そんなことを言っているもう一人の私を尻目に、その子は不安そうな表情であたりを見渡しています。

 

 

「こ、ここはどこですか?」

 

 

「よっ」

 

 

「あ~ッ!あの時の痴漢の人!」

 

 

「「「痴漢?」」」

 

 

「いやいや違う違う!トレーナーだよ、トレーナー!」

 

 

 何をどうしたら痴漢とトレーナーを間違えるのでしょうか?

 そんな中、ゴルシ達に連れてこられた子はスズカを見るなり嬉しそうな表情を見せました。お知り合いでしょうか?

 

 

「スズカさん!どうしてここに?」

 

 

「スズカは今日付けでリギルからスピカに移籍したんだよな」

 

 

 その子の疑問にゴルシが答えます。というか、私この子の名前知りませんね。

 

 

”どうでもいいだろ”

 

 

「……どうでも良くないよ。個人的に、仲良くしたいし」

 

 

”その内自分から自己紹介するだろ。それまでまっときゃいい話だ”

 

 

「……そうだね。事の成り行きを見守っておこうか」

 

 

 もう一人の私と会話をしていると、その子は私の方を指さして尋ねていました。人を指さしちゃいかんよ。

 

 

「あ、あの~。あそこのひょっとこお面の人は誰と会話をしているんですか?制服の上にパーカー羽織ってますけど……大丈夫なんですか?」

 

 

「気にしなくて大丈夫ですよ。ファントム先輩は虚空に向かって話しかける癖があるんです」

 

 

 止めてくださいスカーレット。その紹介だと私がヤバいウマ娘だと思われます。

 

 

「そうそう。その内慣れますよ」

 

 

 否定してよウオッカ。というか、頷いてないで否定してよゴルシとトレーナー。

 

 

”諦めろ。テメェは傍から見りゃヤベェ奴だ”

 

 

「……解せぬ」

 

 

「まぁそんなことはどうでもいい」

 

 

 どうでもいいとは何ですかトレーナー。グレますよ私。

 

 

「お前、日本一のウマ娘になるのが目標だって言っていたな?」

 

 

「い、言いましたか?」

 

 

「なぁ、日本一のウマ娘ってなんだ?」

 

 

「そ、それは……」

 

 

 トレーナーはその子に突如としてそんな疑問を投げかけました。哲学か何かですか?

 トレーナーのその疑問に、ゴルシ達はそれぞれの考えをぶつけます。

 

 

「そりゃG1で勝つことだろ!やっぱデカいレースで勝つことが大事だからな!」

 

 

「俺はダービーだな!特別なレースだし、カッケェし!」

 

 

「有マ記念だって!グランプリレースだもの!」

 

 

「スズカはどう思う?スズカにとって、日本一のウマ娘はなんだ?」

 

 

「……」

 

 

 トレーナーからの質問に、スズカは考え込む素振りを見せます。やがて考えが纏まったのか答えを出しました。

 

 

「夢。見ている人に夢を与えられるような、そんなウマ娘こそが、日本一のウマ娘だと思います」

 

 

 あらやだ素敵ですね。

 

 

”青臭ぇこって”

 

 

「……私は好きだよ。スズカの答え」

 

 

”そうかい。……ま、興味ねぇからどうでもいい”

 

 

「ファントム、お前はどうだ?お前にとっての日本一ってのはなんだ?」

 

 

 今度は私の番になりました。しかし日本一ですか……。いざ聞かれると困りますね。

 

 

”ハッ。答えなんて決まってるだろうが。俺様こそが日本……いや、世界一のウマ娘だ。これが答えだろ”

 

 

 ……まぁ、確かにそうだ。考えもつかないし、それでいいだろう。

 

 

「……私のこと」

 

 

「えらい自信だなお前……」

 

 

「その子が言ってる日本一の定義は分からないけど、日本一強いという意味でなら、私。それだけ」

 

 

”ハンッ。分かってんじゃねぇか”

 

 

「……」

 

 

”ま、強いていうなら世界一、って言えればなおよかったがな”

 

 

「……まぁ、道半ばということでここは1つ」

 

 

 もう一人の私はご満悦そうだ。満足いただけたようで何よりである。

 ただ、スカーレット達が微妙そうな表情で私に言う。

 

 

「ひょっとこお面で言われても説得力ありませんねファントム先輩」

 

 

 なんてこと言うんですかスカーレット。ファントムチョップかましますよ。

 

 

「こんな見た目でも戦績だけはガチだからなファントム先輩」

 

 

 どういう意味ですかウオッカ。そんなにおかしい見た目してますか私。

 

 

”制服の上にパーカー羽織ってひょっとこ面被ってる奴とか不審者以外のなにものでもねぇだろ”

 

 

 ごもっともである。

 そんな会話を聞いた後トレーナーはその子……黒鹿毛の子に向き直りました。

 

 

「なぁ、お母ちゃんと約束した日本一。お前の日本一を俺と一緒に叶えようぜ」

 

 

「……トレーナーさん、笑わないんですね。日本一って言っても」

 

 

 そう言って黒鹿毛の子は俯いた。何かあったのだろうか?そう考えていると、次の瞬間には勢いよく頭を上げました。

 

 

「私、頑張りたいです!ここで!」

 

 

 その言葉に、この場にいる全員が喜びの声を上げました。勿論私も嬉しいです。でも、この子の名前いまだに分からずじまいである。

 そう考えているとトレーナーが黒鹿毛の子に尋ねました。

 

 

「で、お前名前は?」

 

 

「スペシャルウィークです!よろしくお願いします!」

 

 

 そう言って丁寧にお辞儀しました。スペシャルウィーク……。スペちゃんですね。そう呼びましょう。しっくりきます。そう思いませんか?もう一人の私。

 

 

”知らん”

 

 

 あらやだつっけんどんな態度。いつものことなので気にしませんが。

 こうして我らがスピカに新入部員が2人も入ってにぎやかになりました。これからの活動が楽しみです。計画も、順調に運びそうですし。




傍から見れば主人公ちゃんがやべー奴なのは間違いないです。本人は割と自覚していますけど。


※ダイワスカーレット→主人公への呼称をさんから先輩に変更 12/13

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